宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

災害や環境変化を自社で察知!小型SAR衛星が変えるリスク管理の未来

2019年12月に初号機となる、小型SAR衛星「イザナギ」を打ち上げを成功させた、QPS研究所のCOO・市來氏に、経営者を志したきっかけから衛星ビジネスの可能性までを伺いました。

2019年12月に初号機となる、小型SAR衛星「イザナギ」の打ち上げでは500名を超える参加者がパブリックビューイングに集い話題を集めたQPS研究所

同社は、夜間や雲に覆われている地域も撮影が可能なSAR衛星のコンステレーションを構築し、10分ごとの撮影が可能な準リアルタイム観測を目指している、九州大学発のベンチャー企業です。準リアルタイム観測が実現すると、車や人混みの動きがわかるようになります。

そんなQPS研究所の“ビジネス”を支えるCOO・市來 敏光(いちき としみつ)氏に、経営者を志したきっかけから衛星ビジネスの可能性までを伺いました。

給料が1/3に。宇宙ベンチャーに飛び込んだ理由

―早速ですが、QPS研究所にジョインされるまでの経緯……まずは、学生時代の専門についてお聞かせください。
実は、学生時代は国連事務総長になりたいと思っていました。私が中高生だった1990年代は、ちょうど湾岸戦争やソ連崩壊などがあり、国際政治が大きく揺れ動いた時期でした。

それで、クリントン大統領の出身校として知られるジョージタウン大学に憧れ、当時日本国内で最も多くの留学枠を持っていた上智大学の法学部国際関係法学科に進学しました。

ところが、留学が決まったのは、第二希望のノースカロライナ大学。当時、上智大学とノースカロライナ大学は提携を始めたばかりで、「お前みたいな奴は、パイオニアとして突っ込むのが良い!」と推薦されてしまったのです(笑)

そういった経緯で決まった留学先でしたが、当時は日本人が少なく、現地では英語漬けの毎日を送りました。文化を学ぶにせよ、英語を学ぶにせよ、自分のキャリアを築くうえで、最高の1年を過ごしたと思っています。

当初は国連で働くことを志していたのですが、国連で重要なポストに就くためには、博士号が必要との関係者のアドバイスもあり、いきなり大学院に進学するより1度働いてみたい、せっかくなら世界を飛び回るような仕事がしたいと思い、就職活動をしました。

―新卒で入社した企業では、どのようなご経験をされましたか。
新卒では、大手メーカーのA社に入社しました。管理系の部門に配属されたのち、2年目から外部記憶装置を取り扱うマーケティング部門に異動になりました。

その担当となった製品の事業はお世辞にも損益的にうまくいっている状況ではありませんでした。

しかし、それが逆に良くて。利益を上げられることであればなんでもチャレンジしてみようという雰囲気があったので、若くても手を挙げると何でもやらせてもらうことができましたし、事業部長やプレジデントと直接やり取りもできました。アルゼンチンの通貨危機が起こった2000年の初めには「今だからこそ、南米に市場を立ち上げよう」と視察に行かせてもらい、結果的にメキシコとブラジル、チリの立ち上げを経験しました。

色々と経験させていただいているうちに、担当製品の事業部も黒字化。そのおかげもあり、プレジデントや事業部長との会議のような場にもマーケティングの代表として出席させていただけるようになりました。A社の中の一カンパニーではあるものの、プレジデントや事業部長の経営判断を間近で見ていく中で、「私も経営者になりたい。それも、日本の競争力を高め、世界の発展に寄与できる経営者になりたい」と思うようになったのです。

―MBAも取得されたそうですね。
これまでやってきたことを整理することも含めて、経営を勉強しに行きたいと思うようになりました。仕事を続けながら受験勉強を試みているうちに出願が1年、2年と遅れていったため、思い切ってA社を退職することになったのですが、結婚1年目だったこともあって、妻のお義父様に「A社の人と結婚したと思ったのに」と怒られました(笑)

結果的に、幸運にもハーバード大学に進学しました。途中1年間は休学して、ロサンゼルスのベンチャー企業の立ち上げにも携わることができました。

卒業後は、地元である福岡県の太陽電池パネルメーカーの立て直しを経験したのちに、産業革新機構、いわゆる日本の投資ファンドに入社しました。当時は、ほとんどの出資先が東京と大阪に集中していましたが、私自身が地方出身であることもあり、地方企業へも出資したいという思いがあり、時間を見つけては私用に合わせて北海道や福岡へ行き、面白そうな企業を探していました。そこでたまたま出会ったのが、QPS研究所でした。

―当時、宇宙ビジネスにはどのような印象を持ちましたか。

Credit : QPS研究所

個人的には不確実性は高いものの、同時に今後の日本の産業になりうる大きな可能性のある分野という考えが強くありました。当時はロケットによる打ち上げが100%成功すると保証できないことから、民間企業やファンドも投資には消極的なご時世でした。だからこそ、可能性がある分野に、民間企業の呼び水になるよう、まずは産業革新機構のような官民ファンドが出資するべきだと思いました。私にとっては地元である福岡の企業であることも、大きなポイントでした。それでQPS研究所への出資を上申したのですが、私の力不足もあり、却下されてしまいました。

―一度却下されていたんですね。
はい。しかし、有難いことに個人的にQPS研究所をサポートすることを当時の上長が許してくださいました。

当時のQPS研究所には画期的なアイデアとそれを実現できる確かな技術力もあるのに、事業計画を作ったり、ビジネスを考えたり、それこそ資金の集め方も誰もわからないような状況でした。確かに出資する側としては、そういった会社にお金を預けることはできません。

CEOの大西に、資金の管理ができてビジネスが考えられる人を雇うようにと話しましたが、なかなか適任は見つかりません。そこを解決できなければ前に進めないと怒ると、大西から「市來さんは福岡出身ですよね。戻ってきませんか? 給与は今の3分の1で」とオファーをもらいました(笑)

よく考えてみると、当時資金もほとんどない数人の会社でしたから、まともに給与も払えないのにビジネス策定や資金調達できる人材を雇うなんてできないよなと思いました。せっかく素晴らしい可能性があるのに、私が行かないとビジネスも会社も前に進まない。これもまたご縁だと思い、QPS研究所へのジョインを決めました。

QPS研究所入社に至るまでの市来氏の経歴 Credit : QPS研究所

衛星の打ち上げが「真のスタート」

Credit : QPS研究所

―初号機「イザナギ」の打ち上げ成功、おめでとうございました。2019年12月に打ち上げられてから、ファーストライト(最初の撮影画像)に向けて準備を進めていらっしゃるところだと思います。その所感などをお聞かせください。
一番感じているのは、やっとここから全てが始められるという気持ちです。もっと言うと、無事に打ち上がったがゆえに、これから本当に忙しくなるなと、打ち上げを見た瞬間に思い始めました。さらに資金を集めないといけないし、ビジネスも構築していく必要があります。

言い方は悪いですが、お金さえ払えれば、箱でも何でも宇宙に打ち上げること自体はできます。良い画を撮影して、それが世の中で役立ててもらえるよう、ソリューションとして作り上げていくことこそが、我々が成し遂げていかないといけないこと。

そう考えると、今のところは実はまだ何も成し遂げてはいません。これからやっと、スタートラインに立てるのだと思います。

―打ち上げを終えて見えてきた課題はありますか。
私たちは今回、初号機を打ち上げたわけですが、初号機ゆえの苦しみを味わっているところです。

当初は「打ち上げ後1週間でファーストライトを出します」と意気込んでいましたが、今となっては恥ずかしく思うほどです。もちろん打ち上げるまでは地上では、いろいろな試験を実施してきたのですが、衛星が宇宙に行くと、それまで想像していなかった反応の連続です。宇宙空間にある衛星に対して、地上から少しずつ調整していくので、やはり時間もかかります。

特にSAR衛星の場合は光学のカメラとは違い、精度の高い姿勢制御と軌道制御が必要です。姿勢を安定化させるのがなかなか大変で、こんなにも上手くいかないものなのかと日々苦労を感じています。

宙畑メモ
SAR(サー)衛星とは、合成開合レーダー(Synthetic-aperture radar)の略です。レーダーからマイクロ波を発射し、跳ね返ってきたマイクロ波をセンサーが捉えて、地形情報を取得します。夜間や雲に覆われている地域も観測することができることが特徴です。
関連記事:合成開口レーダ(SAR)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星、波長~

衛星の製造開発や運用における課題は多くありますが、QPS研究所ではまずは3つのことにフォーカスしようとしています。

1つ目は「Quickness」。観測頻度を上げ、いかに短時間で見たい場所を見られるかということですね。2つ目は「Freshness」。観測したデータを降ろして、いかに速くユーザーに届けることができるか、データの新鮮さを保てるかです。そして、3つ目は「User-Friendliness」。やはり観測衛星のデータはなかなか使いづらく、いかに使いやすさを実現できるかということです。

とにかくこの3つを愚直に作り上げていく必要があると思っています。しかしながら、やはり想像してみると途方もないですよね。

同じ業界で言うとSynspective社の場合は、画像解析までを自社でやろうとされています。私たちの場合は、衛星のプロであっても、画像解析のプロではありません。まずは撮影したデータを溜めて、一次処理を行い、L1くらいのデータまでは保持します。そしてそのデータをアプリケーション・ディベロッパーにお渡しして、その先のソリューションはお任せしたいと考えています。

宙畑メモ
衛星データの処理はいくつかのレベルに分類することができ、L0、L1、L2とレベルが上がることで処理は高次になります。地上アンテナで衛星から受信した電波をL0処理でデータに変換し、次のL1処理では、シーンごとの切り出し、画像の調整/結像して絵にする、画像の歪みを除去する、といった処理が行われます。
関連記事:【図解】衛星データの前処理とは~概要、レベル別の処理内容と解説~

やはりパートナーがあってこそのソリューション作りなので連携は重要ですし、とてつもなく大きな世界を作っていく必要があり、その壁の高さには日々圧倒されています。

準リアルタイム観測とSAR衛星の意外なニーズ

―今後36機のSAR衛星を打ち上げてコンステレーションを構築し、準リアルタイム(約10分毎)観測の実現を目指していると聞いています。コンステレーションの36機という数字はどのように決まったのですか。
究極的に目指したいのは、やはりリアルタイム観測です。しかしながら、リアルタイム観測は数千機の衛星を打ち上げても実現は難しく、大西とスイートスポットを探りました。

1時間ごとの撮影では遅いけれど、1分ごとの撮影には数百機の衛星が必要です。では、10分に一度なら……と、シミュレーションをした結果、北緯45度〜南緯45度の間であれば、36機で実現できることがわかりました。

つまり、北極や南極、北部ヨーロッパ、ロシアは撮影できない代わりに、アメリカではニューヨークやシカゴ、アジアでは中国や東南アジア、ヨーロッパではフランスやスペインなど、ニーズが高いであろう、人口の多い地域、もしくは船が多く航行する海洋域に特化しようという方針で落ち着いたのです。

QPS研究所のSAR衛星コンステレーションで準リアルタイム観測が可能な地域 Credit : 宙畑

―1時間ごとに撮影ができるのと、10分ごとに撮影ができる準リアルタイム観測では、どのような違いがありますか。
いいポイントですね。10分ごとの撮影が実現されることによって、移動体を観測できるようになります。船の移動を観測する場合は1時間ごとでも構いませんが、車は1時間経つとお店から家に着いていて動いたことすら気付けないかもしれません。

車や人など、移動体が根幹に関わっている情報は、少なくとも10分ごとのデータが欲しいと言われます。

Credit : QPS研究所

面白いと思ったのは、自社の敷地の周りに重機が置かれていないか確認したいというニーズです。どうやら大きな重機があると地盤が沈下してしまうのだそうです。特に工場を所有している企業の場合は、地盤が水平でないと影響が出てしまうのではないでしょうか。
意外と私たちも知らないような「頻繁に観測したいニーズ」があるのだと、驚かされました。また、企業から共同の実証実験についてお声がけいただいております。

―パートナー企業との実証実験は、SAR衛星のコンステレーションが構築された後のデータを想定して進められていますか。
SAR衛星のコンステレーションが構築されるまでの過程のデータと、構築後の両方で声をかけていただいています。

先方からいただくニーズは1件ではなく、多いときは10件程度いただくことも。「このニーズのこの部分はコンステレーションがあると良い」「これは1機でも実現できるのではないか」と区別できます。また、1機であっても実験できれば、実際に36機のコンステレーションができた時に「もっとこういう観測ができる」、「もっとこういうことができる」とイメージができるので、「打ち上げの計画に合わせてこういう実証をしていこう」と話をしています。

―SAR衛星は、一般的な光学衛星と比べて理解されにくい、使い勝手が難しいということもあると思います。ニーズを持った方々とお話をされる中で、SAR衛星の可能性や活用のポイントは見えてきていますか。
圧倒的に多いのは、干渉解析のニーズです。

宙畑メモ
干渉SARとは、SARセンサーの活用技術の一つです。地盤の沈下や隆起を数センチ単位で発見することができます。
関連記事:干渉SAR(InSAR)とは-分かること、事例、仕組み、読み解き方-

鉄道会社や電力会社、建設会社はすでに、地盤変動や火山活動といったデータをいろいろな形で取得しています。それを衛星で撮れないかと具体的なニーズのリクエストをいただくことがありますね。

例えばとある鉄道会社のからは、大豪雨による洪水が起きる前にいち早く状況を理解して、鉄道を高台へと移動できないかと言ったご相談がありました。災害対応・対策のようなニーズはこれまでは主に保険会社でしたが、昨今自然災害が大幅に増えたこともあり、一般的な企業でも災害に対しての意識がとても高まっていると感じており、そのような中SAR衛星の需要も増えてきているのではないかと感じています。

これまでは他人事であった災害も、今となっては毎年のように起きています。それに備えて自分たちの資産をいかに劣化させず、価値を減少させずにいられるかを考える必要があります。

SAR衛星は課題解決のソリューションとなり得るか

―ビジネス面で課題に感じられていることはありますか。
どのようにソリューションやビジネスとしてどのように作り上げていくのか、落とし込んでいくのは難しいですね。一つのソリューションを作れば全ての業界に横展開できるというわけではありません。何にフォーカスして、一つ目を作り上げようかという選定には、なかなか悩まされます。

―「〇〇を見たい」「調べたい」と思ったときに、潜在的なユーザーは、すぐに衛星という手段に辿り着けるものなのでしょうか。
QPS研究所にお声がけくださる方々は、感度の高い企業様か、衛星を活用した経験がある企業様が多いと思います。例えばドローンや航空機などを使って何かを測量しているときに「もっと広範囲に見たい」、「天候不良でも見たい」といったペインを解決できる手段として衛星を考えてくださっているのではなかと思います。

観測衛星の画像は使いづらい部分もありますし、見たい画像がすぐに手に入らない場合も多く、一般の方々が気軽に利用するにはハードルが高いと感じています。民間企業の方が自ら「これは衛星画像で見られる」と思いついて実際に使用していただくには、ソフトウェアの操作や分析スキルの取得なども必要だと思います。こういう点も含めて簡単かつ便利にエンドユーザーである民間企業様が使用できるようにインフラを整えることが、SARならびに衛星データの普及には不可欠だと思っています。

―QPS研究所では今後、従業員も増やされると思います。どのような人材を採用していきたいですか。
実は2019年から採用には力を入れていて、十数名しかいなかった従業員数は倍増。すでに経理や広報、人材採用の担当者もいます。今後は、事業開発や営業担当者を増やしていきたいと思っています。

Credit : QPS研究所

−ありがとうございました。

編集後記

今回のインタビュー取材の前半では、COOの市來氏のバックグラウンドやQPS研究所にジョインするまでのご経歴を伺いました。エンジニアを中心に立ち上げたベンチャー企業にとって、市來氏のようにビジネス視点を持った人材のアサインは、まさにブレイクスルーと言えるのではないでしょうか。

また、SAR衛星の活用についても、お客様のお話を交えながらご説明いただき、私たちが気づかないニーズがまだたくさんあるのだと期待感が高まりました。

今後は、事業開発や営業担当者も積極的に採用していく方針とのことで、SAR衛星の活用が航空測量やドローンと並び、ビジネスの場で浸透していくのではないでしょうか。ご活躍を楽しみにしています。