「基盤を作ることで未来は良くなる」CEO櫻庭氏に訊く、天地人の企業文化とグローバル展開
2025年7月3日、天地人は、国内最大規模のスタートアップ企業によるピッチイベント「IVS2025 LAUNCHPAD」において、2位を受賞。ピッチに出場した背景からピッチで語られたサービスのこれまでとこれからをたっぷりと伺いました。
2025年7月3日、天地人は、国内最大規模のスタートアップ企業によるピッチイベント「IVS2025 LAUNCHPAD」において、2位を受賞。350社以上 (うち海外企業およそ15%)の応募があったなかでの栄えある受賞でした。

その翌日、宙畑編集部は天地人の代表取締役、櫻庭康人さんに1時間インタビューの機会をいただきました。ピッチに挑戦した背景から、ピッチで紹介された天地人のサービス「宇宙水道局」開発の経緯や躍進の裏側、そして海外展開に向けた構想まで、お話をたっぷりと伺いました。
(1)「SFの世界が現実になっている」ピッチイベント挑戦の背景と気づき
宙畑:まずは、IVS2025のローンチパッドに出ることを決めた背景を教えてください。
櫻庭:天地人に出資をいただいている投資家の方からの「出てみないか」という声がきっかけでした。
IVSについては、もちろん知っていました。ただ、IVSを運営しているメンバーは知り合いも多く、ピッチに出場するのは少し気恥ずかしさと感じていたところで、投資家の方から「天地人さんの事業が広まる中でさらに価値を届けていきたい」という言葉をいただき、応募することを決めました。
宙畑:ピッチ資料は櫻庭さんがイチから作られたのでしょうか?
櫻庭:ピッチ資料の土台はいつも私が作成しています。IVSへの出場が決まってから過去の受賞者のピッチ動画を運営の方から大量に送っていただき、何本か見て、構成やスライドの枚数何分までにどのような話をするとよいかのパターンを分析しました。
その後、社内のメンバーにも何度もピッチを見てもらって「分かりづらい点」や「説明がない点」を指摘してもらい、何度も何度も組み換えを行いました。社員一丸となってピッチの質を高めていったので、なんとしても良い結果を残そうと責任感も強く感じながらピッチの練習をしていました。

宙畑:今回のピッチ資料における推しポイントがあれば教えてください。
櫻庭:今回、ピッチの完成度を高めるなかで、我ながら「宇宙から漏水リスクを診断するってSFの世界だな」と思いました。そこで、知らない人が見てもこの凄さを感じていただけるように伝えるべき、宇宙ビジネスがこれからさらに拡大するうえで伝えるべき魅力のひとつかもしれないと思い、ピッチ資料にこのSF感を盛り込もうと意識しました。
宙畑:たしかに、ピッチ資料の中でSFという言葉がスライドで使われている2箇所がありましたね。実際にピッチに登壇したことでの反響はありましたか?
櫻庭:まず、出場のきっかけとなった投資家から「おめでとうございます」という声をもらいました。
また、ファイナリストに残っただけでも、複数の投資家から連絡が来ました。昨日も会場で「一番良かったですよ」と声をかけられ、名刺交換をしたら投資家だったということもありました。
さらに、ピッチ終わりに水道局の方からもご挨拶いただき「外から水道インフラをどう見られるのか、非常に参考になった」と言っていただき、非常に嬉しかったですね。
(2)「日本のインフラはいつ崩れてもおかしくない」宇宙水道局が生まれたきっかけ
宙畑: ピッチでは「日本における年間の漏水件数は約20000件で(年間)300万人分の生活用水が無駄になっている」「法定耐用年数を超えて老朽化した水道管の長さは地球4周分」「水道水が安全に飲める国は日本を含めて世界で9ヵ国しかない」という衝撃的な数値が紹介されていました。このような社会的課題は宇宙水道局を始める時点で分かっていたのでしょうか?

櫻庭:まず海外についてはそこまで把握していませんでした。また、日本の課題についても最初に水道管の老朽化に問題があると聞いた時は「そうなんだ」というくらいでしたね。
ただ、様々な自治体の皆様とお話をするなかで、今のやり方が非常にアナログだと感じました。
また、漏水の件数や漏水の実態について理解すればするほど「日本の大事なインフラのはずなのにもうすぐ崩れてもおかしくない、これはもっと取り組まなければならない」と強く思うようになりました。
スタートアップ企業としてこの考え方でいいのかは賛否があると思いますが、あまりお金のことを気にせずに、これはとにかくやった方が良いという思いで事業を進め、地方自治体の皆様とこの課題に対応しています。
(3)衛星データで漏水リスクを診断!衛星データの寄与度は?
宙畑:SFのような世界だと説明されていましたが、衛星から漏水リスクを診断するというのはどのようにしてその可能性に気づき、検証されたのでしょうか?
櫻庭:もともと衛星データで漏水を検知するという企業が話題になっていたので、自社でも本当にそのようなことが可能なのかということを様々な手法で検証していました。ひとつの種類の衛星データだけで漏水を検知をするのは物理的に難しいのではないかと思われたのですが、様々な衛星データなどを合わせて分析するなかで、熱赤外でみた地表面の温度と漏水リスクに相関ありそうだと弊社のエンジニアが発見しました。さらに、地上データも合わせて分析すれば精度が上がるのではないかと社内でアルゴリズム開発が進みました。
実際に地表面温度との相関を発見したときやアルゴリズム開発で新しい閃きが生まれたときには、Slackでのオンライン上の会話でしたが、吠えるぐらいの熱量でこれはいいんじゃないか!と盛り上がっていました。
宙畑:検証ができたということは、実際の漏水のデータを地方自治体の方から実際にいただいていたのでしょうか?
櫻庭:その通りです。過去の漏水データを複数年分いただき、マクロな環境要因を衛星から調べて検証を行いました。最初は地上データも含めて30種類程度のデータを使っていましたが、地方自治体の皆様と話すほど「こういう理由で漏水リスクが高まる」という話がどんどん出てくるので、今では100種類のデータを活用し、精度が上がっています。

宙畑:ミクロなデータとして、地方自治体で把握されている水道管布設の時期や場所などがあって、マクロなデータとして衛星データを活用しているということですね。
櫻庭:大半のデータはミクロなデータで、利用している衛星データの種類自体はそこまで多くありません。ただ、衛星データは過去のアーカイブがあり、今から貯めようと思ってから貯めるものではなく、実際に現地に行かずとも広範囲の複数年分のデータが細かく揃っているということが強みだと考えています。
(4)「宇宙水道局は検査機器」事実に基づいたデータを提供し、地方自治体の作業を早めることが重要
宙畑:SFの世界のように感じるがゆえに、衛星データが本当に信用に足るのかという点で営業時に苦労されたことはありましたか?
櫻庭:おっしゃる通り、最初はどういうデータを使っていて、精度はどのくらいだというお話で、データを信じてもらうための説明で1時間経過するということも少なくありませんでした。
ただ、現在はそういった話は数分で終わります。実績が出てきたことが非常に大きくて、地方自治体の方々にとってどのようなメリットがあるサービスなのか、どのような成果が出せるのかという説明がメインになっています。
宙畑:実績が出てきたことで、衛星データも数あるビッグデータのうちのひとつという認識が生まれたということですね。
櫻庭:お客様への提供価値は何かに焦点を当てて話すように、話し方も大きく変わったと思います。
宙畑:ピッチで紹介されたデモを見ると、宇宙水道局は漏水のリスクを診断するだけでなく、巡回する優先順位やルートをAIで推薦するなど、診断した後の地方自治体の方の行動支援につながる機能がふんだんに盛り込まれていました。
櫻庭:ありがとうございます。ツールが使用されているログは確認していますし、実際に地方自治体の方からの困っていることや機能改善の要望については常に集めて、チームで優先順位を決めて機能をアップデートしています。
宙畑:当初想定していなかったが、お客様の声から生まれた重要なアップデートだったと印象に残っているものはありますか?
櫻庭:リスク診断の分析で利用しているような人口密度やその他データを、お客様のツールでも任意にリスクを診断したデータに重ね合わせられる機能を追加しました。
最初は漏水のリスクを診断したデータを出せば、それを見ながら実務が進むと考えていましたが、最後は人間の目で決めたいというニーズがあったのです。
その街を一番把握しているのはやはり地方自治体の皆様なので、その気づきは非常に印象に残っています。
宙畑:まさにお客様起点のアップデートですね。宇宙水道局をより広めるために意識されていることはありますか?
櫻庭:最近、宇宙水道局のメンバーと話しているのは「宇宙水道局は医療で例えると検査機器で、お医者さんが地方自治体の皆様、患者さんがその街に住む住民」ということです。
衛星データを信じてもらうという考え方をすると、100点満点の評価をすることが重要な役割だと思ってしまいますが、そうではありません。
私たちがやるべきは、必要なデータを整理して、地方自治体の皆様に早く提供することで、実務を考えやすく、早く作業を行えるように役に立つことを意識しています。
私たちは様々なデータを出すものの、最後はお医者さんである地方自治体の皆様がそれを見て、いち早くこれがどうなのかを診断できるようになる。その結果、患者さんである住民が幸せになる(不幸なリスクをひとつでも多く回避できる)ということが重要だと考えています。
(5)「今やらないと手遅れになる」自社衛星を打ち上げる判断をした海外展開での体験
宙畑:2025年1月には、自社で地球観測衛星を打ち上げると発表されました。その構想はもともとあったのでしょうか?

櫻庭:3年前から「いずれは必要だよね」という話は社内でしていました。タイミングややるかやらないかのジャッジを頭の片隅に置きつつ事業を推進していたなかで、地表面温度のデータが世界的に多くのサービスに利用され始め、民間市場にとって重要になっているなかで、もっと独自性を出して世界のシェアを撮るためには今だと思い、決断して発表に至りました。
衛星は、開発しようと決めてから打上げまでに3~4年かかります。実際はもっと短縮しようと考えていますが、もしも2026年に決めた場合は打上げられるのが2030年……それはもう手遅れだというくらいに思っています。
宙畑:すでに日本では40の地方自治体※で導入が進んでいるなど、あえて初期費用の掛かる衛星開発に取り組まずとも事業展開ができるのではないかとも思っていますが、その点はいかがでしょうか?※契約更新を含む累計契約自治体数はインタビュー当時の数値となります。
櫻庭:ここから海外にサービスを展開するときに自社の衛星を持つということが非常に重要だと考えています。
例えば、宇宙水道局を例に挙げると、海外には衛星を使わずとも水道管の漏水リスクを診断するというサービスは存在していて、その差は微々たる差だと考えています。そこから会話を進める中で衛星良いねとなって次に聞かれるのは「そのデータは御社のデータなのか?」ということです。
その質問に対して「そうではなくて、 これは世界中の衛星から取得してやっているんだ」と回答すると、次に言われるのは「御社の強みは何か?」と問われます。その質問に対してAIや精度という話をすると、一般的には差が分かりにくいものです。ただ、自社の衛星があれば「衛星を持っている」というシンプルで分かりやすい武器がある企業だとして強みを認識していただけるのです。
(6)「基盤を作ることで未来は良くなる」少子高齢化が進む日本は世界をリードするための良いサンプルに
宙畑:海外展開を考えたときに、海外の水道インフラ事情に対し宇宙水道局はどのような価値があると考えられていますか?
櫻庭:まず、日本も海外も同じだと考えているのが、水道管がどこに、いつ布設されたのかといったデータ、学校がどこにあるといったデータ、漏水の発生箇所のデータ……といった必要なデータが一体化して管理されておらず、すべてバラバラになっていることが少なくありません。
街に関するあらゆるデータを統合して確認できる基盤を作ることで未来は良くなると考えていて、その基盤づくりのフックとして私たちが役に立てると考えています。
宙畑:世界銀行が地図のない国で必要な情報を衛星データ含むあらゆる手法で集めて調べて管理しているという話を伺ったことを思い出しました。
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櫻庭:考え方は近いかもしれませんね。そのうえで、日本は世界から見て非常に注目されるべきサンプルだと考えています。
1億2000万人が生活できるインフラが一度整備されたものの、少子高齢化でいずれ9000万人台になると予測されている中で、この広がってしまったインフラをどのように維持・管理していくか問われているのが今の日本です。

櫻庭:そして、少子高齢化によって引き起こされる課題をどのように私たちが解決していくかで、世界をリードできる。また、その他必要な情報を共有できて、世界をより良くできる非常に素晴らしいサンプルを作ることができると考えています。
(7)「新サービスを展開する判断基準は課題の規模」IVSで語られた売上60億円までの道のり
宙畑:ピッチの中では売上60億円という数字も出されていたのが印象的でした。

櫻庭:まだまだ遠いですが、非現実的な数字ではなく、見えてきました。
宙畑:天地人では、宇宙水道局以外にも農業における衛星データ利用など、様々なサービスを展開されています。天地人における新サービスをやるかやらないかの判断基準として、どのようなポイントが重要だと考えられていますか?
宙畑:最初に考えるのは、その課題の規模、つまり、 どれだけ多くの人が困ってるかです。例えば、今であればエネルギーや農業には大きな課題があると考えています。市場合理性を考えるのはその後です。
宙畑:2019年に天地人のCSTOの百束さんにお話を伺った際に「私は土地に対する課題意識があり、将来土地が枯れているのではないかという、SF映画のような世界を想像しました」ということを話されていたことを思い出しました。
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宙畑:今回の櫻庭さんのお話からも未来の社会課題に対して解決したいという思いが根付いている企業なのだなと強く印象に残りました。
宇宙水道局、農業、そしてこれから生まれる新しいサービスを通して、国内外の重要な基盤が天地人発でどんどん構築されることを期待しています!