宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

地方自治体の先進事例が日本を救う!? 地方自治体から事例が生まれる5つのヒント【フィラメント角勝さんインタビュー】

地方自治体で先進事例が生まれることが日本を元気にするのではないかとこれまでの取材を通して考えた宙畑編集部。大阪市役所職員として20年間勤務され、現在は新規事業創出支援および関連する人材・組織開発を担うフィラメントを創業された角勝さんに、地方自治体で先進事例が生まれるヒントを伺いました。

先日、国土交通省様に災害を未然に防ぐための盛土を監視する手段として衛星データを利用する際のガイドラインを制作した件について取材を実施した際、制作のきっかけは「先進的な取り組みを行っていた地方自治体の事例」だったと教えていただきました。

そこで、「地方自治体の課題を解決する先進事例がもっと増えれば、47都道府県に横展開できて日本全体が盛り上がる事例がどんどん増えるのでは?」と考えた宙畑編集部。まずは地方自治体の仕事を知るため、大阪市役所職員として20年間勤務され、現在は新規事業創出支援および関連する人材・組織開発を担うフィラメントを創業された角勝さんにお話を伺いました。

株式会社フィラメント 創業者・CEO 角 勝さん

【角 勝さんのプロフィール】
企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。
朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、様々な省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。

(1)宙畑が知りたいことをすべて経験する角勝さんの歩み

宙畑:地方自治体で先進事例が生まれるヒントを伺いたいと思い立って、突然連絡したにもかかわらずインタビューをお受けいただきありがとうございます。2019年のCNET Japanでのインタビュー記事「市役所職員からオープンイノベーション企業へ–フィラメント角氏」を拝見して、角さんは今宙畑が知りたいことをすべてご存知なのではないか?と思いご連絡しました。

:ありがとうございます。

宙畑:まずは角さんの大阪市役所時代のご経歴を先ほどの記事から抜粋させていただくと1995年に大阪市役所に就職されて、鶴見区役所税務課固定資産税係として新築建物の建築資材をチェックして固定資産税の額を決める仕事をされていたと拝見しました。実は、現在、新築建物のチェックではないものの、固定資産税の算出に人工衛星を活用した事例が生まれ始めているんです。

その後、福祉局に異動されて小泉政権時代の障害者自立支援法の施行に携わられたそうですね。制度設計のために、毎月のように厚生労働省(東京)に足を運ばれたほか、マニュアル作りやシステムの改修などをチームリーダーとして推進され、障がい者向けサービスメニューをおそらく日本一早く作られたと拝見しています。

その後の角さんのご経歴もお話を伺いたいことばかりでして……、次は市政改革室に異動されて各部局の意見調整やコストカットを担当され、最後の3年間は2013年に大阪市が開設したイノベーション創出拠点「大阪イノベーションハブ」の立ち上げと運営を経験されています。

今回、地方自治体の先進事例が生まれるヒントを知りたい!と思ったときに、地方自治体の仕事、国が決めた法律施行後の地方自治体の動き、予算、先進事例の立ち上げなどについて角さんから一気に教えていただけるのではと思っていて、本日お話を伺えることを楽しみにしておりました。

(2)ヒント①地方自治体の今を知る:住民も職員も減っていく

:まずは「行政改革」が地方自治体でどのような認識を持たれているかについて最初にお話した方が良いかもしれません。

実は、衛星データに限らず行政改革というものは地方自治体の現場(各担当部局)としては及び腰にならざるを得ないという実態があります。

大阪市の場合は私が所属していた市政改革室や総務局、経営企画室といったところが行政改革を所管しており、「こういうの(改革)をやれますか」と関係部局に聞いて回ります。ただ、このような問いかけに対して各部局からの回答の多くはネガティブなものになりがちです。

宙畑:どういった理由からネガティブな回答になってしまうのでしょうか?

:これは各部局の問題ではなく、構造の問題です。行政改革によって業務の効率化が行われたらその部局の人員や予算が減らされてしまうかもしれないという懸念が発生してしまうんです。

現在、日本のほとんどの地域で人口が減少し、税金も職員の数も減っています。その一方で各部局では業務がどんどん増えているのですが、行政改革に成功すると効率化の結果、人数が減らされ、業務負担が増えるのではないか……と思ってしまうわけです。

宙畑:業務を楽にするために行政改革をするものだと思っていましたが、それが各部局の方にとってはそうではなくなってしまう懸念があるということですね。

:そうですね。採用する人も減っていくし、年配の職員はどんどん退職していく。行政改革がその部局で実行されたら次の人員配分は減らされるだろう。でも他の部局は色々理由をつけて行政改革の指示を突っぱねるかもしれません。だとすると馬鹿正直に回答するほど人が減らされ組織内で不利な立場に追い込まれる。だから「できない理由を探して拒否する方が得策」と思うわけです。端的に言えば、組織内の力学として各部局が正しい選択をした結果、行財政改革が進まないという現実が生まれているということです。

宙畑:そのような状況も知らずに「衛星データを使って業務効率化をしましょう!」というのはとてもよろしくないというか、もっと地方自治体で働く方の現状を知る必要があると思いました……。

(3)ヒント②地方自治体の仕事を知る:渡す側は受け取れるボールを放るまでが責任

宙畑:衛星データに限らず、新しいテクノロジーを地方自治体が導入していくことは、人が減っていく未来が見えている中で必ずしも悪ではないのかなと思っています。例えば、地球観測衛星のデータを活用することで大規模な自然災害が起きたときに早急に支援が必要なところに支援を行えるようになります。

衛星を開発する方からは「東日本大震災の時に今の衛星の技術があればもっと多くの人の命が救えたかもしれない」という声もありました。ただし、そういった技術も使っていただける場所がなければ意味がありません。

こういった転ばぬ先の杖にもなるような新しい技術はやはり導入が難しいのでしょうか?

:私もこれからの時代に必要な新しい技術がどんどん導入される世界になると良いと願っています。ただ、新しい技術を導入するにあたっての様々な障害があって、「良い技術があります」だけだと地方自治体で働く方にとって何の魅力もないんです。

例えば、こういうデータや技術がありますという場合に「そのデータや技術を渡すからよろしくね」と言われても渡された側はどうしてよいかわかりません。この場合、ボールを渡される側は自治体職員ですが、彼らは新しい技術などには詳しくないので、具体的な活用方法もセットで示されなければ当惑してしまいます。

また、たとえ活用方法を教えてもらったとしても、自治体現場には個別の制約(法的な制約や市民の反発など)があってそのまま活用できないことがほとんどです。一方で渡す側の人たちは「こんな便利なもの(情報や技術)があるのに使わないなんて怠慢だ」という態度が見え隠れすることも実際にあります。それによって対立や疑心暗鬼が生まれ、膠着したまま時間が過ぎ去ることも多いはずです。すべてはそうした構造の問題だと僕は思っています。

宙畑:山口県の小麦生育に衛星データを活用している事例をインタビューした際に衛星データの解析結果を提供しているアグリライト研究所様も「結局は渡したデータをどう活用していただけるかが肝」「今回良い事例が生まれたのは我々のデータがあったからこそということはおこがましくて言えない」「携わった方々のデータを活用したいという意欲や高い意識に恵まれた現場であると実感している」という言葉がありました。まさに渡したデータをしっかりと使えるように仕上げて渡されていることが印象的でした。

:行政改革に及び腰である話と重複しますが、地方自治体の現場は今ある仕事を回すことにもう手いっぱいです。そういう組織設計がされているからです。そのなかで新しい技術の導入と言われても、マラソンの選手に水泳もやってくれと頼むような感覚かなと思います。

宙畑:そのようななかでどのようにして新しい技術を導入するチャンスがあるのでしょうか?

:ふたつのやり方があると思います。ひとつは「これは新しい競技ではなくマラソンなんです」と仕立て直すこと。もうひとつは「みなさんがマラソンをやっているのはわかったので、新しい競技をやりたいという人を集めてください。お金はちゃんと渡しますから」と、新しい技術の使い方と人の集め方までマニュアル作成できればよいと思いますが、そのようなマニュアル作りは、国がやるにしても(新しい技術を持った)企業がやるにしても一苦労ですよね。

宙畑:新しい技術の導入を提案する際に「業務効率化につながる」と一言でくくってしまうことがいかに課題の解像度が低かったのかを思い知りました……。

:多くの場合、地方自治体側と新しい技術の導入を進めたい側の両方でミスマッチが起きていて、誰がどうやって解消しますかというのは後回しにされがちなのですが、唯一の解決策は、法律を作って義務化することだと思います。やらなくちゃいけないことが先に決まれば、仕事の押し付け合いやせめぎあいは最初には起こるものの、そのうちちょうどいい役割分担ができていきますからね。

(4)ヒント③地方自治体の考えを知る:モラルハザードが起きてはいけない

宙畑:法律による義務化というと、まさに角さんが福祉局に所属されていた際に障がい者自立支援法の施行があって基準の策定やマニュアル作りが大変だったと拝見しましたが、実際にどのような業務でどのような考えで仕事に臨まれていたのでしょうか?

:まず、大阪市は他の地方自治体と比較して重度の障がい者の方が多くいらっしゃる地域でした。例えばALS(筋萎縮性側索硬化症)といった常時ケアをしなければ最悪の場合死に至ってしまうといった難病と向き合う当事者や家族の団体との会話も行っていました。
そのケアにかかる費用を、当事者とそのご家族でどれだけ負担するのが適切なのか、そして税金を財源とする公的支援をどこまで拡充していくべきなのか。この難しいバランスをめぐり、様々な議論が交わされてきました。

私たちはお金を出す側なので、100%相手に寄り添うことができません。「24時間介護が必要だって言われたから、24時間出します」となったら財政がパンクしてしまうとされていたんです。ですので、相手のことも考えながら財政とも調整し……と、着地点をしっかりと探さなくてはいけません。

最終的に支出を決める権限は担当者が持っていて、私がその担当者だったこともあります。
普段からずっと激務なので、時間がじっくりと取れる時でないと支給決定の作業はできず、それを2~3人といった少人数で話し合いながら決めていくのですが、大体夜中の11時とか12時からスタートでしたね。

宙畑:言葉で聞くだけでも身体的になかなかハードなお仕事ですが精神的にもとても辛いお仕事ですね。

:本当に精神的にもすごく辛かったですね。この決定で人が死ぬかもしれないし、その家庭の幸せを決める作業でもあるのです。とても辛かったからこそ、このあと引き継ぐ人たちが、毎回毎回悩むということはさせたくなかったんです。

宙畑:実際にどのようにしてマニュアルを策定していったのでしょうか?

:行政の仕事はモラルハザードとの戦いでもあります。モラルハザードにならないように、一線を越えて決壊しないようにと常にみんなが意識しています。また、何か一律でと決めてしまったら、現場は楽な方に流れてしまいがちなので、しっかりと関係する方の合意を得た上で進めていく必要があります。

私の場合は、法律の施行をきっかけに、関係する団体のみなさまと協議をして、全員が合意できるのであればそうしたいと考えて動き始めました。具体的には、過去のサービス支給決定の履歴と関係するデータをすべてエビデンスとして洗い出して、科学的な根拠に基づき団体の方と会話を進めました。おそらくこういったことをやったのは地方自治体で初めてだったんじゃないかなと思います。

宙畑:まずは議論の土台となるベースを作られたということですね。

:それをやったときに、早くサービスの支給基準を決めたほうがいいし、おそらく他の地方自治体も決め方がわからないのではないかと思いました。

結果としては、合意形成が大変だろうと思って早めに取り組んだのですが、データに基づくと意外と話が早く、想像以上に早く合意がとれました。5月ぐらいからエビデンスの洗い出しや調整を始めて、7月の前半にはもう合意が取れていたくらいのスピードです。

大阪の障がい者団体の皆さんにとっても納得のいくものができたということになり、団体のみなさまも自分たちの成果としてホームページにその合意形成の結果を載せてくれていましたね。

宙畑:それはとても嬉しいですね。双方にとって納得いく結論をわずか2か月で合意形成できたと。

:そういった実績がうまれたことで、検索をしたら大阪市にたどり着いて、どうやって基準を決めたのかといった問い合わせが全国の市町村からありました。あまりにも多いので、そのプロセスと、決定した基準の内容とかを全部まとめてzipファイルにしてどんどん送りました。

一番面白かったのは、とある地方自治体の方からお礼として名産のピーマンをダンボール箱いっぱいに送っていただいたことですね(笑)。

宙畑:素敵なエピソードですね。そして、ひとつの地方自治体の好事例が全国に広がっていくというのはとても素晴らしいと思いました。マニュアル化を角さんのチームでできていたからこそ、他の地方自治体の方も進めやすかったというのは「新しい技術の導入をするならば、受け取りやすいボールを用意する必要がある」という点に通ずるところがありますね。

:さっきお伝えしたzipファイルには「どのような基準にしたか」という結果だけではなく、合意形成までのプロセスの解説も入れて送りました。これが実はとても重要で、いかに合意形成プロセスを設計するかというのも地方自治体の職員の重要なスキルの一つです。これを1から考えるのとプロセスの解説があるのとでは大きく違います。必要な業務量が10分の1くらいになると思いますよ。

宙畑:これは住民のみなさまとの合意形成のプロセスに限らず、予算の承認を得るためのプロセスにも同じことが言えそうですね。

:そうですね。予算を財務当局に説明する場合、決裁を得るスキルはとても重要です。予算要求をあげたときになぜそれが必要なのか、ふたつの進めたいことがあればどっちが大事なのか……などどのように説明するかは想像力のいる話で、文章作成能力やロジックを組み立てる力など、それまで培ってきた職員のスキルが発揮される瞬間です。

(5)ヒント④地方自治体の予算を知る:新規施策のための予算は簡単に増えない

宙畑:ちなみに、新規施策の予算を各部局が申請するというのはどれほどハードルが高いことなのでしょうか?

:基本的に税収が増えない中で予算の増額というのはすごく難しいです。当時の大阪市の予算はA経費とB経費という分け方がありました。以下は当時のルールに基づく解説です(今は違うかもしれません)。

A経費はコピー用紙といったルーティンの業務で必要な経費で、B経費は法律で決まったことや新しいサービスを始めるといった政策予算で新しく立てる必要があるものです。

B経費には基本3年間を期限として、それ以上実施するのであればそこで成果を出さなくてはいけないという3年サンセットルールと呼ばれるものがあります。また、B経費で何かを要求した場合、B経費の枠の中でそれに匹敵する部分を削ることを求められます。さらには、私の時代は「◎%シーリング」と言って、3%シーリングだったら、去年の予算で100億円を要求していたら今年は97%の97億円に抑えるようにして調整してから財政当局には予算調書を提出してねというものもあり、そういったルールがある中で単純に予算を増額するというのはほぼ許されませんでした。

宙畑:企業で新規事業を進めたいという場合は、ある意味投資として◎年後にこれだけの利益が生まれるからこの予算を欲しいと社長や経営陣に対して承認をもらうというプロセスを踏むと思うのですが、そういったことは地方自治体の承認プロセスではなかなか難しそうですね……。

:そうですね。◎%シーリングの枠を守れているのであればそこまで強く言われることはないとは思います。では、新しい施策に予算がつくことはないかというとそういうわけでもありません。

ひとつは首長の持っている予算です。首長は政治家であり、やはり自分がトップになったのであればそこで良い施策を打って成果を残し、次の選挙でも当選を果たしたいと思っています。首長の政策と新しい技術を活用したソリューションが一致するのであれば、予算はつくでしょう。

もうひとつは、議員との連携です。特に地方議会の与党会派の議員の方々がどんな課題意識をもっているかを知り、実現すべき施策を後押ししてくれる発言をもらいながら、予算化して実行していくというのは定番の進め方です。議員と事前にすり合わせをしておいて、議会で「この施策をやるべきだ」と提案してもらうわけです。そうすれば市民合意の施策になっていきます。議員の手柄にもなりますし、課題解決も前進します。

宙畑:そういった解決策として新しい技術が話されたら、その導入のための予算が通りやすくなるということですね。

(6)ヒント⑤地方自治体のホットトピックを知る:議事録を洗い出す

宙畑:もしも角さんが衛星データの利活用を推進したいスタートアップだとしたら何から始めますか?

:僕がスタートアップだったら……ですか。まず目的が自己利益先行に見えないように気を遣うでしょうね。つまり「衛星データを売るのが目的ではなく、課題を解決するのが目的でそのために衛星データが使える場合がありますよ」という順序で説明します。そして課題意識を共有できて発言力のある関係者を巻き込む。その代表例が議員です。例えば、稲作が盛んな地域の自治体であれば「うちは稲作農家が多いからその支援とかなんかできんのか」といったことを普段から話している議員を探してコンタクトをとります。

宙畑:それはどのように探すと良いのでしょうか?

:議会の答弁の情報は、どの自治体でも今やオープンになっていて、その議会のサイトに入ったら議事録検索もできて答弁内容も全部見ることができます。

ちなみに、これがあったら儲かるだろうなと思っていることがあって、全国の地方自治体の議会の議事録をすべて見に行って、ワンワード入れたら全自治体の議事録を同時検索できるツールがあると嬉しいですね。

宙畑:ありがとうございます。たしかに、その地方自治体のホットトピックと各地方の議員の方が取り組みを知るというのはとても重要ですね。

角さんのインタビュー後、さっそく宙畑でまずは47都道府県の議事録のURLリストを作成してみました。

(7)衛星データ活用事例が生まれるヒント:課題の緊急度とゼロサムゲームにならないこと

宙畑:最後に、地方自治体における具体的な衛星データ活用事例について角さんのご意見をいただけると嬉しいです。

現在、衛星データを活用した水道管の漏水予測という事例がとても広がっている一方で、農作物の衛星データ利活用は好事例が生まれているにもかかわらず、全国にものすごく広がっているわけではなくて不思議に思っています。この違いはどういったところにあるのでしょうか。

:推測になりますが、農業の場合は利害が複雑化しやすいのかもしれません。ある地域である特定の集団が度を越して豊作になると、当該地域でのその作物の販売単価は下がり、その集団以外の全農家の利益を毀損してしまうという構造になってしまっているのではないでしょうか?だとすると、その地域のその作物の生産者の大多数の合意が得られなければ、施策が進めにくいはずです。

農産物の価格は市場で決定されます。衛星データを導入したことによって、ある農家さんの利益が増えると、農家さんの不利益(利益の減少)につながる可能性があるということです。もちろんそんな単純なものではないと思いますが、農業にゼロサムゲーム的な側面があるのは事実だと思います。

農林水産省が発行する「米に関するマンスリーレポート」をもとに宙畑で作成。たしかに、お米の民間在庫量が増えるとお米の相対取引価格が低くなっています。

:売り先が明確で地域全体で生産量や品質の向上が関わる人全員にとって良い状態になるというのが導入の条件としてあるのかもしれないですね。

宙畑:たしかに、山口県の場合は製粉会社の方から山口県全体の小麦の品質向上が求められての事例でした。地域一体となって目的を達成することに衛星データが寄与するような設計をする必要があるというのは大きなヒントだと思いました。

水道管の事例はどうでしょうか?

:これが今広まっているというのはとてもよく分かります。それは誰かが得したら誰かの分け前が減るといったゼロサムゲーム的な話ではないということが一つと、水道管の老朽化っていうのはもう喫緊の課題でどの自治体でも困っていると思います。

水道が整備されてからもう60年70年といった時間が経っているのでどんどん取り替えを進める必要があるのですが、どこの水道管が劣化しているのかは判断が難しい。スペシャリストが耳で聞いたりして判断するわけですが、それをできる人がどんどん定年退職して、もう管理が追いつかなくなっています。さらには水道の運営組織の問題もあります。多くの自治体では水道局は独立採算型の財政システムで、水道代を取って経営しているわけですが、値上げが難しい。命に直結しますからね。だからスケールメリットを追求して複数自治体で合同運営する水道管理組合のようなものも生まれて生きています。

宙畑:課題の逼迫度が全然違うということですね。

:そのようななかで他の地方自治体がどうやっているのかということが広まってきて、先行する事例が何個かできると、そこがどうやってるかを行政協力として聞きに行く流れとなります。

行政協力する側は誇らしい話なので詳しく教えてあげて、ノウハウがどんどん広まっていきます。

宙畑:障がい者自立支援法施行時の角さんがマニュアルをお渡しした話と同様の展開が起こるというわけですね。

:まさにその通りで、そういうマニュアルがあるんだったら、やり方もわかるからできるし、課題の緊急度も高いので合意形成も簡単になります。

宙畑:最後にもうひとつ質問させてください。国の補助金について、農業を例にとると農機やドローンのようなハードにはお金がつきやすいが、衛星データのようなソフトにはお金がつきづらいという話も聞きました。ハードとソフトにはどのような違いがあるのでしょうか?

:推測になってしまいますが、純粋にわかりやすさの問題なんじゃないかなと思いました。物があるというのはもう明確にわかりますし、管理もしやすい。一方でデジタルデータになった途端に、本当にあるのかとか、本当に使えたのかとか、そういった価値認識のしにくさや管理の難しさがある上に、デジタルなものは複製コストがほぼ0円です。

宙畑:デジタルデータの管理についてはブロックチェーンを活用した衛星データのトレーサビリティといった話も出ているのでそういった取り組みが活発化していくことが必要なのかもしれないですね。

:また、無形のものに対してお金を出す文化がないのは地方自治体のお話に限らず、製造業の会社でもそのような傾向がありますが、共通しているのは予算の作り方が原価計算型であることです。その場合、原価が低いソフトはハードよりも審査のハードルが厳しくなるというのはあると思います。

宙畑:もう少し詳しくお話を伺えますか?

:背景にあるのは、製造業とソフトウェア産業の「見積書の作り方」の違いです。

製造業の見積もりは、多くの場合、原価計算がされています。「この商品にはこれだけのコストがかかっているのでこの値段になっています」ということを伝えるイメージです。これは「物理的なものを生産するコスト」が製品の値段の決定要因になっています。

一方のソフトウェア産業の見積もりは製造原価をベースに積算していません。「これだけ便利になるからこの値段です」という見積方式です。製造にかかったコストではなく、提供する価値が値段の決定要因になっています。

:ずっと「見積もり=製造原価の説明」と思っていた人たちにとって、提供価値ベースの見積もりは違和感があって受け入れられづらい。客観性が感じられず「売る側の言い値」が主張されているようにみえます。経理部門はそれを受け入れず「ちゃんとした見積もりじゃないから購入は許可できない」となります。

余談ですが、この「見積もりに関する思想の違い」、もっと言えば「どんな価値があるのかよりもいくらかかったのかをベースに対価を考える思考傾向」が真に価値あるビジネスへの移行を妨げてきた「失われた30年」の理由の一つではないかと思っています。

(8)編集後記:地方自治体の先進事例を一つでも多く生み出すために

今回、大阪市役所でのご経験を踏まえた回答だけではなく、宙畑からのどんな質問にも角さんご自身の見解と合わせて回答をいただきました。

宙畑としてはこれまで衛星データの良い点ばかりを見て、地方自治体のリアルを知らなかったのだと強く感じたインタビューでした。

現在、経済産業省が主導する地方自治体における衛星データの利活用実証が2022年度に始まって今年度で3年目を迎えており、すでに100件以上の実証が行われています。

そして、実証の数は今後さらに増えていくことが期待されています。今回のインタビューが衛星データに限らず日本をもっと良くしたいと考える様々なソリューションを持つ企業の方に届き、地方自治体の職員の方々と良い事例をどんどん生み出す一助となれますと幸いです。