GDPだけでは測れない豊かさを測る「新国富指標」とは~衛星データの使い方と可能性~<後編>
2030年のSDGsの目標達成に向けて今どのような状況にあるのか判断する基準は明確に定められていないという課題がある中、状況を評価する指標として新国富指標が提案されています。新国富指標とはどのようなものなのか、九州大学大学院の馬奈木教授に伺いました。
前編では新国富指標、新国富論についてご紹介しました。時代の変化によってGDPと共に補完し合う新国富指標について、後編は国連プロジェクトで代表者をつとめる九州大学主幹教授 馬奈木俊介氏へのインタビューをご紹介します。
新国富指標・SDGsの自然資本で人工衛星データを使用した背景
Q.どのようなきっかけで新国富指標に衛星データを使用されたのでしょうか?
馬奈木俊介氏(以下、馬奈木):新国富指標がどのように使われてきたのかという背景から順を追ってお話しします。
もともと地域の保有する豊かさを共有するために、国や地域を新国富指標で測定していました。前編でも紹介したサイトで全国の状況が見られます。
馬奈木:このサイトで公開している情報に対して、国内と海外では反応が異なりました。
例えば、日本国内ではこの情報を見た地方自治体や政治家の方等から、地域の価値を測るために細かい地域ごとにみた結果が欲しいと言われました。
一方、国連で話すと国ごとの状況が分かって良いということで歓迎されました。今年、昨年もG20のレポートには国ごとでまとめたものを載せていますので、国際的にはこういう方向に行こうとなっていますが、日本では細かい方が好まれるようです。
そういった理由から国内は市町村ごとに分けて指標化しました。
地方自治体から「もっと細かく事例を示して欲しい」と希望がありますが、どこまで細かければ良いか彼らの解像度がどれくらいまでか分かりませんでした。これは指標の具体的な活用イメージがなかったためだと思います。
そういった自治体などの反応を踏まえて私たちが着目したのが民間企業です。例えば現在は、三井不動産・日鉄興和不動産などの民間企業と一緒に新国富指標を用いた取り組みを進めています。
民間企業にとっても「これは使える!」というものにしようとしたら、やはり細かい範囲で評価できた方が良い、ということになり、これを実現するための手段として衛星画像に着目しました。
Q.どのように衛星データを利用していったのでしょうか?
馬奈木:最初、私たちは500 mメッシュの衛星画像を使用していたのですが、今では10 mメッシュの衛星画像を利用できるようになり、指標をかなり細かい範囲で使えるようになりました。
今後も衛星画像の比較的安価なものや無料で使えるデータは、どんどん進展していくと思いますので技術進歩とともに、データの粒度がどんどん上がって使えるようになってくると思っています。
反対だったら難しかったですね。
個人情報などはデータを使う制限が時代とともに増えるので、個人分析をしにくくなります。逆行です。時代の流れも踏まえて、どんどん進展していく衛星画像を使おうと決めました。
まずは具体的に衛星データを利用し、以下のような測定をはじめました。
土地利用の方法や、森林、大気汚染なども、リモートセンシングを活用し測定したところ、細かい範囲で指標を見る上でかなり進歩がありました。
具体的に1つ私たちの研究室で実施したことをご紹介します。
リモートセンシングの分野で世界で有名な雑誌の1つに「Remote Sensing of Environment」があります。この雑誌の中で、世界中の大気汚染を測っているモニターステーションのデータを使って大気汚染を推定する精度は約30%台だったところを、我々は精度を約70%に上げました。
これができた理由は我々の研究室の強みである空間統計の手法を用いて衛星データの解析をしたからです。
大気汚染以外についてもこのように取り組みを続けていたら、新国富を構成する他の指標も衛星データを活用し全部数値化できることを確認でき、現在では衛星データを利用しながら指標の数値化を進めています。
参考:Li, C., & Managi, S. (2022). Estimating monthly global ground-level NO2 concentrations using geographically weighted panel regression. Remote Sensing of Environment, 280, 113152.
衛星データを利用したことで変わったこと
Q.衛星データを利用したことで取り組みに広がりはありましたか?
馬奈木:もともと私たちの研究室ではデータを取得しており、どんな人が、どこに住んでいるかということを調べてきました。
前述のデータと空間の位置把握データを繋げたこと、言い換えると個人データと空間データをリンクさせて分析したこと、そう言った研究をしている研究者は稀有なこともあり、ギャロップ社から依頼を受けアカデミックアドバイザーになりました。
ギャロップ社はアメリカの調査会社で、世界中の個人からアンケートを取得することで世論調査や市場調査などのデータを取得・提供しています。
他には、現在どの企業も注目しているESGに関連した広がりもあります。企業は、どのように自社が評価されるか気になりますし、その前提として自分たちがどのような活動をしているかステイクホルダーへ発信・報告しなくてはなりません。
その一部である、サプライチェーンにおいて、日本の企業がサウジアラビアやインド、中国の建設業界やサービス業界と付き合うのも、全て立地が重要です。
いうならば衛星に限らず、「立地に関係する」ことが一番シンプルな言い方かもしれません。
まずはやってみる!あとで考えよう!が技術開発を進める
Q.個人と衛星データを紐づけ・仮説を持ったきっかけは?
馬奈木:経済学の分野で、場所の価値は、周辺の影響を受けます。
例えば、住んでる場所の近くに有名な良い小学校や大学があると、その周辺の土地の価値は高くなります。
逆に廃棄物の処分場や病院などがあると、地価は下がります。騒音がする、異臭がするなどの影響を受けるからです。
個人の価値観や市場の価値、数字で直接的にはあまり繋がっていないように見えるものでも影響を受けることになります。それによって、空間と個人は影響しあうと思っていました。
このような視点は私自身が土木工学の都市計画をやっていたことも影響しています。リモートセンシングなど、何でも測る研究者は近い存在でした。使う目的を決めないで測ることもありますが、こういう人たちが技術進歩を起こすと思っています。
Googleの事業もそうですが、まずはやってみる!あとで考えよう!が技術開発を進めます。やることができるから進めよう、とはじめる事業は100個やって1個上手くいくイメージです。
リモートセンシングやGIS(地理情報システム)の分野は地理学で、一時期停滞しましたが、GISが出てきて復活して、途中から衛星画像ができてきました。
例えば、夜の光を含めて測れるようになったことで、リモートセンシングの分野を中心的に牽引してきた地理学とは関係ない分野である、経済学者などが2000年代に使い始めました。
1997年はじめてリモートセンシングについて聞いた時は「良く、こんなに細かいことするな」と感心しましたが、自分では研究しませんでしたが、2010年代に夜間光の事例を聞いたときに「これは面白い」と思い自分の研究と融合させ始めました。
ラッキーなことに偶然やろうと思ったら、ちょうどその場にあり、もともと少し理解があったという状況です。
2010年と1997年の違い ~データへのアクセスや解析の改善・変化~
Q.これまでのデータへのアクセスや解析の改善・変化について教えてください
馬奈木:(2010年と1997年とでは)第一にデータの量が圧倒的に増えました。昔は手作りデータでデータを作ることが価値だったと思いますが、それが一気に増えるようになり、新規参入が突然楽になりました。
自前で何とかデータ化したけれど、それが一気にできるようになりました。今で言う、AIやChatGTPが登場したことで解析の敷居が下がったことと同じですね。
そういう意味で今は、プログラムを基礎からやることの価値が大事ではなく、それをいかに応用するのかが大事になったことと似ていると思います。
リモートプロジェクトが一般的になって進んだ海外機関との連携
Q.衛星データの画像分析に可能性を見出したきっかけを教えてください
馬奈木:画像分析は前からやっていました。特に良いと思ったのはコロナ後です。
現在は、JAXAとアメリカNASAとヨーロッパのESA(ヨーロッパ宇宙機関・European Space Agency)が連携をしているプロジェクトに関わっています。コロナによってリモートでプロジェクトを進めることが一般的になってきたからこそ、彼らと一緒に研究しやすい環境になりました。
社会課題を解決する機会を探していて、社会課題を衛星画像を使って解決しようと考える人は多いと思いますが、彼らは新国富指標に興味をもってくれました。
どのように経済活動が復活するのか、どこからスタートして、どの産業、どの港や高速道路など、何から確認すれば良いか基礎的な前提のすり合わせから始まりコミュニケーションをとる機会が増えていきました。
さらに森林のCO2を計測するなど、複数のことを同時にやりながら、「これがわからない、あれがわからない」というのを投げかけたら例えばNASAの方が答えてくれ、わからない場合でも〇〇大学の〇〇さんに聞けば知ってるかもしれない等、他の専門家たちとどんどん繋がっていきました。
JAXAの協力もとてもありがたかったです。。
自分が思っていた以上に、データは多岐にわたっており、表に出ているオープンデータはあまり使えない場合であっても、問い合わせると今までの研究室の実績を考慮して、別のデータを提案してくれることもありました。
コロナ禍ということもあり、リモートで一気に発展していきました。
Q.おそらく現在、無料で公開されている衛星データを中心に使って分析されてるかと思います。他にもこういうような情報が取れると新国富指標がより精緻になっていく、より行動変容を促すのに実行的になるということはありますか。
馬奈木:新国富指標そのものについての観点と、それを計算する際に利用するデータへの観点とがあります。
前者については、現在の新国富の細かさを各国に数値を見せて進めるのは、数値そのものの有効性もありますが、そこまで本当に細かく見えるならば使える、ということを地域や国のトップの方から、信頼を得ることが目的です。
その信頼があるからこそ、現場をみて都市計画に使える、または国の大きい話で、今後の国のあり方は新国富を高めることだというG20のレポートに繋がりました。
もう1つは違う目線です。三井不動産・日鉄興和不動産や関連する企業と一緒に進める際「都市計画を作っていくときに新国富指標を活用できる」という共通認識を踏まえて議論することで、お互いの意思決定に関して指標を基に、「ここは人の健康・教育の価値や自然の価値が高い」、「ここはインフラ(人工資本)が高い」と言ったことなどが分かります。
後者のデータについては、例えば衛星データについては、新国富がゆえにこういう情報を取得することがが必要です、というよりも、衛星が取得できるようになったら新しいデータはこういうもので、それを活用するとこんなことがわかりそうだな、という考え方を持っています。
もちろん、衛星データで見える粒度がもう少し細かくなること、高い頻度で測定できることを希望するものの、際限はありませんから。
もっと、どこでも取れるようになる、そのためにそもそもの衛星の数が増える、コマ数が増えるなど、そもそも論の発展に完全に依存することです。
地理空間情報に経済学の観点が加わり「新国富」という数値に変換できました。
それにプラスして、今、私たちの研究室では人の移動情報を加味することで、さらに発展しようとしています。
人の移動データを携帯電話会社から計測して、どのようにそこで価値が変わっていっているか他にどういった経路があれば、上手くいくのだろうかということを繋げようとしています。
細かい話をしますと、人の幸せ、個人単位のWell-beingのIndex化(指標化)ができて、地域の価値は新国富でできて、その間の地域の商店街や地域のコミュニティのIndex化もできます。
どうゆう人が、どこから来て、その価値が深まるのかを電話(携帯)のデータや他のデータを合わせながら作っています。
そのときに、毎回誰がどこから移動してきたか交通の計算をするんですよ。
「最短距離は大体3000円くらい有効な価値があるので、3000円の価値です」といった具合に設定して計算します。
そういうときにもっと簡易に計算できるツールがあれば良いと思っています。今はないので、強引に経路計画を作りながら毎回計算します。1回作ったら、同じ地域を2回目以降計算するのは簡単ですが、汎用的な計算ツールになっていない場合には新規の場所を計算する時は大変です。
各国ごとに、新国富を粒度高くするのは国の元のデータがないと衛星画像だけでは厳しいです。
そういう各国、各地域ごとの、いろいろな都市計画、土地利用を含めた元データの進展というのに依存しますので、各国固有に計測している情報の整備も非常に重要です。
まとめ
前編後編にわけて、GDPだけでは測れない豊かさを測る「新国富指標」についてご紹介しました。
可視化が難しいと思われているものをどのように数値化するか、衛星データを用いて新国富指標をどのように活用するか、自社や団体で知りたいことを決めてスタートするのはいかがでしょうか。
始めることで自分たちが何を求めたいのか、知りたいのか、気づかない真の希望が顕在化してくることもあります。
この記事を読んで頂いたことが、始めるきっかけになれば嬉しいです。行動する勇気を応援しています。