宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

畜産テックで総理大臣賞の「ファームノート」に聞く! 畜産テック最前線が求める衛星データとは

畜産テックの最前線ともいえるファームノート様に畜産農家におけるデータ活用と衛星データの可能性をお伺いしました

世の中に必要とされるデータとその活用法を知ることで衛星データを活かす道を探りたい! そんな狙いを胸に、宙畑編集部がデータ活用のめざましい企業を突撃する連載「データ迷子からの脱却! ビッグデータ時代のデータ活用術を探る」の第4弾。今回の舞台は、「酪農・畜産」分野。膨大な牛のデータを用いて牧場経営の生産性アップを目指すITベンチャー「ファームノート」にお邪魔しました。この畜産テックの世界で衛星データが活躍できる可能性やいかに!?

「ものづくり日本大賞」受賞! 畜産テックの最前線へ

今、日本を含めた世界各国でめざましい進化を遂げている畜産テック。日本の酪農・畜産業界では、株式会社ファームノートが乳牛や肉牛といった牛群をクラウドで管理できるシステム「Farmnote(ファームノート)」を2014年にリリース。

牛を育てる生産者では、手書きのノートやエクセルを使って、牛たちの体にまつわる膨大な情報を管理しています。大変な労力のかかる作業ですが、「Farmnote」を使うと、そうした情報をオンライン上でかんたんに記録し、分析し、共有できるようになります。

また、生産者では、牛たちの発情や疾病を見逃すと経済的な損失になることから、四六時中、牛たちの行動や状態に目を光らせています。この心身に負担の大きい作業を、「Farmnote Color」ではIoTセンサーと人工知能が担当。牛の首につけたセンサーから得られたデータをまとめて人工知能で解析し、牛たちの発情兆候や疾病疑いのサインをいち早く見抜きます。

「Farmnote」は年々シェアを拡大し、現在は累計4200戸の生産者が利用。牛の頭数で言えば39万頭(国内で管理されている牛の約10%)を管理中なのだとか。2019年には経済産業省など4省庁が主催する「第8回ものづくり日本大賞」にて、内閣総理大臣賞を受賞しています。

その現場から衛星データ活用のヒントを学ぶべく、宙畑編集長・中村が、ファームノートのプロダクトマネージャー・吉田理貴さんにお話を伺いました。

今回オンライン会議にてお話をお伺いしたファームノートのプロダクトマネージャー・吉田理貴さん

世界には14億頭の牛がいる!? 日本には?

中村御社の代表取締役・小林晋也さんのインタビュー記事を見て、「世界には14億頭くらい牛がいると知って、大きなビジネスチャンスを感じたら、半分は水牛でした……」と話されているのはすごく面白く、また、規模の大きさが分かるとても良い掴みだなと思いました。

吉田そうなんですよ(笑)。国によって牛の飼い方が違うので、正確な頭数ではなく、あくまで推定ですが、だいたい7億頭以上が水牛や野生の牛など、我々がイメージするものとは異なる牛です。

一方、日本の牛の数は約380万頭。日本では2000年代の初めに狂牛病が発生して以来、国が牛の個体識別番号を管理するようになったので、こちらは確かな数字です。

中村生産者1戸当たりにつき、何頭くらいの牛を管理しているんでしょう?

吉田平均的には50〜100頭と言われていますね。牛の頭数は生産者の規模によってまちまちですが、1戸あたりの飼養頭数は年々増えているんです。下のグラフは乳用牛について一戸当たりがみる頭数を明らかにしたもので、頭数は年々、右肩上がりになっています。

農林水産省による平成31年の「畜産統計」調査より

吉田高齢化で人材がどんどん減っているにもかかわらず、日本の牛乳や肉の生産量は現状を維持しています。つまり、生産者の負担は年々大きくなっている状況なのです。

「発情」を見落としたら大きな損失に!?

中村生産者の負担といえば、「発情」検知も大変な労力がかかるそうですね。

吉田はい。一般的にはあまり知られていませんが、酪農牛や繁殖牛の生産者にとって、牛たちをよく観察し、発情のサインを見つけてスムーズに受精させるのは非常に重要な仕事なのです。

というのも、牛たちの妊娠率が直接、ミルクの搾乳量や飼養頭数に影響するから。1回でも発情を見逃してしまうと、生産者にとって損害になってしまうんですよ。

中村金額で言うと、どのくらいの損失になってしまうんでしょう?

吉田まず、牛1頭につき、1日1300円の経費がかかるといわれています。牛の発情期はおよそ21日周期でやってくるのですが、一度見逃すと、次の発情タイミングまで21日間待たなければならない。

ということは、21日×1300円、つまり2万7300円のロス。これが複数頭で何度も起きれば、損害はその分増えてしまうんです。

中村そうか、だから常に気を張っていなきゃいけないと。しかも、50〜100頭がいて、21日周期で発情期が訪れるなら、単純に考えて毎日何頭かが発情してることになりますよね?

吉田そうなんです。しかも、発情中の牛を見つけてケアするのはもちろん、同時進行で分娩が始まる牛、分娩前で搾乳をストップする牛、搾乳する牛など、いろんなステータスの牛がいます。

そうした牛たちの状況に沿って、それぞれ適した対応を行うために生産者さんは大忙し。夜もゆっくり眠れなかったり、夜中に起きて牛を見に行ってしまったり……。

中村想像以上に大変な状況ですね。そこに一石投じるのが御社のサービスだと。

クラウド型の牛群管理システム「Farmnote」とは

中村それでは、ぜひ御社のサービスについて詳しく教えてください!

吉田私たちは、酪農・畜産の牛に特化したクラウド型の牛群管理システム「Farmnote」を中心に運営しています。

これまで、牛群がどうなっているかを分析するツールはあったものの、“牛群管理”のサービスはありませんでした。2014年に弊社がリリースしたこの「Farmnote」がおそらく世界初です。

中村サービス開始前は、生産者の皆さんはどうやって牛群を管理していたんでしょう?

吉田毎日牛を観察し、紙に記録を残していくのが普通です。生産者さんによってはオリジナルのエクセルシートを受け継いでいたりして、厚みのある紙のファイルがたくさんある、というのがおなじみの光景ですね。

中村その観察と記録を効率よくサポートするのが「Farmnote」のサービスということですね。

吉田そうです。「Farmnote」は、タッチ操作だけで、牛ごとの個体情報の入力ができるようになっています。「発情」「種付」「分娩」「牛群移動」「廃用」「販売成績」など、牧場に関わる活動を記録することができるんですよ。

牛の首のセンサーで「発情」「疾病」サインをキャッチ

吉田また、弊社の主力製品「Farmnote Color(ファームノートカラー)」は、牛の首にセンサーを巻いて、一頭一頭のデータを牛舎内に設置した基地局を経由して、生産者のデバイス(スマホやPC,、タブレット)に届けます。

中村これまで一頭ずつ観察していたものが、「Farmnote Color」をつけることで牛たちの生体情報をまとめてキャッチできるということ?

吉田そうです。このデバイスの中には加速度センサーが入っていて、牛の首が上下左右する動作から「行動」「反芻」「休憩」を、それぞれ読み取ります。

下記は、とある1頭の「行動・反芻・休憩」の割合を表したグラフです。

中村すごい! 牛のカラダがみごとに“見える化”されていますね! 「発情」や「疾病」は、どんな風にモニターするんですか?

吉田「発情」や「疾病」のチェックも、このセンサーのデータを元にしています。そもそも牛には毎日同じ行動を繰り返すという習性があるんです。だから、普段は行動時間の割合がそれなりに安定しているのですが、そこからズレたときが要チェック。

たとえば、発情期になると「行動」時間が長くなる傾向がありますし、体調が良くない場合は「反芻」がへり、「休息」が増える傾向があります。

吉田これらの傾向は個体差もあるので、AIが個体別に学習して分析を行っています。そのため、データが増えれば増えるほど、精度の高い異常検知ができるようになるんですよ。

ただし、実際に発情しているかどうかは、生産者さんが見極める必要があります。そして、その結果を「Farmnote」に入力してもらえればAIが学習し、精度が上がっていきます。そのため、営業担当者が生産者を定期的に訪れて、使用状況をヒアリングしたり、精度を高めるためにフォローをしたりといったコミュニケーションにも注力しています。

中村365日24時間ずっと牛の管理をする生活から、遠隔で牛たちの生体データを一気に収集できて、クラウドで管理できるようになったら、それはもう生活が一変しますね。

高齢でも活用できる! 直感的に触れるUIを目指す

中村それにしても生産者の皆さん、スマホやタブレットで「Farmnote」のサービスを使いこなされていますね。高齢のユーザーも多い中、データの見せ方で気をつけていることはありますか?

吉田できるだけシンプルに、操作性のよさを重視しています。これまで、情報をエクセルシートで管理していた時代は、マクロにしたり、かけ合わせたりと、データを読むにはさまざまなテクニックが必要でしたが、それは不便です。だからこそ「Farmnote」を作るときは、直感的に使えるということを心がけました。

生産者の知識や数値を扱う技術がないと見られなかったデータが「Farmnote」で一定の操作をすれば見られるようにしたい。経験が浅い方でも、高い生産性を実現できる「Internet of Animals(動物のインターネット)」こそ、私たちの目指す世界です。

中村なるほど! これから新しく畜産を始めようという人や若い人にとっての参入障壁がグッと低くなりそうですね。

「生産者」と「獣医」の知見が生きるシステム構築

中村サービスを構築するときのお話も聞かせてください! もともと「Farmnote」のデータベースのカラムにあたる部分はどのように作られたのでしょう?

吉田実際の生産者さんの声と弊社に在籍する獣医師社員たちの知見をとりいれました。彼らの目から見て、どういうデータがあればいいか、何をチェックするのに役立つかを話し合いながら構築しましたね。

中村専門家とタッグを組まれたんですね! データ収集というと、つい「可能な限り集めよう、そしてとりあえず並べてみよう」と思いがちですが、収集の段階から専門家の声が入っているというのは重要ですね。

サービスのアップデートや新機能を実装したりするときは、どんなフローで?

吉田まず、どんなときも「生産者のお悩み」ありきです。そのため、生産者の声を非常に重視していて、弊社のPMチームが月に1度はユーザーの生産者を訪れて、「ちゃんと精度高く発情や疾病を検知できているか」「わからないことはないか、悩んでいることはないか」といったことを伺っています。

そうして判明した課題に対して、獣医師や生産者さんの意見も聞きながら、データを新たにプロットしたり、アルゴリズムを変えたりしながら、データ面から解決できるかどうか試験を繰り返します。

分析が進んで、確かに解決できるとなれば新機能としてリリースしたり、サービス全体のアップデートを行ったり。そういうフローで進むことが多いですね。

中村なるほど、39万頭の牛たちの定量的なデータだけでなく、生産者へのヒアリングによる定性的なデータも数多く活用されているんですね!

一子相伝で伝わってきた“牛の飼い方”をオープンにする

中村生産者の声をたくさん聞かれてきた中で、気づかれたことはありますか?

吉田牛の飼い方が、それぞれの牧場で異なるのが面白いな、と思っています。これまで牧場は家族経営が多かったことから、先祖代々からの牛の飼い方が受け継がれているんですよ。

一子相伝で伝わった飼い方は、世の中に伝わる機会は多くありません。つまり、生産者ごとに、あるいは地域ごとに、持っている情報量に差がある。その差は飼育スキルの差にもつながります。

だからこそ、私たちが目指すのは“知恵の集約”。今、手元にある膨大なデータや知恵を集約し、これまで情報量が少なかった人や地域にも十分な情報をもたらしたい。「Farmnote」がその橋渡し役になれるといいなと思っています。

中村なるほど。これからの時代は、コロナの感染リスクが高い都会よりも地方に暮らすことを選ぶ人が増えるかもしれません。新たな職として畜産を選ぶ人にとっては、御社のサービスがあれば畜産のノウハウをスムーズに身につけられそう! 

こうしたデータはコンサル業にも活用できそうですが、ご予定はないんですか?

吉田コンサルサービスの提供を検討しているほか、弊社ではいま自社牧場を作っていて、製品を検証したり、自社が目指すビジョンの実現に向けたプロジェクトを進行中ですよ。今夏頃には情報をリリースできるはず!

中村おお! それは楽しみです。

牛群管理において、衛星データがお手伝いできること

吉田さんと宙畑編集部で畜産業界における衛星データ活用のディスカッションをする模様

中村さて吉田さん、少し話が変わるのですが、生産者の牛群管理引がもっと便利になるような衛星活用のアイデアをぜひ一緒に考えてください! 

吉田いいですね! 衛星ではどんなデータを取れるんでしょう?

中村酪農・畜産業に使えそうなデータでいうと、次のようなものが取れます。

・標高
・緑地の有無
・地表面の温度
・災害のリスク判定
・土砂崩れの位置
・浸水地域
・海抜
・夜間光

吉田あっ、災害のリスク判定は気になりますね! 農業は自然との戦いなので、天候や災害リスクの情報などは、生産者の皆さんが常に欲しているデータです。

例えば、以前も台風で牛たちが足まで雨水に浸かってしまって、乳房炎が多発したという生産者もいました。

中村なるほど。衛星の標高データや河川データなどを用いれば、その牛舎にどんなリスクがあるかがわかります。あらかじめ対策することも可能かもしれません。

さきほど、システムやAIの力を駆使して参入障壁を下げていくというお話がありましたが、新しくこの酪農・畜産の分野に参入する人にとっては、過去からその土地に暮らす人の知恵や情報はないわけだから……。

吉田その点、衛星データを活用することで、新しくビジネスを始めようとする土地のリスクや対策をカバーできたら心強いですね!

海外の放牧スタイルならGPSデータが活躍する?

中村衛星は地表が広く一望できるという特徴もあって、「このあたりに牛舎が作れそうだ」「ここは放牧にぴったりかも!」といった土地探しにも使えそうなのですが、ニーズはありそうですか?

吉田日本だと牛舎で飼うことが多いので、放牧のニーズは少ないかもしれません。

でも、逆に海外は広範囲での放牧がメインの国もあります。ニュージーランドやオーストラリアでは放った牛が帰ってこない、どこにいるかわからなくなる……ということもしばしばとか。

中村なるほど、測位衛星を使えば牛がどこにいるかという位置情報の把握は可能ですね。

吉田牛の位置さえわかれば安心だし、ドローンで追い立てて帰らせることだってできます。

また、牛には序列があるといわれていて、強い牛は良質な牧草の中央でたくさん食べられるのですが、弱い牛は隅っこに追いやられ、食事にありつけないのです。これは牧場経営で考えるとマイナス。

もし、牛たちがそれぞれどこで過ごしたかがわかれば、食べ足りていない牛にこっそり食事を与えたり、その序列の低いグループから遠ざけたりすることも検討できそうです。

中村そうか、畜産テックの分野で衛星を活用してもらうとしたら、リモートセンシングで地上の様子を見るというよりは、位置情報の把握を助ける線も有効なんですね。

ちなみに、ファームノートさんは、海外への進出も視野に入れられているんですか?

吉田はい、もちろん! 我々が目指しているのは、世界の農業の頭脳を創るということ。いずれは放牧のスタイルで牛を育てる生産者に向けても便利なソリューションを作っていきたい。衛星データの活用も検討する日も、そう遠くないかもしれません。

中村ぜひ。御社の新しい牧場オープンも楽しみにしています!

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