「『技術』と『ソリューション』は別物」日立システムズの営業から宇宙業界に入って最初に感じた違和感と伸びしろ
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space」、3人目のインタビュイーはTellusでビジネス開発として活躍する高山郁恵さんです。高山さんは、宇宙業界に転職して最初に参加した海外のイベントで、とある違和感を感じたそうです。
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space~なぜあなたは宇宙業界へ?なぜ宇宙業界はこうなってる?~」に登場いただく3人目は、日立システムズで大企業向けのITシステム導入を進める営業としてキャリアを積み、現在は衛星データプラットフォーム「Tellus」の開発・運営を行う株式会社Tellusでビジネス開発を担当する高山郁恵さんです。
本連載「Why Space」では、非宇宙業界から宇宙業界に転職もしくは参入された方に「なぜ宇宙業界に転職したのか」「宇宙業界に転職してなぜ?と思ったこと」という2つの「なぜ」を問い、宇宙業界で働くリアルをお届けしてまいります。
(1)「ITは時代に応じて形を変えながらも必ず残り続ける」歴史宗教学専攻から日立システムズに入社するまで
宙畑:まず、大学の専攻と日立システムズに入社するまでの経緯を教えてください。
高山:私は関西外国語大学で英文学科を専攻していましたが、英語そのものよりも歴史や宗教学に興味があり、主にその分野を勉強していました。歴史宗教学に引かれた理由は、宗教戦争やキリスト教とユダヤ教の歴史、アメリカの開拓時代の宗教的影響などを探求したいという思いからです。留学で1年間フロリダに滞在し、ネイティブアメリカンと他民族の歴史についても学んだ経験が、自分の興味をさらに深めました。
その後、就職活動では、文系出身の自分でも長く働ける業界としてIT業界に注目しました。ITは時代に応じて形を変えながらも必ず残り続けると感じたからです。そこで、形を変えながらも存在するであろうIT業界の営業職に挑戦することを決め、日立システムズに入社しました。
宙畑:歴史宗教学に興味を持つというのはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
高山:宗教の影響力や歴史がどのように世界を形作ったのかに興味がありました。特に、現代の紛争や対立を理解するためには、宗教の背景を知ることが必要だと感じたんです。例えば、パレスチナやイスラエルで続く争いは、日本人にはなかなか理解できない部分も多いですが、現地の人々にとっては非常に深い信念や歴史的背景からくる感情が根底にあります。その感覚を少しでも理解しないと、問題の根本的解決にはつながらず、また同じような問題が繰り返されるのではないかという危機感がありました。そういう社会的な問題に対するアンテナは、人より敏感かもしれません。
宙畑:英語も堪能だとうかがったのですが、どのように英語を学ばれたのかについて教えてください。
高山:英語は、コミュニケーション手段としてとても重要だと感じています。日本語だけでは得られない情報や視点を手に入れるために、英語を学ぶことが必要だと思ったんです。そう思ったきっかけの一つは、X JAPANのYOSHIKIさんでした。YOSHIKIさんはアメリカで活動されていて、英語のみでSNSの発信をしていたことがありました。何を言っているのか知りたくて、英語を勉強しなきゃと思ったんです。それが大きなモチベーションになりました。
(2)顧客のニーズを聞いて応え続けた日立システムズでの営業
宙畑:日立システムズではどのような業務をされていたのですか?
高山:2015年から2022年までの約8年間、営業を担当していました。主に大手銀行をクライアントとして、インフラ基盤やデータセンターの保守運用に関わる案件を担当していました。特に、データセンターのサーバー管理やネットワーク構築など、物理的なインフラの要望に応える形で案件を進めることが多かったです。規模としては比較的小さな案件が多いですが、その分数が膨大でした。
宙畑:IT業界は歴史宗教学とは全く違う分野ですが、知識をインプットするのは大変ではありませんでしたか?
高山:確かに、全く異なる分野での挑戦でしたが、最初の3ヶ月は全員同じ研修を受けました。その後、実際に配属されると現場での学びが中心でした。上司や先輩から学ぶ「ザ・日本型のOJT」ですね。わからないことは、SEやカスタマーサポートの専門の方々に教えてもらうことで、少しずつ知識を身につけていきました。
宙畑:顧客は固定だったのですか?新規開拓のような業務もあったのでしょうか?
高山:基本的には固定のお客様と長くお付き合いする形でした。時折、別の部署からの紹介や引き合いがあることもありましたが、メインの顧客は一貫して同じ部署の方々でしたね。
宙畑:8年間の営業経験で得たものは何でしょうか?
高山:特に印象に残っているのは、基本的なビジネスマナーや契約から請求までの流れを徹底的に教え込まれたことです。また、早い段階から案件を任せてくれる先輩が多く、新入社員の頃から部長と直接やり取りをすることが多かったです。部長クラスの方々と早い段階で仕事を進めることで、会社全体の動きやビジネスの大局的な視点を学ぶことができました。また、ひとりで顧客対応を行う機会も多く、クライアントのニーズと自社で提供できるソリューションをどう結びつけるかについて考える癖がつくようになりました。
宙畑:SEとの連携も重要だったようですね。技術的な知識を持つことも求められたのでは?
高山:はい、ある程度の基礎知識は必要でした。SEの方々としっかり話し合い、自社としてどこまでできるかについて正確に把握しないと案件をうまく進めることはできません。自社のSEの強みを理解し、クライアントの要望とどうすり合わせをしていくかを考えるのが私たち営業の大事な役割でした。
(3)「半分知ってる、半分未知。」Tellusに入社を決めた理由
宙畑:Tellusにはどのような経緯で入社されたのですか?
高山:転職エージェントを使って探しました。8年間日立システムズで同じような業務を続けてきたのですが、新しいインプットが少なくなっていると感じていました。インプットがなければアウトプットも出せないので、もっと新しい刺激が欲しかったんです。社内で部署異動もしてみましたが、自分の知識や経験を活かす範囲が多く、あまり変化を感じられなかったため、転職を決意しました。
エージェントには「面白い求人をたくさん見つけてほしい」と伝え、送られてきた300件の中からいくつか絞り込みました。その中にTellusの求人があり、興味を持って面接を受けたんです。
宙畑:その中で、なぜTellusを選んだのでしょうか?
高山:実は、面接前にほとんど下調べもせず、Tellusという事業についてすらよく知らない状態で面接に臨んだのですが、Tellusの取締役やメンバーたちは、前半の30分を使ってTellusのビジョンや事業についてとても熱心に話してくれました。彼らが宇宙ビジネスの可能性や未来について語っているのを聞いて、この会社は自分たちのやりたいことをしっかり伝えられる企業なんだと感じたんです。
ただ、正直なところ、宇宙ビジネスは自分にとって未知の領域で、不安もありました。しかし、事業の紹介を受ける中で宇宙の技術もサービスも結局はインフラの上で成り立っているということに気づかされました。私はインフラの分野はよくなじみがあるので、「半分は知っている、半分は未知」という感覚で、挑戦してみようと決めました。
宙畑:Tellusでは営業職として採用されたのですか?
高山:正式には「事業開発/ビジネス開発」としてのポジションで採用されました。
宙畑:ビジネス開発という役割に対して、不安はありましたか?
高山:多少の不安はあったと思いますが、具体的な記憶はあまりないですね。前職での営業スタイルも、いわゆる物売りというよりは、顧客のニーズに合わせて解決策を提案する形でした。なので、Tellusでのビジネス開発の役割も、そこまで違和感はなかったですね。
宙畑:宇宙業界に対して、何か懸念はありませんでしたか?
高山:宇宙業界そのものへの懸念は特にありませんでした。というのも、あまり詳しく調べずに飛び込んでしまったからです(笑)。ただ、専門的な知識が要求される部分での不安は少しありましたね。宇宙業界には研究職や専門家が多いイメージだったので、自分がどこまでやれるかという点では、少し恐れがありました。
(4)「技術」と「ソリューション」は別物、宇宙業界に入って最初に感じた違和感
宙畑:転職されてから、どのような業務を担当しているのですか?
高山:現在はビジネス開発を担当しています。主に、Tellusのプラットフォームを活用して、新しいビジネスモデルを構築し、特に衛星データソリューションとしての可能性を探ることが主な業務です。当初はサービス利用者に直接かかわる機会(BtoC)が多いのかなと思っていましたが、Tellusの事業は多岐に渡っており、今、私はBtoBやBtoGの案件や事業を多く受け持っています。
入社してすぐ、ベトナムで開催されたAPRSAFという国際会議に参加したのですが、そこで感じたのは、多くの宇宙関連企業が「これができます」という技術を先に提示して、その後に「どう使うかを考えましょう」というプロダクトアウト型の進め方をしていたことです。私は、顧客が何を求めているかを先に聞き、その上でソリューションを提供するのがビジネスの基本だと考えていたので、このやり方には違和感を覚えました。
宙畑:APRSAFに参加して、宇宙業界全体がプロダクトアウト型で進行していると感じたのですか?
高山:そうですね。APRSAFでは、国を代表する宇宙の研究開発機関が「何ができるか」を報告する場になっているように感じました。しかし、技術力があることと、それをビジネスソリューションに転換することは全く別の問題だと強く思いました。
宙畑:「能ある鷹は爪を隠す」と言われますが、宇宙業界は技術という爪をむき出しにしていたように見えたということでしょうか?
高山:というよりは、技術の先にある利用フェーズをおざなりにしているように感じました。その技術が何に応用できて何に貢献できるからお金が動き、ビジネスになるのか、の連想ゲームをしないままに技術が先行しているイメージを受けたのです。
宙畑:なぜプロダクトアウト型から抜け出せないままなのでしょうか?
高山:一つの理由として考えられるのは、宇宙開発における研究開発の歴史が長いことではないでしょうか。これまでの宇宙業界では、技術開発に力を注ぐ研究者が多く、コストやビジネス利用を度外視して技術革新に集中してきた歴史があるように思います。これからはさらなる宇宙業界発展のためにも民間ビジネスへのシフトが求められていると感じています。
(5)「ビジネスは1社で完結することはない」Tellusで意識していること
宙畑:この2年間で感じた変化はありますか?
高山:自分の中でひとつ意識の変化としてあったのは、自社だけでできることは限られている、と良い意味で思えたことです。宇宙業界では専門性や技術力の高さが厳しく競われる業界だと思います。その中で各企業がなかなか横のつながりを持たず、単独で動いている印象がありました。ただ、私はビジネスは1社で完結するものではないと思っています。各企業が強みを掛け合い、弱みを補い合うことで真に顧客に価値のあるサービスを生み出すことができると思うのです。
そのため、Tellusに入社して1年ほど経った頃から、私たちの弱点やできないことをパートナー企業にオープンにするように意識し始めました。Tellusは衛星データプラットフォーマーですが、衛星データを活用したソリューションのすべてを自社で開発・提供するにはまだまだ十分ではありません。自社にない機能を補完してくれるパートナーと協力することが重要になってきます。
今後は、協力企業との関係をより深め、より価値の高い衛星データソリューションを提供できるよう、Win-Winの関係を築いていきたいと考えています。
(6)日立システムズの経験がTellusに活きた瞬間
宙畑:Tellusに入社してから、日立システムズでの経験が活きたと感じた場面はありましたか?
高山:はい、特に大企業で培ったビジネスの進め方や顧客との折衝では、視座の高い部課長や、SEとの密なやり取りから学んだことが多いと感じます。お客様が何に困っているのかをしっかりと聞き、社内でそのニーズに応じたソリューションを提案するスタイルは、今の業務でも生かされています。
また、契約などの営業フローの実務経験も大きく役立ちました。Tellusは、当初はさくらインターネットの一事業として始まったサービスですが、さくらインターネットの主軸業務とは異なった事業モデルを取っており、営業業務や契約のフローがうまく社内で回らない場面が多く、非常に苦労しました。
しかし、社内のフローを整備しないままでは事務の漏れやミスも増える上、毎回の調整工数も増えるので組織としての損失になります。そのため、Tellusに合った形で実務面をフロー化し、ビジネス開発業務に集中できるようにすることが重要だと考えました。
宙畑:具体的にはどのような点で大企業の経験が役立ったのでしょうか?
高山:一連の営業実務を一人称で考えて工夫しながら実行した経験があったことだと思います。また、部内の営業事務効率化施策を主導していた経験もあり、ベンチャー企業のTellusでも、適切な営業フローを整えることができのだと思います。
宙畑:大企業からベンチャー企業への転職は、やはり苦労が多かったのですね。
高山:そうですね。特に最初の頃は、クラウド提供に特化したさくらインターネットと、宇宙ビジネスを進めるTellusの間での業務の違いに苦労しました。しかし、その中で自分の経験を活かし、必要な部分を改善していくことで、徐々に適切なフローが構築することができ、今では、Tellusの事業モデルに合った営業フローが確立してきたと思っています。宇宙業界というよりも、ベンチャー特有の課題だったと思いますが、今ではその経験が大きな財産になっています。
(7)Tellusの事業と展望
宙畑:Tellusの今後の事業展望について、教えていただけますか?
高山:これまで地道に蓄えてきた官民の衛星データと、母体であるさくらインターネットで注力しているGPUを掛け合わせて、AI領域での展開を進めていきたいと考えています。
技術とソリューションが離れてしまっている現状をAIでブリッジすることで、衛星データに関する専門的な知識がなくてもお客様が困っていることを解決できる可能性があると思っています。
また、衛星データの新規撮像・アーカイブ画像の入手性の向上や、データのAPI化によるアクセス性の改善、必要な時だけリソースを立ち上げられるような計算基盤の構築などを行っており、本当に現場で使える「ソリューション」の提供基盤となっていきたいです。
宙畑:今後、Tellusが宇宙業界にとってどのような存在になることを期待しているとよいでしょうか?
高山:衛星データがちゃんと社会の役に立ってビジネスとして回っている、衛星データの経済圏を作っていきたいと考えています。Tellusはビジネス基盤を支える企業としてそこに貢献できたらいいですね。
(8)宇宙業界の伸びしろ
宙畑:宇宙業界の今後の伸びしろについて、どのようにお考えですか?
高山:宇宙と聞くと、多くの人は宇宙飛行士のような遠いイメージを抱いているのが現状です。一般企業の方々も、宇宙の技術が自社でどう活かせるのか、まだ具体的には想像できていないんですよね。でも、私たちのような企業が、その技術をもっと噛み砕いて「これなら自社でも活用できるかも」と思ってもらえる形に落とし込む役割を担っていると感じています。ここが宇宙業界の大きな伸びしろで、宇宙技術が民間企業に転用され、ビジネスに活かされていけば、宇宙産業は一気に広がっていくと思います。これからが本番ですね。
技術は日々更新され、目を見張るような成長を様々なところで耳にします。問題は、それが具体的なソリューションに結びついていないことだと思います。私が従事している衛星データソリューションの分野でも技術とソリューションを結びつけ、それをフィードバックして新しい技術を開発するというサイクルがまだ十分に回っていないように思われます。その他にも「時間分解能(人工衛星がどの程度の頻度で任意の場所を撮影ができるか)」の不足や解析スキルの一般化が成し遂げられていないことなど、ビジネスに応用するためのいくつかのファクターがまだまだ不足していて、非宇宙の民間企業が「今のところはうちのビジネスには向かない」と感じることが多いのも事実です。
ただ、今は行政の支援や戦略的な取り組みが進んでいて、そういった足りない部分が徐々に埋まってきています。このサイクルが回り出すタイミングが数年以内に来ると思いますし、「死の谷を超える」という瞬間も、もうすぐだと期待しています。
(9)宇宙業界への転職を迷っている方に一言
宙畑:宇宙業界に入ってこようとしている方へ、メッセージをお願いします。
高山:私が入社して感じたのは、これまでの宇宙業界をリードしてきたのは主に研究開発部門の方々でした。しかし、これから宇宙を本格的な「産業」として成長させるには、ビジネスの視点が不可欠です。特に、IT業界のような流れの速いビジネスを経験してきた人たちが大きな力になると考えています。IT業界では、毎年技術が刷新され、新しいソリューションやサービスが次々と生まれています。そこで鍛えられた「瞬発力」や「案件の推進力」、「稼ぐモデルへのこだわり」は、宇宙業界ではまだまだ不足している部分だと感じています。
だからこそ、「宇宙については詳しくないし、自分にできることはないのでは」と思わずに、むしろ「この分野で自分にできることがきっとある」と信じて飛び込んでほしいです。民間のソリューションを考え、収益モデルを作る意欲を持っている人たちが加われば、宇宙産業を一緒に成長させられると信じています。
ただ、気をつけてほしいのは、ビッグウェーブに「乗ろう」とするんじゃなくて、自分で「波を起こそう」という意気込みが大事ということです。最近は採用にも携わっているのですが、面接では「今は宇宙が盛り上がっているから」とか「面白そうだから」という理由で来ようとする人たちの声も多く聞こえます。
宇宙業界はまだまだ泥臭い部分がたくさんあって、華やかに見えても実は地道な努力が必要な分野なんです。ただ、そうした現実を理解したうえで、自分に何ができるかを真剣に考える人であれば、必ず活躍できるチャンスがあると思います。
(10)Tellusの求人情報
現在、Tellusでは様々な職種で求人が募集されています。ぜひ採用サイトをのぞいてみてください。
■編集部がぐっと来たポイント
「技術」と「ソリューション」は別物である。これは、宇宙開発時代から宇宙産業時代への移行が完了するうえで、非常に重要な視点だと思いました。
特に、Tellusは衛星データプラットフォームとして、衛星データ利用をしたいと考えた方が利用するためのインフラとなる事業です。衛星データがいかにすごいか、また、衛星データを使えば何ができるのかといった技術のアピールだけでは、宇宙ビジネスは広がることはありません。
衛星データを利用したい顧客の課題は何か、そして、そのソリューションがお金を払うほどのものであるのか、そのソリューションを提供するために必要なコストを鑑みて事業を行う企業としての利益が生まれるのか……これまで培ってきた技術力を、顧客が必要とするソリューションに転換する力が宇宙業界に求められているのだと強く感じたインタビューとなりました。