世界から見た宇宙ビジネスのAPACマーケットの可能性と価値(SPACETIDE2022レポート)
成長を続ける宇宙産業の中でも、ここから立ち上がることが期待されるAPAC市場について、SPACETIDE2022の中で触れられた内容についてまとめました。
2022年7月19日~22日の日程で行われたアジア最大級の宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE」。会を重ねる毎に、扱うテーマがより広く、高度化している印象を受けます。
今回のSPACETIDEで宙畑編集部が注目したのは最終日の最後に行われたAPACに焦点を当てたセッション「APAC Market Potential and Value from a Global Perspective(世界から見たAPACマーケットの可能性と価値)」です。
成長を続ける宇宙産業の中でも、ここから立ち上がることが期待されるAPAC市場を、投資家やシンクタンク、グローバル企業がどのように見ているのか、パネルで話されていた内容をご紹介します。
(1)各社のAPACでの活動概要
このセッションに登壇したのは
・SERAPHIM CEO Mark Boggett氏
・Starburst Aerospace Director (Asia)Julius Yeo氏
・Amazon Web Services Head of Space & Satellite in Asia, Pacific and Japan Aerospace and Satellite Solutions Mani Thiru氏
・European Space Policy Institute (ESPI)Associate Research Fellow
Dr. Quentin Verspieren氏
の4名です。また、モデレーターは宇宙ビジネスエバンジェリストで、Space Port Japanの理事も務める青木英剛氏です。
セッションの冒頭では、まず各社の事業内容紹介と、特にAPACにおいてどんな活動を行っているかの紹介がありました。
宇宙ビジネスの様々な領域に投資を広げるSERAPHIM
SERAPHIMは、宇宙に特化した投資ファンドで、様々なフェーズおよび領域の宇宙ベンチャーに投資を行っています。
同社は3つのファンド、SERAPHIM SPACE ACCELERATOR、SERAPHIM SPACE VENTURE FUNDⅡ、SERAPHIM SPACE INVESTMENT TRUST PLCを有しており、それぞれシード期、シリーズA、それ以降に対応しています。
投資先としては、spireやICEYEなど主要な地球観測衛星ベンチャーや、日本ではアストロスケールなどが挙げられます。
登壇したCEOのMark Boggett氏は、「地域や国は同社の投資先としてもはや関係ない。ただし、アジア地域には注目しており、同社の3つ目のアクセラレーターを、まだ場所は未定ですが、アジアのどこかに設立しようと思っている」と話していました。
Starburst aerospace
Starburst aerospace は、航空宇宙業界において戦略コンサルや、アクセラレーション支援、投資を行う企業です。
NASAやESA、イスラエル政府やシンガポール政府と協力をしたアクセラレーションプログラムを運用しています。
同社は宇宙だけでなく航空技術も活用することまで視野に入れて、テーマとしては気候変動や低軌道衛星の運用者向けのサービスなども対象となっています。
また、スタートアップだけでなく、従来型の産業の中でいかに宇宙ビジネスのソリューションを適用していくか、といった点にも注力しています。
Amazon Web Services(AWS)
AWSはクラウドを軸として宇宙のサプライチェーンのあらゆるシーンを支えています。
同社は主に3つの活動を行っています。
一つ目は、顧客と一緒にソリューションを作る活動で、宇宙状況監視や宇宙環境の保護などのクラウドベースでのサービスを支援します。
二つ目は、画像データの提供で、アメリカ政府などと協力して多くの衛星データをAWS上に格納し、衛星データを使いたいスタートアップがAPIでアクセスできるようにしています。
三つ目は、政府の宇宙機関との協働で、シンガポールやオーストラリアなどの政府機関と協働のプログラムを行っています。
日本では、ワープスペースやアクセルスペース、インフォステラなどの企業をクラウドサービスの提供を通じて支援しています。
European Space Policy Institute(ESPI)
European Space Policy Institute (ESPI)は欧州の宇宙政策シンクタンクです。
ESPIでは、欧州がAPACをこれから成長する市場と捉えていることを踏まえ、研究対象として、JAXAとも協力をしながら、調査を行っています。
(2)宇宙ビジネスにおけるアジアの特徴
トークセッションでは、モデレーターである青木氏から各社へ「世界からみたアジア地域の特徴。文化や言語、政策も欧米と異なる中で、宇宙ビジネスにおいてはどのような違い、特徴があるか」という問いが向けられました。
日本は個人投資家よりも法人投資家が多い(SERAPHIM)
Mark Boggett氏はいくつかの数字を挙げて、アジアの急成長を説明しました。
この1年でSERAPHIMが投資した企業数の約21%がアジアであり、金額としては12%に相当するとのこと。また、2022年7月時点でアジア地域での投資金額が前年度の3倍になっており、新型コロナウイルス感染症が蔓延した状況においても、アジアにおける宇宙ビジネスは堅牢であり、各国からの関心が高まっていると述べました。
また、日本における宇宙業界への投資の大きな特徴として、個人投資家よりも法人投資家が多い点を指摘しました。アメリカなどでは逆で個人投資家が主となっており、これから日本も変わってくるのではないか、と予想しています。
ソリューションのローカライゼーションが必要(Starburst)
Julius Yeo氏が挙げたのはアジアにおける文化や言語の違いです。宇宙ビジネスのソリューションを提供する際には、それぞれの国に合わせたローカライゼーションが必要であるという点を指摘しています。
各国の強みを活かして宇宙業界に参入(AWS)
AWSのMani Thiru氏は、アジア各国が民生分野において、各国の特性を活かして参入してきていると分析をしています。
例えば、日本では重工業やトヨタ、ホンダなどの古くからの自動車業界などが、戦略を変えて宇宙産業に参入しようとしており、他にもオーストラリアでは鉱業分野から月面基地開発などへの参入が、韓国では大手製薬企業が、宇宙空間での製薬に興味を示しているなどのケースがあります。
このような民生利用と、従来からの安全保証分野での利用の境界がありましたが、双方の協力が進むことで宇宙産業が発展すると述べていました。
地域で統合されていない小国でいかにエコシステムを作るのか(ESPI)
欧州の視点から、Dr. Quentin Verspieren氏が指摘するのは、APACが地域として統合されていない点です。APACでは欧州と異なり、各国ごとの差異が存在します。
しかし、統一されていないことは悪いことではないと述べています。
欧州でもフランスなどの大国をのぞき、小国での宇宙業界におけるイノベーションを推し進める動きは十分ではなく、そういった国でいかにより良いエコシステムを作るのかが、ポイントになってきます。
マレーシアやタイ、ベトナムなどでエコシステムの組成を模索する動きがあるということも紹介しています。
(3)APACにおける宇宙産業成長のためのアドバイス
セッションの最後にまとめとして、モデレーターの青木氏からパネラーへ、APACにおいて、宇宙産業が成長するためのアドバイスが求められました。
よりグローバルになるべき(SERAPHIM)
SERAPHIMのMark Boggett氏が強調したのは、APACの宇宙ベンチャーや起業家はもっとグローバルに出てくるべき、という点です。SERAPHIMとしては、国や地域などに拘らずに投資を進めるべく、APACでシリアルアントレプレナーを探していますが、なかなか見つからないとのこと。
そしてそれは起業家側だけでなく、もっと見つけやすくするために、APACにおいて、アクセラレーターやテックハブ(技術を軸とした起業コミュニティ)を作ることも必要と述べていました。
政府の予算に頼らない需要ベースでの事業化とデュアルユース(Starburst)
StarburstのJulius Yeo氏は、牽引するのは資金とデュアルユースであると述べています。
資金という観点では、政府の予算に頼らずサービスの需要をドライバーにしてソリューションを組成することが重要であると述べていました。
また、デュアルユースという観点では、政府系の利用と民間での利用の双方で使えるという点が重要であり、そのどちらでも需要ありきでソリューションが作られていくべきだと主張していました。
持続可能性と人材への投資(AWS)
AWSのMani Thiru氏は先の2人とは敢えて視点を変えて、持続可能性と人材への投資という観点でコメントをしていました。
持続可能性という観点では、APACでこれから生まれてくるビジネスが、地球環境の持続可能性のリーダーになるべきということを挙げています。
また、人材という観点では、スキルアップや科学・技術・工学・数学の分野の教育いわゆるSTEM教育に力を入れていくべきという点と、また女性にも対等に教育機会が与えられることが必要であると述べていました。
法整備とビジョンの明確化(ESPI)
ESPIのDr. Quentin Verspieren氏は、海外の投資家がAPACの会社に投資しやすくなるには、という観点から、まずは高度でなくてよいので法整備を進めることが重要であると指摘しています(日本ではすでに整備済み)。
また、ビジョンを明確に持つことが重要だとも述べています。
こと日本において、宇宙ベンチャーにいるエンジニアは仕事への熱量が高く、働くのが大好きだが、技術の論理にとらわれ過ぎているとのことです。「高性能な衛星が作りたい」ではなく、「衛星で取得したデータをいかに価値に変換するのか」「データが社会にどういう影響を与えるのか」といったことを追及することで、プログラムの持続可能性を高めることができるとのことでした。
(4)まとめ
セッションを通して、欧米の宇宙産業のステークホルダーがAPAC地域に注目していること、しかし、それに答えていくためには、APACのプレーヤーが地域内で閉じず、世界に出ていく必要があることが課題ということが分かりました。
また、世界に出ていくためには、教育やビジョン文化の組成など、長いスパンで国としての取り組みも求められるのかもしれません。