財務情報では測れない企業の価値を見える化する「ESG評価」の現状と課題、国内外の評価機関まとめ
「環境(Environment)」、「社会(Social)」、「ガバナンス(Governance)」の頭文字をとったESGの評価機関について、どのような項目で評価されているのか、国内外の事例をまとめました。
(1)ESGとは?近江商人の「三方良し」にも繋がる、求められる企業経営のあり方
ESGは「環境(Environment)」、「社会(Social)」、「ガバナンス(Governance)」の頭文字をとったものです。
従来、投資などのために企業の価値を判断する材料は、財務情報が中心でした。しかし、企業が長期的に安定して成長するためには、環境や社会に対する影響や、社内統治が適切に行われているかも重要だと考えられるようになり、こうした要素を投資判断に組み込んだのがESG投資です。
多くの企業が、財務情報だけではなく、自社のESGの取り組みを統合報告書やサステナビリティレポートなどで開示しています。また、ESGの取り組みに対する第三者による評価も行われています。
こうした情報に注目するのは投資家だけではありません。社会全体で気候変動問題、社会問題への関心が高まっていて、消費者も企業の取り組みに注目するようになっています。BtoBの企業であっても、ESGに取り組まなければ取引先を失う恐れがあります。企業の規模や業種にかかわらず、取り組まなければならない課題なのです。
また、ESG以外にも、コンプライアンス、サステナビリティ、そしてSDGs……次々に横文字がメディアを賑わせ、多くの企業が対応に追われています。
こうした言葉のほとんどは欧米から入ってきたものなので、いまいちピンと来ないという人や、違和感を持っている人もいるでしょう。ですが、日本にも昔から「三方よし」のように、地域や社会、自然とのつながりを大切にした商売が根付いていました。
「三方よし」とは、近江商人の考え方を端的に表した言葉です。「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」――つまり、顧客にも自社にも社会にもよいこと。それが商売では重要だという考え方です。
ESGは、「世間よし」の重要性が高まったことの現れとも言えるでしょう。江戸時代から現在に至るまで、世界の様子は大きく変わりました。
地球温暖化は急速に進み、グローバル化やテクノロジーの進歩で世界がつながったことで、問題は入り組んで複雑になっています。
ESGに取り組む根本的な価値観は昔からあったものとはいえ、問題の変化に合わせて取り組みも進化しています。
(2)ESGの取り組み分類(事例あり)
ESGの取り組みは非常に多岐にわたり、必ずしも「環境」「社会」「ガバナンス」ではっきり分類できるわけではありません。
なぜなら、1つの取り組みが環境にも社会にも影響を与えることもあるからです。今回は、ESGの取り組みを次の4つに分けて考えます。
1.一貫したパーパス(存在意義)を持つ
2.事業活動自体で環境や社会に良い影響を与える
3.本業で培った技術やノウハウを活かして環境や社会に良い影響を与える
4.事業活動で発生する悪影響を未然に防ぐ、最小限にとどめる
それぞれについて、ユニリーバとNTTの事例を交えて見ていきましょう。
ユニリーバは、環境分野で世界的に権威のある英NGOのCDPから最高評価を受けるなど、世界的にESGの評価が高い企業です。NTTは東洋経済の「ESG企業ランキング2023」で1位になるなど、国内有数のESG企業です。
①「一貫したパーパス(存在意義)を持つ」
これは、事業活動やESGの取り組みすべての基礎となるものだと言えます。経営層が認識しているだけではなく、全従業員に浸透させて普段から実践することが重要です。
たとえばユニリーバは「サステナブルな暮らしを“あたりまえ”にする」ことをパーパスとして定めています。パーパスを社内に浸透させることで、事業活動自体がESGの取り組みになることを目指しているのです。
②「事業活動自体で環境や社会に良い影響を与える」
ESGの取り組みというと、事業活動以外に慈善活動のようなことをしなければならないと思う人もいるかもしれません。しかし、事業活動自体がESGの取り組みとなる場合もあります。
たとえばNTTは、IOWN®構想(Innovative Optical and Wireless Network)という取り組みを進めています。現在の社会システムでは、インターネット上での膨大な情報の処理が必要で、情報処理量は今後さらに増える見込みです。
IOWN®構想が実現すれば、高速大容量通信が可能になり、社会システムの維持・発展を支えることになります。また環境面では、データセンターの電力消費量の増加が世界的な課題ですが、この構想が実現するとデータ通信に必要な電力が削減されるということです。
IOWN®構想の実現は、NTTの利益にもつながると思われますが、社会や環境にも良い影響をもたらすという意味でESGの取り組みと言えます。
③「本業で培った技術やノウハウを活かして環境や社会に良い影響を与える」
ESGの取り組みには、直接的に企業の利益にはならなくても、環境や社会のために行われているものもあります。たとえばユニリーバは、ユニセフなどと連携し、衛生設備が整っていない国にトイレ用洗剤を支援する、手洗いの教材を提供するなどの活動をしています。製品として洗剤やせっけんを扱っている企業だからこそできる支援です。
一見、慈善活動のようにも見えますが、ユニリーバの製品の普及にもなるため、長い目で見て企業の利益にもつながっていると言えます。
④「事業活動で発生する悪影響を未然に防ぐ、最小限にとどめる」
リスク管理も重要なESGの要素です。
たとえばNTTでは、社内不正や不祥事を未然に防止するため、弁護士事務所に委託して「企業倫理ヘルプライン(社外受付窓口)」を設けています。通報件数は内容ごとにホームページで公開されています。
ユニリーバは、製品を作る過程(サプライチェーン)が森林破壊に関与しないようにする取り組みを行っています。テック企業などと協働し、原材料の調達の段階からモニタリングを行っているそうです。
(3)ESG評価とは
企業はさまざまな形で自社のESGの取り組みを発信しています。しかし、その取り組みにはどの程度の影響力があるのか、他社と比べてどうなのかなど、企業の発信だけを見ていては分からないこともあります。客観的な視点で第三者が評価することが求められるのです。
ESG評価には、以下のようなメリットがあると考えられます。
1.投資判断に使える
「ESG格付け」というと、主に投資判断に使われる情報のことを指します。証券会社は、ESGの観点を織り込んで運用しているファンドを「ESGファンド」として販売しています。欧州では、むしろESGを織り込んだファンドが主流です。
参考:Bloomberg「『非ESG』ファンドの販売、欧州で一段と困難に-ゴールドマン分析」
2.企業が調達元(サプライヤー)の選定に使える
近年「企業は自社のサプライチェーン全体に責任がある」という考え方が広まっています。たとえば「他社から仕入れた原材料の生産過程で人権侵害があった」とします。直接の責任はその原材料を生産した企業にあるとしても、それを知らずに仕入れた企業も責任を問われるということです。欧州では、すでに法律も制定されています。
参考:朝日新聞デジタル「欧州で強まる人権デューデリジェンス」
このように、提携した企業の問題による悪影響を被るリスクを回避するためにも、ESG評価の重要性が高まっています。
3.一般消費者が購買行動を決めるのに使える
広い意味でのESG評価には、一般消費者も利用できるものがあります。日々の買い物や利用するサービスを選ぶ際に参考にすれば、環境や社会に良い影響を与えている企業を支持することができます。
4.働く会社を選ぶのに使える
仕事を通じて社会に貢献したいと考える人は、働く企業選びにESG評価を活用するという方法もあります。ESG評価にはガバナンスも含まれているため、ブラックな職場環境に当たってしまうリスクも減らすことができるでしょう。
5.評価される企業自身が、その後の取り組みに活かせる
ESGの取り組みを行う企業自身も、客観的な視点で評価されることで、取り組みをより意義のあるものに進化させることができます。足りない部分が分かれば、それを補う取り組みを始めることも可能です。
6.環境や社会に良い影響を与える企業が繁栄する世の中になる
ESG評価が高い企業は、資金調達がしやすくなり、消費者の支持も得やすくなります。自社の利益だけでなく、環境や社会の利益も考えられる企業が業績を伸ばせば、環境問題・社会問題の解決につながるでしょう。
(4)評価機関の事例
では、具体的にどういった機関がESG評価を行っているのでしょうか。
ここでは、投資判断に使われるESG格付けだけではなく、企業のESGの取り組みを第三者が評価しているものを広く「ESG評価」と捉え、ご紹介します。
本記事で紹介している ESG評価機関とその内容については、以下のスプレッドシートでも紹介しておりますので、横並びで比較したいという方はこちらもぜひご覧ください。
では、まずは国内の評価機関の事例から紹介します。
国内
東洋経済新報社「CSR企業白書」
CSRにまつわる様々なランキングやデータが掲載されている書籍です。東洋経済が毎年発行しています。ESGに限れば、「ESG企業ランキング」と「中堅ESG企業ランキング」が掲載されています。書籍として販売されているほか、一部は同社のウェブメディアで公表されているため、個人でも活用しやすい評価です。
総合ランキングの一部は以下の記事でも確認できます。
東洋経済オンライン「信頼される『CSR企業ランキング』トップ500社」
〈調査方法〉
対象企業へのアンケート
〈評価内容〉
・雇用・人材活用
・CSR全般・社会貢献・内部統制等
・環境
〈対象企業数〉
日本企業1,631社(2022年度掲載社数)
CSR全般の内容を、対象の日本企業にアンケートを取ることで評価しています。ファクトチェックを行っているという情報は明記されていませんでした。
株式会社グッドバンカー
1998年に設立された、ESGに関する調査・評価と投資顧問の専門企業です。独立系の調査会社として、中立な立場で評価を行っています。評価結果は、機関投資家向けに提供されているため個人で見ることは難しいですが、ホームページでは各種レポートが公開されています。
参考:株式会社グッドバンカー
〈調査方法〉
・企業開示情報の調査
・独自アンケート
・直接コンタクト、ヒアリング、訪問
・各種メディア情報のモニタリング
〈評価内容〉
・環境(環境技術の効率性・持続可能性)
・ソーシャル(人事施策、社会貢献活動、顧客・調達先対応の戦略性)
・ガバナンス(企業統治・法令順守)
〈対象企業数〉
約1,000社
企業の開示情報や企業に対するアンケート調査に加え、メディアによる情報も取り入れられています。また、直接調査を行うこともあるようですが、どの程度の頻度で行われているかなどは不明です。
消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク「企業のエシカル通信簿」
市民団体やNPOなどが集まるネットワークが、企業の取り組みを調査・評価しているというユニークな事例です。2016年から、年度ごとに業種を絞り、業界上位の企業に対して調査を行っています。調査項目や結果はホームページで公開されています。
参考:企業のエシカル通信簿
〈調査方法〉
①公開されている情報をもとに、市民ネットワーク側が調査を実施し、調査票に記入。
②記入後の調査票を対象企業に送信し、修正や加筆等の意見回答を求める。
③回答があった場合は検討し、コミュニケーションを重ね、調査に反映。
〈評価内容〉
・サステナビリティ体制
・消費者の保護・支援
・人権・労働
・社会・社会貢献
・平和・非暴力
・アニマルウェルフェア
・環境(環境ガバナンス、気候変動、ごみ削減、生物多様性、化学物質、水)
〈対象企業数〉
年度ごとに変わる。2022年は10社。
対象企業数は限られていますが、企業の自己申告のみに頼っていない点が特徴です。評価する側がまず調査し、それを企業側が確認するという流れで評価が行われています。
海外
CSRHub(米国)
世界最大のオンラインCSR情報データベースです。企業経営者、投資家、コンサルタントなどへのデータ提供を行っています。詳細な情報は契約しなければ見られませんが、検索は無料ででき、ランキングなどの概要は見ることができます。下記リンクのページ右上の検索窓に、興味のある企業名を英語で入力してみてください。
参考:CSRHub
〈調査方法〉
①899のソースから情報を集める。
②各情報を1つ以上のカテゴリーに分類する。
③各情報を0~100のスコアに換算する。
④スコアを比較し、偏りをなくすための調整を行う。
⑤ソースごとの信頼性や価値をもとに加重合計を出す。
〈評価内容〉
・コミュニティ
・従業員
・環境
・ガバナンス
〈対象企業数〉
156か国53,427社(2023年10月現在)
既存のデータベースから情報を抽出して評価しているため、非常に多くの企業を評価することが可能になっています。899の情報提供元はホームページで公開されています。
CDP(英国)
特に投資家からの信頼が厚い評価機関で、環境NGOです。ESGのE(環境)に特化しています。
参考:CDP
具体的な企業の格付けは公開されていませんが、企業の回答状況とスコアは検索することができます(日本語ページはありますが、入力は英語のみに対応)。
〈調査方法〉
企業に調査票を送付し、オンライン回答システムでの回答を基にスコアリング
〈評価内容〉
・気候変動
・水セキュリティ
・フォレスト
〈対象企業数〉
・質問票の送付:全世界15,000社以上
・回答企業:9,600社(2020年)
評価内容を環境分野にしぼっており、調査方法も企業自身からの回答のみに基づいていますが、世界的に投資家や企業、政府などに活用されています。
ISS-ESG(米国)
投資家に議決権行使についてアドバイスを行うInstitutional Shareholder Services Inc.(ISS)の一部門です。A+からD-まで、12段階で企業を格付けしています。業界別で評価が高かった企業は「プライム」として認定されます。
参考:ISS ESG
下記ページでは、登録不要で企業名を検索して格付けを確認することができます。
〈調査方法〉
以下の情報源から格付けの草案を作成し、企業からフィードバックを得る。
それを検証し、最終的な格付けを決定。
・企業の開示情報
・メディア情報
・ソーシャルメディア
・NGO
・官公庁
・国際機関
〈評価内容〉
・SDGsへの貢献
・生物多様性への影響
・気候変動対策
・水リスク
・環境および社会的開示
・兵器研究
・サイバーリスク
・ガバナンス
など
〈対象企業数〉
7,800社
企業からの聞き取りありきではなく、まず評価側が格付けを行っています。国際的な規範や慣例、社会的な議論、規制の変化、技術の進歩など様々な要因を考慮している点も特徴です。
B Lab(米国)
企業の評価・認証を行う非営利組織で、世界各地に支部があります。一定の基準を満たした企業は、地球と社会に良い影響を与えているということを示すB Corp認証を受けることができます。この認証の特徴は「B Impact Assessment」という自己評価ツールがあることです。どんな企業でも無料で、非公開で利用することができます。
参考:B Lab
参考:B Impact Assessment
〈調査方法〉
自己評価ツール「B Impact Assessment」で企業が自己評価を行い、基準値以上を獲得すると、B Labによる審査を受けることができる。審査では、裏付けとなる文書を企業側が提供する。3年ごとに再審査が行われる。
〈評価内容〉
・ガバナンス
・従業員
・コミュニティ
・環境
・顧客
〈対象企業数〉
93か国7,611社(2023年10月現在の認証企業数)
うち日本企業は31社
企業のESGの取り組みに優劣をつけることが目的ではなく、取り組みに意欲的な企業を後押しするという考え方です。認証企業の「B Impact Assessment」の成績は、ホームページで公開されています。
ESG評価を行っている機関はこの他にもたくさんあります。日本取引所グループのサイトに紹介がありますので、他にも見てみたい方におすすめです。
(5)課題と今後
評価機関の事例を見て分かることは、ESG評価の大部分が企業の自己申告に頼っているということです。
アンケート調査のみで評価している場合はもちろんですが、評価する側が調査する場合でも、企業の開示情報を参照することになります。
また、多くのデータを集めて評価をしている場合でも、その情報のもとをたどれば企業の開示情報が含まれています。
社外から分かる情報は限られるため、当然のことかもしれませんが、本当に客観的な評価なのかという疑問が残ります。
そうした課題に対して、衛星画像やSNSなどのデータを解析することで、評価の客観性を上げる試みが進められています。
たとえば、映像解析技術を活用して森林破壊の監視を行うことなどです。中国の妙盈科技(ミオテック)社は、衛星画像とメディアの情報を組み合わせ、投資家や資産運用担当者向けに企業プロファイルを作成しているといいます。
参考:日本経済新聞「ESG評価、AIでより客観的に 衛星画像など解析」
日本企業では、三菱電機が衛星画像を用いたESG分野での取り組みを進めています。
参考:三菱電機「ESG分野の解析事例 – 衛星観測ソリューション」
こうした取り組みは進んでいるものの、まだ幅広い活用には至っていません。
現時点では正確だとは言い切れないESG評価ですが、衛星データなどの客観的な視点を導入すれば、透明性を高めることが可能です。
これが、ひいては社会や環境に良い影響を与える企業をさらに増やすことにつながるでしょう。今後の展開が期待されます。