宙畑 Sorabatake

スポーツ・エンタメ

漫画を、宇宙で描く。約19年の連載を締めくくる『宇宙兄弟』最終巻の「425.5話」を「きぼう」のロボットアームで遠隔描画 【宇宙ビジネスニュース】

『宇宙兄弟』425.5話を、宇宙の「きぼう」で遠隔描画する「Mission: SPACE COMIC」。その全体像と技術を紹介します。

2026年6月11日、講談社は宇宙で漫画を描く新たな試み「Mission: SPACE COMIC」を発表しました。

描かれるのは、『宇宙兄弟』本編では語られなかった425話と426話の間の物語「425.5話」。「きぼう」日本実験棟内のロボットアームを、地上から遠隔操作して紙に描きます。

完成した話は、2026年7月22日発売予定の最終第46巻で公開されます。

「Mission: SPACE COMIC」 Credit : 講談社

『宇宙兄弟』は、小山宙哉さんが2007年から講談社「モーニング」で連載してきた、宇宙飛行士を目指す兄弟の物語です。累計発行部数は3,500万部を超え、約19年の連載が2026年6月に完結しました。

その締めくくりとして、作品の世界を本当に宇宙で描こうとする試みです。

本記事では、この企画を支える顔ぶれと「きぼう」を使えるしくみ、そして遠隔操作で宇宙に線を引くことの難しさを見ていきます。

(1)作品・企業・「きぼう」がつながる場所、『宇宙兄弟』と宇宙インフラが出会う企画の全体像

「Mission: SPACE COMIC」のミッションパッチ Credit : 講談社

今回の挑戦は、立場の異なる複数のプレイヤーが関わっています。

作品の権利を持つ講談社や作家の小山宙哉さん、作画データを扱うセルシス、ロボットアームの制御・運用に関わるスペースエントリーやメノーといった民間企業。そして実施場所となるのが、JAXAが運用するISSの「きぼう」日本実験棟です。

関係者とその役割を以下に整理しました。

作品とのつながりは、機材の名づけにも込められています。ロボットアームを動かす制御ソフトウェアは「ヴェロッキオ」。作中に登場する遠隔操作ロボット「ダヴィンチ」にちなんで名付けられました(ヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠の名前)。

そして、この企画は、JAXAの「きぼう有償利用制度(非定型サービス)」が用いられています。

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研究・実験が行われている場所という印象が強い「きぼう」が、表現やコンテンツの実証の場としても開かれていることを示す一例です。

実は、これまでの非定型サービスでも、研究にとどまらず幅広い利用が行われてきました。その主な利用事例を下記に示します。

宙畑メモ:HDTV-EF2とは
「きぼう」の船外実験プラットフォームに設置された、JAXAの次世代ハイビジョンカメラシステムです。正式名称はHigh Definition TV Camera – Exposed Facility 2。地上から向きを操作しながら、宇宙空間から直接、地球の高精細な映像を撮影できます。研究用途にとどまらず、CM撮影や宇宙映像の商業利用など、民間事業化に向けたトライアル利用にも開かれてきました。いわば、地上から狙いを定めて地球を撮る「宇宙のカメラ」です。

では、今回のプロジェクトの全体像が見えたところで、次は最大の難関である「宇宙で線を引く」技術に目を向けます。

(2)宇宙で線を引く難しさと、その先にある遠隔精密作業の可能性

線を引くこのロボットアームは、宇宙実験の自動化・遠隔化を見据えてJAXAが2025年に打ち上げた新型機です。今回が、このアームを使う初の商業ミッションにあたります。いずれも、ミッションに参加するスペースエントリーの説明によるものです。

あらためて整理すると、この挑戦は、完成した原稿を宇宙へ運ぶものではありません。地上で描いた小山さんの手の動きをデータ化し、その筆致(線のタッチや筆跡)を「きぼう」内のロボットアームで紙に再現する試みです。

この筆致は、小山さんが普段の執筆にも使うマンガ制作アプリ「CLIP STUDIO PAINT」で記録。開発元のセルシスが、その筆跡データを宇宙のロボットアームへ正確に届けるプロセスを技術面で支えます。

地上での作画から宇宙での再現までの一連の流れを、下の図にまとめました。

一見単純な線引きに見えますが、地上では当たり前の動作にも、宇宙ならではの難しさがいくつもあります。ふだん何気なく引く一本の線が、宇宙ではなぜ難しいのか。順に見ていきます。

まず難しいのが、筆致の再現です。漫画の線は、直線や曲線、強弱のある筆圧が連続する繊細な動きの集まりです。人の手が生む微妙なタッチを、ロボットアームの動作としてどこまで忠実に写し取れるか。

制御を担うメノーは、微小重力下でこの精密な動作を再現するため、何度もシミュレーションと調整を重ねてきたと説明しています。

次に、宇宙環境そのものの制約があります。最も根本的なのが微小重力です。紙もペンも、人の体も重力で押さえつけられないため、紙が浮かないように留め、ペン先を一定の力で当て続けるなど、地上では意識しない部分から考え直す必要が出てきます。

さらに、空気の対流がないため熱がこもりやすく、装置には発熱対策が必要です。ほかにも、インクの揮発や燃えにくさへの配慮、打ち上げ時の重量、限られた作業時間など、地上にはない条件が次々と重なります。

今回は、こうした制約の中で作業をどこまで再現できるかを確かめる、実証的な挑戦でもあります。一連の繊細な作業で得られるデータは、極限環境での遠隔精密作業の基盤になるとメノーは見込んでいます。

今後、宇宙飛行士の手を借りずに精密な作業を遠隔・自動でこなせるようになれば、創薬や材料開発など、宇宙での実験の幅も広がっていきます。

作者の小山さんは、初めて話を聞いたとき、作中のロボット「ダヴィンチ」のようだと驚いたといいます。作品が生むワクワクと、将来につながる確かな技術が同居する、フィクションが現実になるその瞬間を、宙畑も楽しみに見守りたいニュースでした。

参考

人類初!地上から400km離れた宇宙で漫画を描く『宇宙兄弟』×「Mission: SPACE COMIC」を発表

Mission: SPACE COMIC

個別の要望に応じた実験(有償利用)

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