アストロスケール英国、宇宙状況把握強化へ515万ポンドの防衛契約を獲得【宇宙ビジネスニュース】
2025年6月16日、アストロスケールホールディングスの英国子会社であるAstroscale Ltd が、宇宙状況把握強化に向けて英国国防省の執行機関である英国国防省国防科学技術研究所より、515万ポンドの契約を獲得したことを発表。その概要とこれまでのアストロスケールの実績を簡単にまとめてみました。
2025年6月16日、持続可能な宇宙環境を目指し、スペースデブリ除去を含む軌道上サービスに取り組むアストロスケールホールディングスの英国子会社であるAstroscale Ltd (以下「アストロスケール英国」) が、宇宙状況把握強化に向けて英国国防省の執行機関である英国国防省国防科学技術研究所(Dstl)より、515万ポンドの契約を獲得したことを発表しました。
(1)英国の宇宙状況把握に対する戦略的感度の高まり
近年、英国は宇宙領域における戦略的優位性確保を国家安全保障の重要課題の一つと位置づけています。
2021年に発表された英国初の包括的国家宇宙戦略(National Space Strategy)では、民事と国防政策を一体化し、「世界で最も革新的で魅力的な宇宙経済の一つを構築する」という目標を掲げました。
英国宇宙庁の企業計画2022-25では、8つの重点分野(打ち上げ、低軌道能力、発見、レベルアップ、地球観測、イノベーション、持続可能性、啓発)を設定し、2022-23年度には前年比25%増となる過去最大の予算である6億4700万ポンド(約1280億円)を宇宙セクターに投じました。
また、2023年には宇宙研究開発インフラに特化した新しい基金として英国宇宙庁が設立した「宇宙クラスター基盤基金(SCIF:Space Clusters Infrastructure Fund)」として5,000万ポンド(約99億円)を投入するなど、宇宙分野への投資を積極的に拡大しています。
さらに、安全保障の観点で、2024年5月に宇宙状況認識 (SSA) システムの運用センターであるNSpOC (National Space Operations Centre) を英国国防省と英国宇宙庁が共同で設置しました。本センターを中心に自国によるSSAシステム構築を目指していく潮流がさらに加速しています。
このような背景において、英国国防省の執行機関である国防科学技術研究所(Dstl)は「英国の防衛と安全保障のための科学技術の影響を最大化する」ことを使命とし、宇宙ドメインでの技術開発を主導する重要な役割を担っています。今回のOrpheusミッション契約も、こうした英国の宇宙戦略推進の具体的な成果といえます。
(2)Orpheusミッションの背景と電離層観測の重要性
このような英国政府の戦略的取り組みの中で、アストロスケール英国が獲得した515万ポンドのOrpheusミッション契約は、英国の宇宙状況把握能力強化における重要なマイルストーンとなります。
Orpheusミッションは、2023年にVirgin Orbitの打ち上げ失敗で失われたPrometheus-2およびCIRCEミッションの後継として計画されました。このミッション創設の直接的なきっかけは、宇宙インフラへの依存度増大に伴うリスクの深刻化です。
世界的な保険市場であるロイズ・オブ・ロンドンの分析によると、深刻な太陽嵐などの極端な宇宙天気事象は今後5年間で最大2.4兆ドルの世界経済損失を引き起こす可能性(最も深刻度の低いシナリオは1.2兆ドルで最も深刻なシナリオの9.1兆ドル)があると報告しています。
電離層は地球の高度約60km以上に広がる電離した大気層で、太陽活動による変動が通信・放送用電波伝搬や衛星測位システムの精度に重大な影響を及ぼし、具体的には、衛星通信やGPSナビゲーションシステムに直接的な影響を与えることが懸念されています。
Orpheusミッションでは、2機のCubeSatが編隊飛行で太陽同期軌道を飛行し、現場観測と遠隔センシング技術を用いて電離層の特性変化を詳細に観測します。
このミッションは英国、米国、カナダの国際協力プロジェクトとして実施され、2027年の打ち上げを予定しており、民事・防衛両分野のアプリケーションに不可欠な宇宙状況把握能力の向上を目指すものとなります。
(3)新宇宙時代を牽引する小型衛星イノベーターOpen Cosmosとの提携
今回のOrpheusミッションでは、アストロスケール英国はサブコントラクターであるOpen Cosmosと提携しています。Open Cosmosはほぼ同一の2機の小型衛星を設計・製造し、アストロスケール英国が軌道上での実績と経験を活かして衛星運用を担当します。
Open Cosmosは2015年に設立され、欧州で大規模な宇宙関連スタートアップを支援するインキュベーターのネットワークであるESAビジネスインキュベーションセンター(ESA BIC)の卒業生として急成長を遂げた、2024年には1億ユーロを超える契約も獲得している注目企業です。
Open Cosmosは「衛星の設計、製造、および運用を通じて、世界最大の課題に対応するための実用的な情報を提供する」ことを使命とし、これまでに10機の衛星を打ち上げ、6G衛星の前駆衛星の運用&製造やPhiSat-2というAI搭載地球観測衛星の開発を手がけています。
(4)アストロスケールの政府・宇宙機関との戦略的パートナーシップ拡大
今回のOrpheus契約は、アストロスケールが世界各国の政府・宇宙機関と長年にわたって築いてきた信頼関係を象徴する事例のひとつです。アストロスケールの主な政府・宇宙機関連携を下記に示します。
時期 | 国 | 内容 |
---|---|---|
2017年9月 | 日本 |
JAXAと共同研究契約を締結 JAXAは試験施設への医療をアストロスケールに許可し、アストロスケールはELSA-dミッションを通じて取得されたシミュレートされたデブリの画像を提供 |
2018年7月 | 英国 | 国立軌道サービス管理センターを設立 |
2018年12月 | 欧州 |
欧州宇宙機関(ESA)と技術協力 宇宙デブリの衝突回避、デブリの環境モニタリングとモニタリング技術の開発に関連するデータと専門知識を交換 |
2020年2月 | 日本 | JAXAの商業デブリ除去実証プロジェクトのパートナーに決定 |
2021年5月 | 英国 | デブリ除去の技術革新のため英国宇宙庁(UKSA)から250万ポンドの契約に署名 |
2021年10月 | 英国 | UKSAによる軌道上衛星2機の除去研究プログラムに選定 |
2021年11月 | 新西蘭 | ニュージーランドと宇宙の安全性と持続可能性での協力の覚書を締結 |
2022年3月 | 欧州 | ESAの衝突回避研究プログラムに選定 |
2022年5月 | 欧州 | OneWeb、UKSA、ESAと連携し、軌道上運用終了後の衛星除去用の衛星「ELSA-M」の開発費用1,480万ユーロの受領 |
2022年9月 | 英国 | UKSAから「ELSA-M」の追加開発費用170万ポンドを調達 |
2022年12月 | 日本 | JAXAと衛星への燃料補給サービスに関するコンセプト共創活動を開始 |
2023年2月 | 英国 | 2030年代の宇宙ベースの宇宙領域認識ミッションの探査のため英国国防省国防科学技術研究所(Dstl)から資金獲得 |
2023年5月 | 米国 | Momentusと共同してハッブル宇宙望遠鏡を延命するサービスをNASAに提案 |
2023年6月 | 仏国 | 仏国立宇宙研究センターとデブリ除去研究に関する契約締結 |
2023年8月 | 英国 | 英国と日本の関係を強化し、急速に発展する宇宙産業への投資機会を引き出すための英国宇宙庁国際二国間基金の第1期助成金を獲得 |
2023年9月 | 米国 | 米宇宙軍より衛星の燃料補給技術の開発を2,550万ドルで受注 |
2023年10月 | 日本 | 文部科学省のSBIRプログラムに採択。補助金交付総額については1社最大120億円。また、経済産業省のスタートアップ育成プログラム「J-Startupプログラム」に採択 |
2024年3月 | 英国 | UKSAのアクティブ・デブリ除去(ADR)燃料補給の実現可能性検討の契約を締結 |
2024年7月 | 欧州 | UKSAおよびESAからELSA-M軌道上実証の最終フェーズを1,395万ユーロで受注 |
2024年8月 | 日本 | JAXAの商業デブリ除去実証プロジェクトフェーズ2のパートナーに選定 |
2024年9月 | 英国 | UKSAのアクティブ・デブリ除去(ADR)燃料補給の次フェーズ契約を受注 |
2025年1月 | 日本 | 内閣府主導で創設された科学技術振興機構が推進する「経済安全保障重要技術育成プログラム」(Kプログラム)にて「協力衛星を対象とした宇宙空間における燃料補給技術の確立」の研究開発課題に採択 |
2025年2月 | 日本 | 防衛省より機動対応宇宙システム実証機の試作を72.7億円で受注 |
2025年4月 | 米国 | 静止軌道にある米国国防総省の衛星への燃料補給を実施する契約を締結 |
2025年6月 | 英国 | 英国国防省の国防科学技術研究所と宇宙状況把握の能力を強化する515万ポンドの防衛契約を締結(本記事の内容) |
アストロスケールは2017年以降、日本のJAXA、欧州のESA、米国の宇宙軍・国防総省、そして英国の各機関と継続的なパートナーシップを構築し、軌道上サービス分野におけるリーディングカンパニーの地位を確立してきました。
特に英国との関係においては、2021年の英国宇宙庁との初回契約から始まり、ELSA-M開発、Dstlとの宇宙領域認識研究、ADR燃料補給技術開発、そして今回のOrpheusミッションへと、段階的かつ戦略的に連携を深化させています。これは英国政府がアストロスケールを単なる技術ベンダーではなく、国家宇宙戦略の重要なパートナーとして位置づけていることを示しています。
今回の515万ポンドのOrpheus契約も、継続的な信頼構築の成果であり、アストロスケールの技術力と実行力が国際的に高く評価されていることの証でしょう。
アストロスケールが提供する軌道上サービス技術は、各国の宇宙安全保障戦略において不可欠な要素として認識され、持続可能な宇宙開発の実現に向けた重要な役割を担っています。
【参考記事】
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000089.000067481.html