宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

日本を宇宙旅行の拠点に。弁護士・新谷美保子氏が語るこれからの宇宙ビジネス

宇宙ビジネスの実務に精通した弁護士として活躍されている新谷美保子さんにインタビュー。Space Lawyerになるまでの経緯と仕事のモチベーション、そしてTMI総合法律事務所に所属する傍ら、現在理事を務めている、一般社団法人Space Port Japanでの取り組みについて語っていただきました。

宇宙二法の制定によって、日本でも注目されることが多くなった宇宙法について、TMI総合法律事務所で宇宙ビジネスの実務に精通した弁護士として活躍されている新谷美保子さんにインタビュー。

新谷さんがSpace Lawyerになるまでの経緯と仕事のモチベーション、そしてTMIに所属する傍ら、現在理事を務めている一般社団法人Space Port Japanでの取り組みについて語っていただきました。

宇宙ビジネスの実務は契約書から学ぶしかなかった

―早速ですが、新谷さんは慶應義塾大学法学部をご卒業後、最高裁判所での研修を経て、TMI総合法律事務所に入所、さらにニューヨーク・コロンビア大学ロースクールへの留学のご経験もあるとプロフィールを拝見いたしました。宇宙法に関心を持たれたきっかけは何ですか?

Credit : 宙畑

留学前は技術やブランド、エンターテイメントなど、知的財産権に関する紛争案件を多く扱っていました。その後、ニューヨークでの留学生活の中で、日本製品に誇りを持って異国の地で懸命に営業されている、多くの優秀な日本人ビジネスマンの熱意を見て、海外に出て初めて「日本のものづくり」のために仕事がしたいと思うようになりました。

そこで、何のつても無かった大手重工業の米国本社(以下、A社)でどうにか研修させてもらいたいと思い、たまたま知り合いの先輩がA社へ営業に行くというので、私の履歴書を持って行ってもらい、面接をしていただけるように頼んだのです。30代前半のことです。

―ものすごい熱意ですね。

そして、その研修の中で様々なことをご教示くださったGeneral Counselから当時お聞きしたことの一つが、「日本にSpace Lawyerが文字通り一人もいなく、国益が損なわれかねない状況だ」という現状でした。「私が日本で第一号になろう!」という思いを胸に帰国したのです。

しかし、帰国した当時は宇宙ビジネスを専門にしたいなどというと、「そんなの無理だよ、今まで一人もいないんだから」「大丈夫?」「留学で何やって来たの」とか、「夢があるね~(遠い目)」という反応も少なからずありました。
そのような中、「相当な覚悟がいるが、やってみたらいい」と激励と共に、快く応援し支えてくれたのが弊事務所の代表田中弁護士でした。スタート時から現在まで支えてくださる事務所の先生方には心から感謝をしています。

宙畑メモ
TMI総合法律事務所は大手法律事務所の中でも、ベンチャー気質のある事務所なのだそうです。

―宇宙関連の案件に携わって感じた、他の業界との違いはありましたか?

宇宙空間におけるビジネス特有のリスク分担が契約書でなされていることです。例えば衛星は宇宙空間に輸送した後は修理することができません。そのため、例えば衛星売買契約においては、一般的に民法で適用される瑕疵(かし)担保責任の概念とは違いがあり、契約書上もさまざまな工夫があります。

宙畑メモ
瑕疵(見た目ではわからない欠陥)に気づかずに物品や不動産を購入してしまった場合、一般的にメーカーや販売者に賠償請求や契約の解除を求めることができます。一方、宇宙ビジネスでは「打上げ後」はこれが出来ないようになっていることが慣例です。

このような宇宙ビジネスの実務は、本や論文等にはほとんど書かれていません。例えば、打上げ契約書一つをとっても、SpaceXとアリアンスペースでは全く違う考え方を取っている条項もあります。その違いには彼らの営業のノウハウが詰まっている場合もあり、宇宙ビジネス法務により精通するために、私もとにかく多くの知見を「実務」から得る必要がありました。

そんなとき、ある民間企業間の宇宙ビジネスにおける紛争について、別のクライアントからのご紹介で、サードオピニオンという形で意見書を出させていただく機会を得ることが出来ました。今後、宇宙ビジネスを専門にするためにも、膨大な資料を短期間に読み込み、これまで学んできたことを駆使し、そしてこの頃から右腕として頑張ってくれている後輩弁護士と共に、自分たちの頭で考え、必死に意見書を書きました。

意見書を提出した後の法務部の方との会議には、意見書を読んでくださった事業部の方も会いに来てくださり、議論をすることが出来ました。そして宇宙ビジネスの実務を理解している、この内容であれば紛争を最低限の損害に食い止めて解決できるかもしれないと思ってくださったのです。

結果的に私たちをこの紛争の正式な代理人として採用していただくことになり、私たち宇宙チームは、このクライアントがこれまで結んでいた膨大な量の宇宙ビジネス契約を分析することが出来ました。そしてこの紛争については何も話せないのですが、この紛争解決後は、ご紹介などで雪だるま式に他のクライアントの方々からも案件をいただけるようになりました。私のメンターは、NY時代からいつでも事業者の皆様であり、本件からも、実務面、技術面を含め大変多くのことを学ばせていただきました。
また事務所内でも、一緒に案件を担当してくれたメンバーの頑張りのお陰もあり、今ではかなりの人数の弁護士、弁理士が宇宙チームとして案件を担当してくれるようになりました。

今担当している仕事のほとんどは航空宇宙関連なのですが、全ては人と人との繋がりで、案件を通じて今もなお日々多くの宇宙ビジネスについて学ぶことが出来ているのだと思います。

モチベーションは日本の未来に宇宙産業を残すこと

―ところで、本日持ってきていただいたお手元の本は何ですか?

「学研まんが 宇宙のひみつ」 Credit : 宙畑

実は、物心がついて一番はじめに興味を持ったのは、宇宙でした。子どものころは自分が遥か遠くからコントロールされているような気がしていて(笑)、宇宙空間の更に外に何があるのか知りたかったのです。それで小学校に入る前に、「学研まんが 宇宙のひみつ」が欲しいとねだったのですが、買ってもらえませんでした。

―学研まんがを、ですか?(笑)

新谷さん:あまりに強く興味を持った私を両親は不安に思ったのでしょう。このエピソードを聞いたあるクライアントの方が、わざわざ探してお送りくださったのです!

正直、これまでの道のりは、ときには辛いこともありへこんでしまうこともありました。それでも頑張って来られたのは、子どもの頃から抱いていた宇宙への思いがあったからなのではと思うこともあります。

―宇宙への思い、新谷さんのお仕事のモチベーションについて、もう少し詳しく教えてください。

実は、ニューヨークへ渡ったのは、夫の転勤と合わせてで、子どもは当時1歳。子育てに追われながらの学業は厳しくて、ときには時間がないことが悔しくて涙してしまうこともありましたね。

一方で、子どもがいたからこそ見える世界がありました。自分が死んだあとの時代に生きる子どもたちにどんな日本の未来を残せるのか、ということに意識が向くようになりました。いまちょっとした分岐点の選択を間違えると、将来の日本の子どもたちに、自由に宇宙にアクセスすることができない国を残してしまうかもしれない。この思いがSpace Port Japanでの活動に繋がります。

東京五輪後の日本産業のカナメ、Space Port Japanが描く未来

―新谷さんは2018年に設立され、話題となった一般社団法人Space Port Japan(スペースポートジャパン)で理事を勤められているとお伺いしています。参画された経緯を教えてください。

宙畑メモ
スペースポート(宇宙港)は、宇宙船の発着場のことです。2011年に世界初の民間スペースポートが米国・ニューメキシコ州に建設されました。敷地面積は成田空港の7倍にのぼります。
参考記事:「宇宙港 スペースポートアメリカ」

宙畑メモ
一般社団法人Space Port Japan(SPJ)は日本にスペースポートの開港を目的に活動を行う団体。会員企業としてANAホールディングス株式会社、エアバス・ジャパン株式会社、株式会社電通をはじめ地方自治体やベンチャー企業など32団体が参画しています。

子どもたちの時代に宇宙を産業として残すためには、日本が無くてはならないという存在感を示せる分野を確立することが必要だと考えています。そこで宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去を含む「軌道上サービス」はその分野の筆頭だと考え、意見を提言してきました。
また、ある方が「スペースポートを制する者が宇宙ビジネスを制するんじゃないかな」と仰っていたことをきっかけに、「産業界が一枚岩になる」ことの重要性を感じ、同じ想いを持ってくれそうな周囲の方にお声がけをし、皆で一気に団体設立までしました。

宇宙ビジネスは、はじめからグローバル戦。海外から打上げた方が都合良いのであれば、たとえ日本の企業だとしても、海外に行ってしまいます。例えば、インターネット事業では、日本語対応や文化に根ざしたサービスの提供が求められますが、宇宙ビジネスはそうはいきません。

スペースポートは世界中ですでに動き始めている産業であり、米国には既に12箇所もありますし、イギリスでも開港準備が進んでいます。SPJ設立から日々多くのことが日本においても動いていて、残念ながら現時点ではまだお伝えできませんが、近いうちに少しずつ面白い発表を出していけると思います。

―新谷さんが話される様子から、その面白さが伝わって来ます。一方で、スペースポートを運用する上での課題はどのようなものがありますか?

やはり有人宇宙飛行に関するルールが規定されていないことです。法律の制定には時間がかかりますし、どこかのタイミングでルールメイキングをスタートさせたいところではあります。

ただ、有人飛行を行うことだけがスペースポートの運用ではありません。例えば、スペースプレーンのテストフライトや小型ロケットの打ち上げなど、既存の航空法の範囲内で運用する形でビジネスを行うスペースポートを開港することも十分検討できると思っています。

―日本のスペースポートがグローバルで選ばれるための鍵は何ですか?

高い技術力と周辺産業との連携が取れることではないでしょうか。
他にもスペースポート建設を検討している国がアジアにもあります。国の補助金が出る可能性もあり、スペースポートのハブとしては好条件に思える国もあります。

しかし、日本も負けてはいません。なんといっても日本は宇宙産業で幅広い領域での経験と高い技術力があるからです。さらにスペースポートは、スペースプレーンが離発着する場所なので、ホテルなどの観光業を始めさまざまな周辺産業と連携できるチャンスがあります。

まさに日本の総力結集と言えるでしょう。日本へ旅行に来た際に、観光スポットの一つにスペースポートでスペースプレーンの見学を挙げてもらえればと思っています。2020年のオリンピック終了後はスペースポートで日本を盛り上げようと参画してくださる企業もあります。

―フロリダのケネディ宇宙センターにスペースシャトルを見に行くような感覚ですね(笑)

Space Lawyerが注目する宇宙ビジネスとは

―他に興味がある宇宙ビジネスはありますか?

Credit : 宙畑

衛星データ利用です。どの企業がどのようなビジネスを始めるのか、いいアイデアを出した者勝ちだと思っているので、とても楽しみにしています。

その分野でも、衛星データの解像度が上がる前に、衛星データの権利やプライバシー権等とのバランスなど、本当はある程度の世界的なルールメイキングが必要だと思っています。一方でルールメイキング次第で産業が伸びるか否かが決まる可能性もありますので、世界の動向には注意が必要です。

実務家としては、新しいビジネスについて意見を聞かれたときに、どうすれば実現できるのかをとことん考え、「現行法では出来ませんね」とだけ言うことはできる限り避けたいとも思っています。

―最後に日本のNewSpaceビジネスのブレークスルーのために必要なものを教えてください。

私はビジネスの専門家ではありませんが、“スピード感と資金”なのではないでしょうか。やはり、米国のジェフ・ベゾスやイーロン・マスクらが率いる企業の莫大な資金に裏付けられたダイナミックなビジネスにはすぐにはかないません。

しかし、日本にはNASAのおよそ10分の1の資金で、小規模でもほぼ同じラインナップを実現してきた宇宙分野での実績があります。例えばスペースポート開港のように、アジアにおけるハブとしての地位を確立すること、もしくは何か一つでも特定の分野で日本がなくてはならない国になることは十分可能だと思っています。

また、日本におけるレガシー企業は、スタートアップ企業とは比にならない資金とこれまで集積してきた技術力を持っています。レガシー企業とスタートアップ企業の連携、非宇宙産業のステークホルダーの参入などにより、日本の宇宙ビジネスのブレイクスルーを実現していくことができるのではないでしょうか。

Credit : 宙畑

取材を終えて

印象的だったのは、新谷 美保子さんがインタビュー中に何度も「クライアントとの繋がり」に触れていらっしゃったことです。日本の宇宙産業を良い方向に導くことを第一に、企業に寄り添い宇宙ビジネスを理解しようとする新谷さんの姿勢に宇宙関連企業や事業部の方々も信頼を寄せていらっしゃるのではないでしょうか。
そんな新谷さんが取り組まれているSpace Port Japanが近々予定しているという “面白い”発表には、万全の用意で備えたいものです。

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