【顧客は数十億人規模のビジネス】通信、気象、基盤モデル、宇宙スーパーコンピューター……地球全体を巻き込む不可逆な変化をもたらす7つのテクノロジー
数十億人規模の生活をより豊かに、また、数十億人規模のビジネスを生み出す可能性がある宇宙利用を7つまとめました。
ひまわりのような気象衛星、GPSに代表される測位衛星、最近ではStarlinkのような通信衛星……人工衛星は私たちの生活に当たり前に根付き、そして地球に住む全人類が恩恵を受けているといっても過言ではない時代となっています。
しかしながら、人類が人工衛星を宇宙に打ち上げたのは1957年のソ連のスプートニクが初めてのことでいまだ100年も経過していません。今後も地球に住む全人類に関わる技術のアップデートが各国、各企業、各研究者によって進められています。
では、今後、どのような宇宙を活用したサービスが生まれる可能性があるのでしょうか?
本記事は、すでに存在するサービスも含む、宇宙を活用した7つの注目テクノロジーとそれらがもたらす社会変革の大きな可能性について紹介します。
(1)EO Summitで語られた50億人の潜在顧客が存在する気象ビジネスの可能性
2025年6月9日、10日の2日間、衛星データの商業利用に特化したカンファレンスEO Summitが、アメリカ・ニューヨークで開催されました。
そのカンファレンスの中で筆者が感銘を受けたのが、小型の気象衛星コンステレーションを構築するtomorrow.ioという米国企業です。これまでに約400億円近くの資金調達をしており、気象予測の精度をアップデートする企業として注目されているスタートアップです。
日本に住んでいると「あと何分後に雨が降ります」「明日の天気は何時ごろから晴れるでしょう」と、非常に精度の高い天気予報サービスが提供されており、そこまで気象予測の精度をアップデートするというサービスにどれだけの市場があるのかを理解できていませんでした。
そのようななか、同社によるEO Summit内のプレゼンテーションで示された以下のスライドが非常に印象的でした。

なんと、世界地図に示された黒い部分、その割合はなんと地表面積90%もの地域は、高精度なモデリングを可能にする重要な気象観測が不足しているとのこと。人口としては50億人がその地域に住んでいるとのことで、その潜在的なユーザー数に非常に驚かされました。
ちなみに、SpaceXが構築した低軌道通信衛星コンステレーションStarlinkは、その潜在的なユーザー数は30億人と言われており、50億人はその数を遥かに上回ります。
tomorrow.ioは、農業、漁業、物流、建設、観光、小売など、あらゆる産業に影響する気象情報の精度を上げるチャレンジをしています。そして、同様のことを考える企業として、日本にもAOZORAが存在し、内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテストS-Booster 2023ではスカパーJSAT賞を受賞しています。
あらためて、宇宙ビジネスは地球に住む全人類の生活を豊かにアップデートできる可能性を持つ、これからの未来を変え得るビジネスであり、まだまだ各国各企業が肩を並べて競い合える市場なのだと実感した瞬間でした。
(2)地球全体を巻き込む不可逆な変化をもたらす宇宙活用の考え方
多くの人の生活を豊かにした宇宙を活用したテクノロジーの代表例がアメリカが運用するGPS衛星でしょう。そして、現代を生きる私たちはGPSなしでの生活には戻れないくらいの影響力を持っています。
言い換えれば、宇宙技術の進化は、地球全体を巻き込む不可逆な生活の変化をもたらす可能性を秘めており、その宇宙技術を磨き続けることは、ビジネスという観点でも、各国の経済安全保障という観点でも非常に重要です。
本章では、不可逆な地球全体を巻き込む変化をもたらしうる宇宙ビジネスの考え方を3つに分類して、具体事例と合わせて紹介します。本記事が、今までにない宇宙を活用した新しいアイデアの発想のヒントとなりましたら幸いです。
1. すでに先進国では地上インフラが整っているが、新興国では地上設備が不十分でその恩恵を受けられていないビジネス
1つ目は、すでに紹介したTomorrow.ioやSpaceXのStarlinkのように、先進国では地上インフラを整備することで提供される便利なサービスを、宇宙技術を用いて未電化、コスト、技術力といった課題からサービスを享受できない地域にも提供するというビジネスです。
高速インターネット環境の提供(Starlink、OneWeb、Project Kuiperなど)
【実現すること】
地上基地局を整備せずとも、低軌道に通信衛星コンステレーションを構築することで、静止通信衛星によるサービスと比較して高速・低遅延のインターネット接続を提供します。
【ビジネスの展開】
Starlinkがサービスの提供を実現するまで、高速インターネットの電波が届かない、もしくは届きにくい場所に住んでいる人は30億人いると言われていました。
現在はそのような地域に住んでいる方はもちろんのこと、法人契約で海運企業やトンネルや鉱山で作業を行うような企業との契約が進んでいます。
また、日本においても山小屋のようなこれまではインターネットが使えないことが当たり前だったような場所で、インターネットが使えるようになっており、契約数はどんどん増えているようです。
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高精度かつ即時性の高い気象予報(Tomorrow.io、AOZORAなど)
【実現すること】
低軌道に気象衛星コンステレーションを構築することで、これまでよりも高頻度・高精度の気象予測モデルの作成を地球全域で行い、情報を提供します。
【ビジネスの展開】
現在、日本に住んでいると当たり前のようになってきた「〇分後に△△mm/hの雨が降ります」といった高精度な天気予報。実は、ここまで詳細な天気予報が生活者に提供されている国は多くありません。
また、線状降水帯のような大きな被害をもたらす可能性がある災害の予測精度にはまだまだ課題があります。
小型気象衛星コンステレーションが構築されることにより、日本で得られているような気象情報サービスを全世界に届けられる可能性があることはもちろんのこと、その精度も上がることが期待されます。
さらには、気象情報は保険や海運、農業、金融といったあらゆる産業にとって欠かせないものとなっています。単なる天気予報ではなく、事業を左右する重要な情報としての活用も加速するでしょう。
宇宙太陽光発電(SSPS:Space Solar Power Systems)
【実現すること】
地球の昼夜や天候に左右されない宇宙空間で太陽光を集め、マイクロ波、もしくは、レーザーで地上に送電することで、常時安定した再生可能エネルギー供給を可能にします。電力を必要とする地域へ無線により柔軟に送電できるため、地上送電網の整備が不十分な地域への電力供給が可能です。
ただし、現在は研究開発や実現性を各国各企業が検討しているフェーズであり、小型通信衛星や小型気象衛星と比較すると実現はもう少し先になります。
【参考記事】
宇宙太陽光発電システム(SSPS)の研究|JAXA
また、温室効果ガスの排出量が小さく、化石燃料の価格急騰の影響を受けにくいほか、地震等の地上の自然災害の影響を受けにくいという点で実現が期待されています。
【ビジネスの展開】
離島や災害被災地など送電網が脆弱な地域への電力供給や、発展途上国でのエネルギーアクセス改善が可能になり、地上の発電所と送電網の新設の代替手段となる可能性があります。
さらに、都市の電力需要のピークカット(電力需要が高くなる時間帯の電力使用量を削減する取り組み)にも対応できるほか、製造業・データセンターの脱炭素化ニーズの解決策のひとつとなり、長期的には地球規模でのクリーンエネルギー市場の一角を担う大きなエネルギー源となることが期待されています。
2. 宇宙を活用することでしか実現できないが、実現すれば全人類が恩恵を受けられるビジネス
2つ目は、地上設備だけでは実現が難しかったことを、宇宙を利用することによって実現できるビジネスです。
例えば、カーナビゲーションシステムやGoogle Mapsで、私たちの位置情報を全世界どこにいても分かるのは人工衛星があってこそ。GPSをアメリカが無償で利用できるように解放していますが、各地域で自前の測位システムの構築が進んでいることが、その技術を独自に保有することの重要性を物語っています。
高精度な位置情報と時刻情報(GPS/みちびき/ガリレオなどの測位衛星)
【実現すること】
こちらはすでに実現している技術です。4機以上の測位衛星の電波を地上の専用端末で受信することで、その場所の緯度・経度・高度が把握できます。また、日本のみちびきは、日本を含むアジア地域に高精度な位置情報(数cm単位の誤差)を提供できる仕組みの構築を目指しています。
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さらに、超高精度な時刻情報(GPSに搭載されている時計の誤差は30万年に1秒以下とのこと)を地上へ配信することができ、通信や金融取引など時間同期が重要な分野の信頼性の向上につながっています。
【ビジネスの展開】
すでに農業分野では自動運転トラクターの精密農業が実現し、作業効率と収量の最適化の事例が生まれ、建設や測量業界でも現場作業の効率化や人員削減につながっています。
また、精度の高い時刻情報は、株式取引や電力需給の制御などにも活用され、今後もその用途での利活用は拡大すると期待されています。
さらに、今後ますます位置情報の精度が向上することによって、自動運転者による物流や都市交通の最適化、ドローン配送、位置情報を活用したゲームアプリの進化……などこれまで実現ができなかった新たなサービスの基盤になるでしょう。
量子鍵配送ネットワーク(IonQ、量子衛星「墨子号」など)
【実現すること】
現代社会において普及している暗号は、解読に膨大な計算量を必要とすることでその情報のセキュリティが担保されている一方で、今後大規模な量子コンピュータや新たな計算技術などが誕生してしまうと解読されてしまうというリスクが指摘されています。
そこで期待されているのが、量子鍵配送ネットワークです。量子鍵配送と呼ばれる次世代の通信セキュリティ技術が適用されたネットワークのことであり、高いセキュリティレベルを確保できる点から安全保障・外交分野での使用が期待されています。
ただし、量子鍵配送ネットワークでは、光子 (光の基本的な粒子) を量子信号として使用するのですが、光子は地上通信のメインパスとなる光ファイバー内では減衰が発生する性質があり、宇宙空間 (真空) では減衰が大きく抑制される性質があります。そのため、宇宙空間と量子鍵配送ネットワークの親和性はとても高いとされており、人工衛星を活用することが期待されています。
現在、量子鍵配送ネットワークは、海外各国が本格的な利用に向けて技術開発を進めています。
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【ビジネスの展開】
政府や軍事通信、金融機関、重要インフラ(電力、交通、医療)向けのセキュリティサービスとして需要が高まっています。また、将来的には、商用のクラウドサービスやIoTネットワークにも適用され、あらゆるデータの連携や、宇宙空間におけるミッションデータの安全な転送にも拡大していくでしょう。
3.既存の宇宙ビジネスのアップデート
衛星データ解析における基盤モデルの構築
【実現すること】
衛星画像や観測データを大量に学習したAI基盤モデルを構築し、さまざまな解析タスク(農業、環境監視、都市計画、防災など)を、個別の教師データの準備や、特定の高度な専門知識がなくとも実行することが可能となります。
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【ビジネスの展開】
高度な知識や経験を持った研究者やデータサイエンティストの方でなくとも、地方自治体、宇宙産業に関係がなかったあらゆる産業の民間企業、NGOなど幅広いユーザー層が衛星データを活用できるようになります。
現在、地球観測衛星が取得したデータの利用については、様々な産業の方からの認知や理解浸透、そして、解析企業とのマッチングに課題があります。衛星データ利用のハードルが下がることは、事例の数がこれまで以上に増え、素晴らしい成果の出現による衛星データ利用の認知拡大につながることが期待されます。
宇宙空間に配備するスーパーコンピューター
【実現すること】
宇宙上に取得した観測データを宇宙空間でリアルタイム処理するスーパーコンピューターを設置します。これにより、地上局の不足や衛星通信の速度といった問題で地上に送ることが物理的に難しかった量のデータから必要な情報を今まで以上に地上に送ることができ、即時の分析結果を人類は活用できるようになります。
すでに2025年5月に上記のような概念を持った衛星の試験機12機が中国から打ち上げられ、中国は最終的に1,000機以上の衛星コンステレーションで宇宙スーパーコンピューターとして機能させることを計画しているようです。

また、この計算能力は宇宙データ処理に限らず、地上からの計算リクエストにも対応でき、世界中の利用者がアクセスできる「宇宙クラウド」として機能することも期待されます。
地上設置に伴う大規模電力供給設備や冷却・防塵・耐震設計などの考慮すべきインフラ要件を一部回避でき、太陽光発電による安定した電力確保や地球環境への負荷軽減も可能になります。
【ビジネスの展開】
宇宙空間に配備されたスーパーコンピューターは、衛星データを即時に解析し、迅速な行動判断を行うための情報が求められる災害対応、安全保障といった用途で非常に重宝されるでしょう。同様に、機関投資家向けの農作物収量や原油在庫予測といった地球全体の情報提供の精度や速度も向上するかもしれません。
また、気候モデルや暗号解析といった膨大な計算量が必要な科学技術やビジネスの発展に資する地上からの計算リクエストにも応えることが期待されます。
(3)ビジネスになるか否かは二の次?宇宙を活用したテクノロジーの進化は人類の未来社会を構築する基盤となる
今回紹介した事例は、実現するためには非常に大きな初期投資が必要であり、民間企業1社で進めるには難しいものばかりです(だからこそSpaceXのStarlinkは驚異的です)。
一方で、いずれの事例も、市場規模や事業性という観点で大きな可能性を秘めています。今まさにStarlinkが新しい変革を次々と促進させていることは言わずもがなでしょう。
そして、このような地球に住む全人類の暮らしに不可逆な変化を与えうる新しい社会基盤は、今回紹介した事例に限らずどんどんアイデアとして生まれ、実現されていくことでしょう。
今回、本記事をまとめながら感じたのは、民間企業としての事業における単なる金銭的メリットのみを考えた費用対効果やビジネスという枠ではおさまらない価値創出の可能性が宇宙開発にあるということです。だからこそ国が宇宙開発に注力する意義があると再認識できました。
単なる便利さや効率化、それがビジネスになるという話だけでなく、人類が直面する気候変動、食料問題、資源の偏在、安全保障リスクといったあらゆる課題への解決基盤となり得ます。そして、この基盤を早期に実装し、その進化を主導できる国や企業は、未来社会のルールメイカーとして大きな影響力を持つことになるでしょう。
実際に、アメリカが莫大な予算をかけてGPSの仕組みを構築し、中国が今まさに宇宙空間にスーパーコンピューターを構築しようとしています。
本記事が「このテクノロジーが社会全体の標準や基盤になったとき、どのような未来を描けるのか」と、宇宙を活用したテクノロジーの新しいアイデアを考える一助となり、地球全体の未来の生活が豊かになるきっかけとなりましたら幸いです。