総合地球環境学研究所に訊く!地球規模の課題解決における衛星データの活用可能性とは?
地球観測衛星が取得する衛星データは、広域での情報把握・定期的なモニタリングが可能です。そのような強みから、昨今様々な分野で顕在化しつつある地球規模の課題の現状把握や、適応へのモニタリング、そして緩和に対する状況把握への親和性が高いと宙畑では考えています。
地球観測衛星が取得する衛星データは、広域での情報把握・定期的なモニタリングが可能です。そのような強みから、昨今様々な分野で顕在化しつつある地球規模の課題の現状把握や、適応へのモニタリング、そして緩和に対する状況把握への親和性が高いと宙畑では考えています。
宙畑メモ:地球規模課題
地球規模課題とは、人類全体に関わる重大な問題や課題を指し、国境を超えて多くの人々に影響を及ぼすものです。これらの課題は、環境問題、貧困と格差、食糧安全保障、エネルギー供給、公共衛生、平和と安全保障など多岐に渡り、その複雑性と相互依存性から、一国や特定の地域だけで解決することが困難で、国際的な協力と連携が不可欠です。
しかしながら、二酸化炭素の排出の例のように、経済活動(社会活動)と排出量のバランスをとることは、簡単なことではありません。社会の仕組みとして、行動変容を起こすためには何を、どのように考え行動に移せばよいのでしょうか。
そこで、地球規模課題に自然科学と社会科学、人文学の3つの学問分野から総合的にアプローチする「総合地球環境学研究所」の副所長であり、ご自身も持続可能な社会のための文理融合型研究プログラムを立上げられた谷口真人先生に、文理融合の考え方の基礎や、衛星データの現在の利用事例、地球規模課題における将来の衛星技術発展の可能性についてお話をうかがいました。
<谷口真人 先生プロフィール>
筑波大学大学院博士課程地球科学研究科修了、理学博士。オーストラリアCSIRO水資源課研究員、奈良教育大学教育学部天文・地球物理学講座助手・助教授・教授。その間、アリゾナ大学水文・水資源学科客員研究員、フロリダ州立大学海洋学科客員助教授。
その後、総合地球環境学研究所助教授・教授を経て、現在、総合地球環境学研究所副所長。国際測地学・地球物理学連合フェロー、日本地球惑星科学連合フェロー、日本地下水学会学会賞、日本水文科学会学術賞を受賞。現在は日本学術会議連携会員、Future Earth Nexus KAN運営委員。
それではさっそく谷口先生のインタビューに入っていきましょう。
(1)「総合地球環境学研究所」の名称に込められた意図
宙畑:この度はお時間をいただきましてありがとうございます。本日は地球規模課題における超学際研究の中での衛星データの可能性について、お話を伺うことができるのをとても楽しみにしています!
さっそく、総合地球環境学研究所について、どのような機関なのかを教えてください。
谷口:地球研は2001年に設立された研究機関で、17の大学共同利用機関の一つです。IPCCやIPBES、UNEPのような国際組織とも連携しながら、地球規模の環境問題に取り組んでいます。
宙畑メモ:
IPCC:気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の略称。1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立され、人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的に活動している。
IPBES:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)の略称。2012年に各国政府によって設立され、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化することを主眼としている。
地球研の設立の背後には、異なる学問領域を超えた文理融合型の研究の考えがあります。というのも、地球規模課題への対処のためには、まず地球規模の複雑な現象を理解する必要があります。
例えば、私の専門領域は水に関する研究ですが、気象学などの他の自然科学分野や、人間活動における水利用などに関して、人文・社会科学分野との結びつきも強くあります。
水不足1つとっても、人間生活に密接に関係する流域水循環の知見と、大気大循環によって移動するグローバルな水循環を担う大気科学の知見を融合する必要があります。さらに水は人間文化にも大きく関与してきたので、人文学的な要素を切り離して考えることはできません。
このような異分野融合の研究アプローチは、持続可能な社会を築く上でとても重要です。
地球研はこれらを実現するため、現在の地球上の現象や文化だけでなく、過去の地球史・生命史から人類社会へと繋がる研究を行い、自然科学と社会科学、人文学を組み合わせて持続可能な社会の構築に向けて日々研究を続けています。
宙畑:総合地球環境学研究所は英語で「Research Institute for Humanity and Nature」となっているのが面白いなと思いました。「Earth」がないのですね。
谷口:「Humanity」という単語が入っているのが重要で、これには研究所の思想が強く反映されています。
私たちは「人間の生き方が地球環境問題に大きな影響を与える」と考えており、単に地球環境科学の枠に留まらず、人文学と、社会科学の観点も含め、学際研究として、地球環境について研究しています。
そのため総合地球環境学研究所は「地球環境科学」ではなく「地球環境学」という名前になっています。さらにその前に「総合」という言葉が加わることで、より包括的な研究機関であることを示しています。
宙畑:地球環境の問題というとサイエンスの分野の話と思いがちですが、それだけでは全体の中のほんの一部しか見えていないということですね。人間も地球の一部で、地球に影響を与えているし、地球から影響を受けているからこそ、人文学や社会科学といった人間の活動の学問も切り離さずに考慮する必要があるのだなと思いました。
(2)地域・国をまたいで起きる地球環境問題では、客観性のあるデータが重要
衛星データで可視化できること
宙畑:衛星データはグローバルに継続的に地球の様子を観測することができます。このデータを利用することで、気候変動や生物多様性への影響など、地球規模の課題を認識し、行動変容を起こすきっかけを作ることができると考えているのですが、谷口先生の考えを教えてください。
谷口:衛星データは地球を俯瞰して可視化できる良いツールだと思います。私たち地球研は、地球環境問題における「可視化」について3つのステップに分類しています。①課題の可視化 ②プロセスの可視化 ③未来の可視化 の3つです。この3ステップそれぞれで、使い方はまちまちですが衛星データの出番があるように思います。
1つ目の「課題の可視化」について説明します。研究者は自分の専門分野について深く精通しており、専門課題の認識もありますが、その課題解決には地域の協力が不可欠であることが多いです。
そこで問題になってくるのが、研究者が課題だと思っていることが、地域の人が課題だと思っていることと合わない場合が多いということです。
例えば、研究者は地球規模の課題に適切に取り組んでいくために、カーボンニュートラルを最優先に取り組むべきだと思っているけれど、その取り組みの成功に不可欠である地域の方の目下の課題は仕事と子育ての両立だったり、地域の過疎化だったりと、他の課題の方が優先度が高い場合が多い、といった具合です。
もちろん、個々人の立場によって課題の優先度は変わってくるのですが、イメージしづらい地球規模の課題に対しての危機感を、地域の方に持ってもらい協力を得ていくためにも、客観的に衛星データによる課題の可視化を行って、正しい認識を持ってもらうことはとても重要です。
2つ目は「プロセスの可視化」です。地球環境が過去から現在でどのように変化してきたのか可視化し、人為的に与えてきた影響、良い影響、悪い影響などを分析します。これは衛星データが最も得意とする内容だと思います。衛星データは過去から定期的に同じ場所を撮影しているデータが多数保存されているため、何がどのように変化してきたのか、過去から現在へのプロセスをグローバルに可視化できるため、影響分析に非常に役に立ちます。
3つ目は「未来の可視化」です。地球研では、地域の人々にとってどのような将来計画が望ましいか、未来の街のビジョンなどを定めるワークショップ等を行っているのですが、その際に衛星データを活用できる余地もあるのではないかと考えています。
(3)地球規模課題を取り扱うなら知っておくべき「適応」と「緩和」
谷口:地球環境問題を取り扱うときに知っておくべき基礎的な概念として、「適応」と「緩和」があります。
「適応」とは、地球温暖化による洪水被害の増加や熱中症の増加など、既に表出している、あるいは短中期的に避けられないことが判明している環境影響に対して、自然や人間社会の在り方を調整し、「どうしたら被害を最小限に抑えることができるか?」という抑制や、「どのような対処体制を構築しておくべきか?」など、人類が受ける悪影響を最小限に留めるための直接的な対策を検討します。気候の変化を利用して暮らしを変革するための取り組みを検討する場合もあります。
一方の「緩和」は、どうしたら悪影響を与える地球温暖化のトレンドを抑制できるか?を考えます。地球環境問題の原因となる人間の行動を変容し、さらには原因を取り除くことができる技術・資本に投資していく取り組み・制度等を指します。気候変動であれば、再生可能エネルギーへの転換により温室効果ガスの排出を抑制する取り組みや、森林・ブルーカーボンなどの自然資本の増加などによって、温室効果ガスの吸収を促進する取り組みなどがあります。
「適応」と「緩和」、この2つの施策は同じ地球環境問題への対策ではありますが、実際に見るべき指標は大きく異なります。
「適応」では短中期的な地球の環境状態を把握することが求められるので、「課題の可視化」が重要です。
一方の「緩和」に関しては、「プロセスの可視化」の観点が重要です。過去から今までの現象の変化や、人間活動が環境にどう影響してきており、それをどのように変化させることによってそもそも緩和ができるのかをまず分析する必要があります。また、具体的な森林保護などの活動によって、森林の炭素吸収量はたしかに増加しているか?その増加によって地球温暖化の進行が本当に抑制できているか?といったことを将来に渡って測っていく必要があります。こちらは計測すべきポイントが異なるため、両者に対して適切な指標を設定しモニタリングするためには、非常に様々なデータを扱う必要があります。
【適応】
◎身近な例
ハザードマップを確認して自然災害に備える、夏の暑い時間帯に外出を控える
◎見るべきデータ例
自然災害リスク、気温の推移や予測 等
【緩和】
◎身近な例
家電を買い替えるときに省エネなものにする、環境にやさしい電力会社に切り替える
◎見るべきデータ例
家庭から排出される温室効果ガス総量、温暖化トレンドへの影響 等
宙畑:「緩和」と「適応」、それぞれ地球規模のグローバルな視野で見る必要があるものの、たしかに、見るべき視点が全然違いますね。
(4)地球環境学のユニークネス「人文学・社会科学・自然科学の融合」
宙畑:先ほどの「適応」と「緩和」について、地球研ではどのようにアプローチしているのでしょうか?
谷口:「適応」も「緩和」も、人々の行動変容や制度の変容を促せないことには何の対策もできません。そこで、人々の行動変容を促すためのプロジェクトとして、脳神経科学と心理学、及び地球環境学を融合させた取り組みなどが考えられます。
脳神経科学とは、脳や神経系の構造や機能、疾患などを研究する学問です。心理学は人間の心や行動のメカニズムを科学的に解明していく学問で、今回は心理学の中でもリスクコミュニケーションの領域に着目しています。そして、今回主体となるテーマとして地球環境学を融合させています。
具体的な例として、気候変動・地球温暖化への「適応」を取り上げます。
地球温暖化のリスクに対して、「身近な脅威」と感じるか、「遠くの出来事」に感じるか、被質問者に問います。その際に「身近な脅威」や「遠くの出来事」における影響を明確に理解し、「身近」な「自分」と「遠く」の「地球環境」を結びつけるために必要なリスクコミュニケーションの要素、例えば写真や動画、具体的なデータなどを用いたインプット内容を整備します。
宙畑メモ:リスクコミュニケーションとは?
リスクコミュニケーションとは、あるリスクについて関係するステークホルダー全員が情報を共有し、意⾒や情報を交換しながら相互理解を図ることを指します。リスク情報を理解度の異なる様々なステークホルダーが認識できるようにするために、情報共有方法や、信頼構築などの手法が研究されています。
ここで心理学を応用し、人間の心理を分析します。写真や動画などを用いた質問紙の作り方は心理学の領域で研究が進んでおり、質問紙やどのようなインプットを作成すべきかという研究が進んでいますので、そこに精通している方々と一緒に実験を進めていきます。
一方、脳神経科学の出番はというと、質問を受けている際やインプットを見た際の脳波の反応を見ていきます。脳のどの部分が活性化すると、人間の実際の行動に繋がるかなどの研究を応用し、脳の適切な部位を活性化させるためのインプットの検討を行っていきます。
これは、地球環境学の実践において大変重要な研究です。地球科学的には「このままではまずい」と思ったとしても、それに人間の心理・行動、そして社会の動きがついていかなければ、人間が地球に対して与えている負の影響を最小化することはできません。
また、「洪水」をテーマにした際、自分の住む場所からは離れた別の地域で起こる洪水にはそれほど痛みが伴わず、現実味がないように遠くに感じても、自宅近辺での発生を想定した衝撃的な映像を観た場合には、極端に怖がり、場合によっては移住・引っ越しを検討し始める……というように、認知・認識の仕方が変わることで、行動がどのように変わっていくか、そしてその仕組についてなども、今後研究を深めていく予定です。
一方の「緩和」に関して具体的な例として、サステナビリティ担当者の心理を考えてみましょう。カーボンニュートラルの達成は、現在企業に求められる重要なミッションになっています。かたや「環境に良い行動をすることは、社会的に重要」という考えもある一方で「これは儲けに繋がるのか?利益が減っていくことにならないか?」という具合に様々な考えが頭の中で生まれるでしょう。この2つが1人の行動を促す心理の中で、どのように繋がってくるかを研究していきます。
(5)地球の将来変化を考慮したシミュレーションの可能性
谷口:「適応」と「緩和」は互いに影響し合います。
現在の「適応」におけるトレンドはある程度の緩和策を実行した場合のシナリオを元に予測されていますが、緩和策の効果や実行状況によってシナリオは変化します。両者に繋がりを見出すのは難しいものの、両者は影響し合うという大変複雑な状況になっています。
ただし「適応」にしろ「緩和」にしろ、現在と未来の地球の状況を可視化・予測し、その変化を把握するためのシミュレーションは、科学技術の進歩によって様々なところで現実のものとなっています。あらゆるものをデータ化していく昨今の流れも、それに貢献していると思います。さらに、衛星データの活用はこれらのシミュレーションの精度を格段に向上させる可能性を秘めていると思っています。
また、「衛星データで可視化できること」の3つ目として挙げた、地域の人々にとってどのような将来計画が望ましいか、未来の街のビジョンなどを定めるワークショップ等を行う際の「未来の可視化」においては、共通のものさしとしての効果があると考えています。
政策を立案する側の人だけでなく、街に住む人々も衛星データを使いながら街の将来像を考えることができるようになれば、皆が同じ土俵に立ち、誰もが手に入れられる透明性の高いデータをベースに議論できます。そこに実際に住んでいる人が心から納得するためには、施策を同じ目線に立ち、一緒に作っていく必要があるので、より実践的な観点から地域の将来プランを考える際に、衛星データを活用したシミュレーションができると良いと思います。
他にも、カーボンニュートラルの文脈において小水力発電所を設置する時、どういうロケーションが適しているかをまず調べますが、単に雨量や地形の勾配だけでは不十分だと地域の人は思うでしょう。
そもそも街はどのような地形にあって、アクセスする道が今後確保され得るのか、など将来的な可能性を一緒に考えないと小水力発電の適地は決められません。そのような複雑な可能性を考慮する場合などにも、衛星データを用いたシミュレーションは役立つと思います。
(6)トンネル工事と地下水の関係を適切に評価しモニタリングする「環境アセスメント」における事例
宙畑:地球の将来変化に対して「適応」したり、将来への負の影響を「緩和」するために、その共通のものさしとして衛星データの可能性を感じることができました。
もう1点、気になっているのは、人口が増えている国やまだまだ発展途上で、これから開発が始まる国々も存在していることです。先進国のやり方は、様々な環境問題を引き起こしてしまった現在において、これから開発を進める国の発展を止めるべきと言うのは先進国のわがままのようにも感じていますが、そのまま眺めているだけでは問題はより深刻化していくばかりなのではないでしょうか。
発展途上国が損をすることなく、地球にも負の影響を与えずに発展するために、衛星データにできることはないでしょうか。
谷口:私の専門分野である地下水についてお話ししましょう。例えば、トンネルの掘削は、掘削することにより周囲の地下水に影響を及ぼすリスクがあります。現在はそのリスクを評価するために、事前調査を行い、地域の方々へヒアリングをしたり、リサーチ・情報収集を行った上で、影響を最小限に留めるように適切な場所を選定し、適切な処置を行います。さらに、その後も想定外のことが起こっていないかモニタリングすることが不可欠となります。
モニタリングを実施しながら、万が一具体的な変化が発生した場合には、すぐに適切な対応策ができるように、事前に対策の優先順位付けや、対応するタイミング、対応方法などを策定します。このようなリスク管理のアプローチに対して、衛星技術を活用することで、最適化・効率化できる可能性はあると考えています。
宙畑:ありがとうございます。トンネル掘削の場合、実際にはどのようなアプローチで対策を決めていくのでしょうか。
谷口:まずは対象の場所の過去のデータを収集し、およそ30年分の気象データや地下水位の変動情報などを活用しながら、トンネル掘削が地下水に及ぼす影響をシミュレーションします。また、地球温暖化に伴う将来の気象変化にも配慮したシミュレーションも必ず実施します。
宙畑:地下を見ることはできないものの、地表で起きている現象を観察したり、過去のデータを蓄積することは衛星データの得意分野の一つですよね。衛星データの専門家と、地下水や掘削における影響を研究する専門家がタッグを組むことで、新しい発見があるかもしれません。
一方で、現象を正しく理解した上で実際に対処することまでは、衛星データだけでは難しい場合もあります。実際に地球全体で見ても、衛星データを用いて環境問題への対処法を打ち出せているケースはまだ少ないですね。
谷口:実際に対処するところは、人文学や社会科学との連携や、技術的なアプローチが必要になってくるところです。現象を理解しモニタリングするという点で衛星データには一定の価値があると思います。
グローバルに考える上での課題と衛星データの可能性
谷口:現状の地球研での取り組みだと、ステークホルダーの範囲は「地域」レベルですが、これをグローバルなレベルで実行するとなると、国ごとに文化や価値観の違いがあるので国同士の合意形成が本当に難しくなってきます。
例えば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)やIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)といった政府間組織が普及を進めているフレームワークには、経済的な価値や環境を支える価値など様々に項目がありますが、西洋諸国が評価指標策定の中心となっている傾向が強く、東洋諸国がどこまでここに貢献できるかといったことは重要です。
宙畑:グローバルで見ても、地域ごとに環境や文化が違うために共通的な政策や取り決めが難しいということですね。グローバルとローカルの指標の連携や、地域の価値観の差分を考慮した目標設計は大変複雑で、難しいことのように思います。
一方で、複数地域で共通して「状況を認識する」という観点では、まさにグローバルに状況を観察できる衛星データを各国共通の認識のベースとして、それぞれの国で使用できるようになっていき、またそれを基に各国の評価指標を設計するというような形で衛星データを活かすことができる可能性はあるのではないかと思いました。
谷口:たしかにそれに関しては地球研でも長く議論をしています。フレームワークとしてはまだ実際に機能はしていませんが、共通的に測るという役割で、今後、衛星データが環境や文化の異なる国同士の合意形成に寄与するのを期待しています。
(7)地球規模で何が重要な問題か?問題と原因の複雑性
谷口:グローバルに重要な問題とその原因の複雑性に関する具体例として、窒素に関する問題への取り組みが挙げられます。窒素は水や地球温暖化との関わり以外に、生物多様性、さらには食を通して貧困やジェンダーなどの問題とも複雑に絡んできます。
このような相互作用は、包括的フレームワークを通じて理解する必要がありますが、地球規模で見ても適切なアプローチはまだ実現されていません。先ほど話に出たIPCCやIPBESなどの機関が問題の設定と可視化に取り組んでいますが、やはり窒素単体に注目しており、より広範囲な視点でのアプローチが求められています。
宙畑:窒素のような複合的に作用する問題を認識するために、様々な指標を観測する衛星のようなツールが今後実装される可能性はありますか?
谷口:それは面白い視点ですね。私も指標化は研究を通じて行っており、今ある企業とHappiness指標というものを作成しています。企業が地域と関わるときに、住民の方とウィンウィンな関係となっているのかを測ろうとしていますが、そのような指標はいくつかの指標の塊で構成されているので、他方から見ればこう見えるが、別の視点で捉えるとまた違った解釈がある、という具合に、一概に「これです。」と言えるものではないんですよね。そういう意味で先ほどの窒素の問題への取り組みも、複雑に要素が絡み合うためにアプローチが難しいのです。
宙畑:衛星についても、温度を計測した時の見え方と、水分量を計測した時のデータの見え方は異なってくるので、それを同じ土俵で考えられるような指標や枠組みが必要だと思います。
(8)今後の展望
宙畑:最後に、今後地球研で取り組んでいきたいテーマを教えていただけますでしょうか。
谷口:持続可能な社会のために人はどうあるべきか、地球環境問題と繋げて考える時にいくつか課題があると思っており、その研究をしていきたいと考えています。
例えば世界的に人口が増えている中で、どこに住んでるかを調べてみると、標高1m以下に住んでいる人が増加しています。
しかしながら、気候変動の影響などで洪水による水害も同時に増えています。低地において災害が増えているにもかかわらず人口が増え続けており、このままだと沿岸域のインフラを充実させてもいずれ限界に到達すると思っています。
人が水の近くに住みたいと思う理由は、心地よさや必要性など様々ですが、あまりに水に近すぎると被害が甚大になります。この恩恵と被害のバランスをどの様に取るのか、まだ世界的に共通の理解を持てていないのが現状です。
どのような場所に人は住んだ方が良いのか、あるいは避けた方が良いのか、グローバルなレベルで見ると共通の部分とそうでない部分があるので、その時に広い意味での衛星データは色々活用できると思っています。
宙畑:谷口先生としては、この研究の成果が出て、実際に社会に浸透し始めるのは今から何年後を想定されていますでしょうか。
谷口:早くて10年程ではないでしょうか。
宙畑:ありがとうございます。それまでに衛星がそれを測れるようなものになっていることを、宙畑でも目指していきます。
(9)まとめ
グローバルな共通課題は、複数の地域の多くの人々の協力によってしか解決できません。その実現にはローカルの文化や考え方の違いなど様々な障壁があります。異なる文化の人々や、理解度が異なる人々同士のコミュニケーションツールとして、衛星データを共通のものさしとして使うことができる可能性があるということが取材を通しての新たな発見になりました。衛星データを使ったものさしを複合的な観点で作り上げ、様々な活動において参照していくことは、最適なバランスを分析し、人々の行動を適切な方向にシフトさせるために非常に重要だと感じました。今後アカデミックの分野での衛星データによる共通の指標化、そして世界のものさしとしての利用に期待したいと思います。