宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

高齢化率第3位の山口県で見えた「限られた人数で農業生産ができる仕組み」の兆し

高齢化が進み、農業人口も減り続ける日本において、限られた人数でいかにこれまで同様の食料自給率や農作物の品質を維持するかは喫緊の課題です。その課題にいち早く取り組む山口県の事例をインタビューしました。

近年、日本では少子高齢化が進み、生産年齢人口は減少の一途をたどっています。とりわけ就農人口の減少が大きな問題になっています。

農林水産省が発表した「2020年農林業センサス」によると2015年には197.7万人の農業従事者がいましたが、2020年には45.7万人減って152万人になっており、このままでは国内農業の存続が危うい状況です。

これから日本の農業を存続させるにはまず就農人口を増やすことはもちろんですが、少子高齢化時代の農業は今までのやり方を見直し、合理化し省人化していく必要があります。

そんななかで、山口県で植物と光についての研究を行う株式会社アグリライト研究所が人工衛星のリモートセンシングデータを活用した新しい農業生産の仕組みを開発しているという情報を耳にしました。

山口県は全国で高齢化率が第3位となっており、就農支援に力を入れている県でもあります。そこで新しい形の農業が行われているということは何か次世代の農業のヒントが得られるはず! 

ということで今回は、アグリライト研究所・取締役の岩谷潔さんに取り組みの概要と、これからの農業の展望についてお伺いしました。

衛星データ活用で小麦の生産品質アップ

宙畑編集部:まず、アグリライトはどのような会社なのか教えてください。

岩谷:弊社は2011年にスタートした、農業気象学を専門とした山口大学農学部発のベンチャー企業です。主に、光を活用した農作物の栽培環境構築や技術開発、街灯など人工的な光によって植物の生育に悪影響を及ぼす「光害」対策など、農業に関わる光の問題を解決する研究を行っています。

宙畑編集部:アグリライトさんが山口県で行われている取り組みとはどういうものでしょうか。

岩谷:はい。私たちは衛星データを活用して、山口県産小麦「せときらら」の生産品質向上や高収益生産の実現に取り組んでいます。これは山口県以外の地域や他の作目への利用も見込んだ試みです。

山口県は2003年から小麦の生産と県内利用の拡大に力を入れていて、収益性の高い小麦の栽培普及のために、収穫した小麦を全量買い取りますよという形で生産面積を広げてきた経緯があるんですね。そのおかげで2012年には県内公立学校の学校給食のパンを100%県産小麦にすることができました。これは北海道に次いで2番目の快挙で、現在でも県内の給食パンは100%県産小麦が使用されています。

そうして現在に至るまで小麦の生産拡大を続けていたわけなんですが、もともと生産面積を増やすことを主眼にして進めていたので生産者によって品質にバラつきが出てきてしまっていたんです。

宙畑編集部:なるほど。小麦の品質はどういう点で判断されるのでしょうか?

岩谷:小麦に含まれるタンパク質ですね。小麦のタンパク質(グルテン)量が少ないと、製パンしたときにふくらみにくくすぐ固くなったり味わいが悪くなってしまいます。

タンパク質量を増やすためには小麦の開花期の追肥が不可欠なのですが、小麦の今までの育て方って種を撒いたら収穫までほとんど何もしない、言い方は悪いですが”捨て作り”だったんです。

手数をかけずに収入が得られるので農家にとってはありがたいものだったんですけどそれだと品質は上がらないんですよね。

普及員の方が呼びかけたのですが、なぜ今さら追肥しないといけないんだとベテランの農家さんの中にはそうした拒否反応を示す方もおられて……

なかなか開花期に追肥する意義と(肥料を)蒔くという行動を生産者の方に理解してもらえなかったそうなんです。そこで、説得の根拠となる客観的なデータを得る必要がありました。

宙畑編集部:そこで衛星データを活用された、と。

岩谷:そうですね。実を言うと衛星データを活用したのは、内閣府が実施した2019年度「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」に応募して採択されたのがきっかけだったんです。

採択の前に山口県の産業技術センターにいらっしゃる藤本正克さんに、ドローンは始めてから3年ほど追わないとデータが揃わないが、衛星データは運が良ければ始めた瞬間に5年分のデータが揃っているので地上のデータと合わせるとすぐに開発ができる、と口説かれていた経緯もあって、農業へのリモートセンシングの活用については2018年から協議を始めていました。

プロジェクトが動き出してからは衛星データから小麦の発育状況を観測し収量を予測、そして植生指数を算出し、県内の生産法人が収量コンバイン(圃場ごとの収穫量や品質を自動記録する機能を持つ大型農機具)で蓄積していた圃場ごとの収穫量や小麦のタンパク質含量データを突き合わせて、基本的な追肥量とタイミングの予測モデルを作っていきました。

そうしてエビデンスを作りながら山口県や地域JA の指導員の方々が生産者に呼びかけ、全体の底上げをしていったわけです。おかげで今年の春に情報提供した生産者の方たちはタンパク質含有量が県が定めた目標値の12%を越えるようになりました。

今までは頻繁に畑に出向いて人の目で見ていた小麦の開花期の判断や、生長具合を基にした追肥量の判断が、衛星データを用いることで省力化されます。

生産者の肌感覚に合うかを大事に

宙畑編集部:生産者の方が予測モデルを見たときの反応はいかがでしたか? 

岩谷:ありがたいことに否定的な意見はなく、、生産者の方が持たれている感覚と予測モデルの大きなズレもありませんでした。これからも期待しているとお声がけいただいてもいます。

面白かったのは衛星データを圃場マップとして出した方がいいですか、リスト(Excelファイルのような表データ)にした方がいいですかって言うと、マップの方が視覚的にわかりやすいという人もいれば、特にベテラン農家さんに多いのですが、圃場の位置は頭に入ってるからリストがいいという方もいらっしゃいます。

宙畑編集部:必ずしもGoogle Mapのような俯瞰したデータが農家さんにとって分かりやすいわけではないのですね。

岩谷:そうですね。データを確認いただくときに私たちは必ず現場の肌感覚と合うように心がけています。生産者の方がパッと見て、直観的にアクションプランに置き換えられるような形でデータ提供しないと元も子もありません。

現場の職人的感覚はこちらにとってもアイデアの宝庫ですし、「最先端の技術を使ってこういう結果が出たので従ってください」なんて言い方は絶対したくないんです。そうしてお互いに信頼関係が築けているからこそ自由に要望を出していただけますし、こちらも現場データを提供いただいてさらなる改善につなげることができます。

あとはやはり衛星データは検証までのスピードが早いのがいいですね。我々は検証をしてフィードバックを終えたらその次のシーズンからも使えるモデルにするのですが、今までは現地に行って測定を始めて、となると2〜3年かかるのは当たり前だったんです。生産者の方にあと数年かかりますと話すと「その頃にはもう農業辞めてるね」なんて言われるのが本当に切なくて。検証して打ち返しが早いと生産者の方の取り組み方もまた変わってくると思います。

宙畑編集部:逆に苦労された点はありましたか?

岩谷:みんなそうだと思うんですが、悪天候のときは肝心の画像が衛星データで取得できないのが困りましたね。高頻度で撮影しているPlanetの衛星画像でも1ヶ月で1枚しかなかったこともありました。

宙畑メモ:Planet
世界最大の小型地球観測衛星コンステレーションを構築する衛星開発ベンチャー。2021年12月にSPAC上場。現在、軌道上に200機以上の衛星があり、1日数回の観測が可能

岩谷:ですので合成開口レーダ(SAR)のデータを使えないかという話も出てきています。

宙畑メモ:合成開口レーダ
マイクロ波(電波の一種)を発射し、地表で跳ね返ってきたマイクロ波をとらえるセンサです。光学衛星では、雲があると地上の状態が分かりませんが、電波は雲を通過するため、雲がある地域でも地表の観測が可能です。また、能動的に電波を出しているので、昼夜関係なく地表を観測することができます。

宙畑編集部:これは衛星のあるあるですね……。今後、国内外でも様々な衛星が打ちあがり、頻度も、取得できる衛星データの種類も増えてくることで、そのような課題も徐々に解決できるとよいですね。

こうなれば良いなと思う衛星データ利用の未来

宙畑編集部:「衛星データの活用に取り組む、『山口県モデル』とは?」の記事を拝見して、「衛星データは地域単位で買えるので、広域でコストを分散できます。利用者が増えるとコストが低廉化するため、全体のレベルアップを図ることができます。」とあります。これはまさに地方自治体が衛星データ活用に取り組み、農業の課題を解決するヒントだと思いました。

岩谷:そうですね、農業用途に限らず、共同利用を前提に、自治体の主要部分の衛星データを購入して公開されるという環境ができないかなとも思いますね。Sentinelの衛星画像があれだけ有用なデータを無料で公開されているのは、様々な産業がSentinelの衛星画像を使って収益を上げ、最終的にEUの税収が上がるというのが期待されているからですよね。

宙畑編集部:今は1枚の衛星画像で1つの課題解決のために使っているというのが普通であるところ、1つの衛星データで複数の課題解決を各自治体が考えて衛星データを購入していくということですね。ユーザーにとっては買うハードルが下がるし、衛星データプロバイダにとっては、これまで買ってくれなかったユーザーが買ってくれる可能性があるので、双方にメリットがありそうです。

今できることへのソリューション

宙畑編集部:少子高齢化も相まって全国的に農業のなり手が少ない中で、全国で高齢化率第3位の山口県はどのような課題感を持たれているのでしょうか。

岩谷:やはり個人農家は全体的につらい状況になってきています。県としても国としても、集落営農法人や農事組合法人であるとか法人化を進めていって、なるべく耕作放棄地を作らずに労働力がある人が農業生産を担っていくって形を進めていくのは確かなやり方なんです。

ただ、法人は家庭内経済で成り立つ個人農とは違うので、利益を上げるためには収益性の高い作物をきちんと確保しないといけません。

そうした作物をいかに奨励していくかを農業政策の場で問われていると思います。だからこそ裏作で収益性の高い小麦は山口県に限らず全国的に重要な作物になっているのではと思います。

農業を収益性の高い産業にして、新しい若い労働力を得るためには、労働時間の短縮と省力化を進め、仕組みの改善についてしっかり考える時間を作る必要があります。

例えば山口県の農事組合法人・二島西は農業大学校の卒業生を新しく採用して新しい血を入れながら就職先としても成り立つような法人を作っていこうとしています。

若い人が農業を未来のひとつの選択肢として選べる環境を整えていくことは全体的な課題となるでしょう。

宙畑編集部:最後に、岩谷さんが今後取り組みたいことを教えてください。

岩谷:そうですね。弊社はベンチャーの機動力を生かして、生産者の方が本当に欲しいデータを手に入れるラストワンマイルを埋めることを念頭に置いています。

そうした地域課題を地道に埋めていく足がかりがまずは山口県だと思いますし、その培ったノウハウを他でも通用する形に波及できたらいいですよね。

人が集まらない中でも、それぞれが今できることで補っていかないと地域の農業は成り立たなくなっている現実もあります。その中で、人手不足やデータ不足のソリューションとなる衛星データは現状できることを増やすための大きな一手になるはずです。