宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

気候変動のリスク情報開示の現在地。リスク可視化に取り組む日本初のスタートアップ・Gaia Visionに聞く、データとビジネスの統合

環境問題への意識が高まっているなか、産業界では気候変動のリスクに関する情報の開示を求める動きが広がっています。そこで、衛星データは重要なデータ源である一方で、本格的な利活用にはハードルもあるといいます。気候変動のリスクを可視化するサービスをGaia Vision(ガイアビジョン)代表取締役・北祐樹さんに、サービスをリリースして感じた手応えや今後の展望、衛星データに求めるものをうかがいました。

環境問題への意識が高まっているなか、産業界では気候変動のリスクに関する情報の開示を求める動きが広がっています。そこで、衛星データは重要なデータ源である一方で、本格的な利活用にはハードルもあるといいます。

気候変動のリスクを可視化するサービスをGaia Vision(ガイアビジョン)代表取締役・北祐樹さんに、サービスをリリースして感じた手応えや今後の展望、衛星データに求めるものをうかがいました。

北さんプロフィール
株式会社Gaia Vision代表取締役。東京大学生産技術研究所で特任研究員として気候変動・洪水リスクの研究にも携わる。2020年に博士号を取得、MS&ADインターリスク総研株式会社に勤務後、2021年9月にGaia Visionを創業。

研究だけでは環境問題は解決できない

―改めて、Gaia Visionの会社と事業概要を教えてください。

民間企業は、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を削減する脱炭素に加えて、気候変動に関連した情報を開示することが求められるようになりました。

そこでGaia Visionは、東京大学生産技術研究所の山崎大准教授が開発した、非常に高度な洪水のシミュレーションができる技術を活用したサービスを企業や自治体向けに提供しています。山崎准教授は弊社の技術顧問をされています。

気候変動のリスクがどこにあるのかがわからないことが、企業や自治体が抱えている最も大きな課題です。天気予報の気候変動版のように、台風や豪雨、猛暑など様々な発生予測を専門知識のない方にもわかりやすく伝えます。

―どのような経緯で創業されたのでしょうか。

創業した背景は、大きく3つあります。まず一つ目は、自然災害が増加するなど、気候変動の影響が顕著になってきたことです。

二つ目は、研究だけでは現実の問題をすぐには解決できないという課題を感じ、専門知識をいかに社会に役立てるかを考えるようになったことです。

私と元・最年少気象予報士として知られる共同創業者の出本哲は、環境問題を解決したいという強い思いを持ち、気候変動に関する研究をしていて、博士号取得後は民間企業に就職しました。

三つ目は、ビジネス界で気候変動に関するデータのニーズが高まっていることです。特にアメリカやヨーロッパではニーズが高く、ベンチャー企業も活躍しています。しかし、日本ではそのような企業が全くなかったため、自分たちが始めようと思い、創業しました。

―なぜ今、気候変動のリスクの可視化が求められていると考えますか。

いろいろな方によく聞かれる質問です。リーマンショックが起きて以来、金融業界では「何をリスクと捉えるか」という考え方が大きく変わりました。リーマンショックは過去の情報からは計算予測できないリスクでした。

そこで、従来の手法では予測できないものの、発生すると社会への衝撃が大きいリスク、いわゆる「ブラックスワン」がほかにもあるのではないかと探す動きが始まり、金融業界が気候変動や自然資本にも対応し始めたのが2017年頃です。

さらに、気候変動についての研究が進み、想定される影響が明らかになったことや実際に被害が起きていることも関係しているでしょう。

気候変動のシナリオ別、洪水による被害率や営業停止日数の予測が可能に

―提供しているツールやサービスについて具体的に教えてください。

気候変動により激甚化する洪水リスクを分析・管理できるWebプラットフォーム「Climate Vision」というソフトウェアを企業様にご利用いただいています。Web画面上で必要項目を登録すると、ハザードマップが表示されます。

機能は非常にシンプルです。弊社で開発したリスクデータを引き出して、専門知識がないユーザーにどう見せるかに力を入れて開発しました。これまでベータ版を提供してきましたが、2月中に分析機能が追加された正式版をリリースする予定です。

Climate Visionのサービス画面 Credit : Gaia Vision

―Climate Visionと、政府や自治体が無償で公開しているハザードマップとはどのように違うのでしょうか。

Climate Visionでは過去データだけでなく、将来に気候変動が進行した場合とあまり進行しなかった場合の複数のパターンのハザードマップを作成しています。

宙畑メモ:SSPシナリオ
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、気候変動による上昇気温によって異なる5つのシナリオが公表されています。

また、一般的な解像度よりも高い、国内30m、海外90mの水平解像度でデータを提供しています。解像度が粗いと、区画内でも差が出てきてしまいます。

一方、当社が作成したハザードマップは、実際の浸水と比較して再現性があります。実際に国内で発生した大規模な洪水も再現できたことはお客様からの信頼に繋がっているように思います。

化学メーカーのお客様の分析を手伝わせていただいた際は、洪水の浸水深や被害率、営業停止日数を気候変動の進行度別に予測しました。

被害が起きる可能性が分かれば、経営層や投資家に対する説明に使える情報になるということでお引き合いをいただいています。

―予測精度の向上はどのような仕組みで実現していますか。衛星データは活用されていますか。

山崎准教授が開発した世界の河川網の流量を計算する「CaMa-Flood(全球河川氾濫モデル)」と、衛星画像を含む標高データと河道データを組み合わせてシミュレーションし、評価しています。

CaMa-Floodのモデル概要 Credit : 山崎大准教授

衛星が観測した標高データは、スペクトルノイズや樹高のエラーなど、様々な誤差が含まれています。そのまま計算に使うと、やはり洪水が上手く表現されないという課題があったので、研究により大きく改善されました。

実際の河川の流量とシミュレーション結果が上手く合うようにチューニングが加えられてシミュレーションの精度が高まりました。

さらに、標高データからパラメータを抽出する技術も同時に開発され、世界中の河川の詳細な属性データも開発されました。衛星データと他のデータを組み合わせて最適な手法とデータを開発したという点で、非常に先進的な研究だと思います。

また、国内では国土地理院のデータを活用して高度化していますし、山崎准教授の研究室では現在も様々なオープンデータを使って新しいアルゴリズムを開発し、洪水のシミュレーション精度の向上に活かす研究をされています。

企業による気候変動に関連するリスク情報開示の達成度は?

―Climate Visionはどういうシーンで利用されていますか。

最も多いのは、上場企業が気候変動に関連したサステナビリティ情報開示のためのリスク分析利用です。そのほかは、新しい工場を建設する際や新規事業開発、特に日本のように比較的精度が高いハザードマップがない海外諸国のリスク判断にご利用いただいています。

―どんな業界の企業に利用されていますか。また、こうした情報開示やリスク判断はどの程度進んでいるのでしょうか。

Climate Visionをご利用いただいているのは、機械メーカーや食品メーカーなど、大きな工場を持っていらっしゃる企業様が多い印象です。

情報開示の動きについては、まず金融安定理事会(FSB)が気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するために「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」を設立し、2017年6月に最終報告書が公表されました。

宙畑メモ:TCFD
TCFDの最終報告書では、ガバナンス・戦略・(気候変動の)リスクマネジメント・指標と目標について開示することが推奨されています。
https://tcfd-consortium.jp/about

これまではソーシャルや人権などに配慮したフレームワークはありましたが、TCFDは気候変動に特化したフレームワークとして注目されています。具体的なルールメイキングは今まさに進んでいるところです。

例えばカーボクレジット分野では、炭素の測定や算定、会計基準をどのように開示するかが少しずつ決まってきました。

さらに、2021年6月に改訂された、東京証券取引所のコーポレート・ガバナンスコード(上場企業が行う企業統治においてガイドラインとして参照すべき原則・指針)では、要件として新たに気候変動に関する情報開示が加わりました。

損害保険会社や飲料・食品メーカーなど、気候変動の影響を直接的に受ける業界の企業は気合が入っているような印象を受けますが、海外主導のルールに日本企業は抵抗を感じたり、理解を得るのに時間がかかったりするものです。業種によって温度差を感じています。

よりリアルタイム性が高い情報の提供に向けて

―Climate Visionのほかに、サービスをリリースする計画はありますか。

最近の新しい取り組みとしては、リアルタイムで洪水を予測するサービスの開発をしています。これは衛星データと私たちがシミュレーションした標高データを機械学習にかけて行います。

現在は精度を向上させるためにデータや機械学習の検証を進めているところです。(Gaia Visionが経済産業省・NEDO主催“NEDO Supply Chain Data Challenge”の災害部門で2位受賞

―洪水の予測精度向上のために、どのような衛星データが必要ですか。

堤防やダム、湖のデータですね。2022年12月には、海面や陸水の標高を観測する衛星「Surface Water and Ocean Topography(次世代衛星高度計ミッション、通称SWOT)」が打ち上げられ、注目しています。

洪水だけでなく、水不足や渇水に対応しなければならない企業様もいらっしゃいます。例えば、1ヶ月前に水不足を予報するには、河川の推移の変化を高頻度で測れるようになるといいですね。

―最後に今後の展望を教えてください。

まずは、気候関連の将来予測の情報を作っていくことです。現在リリースしている洪水のほかにも、台風や猛暑、海面上昇などの予測を開発し、Climate Visionに搭載する計画があります。

それから、将来的にはリアルタイム性が高い情報……数カ月先の予測データを提供できるようになることを目指しています。やはり10年、20年先のリスクをご提示しても、投資に繋がることは少ないので。

データとビジネスがどう結合させていくかは、まだこれから開発していかなければなりません。

様々なデータを統合していくと予測の精度が上がることは、様々な研究からわかっていることです。課題は、日本ではデータがあっても分析できる人材が不足していることです。研究者も増えていって欲しいですね。

海外に目を向けると、日本にあるようなハザードマップを自治体や政府すら持っていない国もあります。データを提供していくことで、気候変動に脆弱な地域の人々の支援もすることで、気候変動に対しても持続可能な社会の構築に貢献したいと思います。

【参考】
コーポレートガバナンス・コード