「宇宙産業の発展を通じて未来をつくる」SPACETIDE代表石田真康さんが宇宙産業と歩んだ10年とこれからの10年
SPACETIDEの代表理事兼CEOであり、宇宙戦略基金のプログラムディレクターにも就任した石田真康さんに、これまでの宇宙産業との出会いからこれからの展望まで10,000字を超える大ボリュームのインタビュー記事です。
2024年7月8日から7月10日までの3日間、日本、そして、APACで最大級の規模の国際宇宙ビジネスカンファレンスSPACETIDEが開催されます。参加者は約1500名、うち4割は海外からの参加者とのこと。SPACETIDEは国内外の宇宙ビジネス関係者が集うカンファレンスとなっており、日本の宇宙産業の成長を促進するハブとしてますますの発展が期待されます。
そして、6月14日には、SPACETIDEの代表理事兼CEOである石田真康さんが「10年で1兆円」というこれまでにない長期かつ大規模な支援で日本の宇宙産業に大きなインパクトを与えることが期待されている宇宙戦略基金のプログラムディレクター(PD)就任の発表がありました。
石田さんは2024年5月末で2003年から所属していた経営コンサルティングを生業とするA.T. カーニー株式会社を卒業され、6月からはSPACETIDEを主軸として業界横断活動や社会活動に従事するという大きなキャリアチェンジも決断されています。
経営コンサルタントとして20年以上活動しながらも日本の宇宙産業を盛り上げる大きなカンファレンスを立ち上げ、日本の宇宙産業に大きなインパクトを与えるだろう宇宙戦略基金のプログラムディレクターとなった石田さんは、これまでの宇宙産業をどのように捉え、そしてどのような未来を思い描かれているのでしょうか。
本記事では石田さんの宇宙産業との出会いから、石田さんが見てきた世界の宇宙産業、日本の宇宙産業の展望についてインタビューした内容をまとめました。
(1)2013年に石田さんが感じた「宇宙産業の大変革期」
宙畑:石田さんが宇宙に最初に興味を持ったのはギリシャ神話からという話を目にしました。ギリシャ神話や星座といった宇宙と、産業として捉える宇宙は別物だと思っているのですが、石田さんが産業としての宇宙を認識したのはいつからですか?
石田:宇宙に興味を持った原点は小学生時代ですが、産業としての宇宙を意識したのは、Google Lunar X Prizeですね。
宙畑メモ Google Lunar X Prize
Googleがスポンサーとなり、Xプライズ財団によって運営された民間企業を対象とした月面無人探査コンテスト。賞金総額は3000万ドル(約30億円)で、世界各国から約30チームが参加していました。
石田:今のispaceの前身であるWhite Label Space JapanがHAKUTOというチーム名で参加していて、私はプロボノとして関わっていました。その時、2013年にチリで参加チームが一堂に会するミートアップがあり、プロボノで行きたい人いますか?という案内がispaceの創業者兼現CEOでもある袴田さんからメールできて「行きたい行きたい!」と手をあげました。
実際にチリを訪れたのは袴田さんと私を含めて4名で、そこで見たのがJAXAやNASAといったいわゆる宇宙機関の人たちではなくて、民間企業が集まっていて、メンバーも世界各国から来ていて年齢もバラバラでした。もっと言えば、スポンサーがあのGoogleです。Googleがスポンサーをしていて、世界中のスタートアップがいて、みんなが月にロボットを送り込むと話していることにものすごく新しい風を感じましたね。
石田:従来のイメージする宇宙とは全く違う宇宙がそこにあるんですよ。「あっ、宇宙をこんな世界中の人たちがビジネスとしてやってんだ」というのがすごく衝撃的で、それが一番の原点だと思います。
宙畑:すでに宇宙を産業と感じて取り組んでいる人がいるんだというのを実感する原体験があったんですね。
石田:そうですね。そのうえで、当時のGoogleは今以上に未来から来た会社という印象が強かったですね。あのGoogleが宇宙産業のスポンサーになるという掛け合わせが世界中の人を集めていて、科学に詳しい偉い人がやっている宇宙を「ただ見るだけ」という世界から、ビジネスとしての宇宙に「プレイヤーとして関わることができる」世界になったことを感じました。
従来、宇宙に関わろうとしたら就職活動でJAXAや航空宇宙メーカーに行って、積み重ねて積み重ねてようやく宇宙開発のプロジェクトに参加できる世界と思っていたのが、いきなりボランティアでHAKUTOに参加したら、いつのまにかGoogleがスポンサーしてる宇宙コンテストにいちプレイヤーとして関われたんですよ。
宙畑:当時、経営コンサルタントのキャリアを積んでこられた石田さんの目から見ても、宇宙産業が今後重要な産業になると感じられたということですね。
石田:とにかく大変革期だと思いました。私は、20代は自動車産業の経営コンサルタントとして業務にあたっていましたが、当時の自動車産業も大変革期にありました。自動車を作るメーカーだけではなく、コネクティッドとかモビリティサービスとか電動化とか……ぶわーっといろいろな変化が起きていて、宇宙産業も同じ匂いがしました。
宇宙はNASAだけの時代じゃないんだなと。SpaceXは今よりもまだまだ全然小さかったのですが、新しいスタートアップがこぞって出てきていてNew Spaceというキーワードがちょっと流行った時期ですね。「これから宇宙は新しい時代だ」「民間の時代だ」という空気がそこはかとなくあって、もう大変革期の匂い。大変革期ってことはもう無限のチャンスがあるのと同じです。とにかくわくわくしましたね。
(2)SPACETIDE立ち上げのきっかけとなった一言
宙畑:チリのミートアップに参加してから2年後となる2015年にはSPACETIDEの第1回が開催されていますね。この2年の間にどのような経緯があったのでしょうか。
石田:チリのミートアップで宇宙産業の大変革期を感じた後、アメリカの宇宙関連のカンファレンスに行きまくった時期があったんです。そこに行くと、チリサミットで見たものよりもさらに大きい規模で、そこにSpaceX含むあらゆるスタートアップとか、それこそNASAの人とかもいるわけですよ。全然違う世界の人に会ってそれがネットワークが広がるきっかけになりました。
2014年からはHAKUTOでの体験や世界の宇宙産業の今をITmediaで2017年まで連載していました(連載1本目の記事タイトルは「Googleらシリコンバレー企業が宇宙にのめり込む理由」)。当時日本のメディアでは天文などの宇宙はあっても宇宙ビジネスを扱っているメディアはなかった時代でしたね。
宙畑:宙畑のスタートも2017年2月でしたね。
石田:そうですよね。連載を続けていたら、その連載を見た内閣府の人が、宇宙政策委員会の委員になって、記事に書いてあるような世界の宇宙ビジネスの潮流を委員会で投げ込んでほしいと言われたんです。
その後、委員会に参加したなかで、今の宇宙政策委員会の委員長である西武ホールディングス 代表取締役会長の後藤高志さんから委員の皆さんに対して「委員の皆さんがね、ここで議論することは大変素晴らしいことだと思うんだけど、議論する以上に皆さんが何かやればいいんですよ」って話されたんです。
私は真に受けて「そうだ!動く委員でありたい!」と思いましたね。
宙畑:それで立ち上げられたのがSPACETIDEということですね。
石田:当時、アメリカのカンファレンスから日本に帰ったときに思ったのが、日本の中で宇宙ビジネスに興味を持っている人は少ないということでした。世界の注目度合との差を感じて、日本で何か注目を集める起爆剤をやりたい。そのツールとして、カンファレンスをやろうとなりました。立ち上げメンバーの出会いもHAKUTOのコミュニティや活動が大きかったですね。
(3)SPACETIDE立ち上げ後の日本の宇宙産業発展に寄与した政策と認知
宙畑:SPACETIDEの立ち上げからもうすぐ10年となりますが、SPACETIDE立ち上げ当時から考えて日本の宇宙ビジネスの成長速度はどのように捉えられていますか?
石田:2015に立ち上げたときに、掲げた目標の一つが2020年時点で日本の宇宙スタートアップが50社ということでしたが、その結果、2020年段階で50を超えましたので、ちょうど目指したスピードくらいです。
宙畑:2015年から2020年にスタートアップ数が目標通りに推移した背景にはどのような要因があったのでしょうか。
石田:5年間の変化で一番大きかったのは政策ですね。委員として関わらせていただいてきましたが、毎年大きな政策が動いていました。2015年は宇宙基本計画の第3回目の改定で「民生利用」というキーワードが入り、2016年に宇宙二法ができました。2017年には宇宙産業ビジョン2030が出ています。その後、2018年には当時の安倍総理が宇宙ビジネス支援パッケージで1000億円これから投資をしますと発表……と政策をガンガン動かしたんですよね。
もうひとつは、2015年以降SPACETIDEの活動も含めて多くのメディアが宇宙ビジネスを取り上げるようになったことです。私はITmediaでの連載を2014年から始めて、2017年で執筆を辞めたのですが、辞めた理由のひとつにはプロのライターが扱い始めたということがあります。連載開始当時はこんなに面白いのに誰も書いていないと思って書き始めたんですが、プロの方が書いてくれるのであれば自分が書かなくても良いなと。そうやってメディアの方が取り上げてくれて認知が進んでいったということも大きいと思いますね。
宙畑:政策とSPACTEIDEやメディアの働きかけによる認知が宇宙産業を盛り上げ、結果としてスタートアップが2020年には50社を超えたということですね。
(4)石田さん自身のキャリアシフト、コンサルを卒業した理由と次の目標
宙畑:2013年にチリのミートアップに参加されて宇宙産業の大変革期を感じてから約10年、石田さんのカーニーを卒業される決断、とても驚きました。石田さんのキャリアの中でも何か変革のタイミングだったのでしょうか?
石田:HAKUTOに入ったのは2012年からでここまでの約10年間、私は「宇宙を自分の仕事にする」ということをやってきました。最初はHAKUTOのプロボノで週末やってることだったところから、宇宙を自分の人生に突っ込める状況にしたいと思った10年でしたね。
「よく兼業やっていてできますね」と言われることもありましたが、当時は宇宙ビジネスが黎明期だったので、兼業とかいろんなことをして「開拓が必要だった」「宇宙の仕事化を進めた」というのが現実だと思います。
宙畑:そこから実際に宇宙の仕事化が進んで、今に至るということですね。いつ頃から考えられていたのでしょうか?
石田:2020年頃から自分の人生の100%がもう月曜日から日曜日までずっと宇宙のことやる環境になったんですね。それはとても嬉しかったのですが、それぐらいの時から次の10年どうしようかなともわっと考えていました。
石田:SPACETIDEについても、2015年に立ち上げて2019年までカンファレンスが大きくなった後、2020年からコロナ禍に入ります。コロナ禍でも毎年やり続け、SPACETIDEは表面上は成長しているのだけれど、私の中では危機感が結構高くて、このままでは3年後なくなるだろうなと思ったんですよね。
宙畑:外からSPACETIDEを見ている限りでは、参加者も順調に増え、国際化もさらに進んで発展しているように見えていました。
石田:そうですね。いろんな気持ちがありましたけど、あえて言うならひとつは役割です。SPACETIDEは「ここに来ると宇宙ビジネスの最先端がわかる」という立ち上げ時のコンセプトのように、最初は宇宙ビジネスの潮流を伝えることが目的だったんです。
ただ、2015年から20年にかけてだけど、伝えるだけだったら足りないなと思い始めました。例えば、今のSPACETIDEでは「繋ぐ」「解く」「作る」というキーワードを掲げています。コミュニティを繋ぎ、人・お金・情報が足りないといった業界の共通課題を解く、起業家支援といったビジネスを作るの3つです。それらを通じて産業エコシステムをつくることが今の目標です。
石田:そのような思いから、まさに2019年から国際化にも力を入れ始めたんです。
ただ、もう一歩先に自分のやってることを前進させようとしたときに、今のバランスを壊さなきゃいけないかなと漠然と思っていました。当時はカーニーでも宇宙のコンサルをやっていながらSPACETIDEがあって、宇宙政策委員会など政策にも関わらせていただいて……と、全部宇宙ではありながらも各所でもう一歩先に行きたい自分がいました。そのバランスを時間がないなかでキープすることも大変だったこともあり、次の10年を考えたときにフォーマットを変えなきゃいけないかなという思いがありましたね。
宙畑:そのなかで選ばれたのが「SPACETIDEを主軸として業界横断活動や社会活動」だったのですね。
石田:最初の10年は私は好きな宇宙を仕事でやりたいという思いで動いていたところから、10年間の歩みのなかで、様々な方と出会い、いろんなバトンを受け取りました。
例えば、宇宙政策委員会で様々な方と議論しながら、上の世代の人達から「これからの時代はよろしくな、頑張ってな」というバトンやSPACETIDEをやってるなかでいろんなステークホルダーの方から「SPACETIDEがこういうことをしてくれるから嬉しい、助かる」とか。
そういったバトンを受け取りながらも次の10年宇宙産業の発展のために自分がやりたくてやるべき役割は何かなとこの2,3年ずっと考えていく中で、個別の事業を云々と言うよりは産業全体を大きくしていく、発展させていくための活動が私自身のやりたいことだし、意外と強みかなと思いました。
社会的な活動とか産業横断活動に自分をシフトしていった方が、いろんな人との連携がよりスムーズになり、自分の役割として産業の未来に一番貢献しやすいと思ったのは大きかったですね。
(5)今はインフラを整備している時期。宇宙産業は10億人にインパクトを与える産業になる
宙畑:「宇宙産業の発展を通じて未来をつくる」という言葉を石田さんはSNSで発信されていました。石田さんが考える宇宙産業は世界全体の宇宙産業と日本の宇宙産業、どちらを見られているのでしょうか?
石田:それは両方思いがあります。日本という意味では「宇宙産業大国にする」という明確にやりたいことがあります。
日本は”宇宙開発”の時代に有数の宇宙先進国として認知されて今に至ってます。ただ、ここからパラダイムシフトが起きて”宇宙産業”の時代となったときに、日本が宇宙産業大国になっているかという点もとても大事になります。
また、日本という冠を取ったときの宇宙産業の発展に対しての思いは何かと言うと、X Prizeからずっと続いているビジネスとしての宇宙、いわゆるコマーシャルスペースと言われる世界がより普遍的に広がり、その結果として新しい価値が生まれてくというところは国関係なくやりたいなと思っています。
宙畑:最近はSpaceXの活躍もあって産業としての宇宙はさらに盛り上がっているようにも思いますが、どれほどの規模の発展を石田さんは想定されているのでしょうか?
石田:宇宙業界で一番時価総額高い企業はSpace Xだと思いますが、今30兆円ぐらいですよね。ただ、NVIDIAやマイクロソフト、Appleは500兆円なんです。
宇宙ビジネスに注目している私からすると10年先にはSpaceXの時価総額が高くなるのではないかと思う一方で、あれだけ目立っているSpaceXが30兆なのかと。本当にNVIDIAは15倍すごいのだろうかと思いますが、それが社会の評価なんですよね。
宙畑:その評価の差はどこから生まれてくると思いますか?
石田:それはとてもシンプルな答えで10億人にインパクトを与える事業をやっているのか、限られた人にインパクトを与える事業なのかの違いだと思います。
石田:世界の時価総額トップ5の企業を見ると、全部10億人にインパクトを与える事業ですよね。つまり、宇宙ビジネスが発展した先にあるのは10憶人にインパクトを与える時代だと思うんですよ。Starlinkは現在のユーザー数が3桁万人まで伸びていますがまだまだこれから伸びるでしょう。
GPSは唯一の例外で、あれは課金してないことと、国がやっているインフラだからちょっと産業とは少し違うものと捉えています
宙畑:まだまだ宇宙ビジネスは発展途上ということですね。
石田:今はインフラを整えてる時期だと思います。インフラと言っても、宇宙への輸送手段であるロケットだったり、衛星のコンステレーションだったり、それ以外にも必要なインフラを世界全体で整えている時期です。
そして、インフラが整った先にそのインフラを使う勇者のような人たちが100万という単位で参入するはずなんです。勇者が100万単位入ってくると、ユーザー数が億単位になるはずで、この発展がこれからの20年ぐらいで起きるはずだから、それは見たいですよね。
Amazonの創業者であり、Blue Originのジェフ・ベゾス氏も数百万人の起業家が宇宙ビジネスに参入するためには、宇宙のアクセスコストを下げなきゃいけないと話していました。地上のビジネスを見ても、光ファイバーが通ったからYouTubeが生まれ、AWSができたからセールスフォースやNetflixが出てきました。この流れが宇宙ビジネスでも起きると思います。
そのような時代が来たら、今の私たちには想像もつかない何かが生まれるはずです。
(6)日本はインフラ構築を諦めるタイミングではない
宙畑:現在インフラの構築について、例えばロケットであればSpaceXが目立っているように思いますが、日本企業はインフラにも組み込むよう戦うのか、その後に出てくる勇者として宇宙産業を盛り上げる役割が大きくなるのか、どのように考えられていますか?
石田:インフラに組み込まれてることは大事だと思いますね。そして、今は日本がインフラ構築を諦めるタイミングでもないと思っています。SpaceXを見ると圧倒的に差があるのは事実ですが、SpaceXに対して差があるのは全員一緒ですよ。
SpaceXが突っ走るインフラ整備以外にも、様々なインフラがありますよね。これから宇宙ビジネスがスケールすることは間違いないので、10年後を見たときに世界の宇宙ビジネスのインフラに日本企業のサービス、プロダクト、コンポーネント、サブシステムなどが自然と組み込まれてると良いですよね。
宙畑:日本が取り組むインフラ整備としてはどのようなものがあるのでしょうか? 例えば、宙畑を運営しているTellusではこれからの地球観測衛星機数の増加によるデータ量の増加と種類の多様化にも対応できる衛星データプラットフォームの構築を進めています。
石田:データプラットフォームもインフラの一つです。輸送サービスもそうですし、衛星コンステレーションや月経済圏を広げるためのインフラや循環型の宇宙経済をつくるための軌道上サービスなど。
あと、先ほどの話に出てきた勇者が出てくるのが早すぎると、宇宙ビジネスはインフラの整備に時間がかかって勇者が持たなくなるので、そこは気を付けるべきポイントですね。
これから宇宙業界はより大きなお金が回るようになりますが、お金の種類によってはリターンまでの期限が決まっています。インフラ整備に時間がかかっている中で、アプリケーションを作る勇者が多くのお金をもらって何もできませんでしたとなるのは避けたいですよね。
そういった意味で、時間の予見性を業界として持ち、投資判断を行えることと、お金をもらう側ももらったお金を正しく使えることが大事だと思います。時間はかかるんだけど、時間かけたらここまでのことができるということを何年後なのか、はっきりと示せるようになると業界としての信頼度も高まりますよね。
(7)10年後の日本の宇宙産業が目指す姿と宇宙戦略基金の意義について
宙畑:宇宙戦略基金のプログラムディレクターに就任された石田さんに、基金についてもお話を伺いたいと思います。宇宙戦略基金では日本からのロケット打ち上げ本数や衛星システムの構築の数などのKPIが定められていますが、日本は10年後に世界の宇宙産業におけるどのようなポジションにいることが理想と考えていますか?
石田:日本は宇宙開発の時代に世界のトッププレーヤーの一角にいて、その遺産の上に私たちは今いるのだと思います。そのうえで、宇宙産業の時代にも、世界のトッププレーヤーとしての日本を作りたいというのは大きいですね。
そうなるために、ひとつは国全体として産業の競争力を持つ必要があり、宇宙活動とか市場が広げられていること。ふたつめに、それぞれの市場で活躍する企業が際立った存在感を持っていることが必要だと思います。
宙畑:理想の姿に対して、今の日本の宇宙産業をどのように捉えていますか?
石田:一言でいうと「技術は良いものをいろいろ持っている一方で、産業競争力に転換できてない」というのが日本のざっくりとした現状だと思います。
技術はいろんなところにあって、JAXAや大学が50年積み上げてきた技術基盤があり、自動車やエレクトロニクスや機械といった、宇宙産業以外の産業が持ってる技術もたくさんあります。
ただ、これらの技術的な良さが世界市場の中でシェア何%ですか、売上どれぐらいですかとか言った瞬間に、技術の強さほどの存在感を持つことができていない。技術的な競争力を産業的な競争力に転換することができてない気がするんですよ。
宙畑:転換するには何が必要なのでしょうか?
石田:転換するためには、市場、ビジネスモデル、国内の規制や法整備、さらには世界的なルールメイキング……などなど全部が必要で、このギャップをいかに埋めるかが一番大きなチャレンジだと思います。
宙畑:その点、宇宙戦略基金は技術開発にフォーカスしているように思いますが、どのように産業転換を図っていけるのでしょうか。
石田:宇宙戦略基金は、民間の技術開発を支援するものではありますが、その先の事業化、商業化や市場形成までを見据えてやっていく基金です。だからこそ技術開発をしても、事業化できなかったというのは望まない結末で、KPIが宇宙活動のアウトカムになってるのはそういった意味でもあります。
活動を通じて際立った存在感を持つ企業やアカデミアの組織をいかに生んでいけるかが大事で、そのためにもお金をつけて技術開発を支援するだけではなく、政策的な支援をするとか、規制や法律などの整備を同時並行でやっていかないと、技術が技術で終わっちゃって、技術が産業に繋がらないと思いますね。
宙畑:ありがとうございます。続いて、宇宙戦略基金について、現在動いている宇宙戦略基金やSBIR、スターダストプログラム、Kプログラムという4つの宇宙政策支援の予算をまとめてみたのですが、この図表を見て何か注目したいポイントはありますか?
石田:気になるのは、宇宙戦略基金が呼び水となって、民間のお金がもっと入ってくるのかですね。Rocket Labを見ていると、政府からもらったお金もあるけど資本市場でがっつり調達しています。全部政府のお金となると開発受託と何も変わらなくなってしまうので、基本的には政府のお金は呼び水で、リスクマネーを呼び込むためにどううまく使っていくかが重要だと思います。例えば、700億円の小型ロケットにつけたお金で7000億円がマーケットから流入するような企業が生まれてくれば、大成功。この700億円はものすごい賢い金額だったといえますよね。
そのようなレバレッジがないのであれば、結局官需が中心の産業から変わらず、従来の宇宙開発時代の考え方と同じです。産業化のポイントは、いかに早く民間の資金、民間のプレイヤー、民間の顧客というところで自立的にエコノミーが回るようにするかだと思います。
宙畑:民間の顧客という観点とは外れてしまうかもしれませんが、省庁別の政府支援予算を見ると、国土交通省や農林水産省といった宇宙システムの利用省庁も予算が出始めています。
石田:いいですよね。そこはアンカーテナンシーという意味ではとても重要なので、それはそれで回って欲しいところです。
宙畑:政府が投資して生まれたサービスを政府がお客様として購入することで、信頼感に繋がり、民間からのリスクマネーを呼び込めるような良い循環が生まれると良いなと思っています。例えば、すでに国土交通省では盛土規制に衛星データを活用するガイドラインを作成していたり、デジタル庁のアナログ規制の見直しでも固定資産税の把握に衛星データを利用するといった流れが生まれ始めているので、今後に期待しています。
(8)お金が集まってきた。次は未来を創る人材への投資
宙畑:最後に、日本の宇宙産業が現在ぶつかっている成長までの必要なハードルはなんだと思いますか?お金、人材、政策、技術、世論形成などいろいろと思い浮かぶものがあります。
石田:今あげていただいたもののなかからだと、人不足が一番大きな問題だと思います。
少し前までは宇宙業界はお金がない業界で、みんなお金を集めることに必死だったのですが、宇宙戦略基金や民間のリスクマネーの供給量も増えています。
そのうえで、お金はある程度揃ってきたけれど、実現したいことを進めるうえでまだまだ人が足りません。人というのは、エンジニアだけではなく、その他のプロフェッショナルの数や起業家の数も足りないとおもいます。
だからこそ、他業界からの人材をもっと増やし、可及的速やかに教育していくプログラムを作る必要があるのですが、これらはすぐに解決が難しいなか、お金や政策、市場は待ってくれずにどんどん動いていきます。そのスピードに人材が追いつくのかという危機感は強いですね。
宙畑:人材が集まりづらいというのはどのような背景があると思いますか?
石田:まだまだビジネスパーソン全体に対する宇宙ビジネスの浸透度が上がりきっていないように思います。今だと宇宙よりもAIの方が普遍的に多くの人に影響を与えそうとなると、ビジネスパーソンとして先に学ぶならAIだったり、宇宙ビジネスは自分の守備範囲とは直結しないと思いやすいですよね。
常に横並びの中で評価される立場にあるわけなので、他にも様々なトレンドがある中で「Why Space?」という話です。
これまで宇宙ビジネスの参入のハードルを下げようと業界をあげて頑張ってきたように思うのですが、むしろきちんとハードルを分かっていただいた上で、それでも入りたいと思ってもらえる業界にならなきゃいけないと思うようになりました。
宙畑:まず、ビジネスパーソンに浸透度が上がっていないというのはメディアとしてもっと努力せねばと思いました。また、ハードルを下げよう下げようとしたというのは思い当たることが多くあります。そのうえで、ハードルを理解したうえで入りたい業界になるというのはどのような印象を宇宙業界に持ってもらう必要があると思いますか?
石田:ただ単に儲かる儲からないとか、市場規模の大きさではなく、1本筋の通った「日本の宇宙産業と言えばこれだ」というバリューとして語れるものがあるとよいですね。
例えば、SpaceXのイーロン・マスク氏もそうだと思います。彼は火星という大きく1本筋が通ったものがあって、そこに行くためにロケットや宇宙船を作り、Starlinkでお金を稼いで、火星への道を整備しています。
単に規模の大きさで10倍にしましょうというのは共感を得づらく、長く続くためには価値やビジョンに共感を得る必要があるのではないかと。
新しいトピックとしてAIがあって宇宙があってその他○○があって……その中で宇宙を選んでくださいというマーケティングは持続しないですし、宇宙以外の大きいところに人は寄っていきますよね。
宙畑:本日のお話の中で、宇宙業界の未来にどのようなワクワクがあるのかということを多くお伺いできましたが、そのうえで、SPACETIDEは日本の宇宙産業の1本の筋を議論する場としても今後重要な存在になりそうですね。今後の活動にも注目しています!
■SPACETIDE 2024の概要
国際宇宙ビジネスカンファレンス『SPACETIDE 2024』〜APACから世界へ:多様なコミュニティが紡ぐ宇宙ビジネス〜
・日時:2024年7月8日~10日の3日間
・場所:虎ノ門ヒルズ森タワー
・イベントのHP:https://spacetide.jp/conference/tide2024/
・イベントの参加登録:https://spacetide2024.peatix.com/