「より安く、より早く」H3ロケット6号機の成功がもたらした日本の宇宙産業発展につながる2つの希望
H3ロケット6号機が、ブースターなしで飛ぶ「いちばん安い」新形態を初実証。8号機の失敗からの再開も兼ねた打上げを紹介します。
2026年6月12日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は種子島宇宙センターからH3ロケット6号機を打上げました。ロケットは計画どおり飛行し、第2段を所定の軌道に投入しました。搭載したすべての小型衛星の分離も確認されています。
今回の6号機は、固体ロケットブースターを使わない新形態「H3-30S(30形態)」の初飛行でした。
形態の詳細については後述しますが、6号機の打上げには、二つの重要な意義がありました。ひとつは、30形態を初めて実証すること。もうひとつは、2025年12月に失敗した8号機から6カ月という比較的短期間での再開フライトであることです。
H3ロケットは、H-IIAロケットの後継として開発された日本の新型大型基幹ロケットです。衛星を自国で打上げる力(自立性)の維持と、国際競争力の確保。この2つの目標のもと、柔軟性・高信頼性・低価格をめざしています。
その機体の主な構成は、基本形態の22形態を例にすると下図のとおりです。
(1)8号機はなぜ失敗した? 衛星を載せる部品に起きた不具合と、打上げ再開への対策
6号機は、2025年12月に失敗した8号機からの飛行再開を担う機体でした。番号は7・8号機より若いものの、打上げは両機より後になりました。新形態「30形態」の初飛行にあたり、新しい構成を確かめる地上試験に時間を要したためです。
これまでのH3ロケットの打上げを以下にまとめました。
では、8号機では何が起きたのでしょうか。
当初注目されたのは第2段エンジンの異常でしたが、フライトデータを詳しく調べると、原因はもっと前の段階にありました。一連の異常の根本にあったのは、衛星をロケットに搭載するための構造体「衛星搭載アダプター(以降、PSS)」です。
PSSは、CFRP(炭素繊維のプラスチック)の板(スキン)とアルミのハニカム(蜂の巣状の芯材)を貼り合わせたパネルを、「スプライス」という部材で接着して組み立てています。
8号機の中間報告では、この接着の工程で加える熱が想定より高くなり、板と芯材の接着が弱まって内部に剥がれ(剥離)が生じていた可能性が高いとされています。
この剥離があると、フェアリング(衛星を覆うカバー)が分離するときの衝撃で一気に広がり、PSSの破壊につながり得ます。8号機では、これが起点となって衛星がロケットから外れ、最初に見えた第2段エンジンの異常にもつながったとみられています。
JAXAは、この剥離をなくすことを基本方針に、2つの対策を検討しました。製造済みのPSSを補修して使う「補修方式」と、パネルの結合を接着からボルトに変える「ファスナー結合方式」です。打上げ再開の最初となる6号機には補修方式を、その後の重要な衛星にはファスナー結合方式を採る方針です。
8号機で発生した可能性のある剥離の様子と、6号機での補修の考え方を下図に示します。
6号機の補修方式では、剥がれた部分を取り除いて樹脂で埋め直し、CFRPで補強します。そのうえで、認定試験(設計が打上げの環境に耐えるかを確かめる試験)と、実際に飛ぶ部品を使った荷重試験で強度を確認しました。
さらに6号機は搭載物が軽く、PSSにかかる負荷が設計条件の約3分の1だったため、補修方式でも余裕があると判断されました。実際に所定軌道へ到達し、今回の条件では正常に機能したといえます。
一方、その後の重要な衛星に採るファスナー結合方式は、接着をやめてボルトで結合し、剥離の引き金になったスプライス接着の加温そのものをなくす根本対策です。
ただし、6号機の打上げ成功だけで失敗原因が完全に解消されたとは言い切れない状況です。詳細な解析はこれからで、JAXA自身も追加のデータを取得するとしています。今回の補修方式は、あくまで再開と検証のための構成と位置づけられます。
そのうえで、日本の宇宙開発の歴史を振り返ると、ロケットの打上げ失敗から6カ月での打上げ再開は短期間であり、注目すべきポイントのひとつです。
宇宙産業における技術開発が世界的に加速度的に進み、ロケットによる衛星の打ち上げ需要が高まるなか、より高頻度に、より安定した輸送能力の確保が望まれます。
(2)4トンの衛星を運べて、いちばん安い。ブースターを使わない「30形態」の特徴
もうひとつ、今回の打ち上げで重要なのは、6号機が「30形態(読み方はサンゼロ)」という新たな形態の初飛行であった点です。
6号機の搭載物の計画をすでに公表していました。性能確認用ペイロード「VEP-5」(衛星の重さを模擬する確認用のおもり)と、小型副衛星6基を載せるという内容です。
では、その30形態とは、どんな構成のロケットなのでしょうか。
ロケットは作用・反作用の法則で宇宙まで衛星などを運ぶため、リフトオフの瞬間に、機体と燃料の重さをはね返す大きな推力が必要です。
そのための重要な役割を担うのがエンジンです。H3の主力は、第1段の主エンジン「LE-9」で、従来は重い衛星を運ぶ構成では、両脇に固体ロケットブースター(SRB-3)を足すことが一般的でした。
SRB-3がリフトオフを後押しし、燃え尽きると早めに切り離されます。その後も第1段は燃焼を続け、やがて第2段へ飛行を引き継ぎます。
これまでに打上げられたH3ロケットでも22形態(H3-22S)や24形態(H3-24W)と呼び、このSRBを足してリフトオフします。
これに対して30形態はSRBを使わず、LE-9を3基に増やして飛び立つというチャレンジでした。
日本の大型液体ロケットが固体ブースターなしでリフトオフするのは、初めてとなります。固体ブースターを使わない狙いは、低価格化。
軽い衛星にはブースターを付けず、重い衛星には足します。こうして衛星の重さや軌道に応じて構成を組み替えられることが、H3の「柔軟性」です。そしてこの柔軟性が、軽い衛星をより安く運ぶことにつながります。
こうした形態はH3に複数用意されており、これまでに22形態・24形態・30形態の3つが飛行しています。各形態の構成を次の表にまとめました。
30形態は、高度500kmの太陽同期軌道に4トン以上を運べる能力を持ちながら、ラインアップで最も低価格な構成です。
宙畑メモ:太陽同期軌道(SSO)とは
衛星が、いつも同じ地方時に同じ地点の上空を通るように設計された軌道です。地球観測衛星でよく使われ、毎回ほぼ同じ時間帯・同じ太陽の当たり方で撮影できるため、取得したデータを比較しやすいのが利点です。
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4トンというのは、H3が3号機で運んだ地球観測衛星「だいち4号」(約3トン)のような衛星も運べる規模です。
30形態の安さは、固体ブースターを使わない構成によるものです。その背景には、形態を問わずH3全体で進める低価格化があり、機体の設計だけでなく、製造や運用のやり方の見直しで実現を目指しています。
H3では宇宙専用ではなく、自動車・航空機向けの民生部品を活用し、製造も自動車のようなライン生産に近づけました。
受注から打上げまでの期間は約2年から約1年に、打上げの間隔は約2か月から約1か月に縮めました。さらに、地上設備の自動化で人員も減らしています。
こうした積み重ねで、30形態では、定常的に運用する段階で一定の条件のもと、H-IIAの機体価格の約半額をめざしています。
(3)30形態の打上げ成功までに乗り越えた技術開発課題
ただし、30形態はブースターを使わず、LE-9エンジンを3基にした構成です。そのため、ほかの形態にはない技術や運用上のポイントがいくつもありました。設計や運用の工夫もあれば、開発の過程で乗り越えた課題もあります。
代表的なものとして、打上げ前に機体を固定する「ホールドダウンシステム」、リフトオフ直後の風への配慮、エンジン数の違いによる飛行終盤の推力の絞り方、そして開発で見つかったタンクの課題です。
まず、ホールドダウンシステムから紹介します。 ホールドダウンシステムとは、リフトオフの前に機体を発射台へ固定しておく仕組みです。
ブースターのない30形態は、LE-9エンジン3基の推力だけで機体を持ち上げられます。そのため、3基が正常に立ち上がったことを確かめるまで、機体を発射台に押さえておく必要があります。
一方で、22形態や24形態は、LE-9エンジン2基だけでは機体を持ち上げられず、固体ブースターに点火して初めて浮き上がります。そのため、こうした仕組みは要りませんでした。
6号機では、機体を4か所で固定し、LE-9エンジン3基の正常な立ち上がりを確認してから、固定を同時に解除してリフトオフしました。
リフトオフ直後の風への配慮がより必要なことも、30形態ならではです。固体ブースターがないため、ブースターを使う形態に比べてリフトオフ直後の加速がゆるやかで、初速も低くなります。そのため機体が風の影響を受けやすく、打上げ時の気象判断はより繊細になります。
また、エンジンの数による違いもあります。30形態はLE-9を3基積んでおり(他の形態は2基)、その分だけ推力が大きく、飛行の終盤ほど機体は燃料が減って軽くなるため、加速が強まります。
ただし、加速が強すぎると衛星に負担がかかるため、飛行の終わりにかけてはエンジンの力をわざとゆるめます(スロットリング)。推力の大きい30形態はこのゆるめる時間が長くなります。
もう一つは、タンクへの加圧です。開発の過程で、第1段のタンクで内圧が想定どおり上がらない事象が見つかりました。JAXAは加圧の方法を見直して、2026年3月の再試験で解消を確認しています。
なお、本章で紹介した内容は30形態ならではの工夫や課題で、8号機のPSSの問題とは別の話となります。
(4)小型衛星6基を相乗り。30形態の実力を確かめ、H3の可能性を広げる
6号機は、30形態の飛行性能を確かめる試験的な打上げでもあったため、性能確認用ペイロード「VEP-5」が搭載されていました。
一方で、相乗りする形で用途の異なる小型衛星6基が搭載されて、無事に所定の軌道に運ばれました。
打上げられたのは、地球観測・宇宙科学のPETREL(うみつばめ)とVERTECS、スペースデブリ対策にかかわるSTARS-X・HORN-L・HORN-R、海洋監視のBRO-22です。
それぞれの規模や担当機関、ミッションは上の「ペイロード一覧」にまとめています。
これら6基を載せるため、6号機には新しい「超小型衛星搭載アダプター」が導入されました。リング状で、衛星を4か所に取り付けられる構造です。一度に積める数を増やすとともに、衛星にかかる衝撃もやわらげます(8号機で問題になったPSSとは別の部品です)。
8号機の失敗から再開したH3にとって、6号機は節目の打上げでした。30形態を実証し、補修型PSSが今回の条件に耐えることも確かめています。新形態の初飛行と、失敗からの再開を一度に果たしたことになります。
折しも打上げと同じ2026年6月12日、内閣府は宇宙基本計画工程表の改訂に向けた重点事項案を示しました。
従来から掲げるのは「2030年代前半に年間30件程度」という打上げ能力の目標です。今回はこれに加え、中長期的に年間50件程度を目指す方針も打ち出されています。
日本の打上げ数は米中に大きく水をあけられており、打上げ機数の拡大は国を挙げた課題です。その意味では、8号機の失敗を乗り越えてH3が打上げを再開できたこと自体が、まず重要な前進といえます。
そこに最も低価格な30形態も加わり、より安く運べる選択肢が増えました。打上げを着実に積み重ね、安く数多く運べる体制が整っていくほど、日本の宇宙開発は加速していくでしょう。

