宙畑 Sorabatake

衛星データ

お米は地球を苦しめている!?~水田からのメタンガス(CH4)量を衛星データで検証してみた~

本記事では、社会的にも重要なカーボンニュートラルの取り組みから、温室効果への影響力が大きいメタンガスに着目しました。メタンガスは様々な場所から排出される温室効果ガスで、私たちの暮らしと深い関わりを持つ水田からも排出されています。この水田から発生するメタンガスについて衛星データを用いて、定量的に増減を観測できるか検証します。

1. はじめに

みなさん、いま注目されているカーボンニュートラル[1]をご存知ですか?

カーボンニュートラル(脱炭素社会)は、政府が中心となって温室効果ガスを段階的に削減していこうとする取り組みです。現在、日本政府は、2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すために、大手企業も様々な取り組みを行っています。

カーボンは炭素を、ニュートラルは中立を意味しています。日本が目指すカーボンニュートラルは、温室効果ガスである、二酸化炭素(以下CO)をはじめとするメタンや一酸化二窒素などの排出を全体としてゼロにすることです。

私たちが生活する上で、様々な温室効果ガスが発生しています。今後、カーボンニュートラルに向けて、温室効果ガスの排出量を削減していこうとするものの、完全にゼロにすることは現実的に難しいです。そこで、排出せざるを得なかった量の温室効果ガスを吸収、あるいは除去することで、差し引きゼロを目指しています。これがカーボンニュートラルの中立を意味しています。

図1:カーボンニュートラルの仕組み

本記事では、社会的にも重要なカーボンニュートラルの取り組みから、温室効果への影響力が大きいメタンガスに着目しました。メタンガスは様々な場所から排出される温室効果ガスで、私たちの暮らしと深い関わりを持つ水田からも排出されています。この水田から発生するメタンガスについて衛星データを用いて、定量的に増減を観測できるか検証します。

2. メタンガス(CH)とは?

メタンガス(以下、CH)とは、地球温暖化を引き起こす温室効果ガスの1つです。温室効果ガスの中で、CO2の次に多く排出されています。CHの特徴として、CHの大気寿命(ある成分が、待機中に存在する時間の目安)は約10年です[1,2]。そして、地球温暖化の影響力は、CO2の約25倍の力を持っています。そのため、CHの排出量を削減することは、地球温暖化対策を考える上で重要なことです。

図2:CO2とCHの比較
source:温室効果ガスインベントリオフィス/全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト

それでは、CHはどこから、発生しているのでしょうか。

主な排出源は、化石燃料の生産と消費過程、廃棄物や農業活動にて、排出されています[5]。CH排出の全分野のうち、農業分野は約25%を占めています。農業分野では、農地用土壌や水田(稲作)、家畜の排せつ物や消化管内発酵(げっぷ)が排出源となっています。

様々な発生源を持つCHですが、特に注目してほしいのが、私たちの生活で絶対に欠かせない存在の水田(稲作)由来のCHです。つまり、私たち日本人の主食であるお米の栽培過程で、地球温暖化を引き起こすCHが排出されているのです[6]。

図3:世界全体の温室効果ガス・・・カテゴリー別排出量
source:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構

3. 水田から発生するCHの仕組み

なぜ、水田からCHが排出されるのか、その仕組みを図4を用いてご説明します。
CHは酸素のない湿地や水田の泥の中で、メタン生成菌の活動によって、CHが作られます。メタンを作る材料は有機物です。有機物は元々、土壌に含まれているものもありますが、稲の根から土壌中へ分泌されたものや、肥料として使用された藁が分解されたものがあります。その有機物が酸素の少ない環境で微生物によって分解される際に、CHが発生します[7]。

図4:水田から発生するCHの仕組みのイメージ

土壌で作られたCHは、気泡、田面水への拡散、稲の茎を通過する3通りの方法で大気中へ排出されます。その中でも、稲の茎を通して排出される割合が最も多く、約90%を占めていると言われています[8]。

田植え直後の土壌には多くの酸素が含まれるため、酸素があると活動できないメタン生成菌はCHを発生しません。しかし、稲が呼吸のために酸素を取り込み始めると、土壌の酸素は徐々に減っていき、田植えから1カ月もすると酸欠状態となります。そうすると、メタン生成菌が活発になり、稲の茎を通じてCHを排出し始めていきます。そのため、田植えから1カ月後の6~7月がCH排出量のピークとなります[7,8]。

水田から排出されるメタンの多くは稲の通期組織を通して大気へ排出されるため、稲の茎数が増えれば増えるほど、CHの排出も増えていく仕組みになっています。

4. 日本の水田について

次にお米の収穫量を数字で見てみようと思います。

令和2年のお米の収穫量は全国で7,763千tです。そして、その収穫量に対して、1人あたり年間約53㎏(令和2年度)[9]のお米を消費しています。特にこの時期は、収穫を終えたばかりの新米が楽しめ、お米が一番美味しい季節ですね。

では、どの県がたくさんのお米を栽培して、私たちに美味しいお米を届けてくれているのでしょうか。実際に、農林水産省の統計データを用いて、水稲(水田で栽培される稲)の作付け面積を都道府県別上位15位までの県を算出しました。第1位は、魚沼産コシヒカリで有名な新潟県がランクインしています。続いて、日本最大の面積を持つ北海道が第2位。そして、あきたこまちで知られる秋田県が第3位です。

ここで得たデータを用いて、本当に水田からCHが排出されるのかを実際の衛星データを使って見ていきます。

図5:令和2年水稲作付面積(都道府県別)
source:農林水産省の統計データ(e-Stat)

5. 衛星データでCH発生状況を可視化

では、衛星データを用いて、水田地域のCHを可視化します。
表1に解析の詳細をまとめました。

表1:衛星データを用いた解析詳細
使用データ・解析期間・対象領域等
 

使用データ
Sentinel-5P/TROPOMI(5.5km×7km) 対流圏CHカラム量(ppb)
 

解析期間
2020年6月~2021年10月
 

対象領域
日本(北海道:E139.1~E143.0、N41.2~N46.0

南アジア(インド・タイ・ベトナム・インドネシアなど:E70~E110、S10~N35)

 

アウトプット
月ごとのCH対流圏カラム量(ppb)の平均値のプロット及びグラフ化

【使用データ】
衛星データは、地球観測衛星Sentinel-5Pに搭載のTROPOMI(センサー)が測定したデータを使用しました。この衛星データは、地表面から10km区間の対流圏と呼ばれる領域で、ガスの分子量を測定しています。TROPOMIの分解能は5.5km×7kmです。

【解析期間】
期間は2020年6月~2021年10月としました。水田から発生するCH4は、6~7月がピークとなります[7,8,10,11]。昨年の6月から今年の10月までのデータを用いてCHの推移を可視化します。

【対象領域】
日本は北海道を対象としました。令和2年産水稲の作付面積(青刈り面積を含む)は 104,700 ha で、うち、上川・北空知・南空知の作付面積は、75,300haとなっており、約72%を占めています[12]。

そこで、北海道の中でも上川・北空知・南空知を含むE139.1~E143.0、N41.2~N46.0に領域を絞り可視化しました。その他、南アジア(インド、タイ、ベトナム、インドネシア)などの水田の多い地域、E70~E110、S10~N35の領域も可視化しました[10,11]。

【アウトプット】
月平均のCHカラム量のプロット及び、月平均のCH量の推移をグラフ化しました。

6. 結果・考察

図6は、対象期間における北海道(E139.1~E143.0、N41.2~N46.0)の月ごとの対流圏CHカラム量の平均値をプロットしたものです。

図6:Sentinel-5P/TROPOMI対流圏CHカラム量 月平均値

6月~10月にかけてCHが高濃度で分布しているように見えるものの、6~7月の特異性を述べるのは難しいです。

続いて、図7で、CHカラム量をグラフ化し、月ごとの平均値の推移を見ました。オレンジが北海道の水稲作付け面積の多い地域で、青色が北海道内のその他の地域です。

図7:北海道における水稲作付面積(全体の作図面積の72%領域)とその他の領域の比較
2020年
6月~7月
2020年
10月~12月
2021年
6月~7月
2021年10月
水稲作付地域
CHカラム量平均値
1825ppb
1852ppb
1842ppb
1865ppb
その他地域
CHカラム量平均値
1836ppb
1866ppb
1849ppb
1877ppb

水稲作付面積の割合が多い地域を数値でみても、2020年6~7月の平均値より、同年10月~12月にかけての平均値の方が27ppb高い結果となりました。2021年も6~7月より9~10月の平均値が9ppb高くなっており6~7月の特異性は述べにくい結果となりました。

そこで、もっと水田の作付面積が広い南アジア(E70~E110、S10~N35)に目を向けてCHの推移を見ることにしました[10]。図8に2020年6月~12月における南アジアのCH量をプロットしました。

図8:南アジア地域の対流圏CHカラム量 月平均の可視化
図9:南アジア地域のCHカラム量 月平均の推移
期間
2020年6月~7月
2020年10月~12月
CHカラム量平均値
    1803ppb
1885ppb

南アジアでも6~7月の平均値より、10月~12月の平均値が82ppbも高くなりました。CHは季節によって濃度分布が異なる特徴を持っています。夏季に低く、冬季に高い傾向が見られるガスです[19]。季節変動は捉えることができたものの、南アジアでも衛星データを用いて水田由来のCHの推移を見ることはできませんでした。

考えられる要因として、衛星の分解能が5.5km×7kmと低いため、詳細な変化を捉えることが難しいことが挙げられます。また、水田以外のCHの人為的な発生源や、湿地や沼地などの自然起源のCH排出量があった場合、その影響も除かなければなりません。

しかしながら、本記事の解析では、水田以外のCHの影響を除いていないため、純粋な水田由来のCHを見ていないことになります。こういったことが、水田由来のCH推移を捉えられなかった原因と考えられます。一方で、秋~冬にかけて、メタンガス濃度が高くなる変化は、日本でも南アジア地域でも確認することができました[13]。

7. CH削減の水田の取り組みを紹介

水田から発生するCHは、農林水産分野でのゼロエミッション達成にむけた取り組みで、2020年より「水田の水管理によるメタン削減」が掲げられている程、政府としても早期の解決に向けた取り組みが設定されています[14]。

では、どうすれば水田から発生するCHを削減できるのでしょうか。CHが抑制する研究結果として、稲穂の中干しを長期間の設定でCH削減の効果が出ることが立証されています[15]。

水田の中干しは、稲穂の生育向上の一環として用いられている手法です[7,15]。中干しの時期は、水田でCHが多く発生する時期のため、水を抜いて土の中に酸素を送ることで、メタン生成菌の活動を抑制する効果があると考えられていました。

実際に、農業環境技術研究所の研究結果によると、中干し期間を地域の慣行より前あるいは後に延長した結果、中干し期間とそれ以後の湛水期間(水田に水を張ってため続けること[16])のCH発生量が大きく低減することが、明らかになりました[15]。

そして、中干しの期間を延長した水田は通常と比べて一作当たりのCH発生が14~58%、平均30%も 削減することも分かりました。

中干し期間の延長は、お米の収量を落とさず、費用や労力もかけずに発生量を大きく減らすことができ、CH排出を削減する有力な効果があると言えます。

今後は、上記の中干し期間の延長による水田の水管理の徹底、あるいはCHが発生しにくい稲の品種改良などの研究が進み、環境問題に囚われずに私たちがいつまでも美味しいお米を食べられるようになるためにも、今後の研究にも注目です。

8. 水田の多面的機能の紹介

日本人とお米の歴史は古く、縄文時代の後期からすでにお米が栽培されていたことが明らかになっています[17]。これまで、自然と地球環境のバランスが保たれていて、問題視されてきませんでした。

しかし、産業革命以降から温室効果ガスの排出が大幅に増え、地球環境とのバランスが保てなくなり、地球温暖化が進行しています。そのような中で、これまで問題視されてこなかった水田が、温室効果ガス濃度の高いCHを排出されていることで、環境問題の対象となってしまいました。

しかしながら、水田には多くの機能があり、近隣の環境を整備しています。その機能とは、生物多様性の保全、水質浄化機能、土砂崩壊防止機能、洪水防止機能、景観保全、伝統文化の保全等とった様々な機能です[18]。単に、地球温暖化を推進するCHを排出する水田を無くしてしまえば、かえって多くの問題を引き起こしてしまいます。CHの排出と多面的機能はトレードオフの関係性を保ちながら、環境問題と向き合っていかなければなりません。

9. おわりに

地球温暖化の影響力が大きいCHは、日本人にとって身近なお米の栽培過程でも発生しており、排出削減の対策を急ぐ事態になっています。

対策として、7章で示したように、中干し期間を延長することで、CHを削減に取り組んできました。水田は、栽培過程でCHを排出する構造になっていますが、環境に対して多面的機能を持っており、一概に環境に負荷をかけているわけではなく、環境保全にも役立つトレードオフの存在であることもご説明しました。

それから、食文化という面で見ても、お米は日本人の主食であり、欠かせない存在です。環境や食という面で見ても水田の重要さが分かります。だからこそ、今後も水田由来のCHの増減を監視することは大切です。

本記事では、日本人にとって身近な存在である水田に目を向け、衛星データを用いて、CHを定量的に検証することを試みました。しかしながら、衛星の分解能がまだまだ低いことや、水田以外のCH発生源等の影響を考慮しないと、純粋な水田由来のCHの推移を見ることは難しいことが分かりました。

今後は、実際に測定されたCHの排出量データと、衛星データを比較しても面白いかもしれません。解析の手法を変えながら、引き続き検証をしていきたいです。

10. 参考文献

<参考文献>
[1]カーボンニュートラル(経産省資源エネルギー庁)
[2]国立環境研究所(大気寿命)
[3]気象庁(大気寿命)
[4]全国地球温暖化防止活動推進センター(地球温暖化係数)
[5]国立環境研究所(メタンガス排出源)
[6]国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農業分野のメタンガス排出)
[7]独立行政法人農業環境技術研究所(メタン発生のメカニズム)
[8]神奈川県(メタン発生のメカニズム)
[9]農林水産省(食料需給表よりお米の消費量)
[10]衛星観測データによる水田から放出されるメタンについての解析
[11]Methane budget of East Asia, 1990–2015: A bottom-up evaluation
[12]令和2年産水稲の作付面積及び9月 15 日現在における作柄概況(北海道)
[13]「いぶき」による「全大気」月別メタン濃度の観測成果
[14]農林水産省(農林水産分野における地球温暖化対策の取り組みについて)
[15]独立行政法人 農業環境技術研究所(中干し期間の延長で水田から発生するメタンを削減)
[16]マイナビ農業(湛水とは)
[17]農林水産省(お米の歴史)
[18]農林水産省(水田の多面的機能)
[19]気象庁メタン濃度の変動とその要因

<著者紹介>
記事執筆 :
山中 嶺  (所属:コスモ女子)
スペースシャトルに乗って、地球観測をするのが夢だったコスモ女子

データ解析:
中村 綾乃 (所属:コスモ女子)
衛星データを用いて大気の変化を見るのが大好きなコスモ女子

<コスモ女子の紹介>

コスモ女子は、『女性にとって宇宙を身近に』をテーマに㈱kanattaのもと、立ち上がった女性コミュニティです。

宇宙に関する専門的な勉強会から初心者でも楽しめるイベントを毎月開催し、宇宙業界が身近な存在になるような活動を推進しています。

また、世界初となる女性中心のチームでの人工衛星打上げプロジェクトをはじめとした、様々なプロジェクトの運営を通じて、宇宙業界を盛り上げていきます!

コスモ女子HP:https://cosmos-girl.com/
㈱KanattaHP :https://kanatta.co.jp/