安全保障、JAXAの機能強化…宇宙基本計画の“攻めた改訂”でどう変わる?【SPACETIDE 2023レポート】
SPACETIDE、1日目のテーマは「宇宙政策」。本記事では、産学官のリーダーがパネルディスカッションや対談で語った宇宙政策に関する議論を整理してまとめまています。
日本最大の宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE 2023」が7月4日から3日間にわたって開催されました。
初日のテーマは「宇宙政策」。本記事では、産学官のリーダーがパネルディスカッションや対談で語った、6月に改訂された宇宙基本計画、新たに策定された宇宙安全保障構想と宇宙技術戦略のポイントや民間企業がこれらの文書の活用アイデアをまとめまています。
宇宙基本計画が改訂。新たに「目標と将来像」が明記
宙畑メモ:「宇宙基本計画」とは、2008年に成立した宇宙基本法に基づいて策定される、今後10年の国の宇宙政策の基本方針を示す計画のことです。2009年に初めて策定されて以来、およそ3年おきに改訂されています。
6月13日に開催された第28回宇宙開発戦略本部で、宇宙基本計画(第5期基本計画)が改訂されました。
「今後10年間の日本の国家宇宙戦略」と題されたパネルディスカッションに登壇した内閣府宇宙開発戦略推進事務局で審議官を務める坂口 昭一郎さんは、これまでと比較した第5期基本計画の特徴をこう説明しました。
「これまでの宇宙基本計画は、個別のプロジェクトを並べて書いていましたが、(第5期)基本計画では(日本が目指すべき)目標と将来像が記載されました」
目標と将来像には、(1)宇宙安全保障の確保、(2)国⼟強靱化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現、(3)宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造、(4)宇宙活動を⽀える総合的基盤の強化の4つが挙げられています。そして、この目標と将来像を確実に実現するうえで、日本の宇宙活動の自立性を支える産業・科学技術基盤の強化が必須であることが明記されました。
宇宙基本計画の構造が変わったことについて、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂 成功教授は「前回(第4期)と比較すると、目標と将来像があり、そのうえで基本的なスタンスがあり、だからこそこのプロジェクトが起きているということが読み取れるようになりました」と話しました。
宇宙安全保障における宇宙ビジネス
2009年に策定された第一期基本計画から、安全保障分野での宇宙開発利用が推進されてきました。今回発表された第5期基本計画と同時に策定された宇宙安全保障構想には「宇宙安全保障と宇宙産業の発展の好循環」というキーワードが新たに盛り込まれています。
このキーワードについて、宇宙開発戦略推進事務局の坂口さんはパネルディスカッションで
「安全保障は国がやるべきことですが、民間サービスも活用して、安全保障の全体像を打ち立てていく。安全保障と経済産業界が相互に関連し合うことで、好循環を生み出していけるんじゃないか、このような観点から構想をまとめています」
と説明しました。また、「宇宙安全保障における商業宇宙ビジネスの活用」と題した、Space Economy Risingの創設者兼CEOで、商業宇宙開発やアメリカの国家安全保障の専門家であるケビン・オコネルさんと東京大学公共政策大学院教授であり公益財団法人国際文化会館 地経学研究所長を務める鈴木一人教授の対談も行われました。
鈴木教授らはロシアによるウクライナ侵攻を例に挙げて、近年の宇宙安全保障における商業宇宙ビジネスの状況をこう説明しました。
「(安全保障分野で活用される)新たなテクノロジーが商業分野にもスピンオフしていく形でしたが、今はその逆が起こっています。安全保障の問題に対して、商業活動がより早く、新しい状況に適応して、サービスが提供されています」
オコネルさんは宇宙安全保障における商業宇宙ビジネスのメリットとして、開発や導入のスピードが速いこと、開発がアジャイルであることなどを挙げました。実際にロシアによるウクライナ侵攻では、民間企業の衛星画像や衛星通信サービスが防衛に活用されているほか、アメリカにおいては情報活動機関が衛星画像を民間企業から調達するケースが目立ってきています。
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一方、安全保障とビジネスの連携には課題もあります。鈴木教授はオコネルさんに対して、「企業の衛星を軍が利用する場合、敵対国の標的になるということはあると考えますか?」と質問を投げかけました。
これに対してオコネルさんは、「答えがあるわけではなく、様々な政策や検討が必要です。例えば、民間資金(金融機関や投資家など)や保険業界はどういう役割を果たすのかを考えること。政府が決めて、業界が追随するのではなく、対話で最適な方法を見つけていくべきです」と述べました。
パネルディスカッションに登壇したJAXAの山川 宏理事長は「JAXAの役割・機能の強化の一つの目玉として、出資機能と資金供給が挙げられます」「JAXAが目利きの機能を果たす必要があります。そのうえで産業界全体を活性化していくということが極めて重要です」と話しました。
JAXAは、政府全体の宇宙開発政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関として、宇宙分野の基礎研究から開発・利用を担ってきましたが、2021年4月に「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」が改正されたことで、新たに企業への出資や人的・技術的援助ができるようになりました。
そしてJAXAは、2022年12月にはJAXAベンチャーに認定されている天地人に、2023年4月には有翼式再使用ロケットを開発するSPACE WALKERに出資したことを発表しています。
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加えて山川理事長は「法律や体制の整備が必要であるものの、今後は科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のような、資金を産業界の供給する機能を政府と一緒に作り上げていく必要があると思っています」とも話しました。
日本の勝ち筋を見据えた技術の俯瞰図「宇宙技術戦略」
第5期基本計画の宇宙政策の推進に当たっての基本的なスタンス(4)国際競争⼒を持つ企業の戦略的育成・⽀援には「国際市場で勝ち残る意志と技術等有する企業を重点⽀援」という記載があります。パネルディスカッションのモデレーターを務めたSPACETIDEの代表理事兼CEOの石田真康さんは「日本の政策はおしなべて、広く浅く、みんなを大事にと言われる中で、攻めた姿勢になってきているのがユニーク」だと話しました。
第5期基本計画に記された、策定予定の「宇宙技術戦略」は、日本の勝ち筋を見据えながら、日本が開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した技術ロードマップです。宇宙技術戦略について、宇宙開発戦略推進事務局の坂口さんはこう説明しました。
「日本あるいは民間企業さんが、今後宇宙利用をするために、どういった技術が必要となるか、あるいは個別のものをどう発展させていけば良いのか。その俯瞰図を作っていきたいと考えています。JAXAがやるべきこと、民間企業さんがやるべきこと、あるいは民間企業さんがやるべきではあるものの、実証の機会は国が支援すべきものなど、様々な形の技術があることをしっかり可視化していいきます」
パネルディスカッションでモデレーターが慶應義塾大学大学院の白坂教授に、民間企業は宇宙技術戦略をどう活用していくべきか尋ねました。この質問に対して、白坂教授は
「これは技術のトレンドではなく、戦略です。ここ(宇宙技術戦略)に載っている技術を持っているなら、貢献できるかもしれません。日本の強みを持ったものを作ろうと思えば、この技術を活用することも考えられます」
「ここに載っていないけれども、良い技術を持っている大学や企業の基礎研究をやっている方々がいるのであれば、こんな技術があるんだともっと出していただきたいです」
と答えました。宇宙技術戦略は継続的に最新動向を踏まえた改訂(ローリング)が行われる予定で、民間企業や研究機関の声も反映されていくことが期待されます。