宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

大分から宇宙へ!スペースポートと衛星データで強化していく、宇宙県おおいたの戦略は?

スペースポートや衛星データ利用など、様々なニュースが聞こえてくる大分県。その宇宙戦略に迫ります!

2020年4月、ロケットベンチャーのVirgin Orbit(ヴァージン・オービット)が大分空港をスペースポート(宇宙港)として活用することを検討しているという驚きのニュースが飛び込んできました。

2年が経った今、大分では衛星データ利活用とスペースポートの運用を2つの車輪として、宇宙事業創出に向けた取り組みが着々と進められているといいます。

大分県商工観光労働部先端技術挑戦課の堀政博さんと、民間企業の立場から宇宙利用を支援する株式会社minsora 代表取締役CEOの髙山久信さんを取材しました。

話をうかがった方

堀政博さん(大分県商工観光労働部先端技術挑戦課宇宙開発振興班(総括))
1999年、大分県庁入庁。知的財産権、科学技術関連施策等を経て、企画、芸術文化部門を担当した後、2019年より、宇宙産業を含む先端技術関連業務に従事。
2021年4月より現職。

髙山久信さん(株式会社minsora 代表取締役CEO)
「地域から宇宙産業構造を変える。宇宙をもっと楽しく、面白く!」を企業理念に掲げ、2019年4月に、宇宙プロモーションカンパニー株式会社minsora(みんソラ)を創業。現在は大分県を拠点に、宇宙ビジネスナビゲーターとして宇宙利用の促進に取り組む。2021年2月からは、一般社団法人おおいたスペースフューチャーセンターの専務理事も務め、同氏が保有する宇宙から非宇宙までの幅広いネットワークと地上システムから宇宙システムまでの幅広い知見を活かして、大分県での宇宙ビジネス創出に取り組んでいる。
三菱電機株式会社 宇宙システム事業部 企画部長、三菱プレシジョン株式会社 理事/宇宙・防衛事業本部 副本部長、一般社団法人宇宙システム開発利用推進機構 戦略企画室長 兼 宇宙産業副本部長を経て現職。

データを使った課題解決は、地方にマッチしたものを選ばなければならない

――まずはお二人の活動についておうかがいします。堀さんが所属されている「先端技術挑戦課」とは、どのようなところなのでしょうか。

堀さん(以下、堀):大分県は、政策の3本柱のひとつに“先端技術への挑戦”を掲げています。

そこで、2020年度に商工観光労働部の下に先端技術挑戦室を設置。2021年度からは先端技術挑戦課になり、宇宙に特化した「宇宙開発振興班」と遠隔操作ロボットなどの活用に取り組む「先端技術挑戦班」が設置されました。私は宇宙開発振興班の統括を担当しています。

――髙山さんは、大分県を中心に宇宙利用の促進に取り組んでいると聞いています。

髙山さん(以下、髙山):そうですね。私は日本初のロケット「ペンシルロケット」が打ち上げられた1950年代生まれです。日本の宇宙開発の黎明期とも呼べる時代から、宇宙が研究開発から商用利用へと動いていった時代を衛星と地上局メーカーで過ごしました。

今は二つの立場があるので、まずはその紹介をさせてください。

一つは、株式会社minsoraの代表です。社名は“みんなの宇宙(そら)”の略語から付けました。当社を一言で表すと、宇宙ビジネスの総合プロデューサーです。新しいビジネスを地方から起こそうと、宇宙事業を作り出す団体や企業の伴走、衛星測位情利用サービスや人材育成などをしています。

もう一つは、一般社団法人おおいたスペースフューチャーセンターの専務理事として、大分県で異業種の方々に集まっていただき、みんなで新しいビジネスを創る場“スペースベースQ”の運営やネットワーキンング活動などを行っています。

――二つの立場で宇宙事業の創出を支援していらっしゃるのですね。なぜ、大分県や地方での事業創出に取り組んでいるのでしょうか。

髙山:衛星データを使った課題解決は、地方からしか起こせないと考えているからです。

これまでの日本の産業は、中央で決めたことを地方で展開すれば上手くいくという感じでした。自動車産業はその一例ですね。ところが、中央から地方へ展開するモデルは、どうも宇宙産業ではマッチしそうにないなと違和感がありました。

実際に、前職で研究開発機関や中央で考えた衛星データ利活用の事例を地方で伝える活動を始めてみましたが、上手く事業につなげることができませんでした。地域によって天候や土壌が違いますし、環境によって必要なデータは変わります。衛星データは、それぞれの地域がどんな状態であるかを知ることが出来ます。地域の状態は、地域毎で全く違ったデータになるので、地域に密着して、地域の様々なデータと組み合わせて、課題の解決方法にマッチする使い方をしなければなりません。それなら、これはもう地方に根を下ろして動いていかなければならないだろうと思うようになったのです。

私自身が大分県出身だったこともありますが、大分県から衛星データ利用の勉強会に講師と呼ばれたことから大分県との関りが深くなり、今は大分県にいながら地元のIT企業の方々のご協力を得て、課題を抱えている方をマッチングさせ、新たなサービスを創るという活動をしています。

航空宇宙への関心をISTS開催誘致が後押し

――大分県は先端技術の活用に注力しているとのことですが、その中でも宇宙利用に特化して取り組んでいるのはなぜですか。

堀:大分県は鉄鋼をはじめ、コンビナートがあり、半導体産業が広がり、自動車産業も集積していますが、新しい産業の芽を探していたところ、目に留まったのが航空・宇宙産業だったという背景があります。

髙山:2018年には「おおいた空飛ぶ産業ネットワーク構築事業」を実施していましたよね。私もこの頃から大分との付き合いが始まりました。

宙畑メモ:おおいた空飛ぶ産業ネットワーク構築事業
大分県では、航空宇宙・ドローン・衛星データ活用に関する取り組みを地域中核企業の成長や収益力強化につなげるため、市場調査の実施やセミナー、マッチング会が開催されていました。
参考:おおいた空飛ぶ産業ネットワーク構築事業

堀:そうですね。そして、2018年に打ち上げられた九州工業大学の環境観測衛星「てんこう」の開発に大分県内のものづくり企業4社が携わったことをきっかけに、宇宙への熱気が高まり始めていた時期でした。
次の取組を検討しているタイミングで、「第33回 宇宙技術および科学の国際シンポジウム(ISTS)」の開催誘致ができました。

宙畑メモ:宇宙技術および科学の国際シンポジウム(ISTS)
日本国内外の宇宙工学、宇宙科学、宇宙理学、宇宙医学、宇宙法など、宇宙に関連する奥の分野の専門家が一堂に会するシンポジウムです。第1回大会が開催された1959年以来、およそ隔年ごとに開催されています。
参考:宇宙技術および科学の国際シンポジウム

大分は温泉をはじめとする観光資源が豊富な地域です Credit : 公益社団法人ツーリズムおおいた

ISTSで世界中から宇宙関係者が大分に集まるのであれば、開催に向けて衛星データの活用にも挑戦してみようという話になりました!

※ISTSは2022年は2月26日から3月4日まで大分県別府で開催される予定でしたが、フルオンライン開催に変更になりました。26日(土)、27日(日)の県民向けイベント「おおいたそらはく」は、予定通り開催されます。
https://ists.pref.oita.jp/topics/oitasorahaku/

突然舞い込んできた、スペースポートプロジェクト

――大分空港をスペースポートとして活用するというニュースも度々耳にします。どのような経緯でVirgin Orbitの誘致に至ったのでしょうか。

宙畑メモ:大分空港とVirgin Orbit
大分県は2020年4月にロケットベンチャーのVirgin Orbitと、大分空港を水平型宇宙港として利用し、人工衛星を打ち上げることを目指す、パートナーシップ締結を結んだことを発表しました。

さらに、2021年11月にはVirgin OrbitとANAホールディングス株式会社(以下ANAHD)がパートナーシップ契約を強化。Virgin Orbitの機体の衛星搭載スペースの国内独占販売権をANAHDが取得しました。2022年以降の10年間で20回の打ち上げを目指すとのことです。

参考:
大分県、Virgin Orbitと提携しアジア初の宇宙港へ【週刊宇宙ビジネスニュース 3/30〜4/5】
ANAHDがVirgin Orbitと基本合意書を締結。大分空港からの人工衛星打ち上げへ一歩前進【宇宙ビジネスニュース】

堀:Virgin OrbitとANAHDが最初にパートナーシップを発表したのは、2019年6月のことでした。そのプレスリリースの中に「ANAHDは一般社団法人スペースポートジャパン(以下SPJ)とも国内における宇宙機離発着場に関する検証を行っており、Virgin Orbitの日本におけるサービス開始に最適な打ち上げ場所の選定に向けてSPJと協力し、日本がアジアにおける宇宙輸送ハブになることを目指します」という記載がありました。

宙畑メモ:一般社団法人スペースポートジャパン
日本にスペースポートを開港することを目的に活動を行う団体。会員企業としてANAHD、エアバス・ジャパン株式会社、株式会社電通をはじめ地方自治体やベンチャー企業など2022年2月時点で66団体が参画しています。

参考:
日本を宇宙旅行の拠点に。弁護士・新谷美保子氏が語るこれからの宇宙ビジネス

その後、2019年の夏頃に、大分県に「大分空港をスペースポートとして活用できないか」という話が来たのです。 ちょうど、ISTSの開催が決まり、そして髙山さんの活動も動き始めたタイミングでした。

宇宙に関心はありましたが、スペースポートというところには全く考えが及んでいませんでしたし、SFっぽい未来感のある響きでしたので、個人的には、20年、30年後ぐらいに実現するようなプロジェクトのような印象を受けました。
ところが、SPJの皆さんやVirgin Orbitの担当者と話をしているうちに、アメリカではスペースポートの運用が始まりそうな状況にあること、イギリスでもスペースポートの開港に向けた動きが始まっていることを知り、これは最初に受けた印象ほど足が長い話ではなさそうだと気付いたのです。むしろこのタイミングで何か取り組む必要があるぞと。

Virgin Orbitは自社保有する航空機を改良し、小型ロケットを空中発射して衛星を打ち上げる「エア・ローンチ」と呼ばれるシステムを採用しています Credit : Virgin Orbit

当初、スペースポートの取り組みと衛星データの利活用はリンクしていませんでした。大分空港から衛星を打ち上げようという話があるのであれば、衛星の使い道がなければ打ち上げの需要は伸びませんし、車の両輪のような形でスペースポートの運用と衛星データの利活用を進めていくことになりました!

スペースポートを起点に宇宙事業を育てていく

――大分空港をスペースポートとして活用するのに向けて、県はどのような役割を担っていますか。

堀:大分空港自体は国が所有していますが、空港利用の促進策や海外路線の誘致施策などは自治体が担っています。それに似たイメージで、スペースポートの運用に関連しそうな企業や団体と連携し、スペースポートが実現できるように調整していくのが役割だと思っています。

ただ、スペースポートがこれまでの海外路線誘致等と大きく異なるのは、国内に前例がないということです。

Virgin Orbitのロケットがスペースポートから離陸する様子 Credit : Virgin Orbit

日本国内の空港で宇宙に飛び立つロケットの打ち上げを実施したことがまだないので、関係機関との調整が重要ですし、地元の方々にご理解いただく必要もあります。こうした調整や調査をスペースポートのプロジェクトが動き始めてから2年ほど行っています。

さらに県の立場としては、ただスペースポートを実現するだけでなく、いかにスペースポートを核としたエコシステムを構築できるか……産業もそうですし、観光や教育などいろいろな分野に波及させていく活動は県が主体となってやっていくべき部分だと思っています!

――スペースポートの運用は、どの程度の経済波及効果が見込まれていますか。

堀:2021年の3月に公表したものだと、打ち上げの開始から5年間で102億円という金額を算出させていただいています。

髙山:1年前はまだ何も知らない県民が多かったように思いますが、今はどなたに聞いても、「スペースポート」という単語は少なくとも知っていますよ。

企業や団体、幼稚園・保育園、学校の勉強会に呼んでいただいて、大分県が宇宙ビジネスに取り組んでいる背景や今後どうなっていくのかという話をさせて頂いています。先日、小学一年生から、スペースポートのことを教えてもらいました(笑)。中学生向けの講演のアンケートでは、大分で宇宙ビジネスが拡がっていくことで「将来、大分で就職する選択肢として選べるかもしれない」という声をもらいました。

堀:2022年1月には、イギリスでスペースポートの取組が進むコーンウォール州の学校と県内の高校をオンラインで繋ぐ、交流が始まりました。世界中のスペースポートがある地域同士で連携していくのも面白いと思っています。

髙山:今では、皆さんが宇宙ビジネスの将来性に期待を持っていらっしゃいますし、それぞれの方々が、自分も何か宇宙に関わる仕事やビジネスができるのではないかという空気感が醸成されてきている状況だと思います。

――大分で宇宙事業のエコシステムを作り上げていくために、何がポイントになるとお考えですか。

髙山:課題を抱えている人とサービスを提供する人を宇宙をキーワードにチーミングをどう作っていくかが一番大事だと思います。

これまでの衛星データを利用したビジネスは、研究開発が起点だったので、市場のニーズからではなく、シーズ(企業や組織が持つ独自の技術)から事業を構想するケースが大半でした。「これを使ってビジネスをやろう」と考える人がサービスを立上げても、実際にやってみると利用の現場に繋がっていないことが多かったのです。

例えば、衛星データで解決できそうな課題を感じている方に生データをそのまま提供しても、なかなか使いこなせませんよね。それが最近は少しずつ変わりつつあります。大分では、私たちのところに課題を持ち寄っていただき、宇宙の最新情報の提供や技術動向などを提供して、ソリューションを形にできるかどうかをみんなで考えていくようにしています。この手法は、最近の言葉だとデザイン思考と呼ばれていますよね。

自治体間の連携で、日本の存在感を

――髙山さんと堀さんは、事業者をどのように支援していらっしゃいますか。

堀:大分県としては「スペースポートや衛星データをテレビや新聞などで知って、自分も何かやってみたい」と思ってくださる方向けの入り口として、セミナーやアイデアソンを開催しています。(株)minsoraさんに委託して実施していただいているものもあります。

加えて、ニーズを持っている方とシーズを持っている方のネットワーキングも行っています。やはり、皆さんは早くビジネスの社会実装に繋げたいと思っているでしょうし、その思いは私たちも同じです。

髙山:最近だと、農業や林業などの一次産業に、地球観測衛星が撮影した衛星データや準天頂衛星「みちびき」のデータを利用して、新たな価値やサービスを検討する方が出てきています。2021年度の事業として、県庁からの委託で衛星データを使った新たなビジネスアイデアを考えるという宇宙挑戦セミナーを開催しました。IT事業者はもちろん、地元の葬祭事業者や空港でお土産を扱っている方やテレビ局の方などいろんな業種の方々に参加頂きました。

宇宙挑戦セミナーでの発表の様子 Credit : 大分県

皆さんはスペースポート自体ではなく、宇宙に関わることで得られる技術や集まってくる人、そして衛星データに興味を持たれているように思います。
例えば宇宙食を開発しても、当面の宇宙飛行士や旅行者のフライトのペースでは、何十万食分と販売するのは難しく、PRにはなっても、ビジネスに直結するとは言えません。
しかし、宇宙食を開発する過程で、パッキングの技術を向上させたり、食べやすさを追求したりすることで、新しい知見や新たな利用シーンを得られるという波及効果があります。

――最後に、大分県の宇宙の取り組みについて期待と展望を聞かせてください。

髙山:将来的には、スペースシップで世界中に物資を高速輸送できる時代が来るでしょう。そうすれば、朝に獲った海産物を2時間以内に世界中に届けられるようになるかもしれません。実現すれば大分は物流の拠点としても繁栄していくのではないかと期待しています。

堀:最近では複数の自治体が宇宙産業参入に向けた取組を始めています。地域間の差別化などを聞かれることも多いですが、アメリカやイギリスの状況を見ると、日本国内で争っている場合ではないなとも感じています。

まずは日本が、世界に存在感を示せる立ち位置にならなければならない、小さいところで争っていてもどうしようもありません。場合によっては、地域でバッティングしてしまうところもあるかもしれませんが、当面はどうやって宇宙産業全体を大きくしていくかを考えて、自治体もお互いの強みを活かしながら、連携していければいいなと思っています。

そういう思いもあって、2021年11月には岸田総理に、宇宙産業の推進に向けた支援を求める「地方からの『宇宙』への挑戦に関する要望・提言」を提出しました。これは大分県を含む11道府県で取りまとめたものです。

北海道・大分県・和歌山県・福岡県の知事が岸田首相と面会し、提言書を提出したときの様子 Credit : 首相官邸

大分県が取り組んでいるスペースポートと衛星データ利活用に衛星の製造が加われば、主だったバリューチェーンが揃います。そこはいろいろな自治体と上手く連携しながら進めていきたいところですね。

――髙山さんと堀さん、ありがとうございました。大分での取り組みが日本全国に広がっていくことを期待しています!

 
記事の中でもご紹介した宇宙技術および科学の国際シンポジウム(ISTS)は2022年は2月26日から3月4日まで大分県別府で開催される予定でしたが、フルオンライン開催に変更になりました。26日(土)、27日(日)の県民向けイベント「おおいたそらはく」は、予定通り開催されます。
https://ists.pref.oita.jp/topics/oitasorahaku/