小笠原の海から日本列島へ。1400km以上を旅した軽石を追いかける宇宙と海洋のコラボレーション
2021年夏、ニュースでも大きな話題になった軽石問題。軽石が今どこにあり、今後どこに向かうのかに奔走した2機関の取り組みについて取材しました!
2021年夏に噴火した小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」付近から、噴出した軽石が日本列島付近まで漂流してやってきました。
火山噴火で噴出したマグマが急速に冷されて固まり、ガスが抜けた後が隙間の多いスカスカの軽石を作ります。文字通り軽く、海水に浮くために筏のように漂流する軽石は、「軽石筏(pumice raft)」と呼ばれています。
この軽石筏が社会問題となったのは2021年の10月頃。小さな軽石のかたまりは無害ですが、大量に流れてきたために漁業や観光への影響が懸念されました。軽石はどのようにやってきて、どう流れていったのか。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)と海洋開発研究機構(JAMSTEC)の協力により、衛星データからJAMSTECの持つ海流シミュレーションを利用した軽石の漂流予測が公開されています。
宇宙と海洋、2つの機関が協力した取り組みからどんな成果につながったのでしょうか。JAXAの石澤淳一郎さん、川北史朗さん、JAMSTECの美山透さんに解説していただきました。
お話を伺った方
海洋研究開発機構付加価値情報創生部門アプリケーションラボ 美山透さん
海洋予測モデルの開発。またその海洋予測モデルを使い海流変動メカニズムを明らかにしたり、海の温暖化や海洋プラスチック拡散など社会問題に適用する研究を行っている。
JAXA第一宇宙技術部門 衛星利用運用センター 技術領域主幹 川北史朗さん
人工衛星による国内外の防災事業を担当している。
JAXA第一宇宙技術部門衛星利用運用センター 技術領域主幹 石澤 淳一郎さん
2000年に宇宙開発事業団(その後、宇宙航空研究開発機構)に入社し、宇宙用材料の研究開発や関連のプロジェクト支援に従事。現職では衛星観測情報の利用推進、利用技術開発業務(主に海洋分野)を担当している。
■軽石の被害はまだ続いている? また、軽石被害は珍しい?
――2021年8月の海底火山「福徳岡ノ場」の噴火から噴出した軽石は、船の運航やビーチの景観への影響がありました。他にも、日本付近まで流れてくることでどのような影響があったのでしょうか?
美山:海底火山から噴出した軽石は、10月中旬ごろに沖縄の方へたくさんやってきまして、浜辺を埋め尽くしたり、海上保安庁の船や漁船では、エンジンを冷やすために取り込む水に混ざって入ってきたりすることで、軽石が詰まって船が動かなくなるなどといった影響がありました。
養殖魚が間違って軽石を食べてしまい、死んでしまった、沖縄でシイラの胃の中に入っていたというという報告もあります。カツオなどの回遊魚にも影響する可能性や、台湾まで流れついていて、シラスウナギが死んでしまったという現地ニュースも聞きました。
沖縄では浜辺の景観が変わって観光に影響したとも言われています。自然の生き物にどういった影響があるかという点ではまだよく分からないところがありますので、全体的な影響の程度はこれからきちんと評価されていくものと思います。
――軽石の漂着が報道されたのは2021年の10〜11月ごろですね。現在もまだ被害は残っていますか?
美山:段々とおさまってきていて、おそらくピークよりは下がっているとは思います。ただ、報道では出漁を自粛している漁船もあるとも聞いています。
石澤:船舶のフィルターの掃除をすると、まだ小さな軽石が入ってきているようですね。2021年の10~11月の影響と比較するとだんだんと小さくなってきているとはいえ港や沖にはまだ軽石が残っていて、こまめに船のメンテナンスをしなければならない負担があるとのことです。
また、回収した軽石がかなり堆積してしまい、処分をどうするのかという問題もあると聞きます。鹿児島県では、ブロック状にした軽石を浮かせて漁礁を作るといったことも検討しているようです。
――海底火山による海の軽石の漂着は珍しい現象なのでしょうか? 8月の福徳岡ノ場の噴火が特に大きかったということなのでしょうか?
美山:実は、それほど珍しいことではなく、トンガでは2019年にもかなり大規模な海底火山の噴火による軽石漂着がありました。世界規模ではそれなりに起きている事例かと思います。
日本では、100年近く前に西表島付近の海底火山で同様の噴火が起きています。当時は黒潮のこともまだよく分かっておらず、むしろ軽石の漂流を見ることによって黒潮の実態が明らかになったといったような話もあります。
■JAMSTECがJAXAとコラボを考えたきっかけは?
――今回、JAXA・JAMSTECが協力して、衛星データから軽石を探すことになったきっかけはどんなところにあったのでしょうか?
美山:沖縄で軽石が問題になった2021年の10月中旬ごろ、メディアの方から「どこから来たんですか?」「これからどうなりますか?」など質問を受けることが増えました。
まず、福徳岡ノ場の位置に軽石に見立てた粒子を入れてシミュレーションしてみたところ、10月中旬に沖縄周辺に軽石が到達することを再現できました。
そこで、「これは福徳岡ノ場から来た軽石である」ということをシミュレーションでも確かめられたわけです。さらにシミュレーションを延長すると11月末頃には関東の方にも来る可能性もあることがわかりました。
当初は科学的な興味で始めたのですが、被害が大きくなるかもしれないとなると、社会的にきちんとお答えしなくてはならないと考えるようになりました。
もっと正確にやろうとも考えたのですが、シミュレーションが長期間にわたると、徐々に観測とシミュレーション結果が合わなくなってズレが発生してしまいます。
例えば、初期のシミュレーションでは、石垣島や台湾など、西の方へはかなり早い時期に到達する予測でした。石垣島の市議会でも取り上げられて、国に要請するといった議論にもなりました。
しかし、現実にはシミュレーションよりもかなり後の方での到達になったわけです。あまり予想が早すぎると、石垣島への風評被害につながる懸念もあります。
それならば、より現在に近い観測データを元に今後どうなっていくかを予測する方が正確になります。そこで、「実際に軽石はどこにあるか」という情報を探していたわけです。JAXAとはこれまでにもお付き合いがありましたので、情報をいただけないかとお願いしたところ、ご協力いただけることになりました。これが11月の中頃ですね。
■JAXAは福徳岡ノ場の噴火前から衛星による観測頻度を増やしていた
石澤:JAXAはもともと海域火山からの変色水を衛星で観測することをやっていました。変色水とは、マグマと海水が反応する「熱水反応」によって海水が変色したものですが、海面の色が温泉の色のように変わります。その濃さ、広さ、場所を見て、火山活動の活発さの変化を見るものです。
すでに2021年の2~3月頃から、福徳岡ノ場でこれまでとは違った活発な変色水が出てきてまして、それがGCOM-C(しきさい)衛星のデータで見えていました。
海域火山の監視を行っている海上保安庁や東京工業大学とも「ここはちょっと活発なので要注意ですね」という議論を進めていまして、しっかりウォッチしていく対象になっていました。
海上保安庁が航空機による観測頻度を増やしていたところ、実際に8月に噴火して、軽石も出てきた。
もともと要注意と考えていたところが噴火して、軽石も見えて、「こんなにたくさん出るんだ」「これから広がるのかな?」という感覚は持っていたわけです。それが10月になると沖縄にきました。船が動かなくなるといった影響があることから、海上保安庁や沖縄県から「情報提供してほしい」という問い合わせがJAXAに来ました。
海上保安庁とは海洋観測の分野でこれまでさまざまなつながりもありまして、これはすぐに動こう、ということになりました。あわせて、日々最新の衛星観測情報を見て、関係各機関の方々にお伝えするということを始めたわけです。
ただ、「この後はどうなるのか?」といった問い合わせも受けたのですが、どう流れるのかの予想になりますと、私たちはその分野の専門性はないので確かなことは言えません。
国民の方々により役立つ情報にするためには、今後の予測とセットであることが重要です。そのような中で美山さんとお話しすることができて、それならば一緒に組んでやりましょう、ということになりましたという経緯ですね。
――各機関がそれぞれの強みを生かして、軽石を中心にだんだん合流していったわけですね。
■次のアクションに繋がるデータ提供形式を意識したJAXA
石澤:様々な軽石の影響が懸念され、直接連絡できるところだけでなく、広くWebで情報発信しようということになりました。同時に美山さんのように専門家にデータをお渡しするにあたって、ただ衛星画像だけですと、受け取った側にそれを処理していただく手間がかかってしまい、それでは申し訳ない。
そこで、位置情報を含んだデータとしてお渡しすれば、美山さんのシミュレーションや、他のGISでも取り扱えるようになります。これまではあまりやっていなかったもので手探りでしたが、今回多くの方から「すぐ使えた」とのお知らせをいただいて、やって良かったと思っています。
――衛星画像だけではなく位置情報として渡すということができるようになると、使いやすくハードルが下がるという点は興味深いですね。JAXAの中で、そうした発想はどのようにでてきたのでしょうか? またデータ形式をポリゴンデータにしようと考えられた理由は?
石澤:JAXAから衛星データを出しても、それを使える人はどうしても限られてしまうという課題がありました。実際に社会で利用していただくには、衛星データを解析する時間が惜しいこともありますし、特に今回は時間も限られています。本当は、ユーザーの方が必要な情報さえシンプルに届けばよいわけですよね。
川北:衛星画像はあくまでもデータでしかないので、情報に変換することが大事ですし、その後にアクションを起こせるように利用しやすくするということを考えました。情報を分かりやすく伝えるにはどうすれば、というところからGISを利用しよう、多くの方々に見ていただくものを作ろうということになりました。
これまでも私は国際担当として、海外で災害が起きた場合の情報の提供の仕方を工夫するということを普段から考えていました。
災害時に衛星の写真だけ提供すると、その後でユーザーさんに「どこに何があるか画像から読み解いてください」とお願いすることになってしまいます。それはやはり、ひと手間増えてしまいますので、使う方にとっても使い勝手が悪いだろうと思うわけです。
そこで、災害が発生した箇所の画像だけでなく、例えば「建物の被害はこの箇所に集中しています」というように地図化したものをみなさんが普段つかっているパソコンで閲覧できるWebGISサービスで提供したり、ポリゴン化するということも普段からやってきていました。
宙畑メモ GIS
GISはGeographic Information Systemの略で、日本語では地理情報システムと呼ばれます。地理空間情報の基本と活用という書籍の中では、「コンピュータ上で空間データを収集・取得し、それらをデータベースとして構築し、管理し、検索し、分析し、統合し、表示し、伝達する一連のシステムである」とあります。位置情報の付いたデータを見たり、解析したりすることができるシステムと考えていただければと思います。
GISについてもっと詳しく知りたい方は「GIS(地理空間情報システム)の基本~できること、活用事例、GISデータ、ソフト~」をご覧ください。
美山:ポリゴンデータでいただいたので、1日もかからずにあっという間にシミュレーションテストができてとても助かりました。これが画像からデータ抽出をしていたらもっと大変だったと思いますね。ポリゴンデータだと、面積に比例して軽石の量があるという定量的な設定が立てられます。そうした設定を元に始められたのもとてもありがたかったですね。
――データ提供の仕方が次のアクションに繋がる、という観点は大事ですね。トンガの噴火にしても、データの提供の仕方によって情報を受け取った人の意識が変わり、義援金を送るといったアクションにもつながるのではないかと思います。
美山:私たちがシミュレーションを始めた後に、台湾の研究者から情報を交換したいという話がありまして、JAXAからの位置データを元にシミュレーションしているということをお話したところ、台湾の側からも同じデータが欲しいという要望がありました。台湾でもJAXA情報を元にシミュレーションをされたようで、広がりも出ていますね。
■地球観測衛星から軽石を判読する難しさとは
――海流を予測して軽石を見つける場合、どのような部分がハードルになりましたか?
石澤:私たちも軽石を見るのが初めてだったので、最初は「これは軽石なのか」と悩む部分がありました。それから雲との判別ですね。誤判読を避けるには、軽石に特徴的な色や、雲は雲なりの、軽石には軽石なりの形、を考えないといけない。軽石は海流に乗って流れてきますので、長く筋状になるのが自然なはずです。そういったところをヒントにしつつ、形状が矛盾してないか考えながらやっていきました。
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川北:かなり広いエリアを見ることになりますので、もたもたしていると鮮度を失って役に立たなくなってしまうと思い、広い範囲をいかに早く見るかということを考えました。
沖縄付近では軽石が固まっていて茶色に近い色ですが、関東に近くなってくると軽石が疎になって白っぽくなり、白いと雲との見分け方がますます重要になります。
まとまりかたの特徴を考えたり、海上保安庁さんの航空写真を参考にしながらだんだんと経験を積んで、判読していったという感じです。
美山:シミュレーションと実際の軽石のルートがズレてしまう背景に、軽石特有の性質があります。軽石の半分は海面から顔を出していてあとは沈んでいるので、海に沈んでいる部分は海流に乗って動いていきますが、空気中に出ている部分は風に押されるわけです。
どの程度まで沈んでいるかによって、風(大気)と海流の影響の強さが変わります。これは軽石の粒の大きさにもよるので、粒が小さいとほとんど沈んでいたりします。
沈み具合によって風の影響は相当に変わってきて、私たちのシミュレーションでは風の影響によって「強い」「中くらい」「弱い」と3つのシナリオを用意しました。
川北:今回は、JAXAのGCOM-C(しきさい)と欧州のSentinel-2という衛星のデータを利用しました。この2つは、カバー力があって全容把握しやすい、見逃しにくいということから中分解能と観測幅を重視したのと、マルチバンドの観測ができるという点があります。
ただ、判読作業するにしてもSentinel-2衛星データは300km四方という広範囲ですので、自動で軽石を識別するツールは作ったんですが、最終的には人が見て判断するので、これはかなり大変な作業でした。
川北:そこで、美山さんから事前にシミュレーションの予測情報をいただいていて、それを参考にしながら判読して、観測結果を皆さんにお伝えして、さらにそれが精度の高いシミュレーションとなって返ってきて……という良いループ、コラボレーションに繋がりました。
石澤:私たちも今回は軽石を見たのは初めてでしたので、海上保安庁さんとのディスカッションもフィードバックになりましたし、美山さんとも繋がることができましたし、漂流速報を介して美山さんたちと海上保安庁さんも繋がっていきました。うまく日本の機関同士がつながったと思います。
――仮に衛星データがなかったら、軽石の場所はどのように判読をすることになるのでしょうか?
石澤:そうなると、船で付近まで行ったり、航空機で探したりといったことになると思います。衛星と比べると視野の範囲も狭く、飛行経路の下しか見えないわけですから全容把握は非常に難しくなりますね。衛星データから航空機で観測するにあたってどこ狙えばよいかといったことも事前にわかりますので、「人工衛星はとても役に立つ」といった声を聞くことができました。
美山:私たちも航空写真を見ていますが、写真では軽石がどれくらいの広がりを持っているか、といったことを判断するのは難しいので、衛星データのポリゴンがなかったらかなり苦労しますし、結果もかなり違うことになっていただろうと思います。ただ、航空写真が必要ないということではなく、海上保安庁の写真はむしろ「答え合わせ」になりました。
川北:軽石がどこにあったかという情報はもちろんとても大切なのですが、衛星データのように面の情報ですと重要なのが範囲がわかるという点です。「ここには軽石がない、まだ来ていない」という情報もとても大事だったと思いますね。
――前例のないコラボレーションですが、皆さんが日ごろから意識されていたことがうまくつながって、大きな成果につながったわけですね。振り返ってみて、今回の協力はいかがでしたでしょうか。
石澤:衛星情報が多くの方の注目を受け、また使って頂いて、非常に張り合いがありました。こんな形で人工衛星は役に立つということを発信できたと思っています。JAXA、JAMSTECなど日本の科学技術を使って災害支援活動ができる。国内の災害に限らず、先ほど話のあったトンガのような海外にも支援していることを、日本の皆さんも知って頂けると喜んで頂けると思っています。これからも積極的に情報発信していこうと思います。
美山:軽石に限らず、昨年秋に発生した北海道の赤潮や海洋プラスチックごみなど、海洋にもさまざまな社会に影響を与えるような問題があります。海の情報を船で得るというのはなかなか大変ですので、人工衛星を使うことでよりよい問題解決につながるように、JAXAさんとも協力して活動していきたいですね。
川北:さまざまな形で連携することはとても大事だなあと思っていまして、さまざまな機関の方と連携することによって、より効果的で価値がある情報をご提供するということができたので非常によかったと思います。石澤さんの「発信をしたい!」という意欲を受けて始まりましたが、防災の分野でもこれから役立つ経験だと思います。