日本で育てるべき宇宙技術の獲得に向けて。文部科学省のSBIRフェーズ3採択企業の事業まとめと今後のスケジュール
文部科学省のSBIRフェーズ3採択企業が9月29日に発表されました。SBIRの概要と採択された7つの事業についてまとめています。
9月29日、文部科学省は中小企業イノベーション創出推進事業(以下、SBIR)における宇宙分野の公募選定結果を発表しました。
中小企業イノベーション創出推進事業(SBIR)とは
SBIRは「Small Business Innovation Research」の略で、スタートアップ等による研究開発を促進し、その成果を円滑に社会実装し、それによって我が国のイノベーション創出を促進するための制度です。
国の機関から研究開発型スタートアップ等への補助金や委託費の支出機会を増やす仕組み(支出目標の設定)が作られ、それら補助金や委託費の効果を高めるため、公募や執行に関する統一的なルールが設定されています。
内閣府が司令塔となり、各省庁連携で、研究開発成果の社会実装に向けて随意契約制度の活用など事業活動支援等を実施し、初期段階の技術シーズから事業化までを一貫して支援が行われます。
今回発表されたのは、社会実装に繋げるための大規模技術実証事業(フェーズ3事業)が対象でした。
採択されたのは、事業テーマ「民間ロケットの開発・実証」から4件、事業テーマ「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」から3件です。
(1)最大で1件当たり140億円以上の補助に? 交付金額とステージゲート審査について
今回採択された7件について、それぞれ以下の交付金額が発表されました。
■民間ロケットの開発・実証
-インターステラテクノロジズ:20億円
-SPACE WALKER:20億円
-将来宇宙輸送システム:20億円
-スペースワン:3.2億円
■スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証
・テーマA「軌道上の衛星等除去技術・システムの開発・実証」
-アストロスケール:26.9億円
・テーマB「衛星等の軌道離脱促進のための技術・コンポーネント開発・実証」
-Pale Blue:15.9億円
-BULL:14.7億円
上記の金額は、採択したタイミングで最初に交付される金額で、今後のステージゲート審査を経て、最大で以下の金額が交付されることとなっています。
・民間ロケットの開発・実証:1件当たり140億円(140億円となる採択件数は2件程度を想定)
・スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証のテーマA:1件当たり120億円
・スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証のテーマB:1件当たり40億円
例えば、ステージゲート審査のスケジュールは「民間ロケットの開発・実証」の場合、以下の通りです。
では、各社がどのような事業を申請し、採択されたのかその内容を以下で紹介します。
(2)「民間ロケットの開発・実証」で採択された事業について
現在、国際情勢の不確実性が増していること、さらに国内でも今後10年間で100機以上の衛星打ち上げ需要が高まっています。一方で、直近のH3ロケット1号機の失敗やイプシロンロケットの打ち上げ失敗から、日本の自律的な宇宙アクセス手段に不安を感じている人は少なくないでしょう。
そのような情勢のなか、今回紹介している採択事業の公募要項には「我が国の企業が、国際競争力のある民間ロケットを開発・事業化することが不可欠」とあります。そこで「優れたスタートアップ企業の事業化・成功を後押しするための資金や政府調達、JAXA の技術的支援、関係府省の制度的支援等が今まさに必要な状況」として採択されたのが以下の4件です。
インターステラテクノロジズ「小型人工衛星 打上げロケット ZERO の技術開発・飛行実証」
インターステラテクノロジズは、信頼性とコスト競争力を両立させた小型ロケット「ZERO」の開発を通じて、国内の自立的な宇宙アクセス維持・拡大に貢献するとともに、世界市場を見据えた国際競争力のある宇宙輸送サービスを目指すとしています。
民間単独では国内初となる宇宙到達実績のある観測ロケットを打ち上げており、2023年1月にはシリーズDで総額38億円の資金調達を行っていました。
同社のプレスリリースで代表取締役社長の稲川氏は「宇宙輸送は、今後の宇宙産業発展を支えるインフラです。今回、国の政策を通じて強力にご支援いただけることに身が引き締まる思いですし、今後のステージゲート審査でもその期待に応え続けられるよう、引き続き技術実証と事業開発に邁進してまいります」とコメントしています。
■インターステラテクノロジズのプレスリリース
https://www.istellartech.com/news/press/8289
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・SPACE WALKER「サブオービタルスペースプレーンによる小型衛星商業打ち上げ事業」
SPACE WALKERは、有翼式再使用型ロケットの研究開発を行っています。同社のロケットは再使用可能なロケット技術とカーボンニュートラルな液化バイオメタン燃料を組み合わせ、環境負荷の低減の実現をし、未だ使い捨てが主流のロケット業界に革命をもたらすことを目指しています(同社では再使用かつクリーン燃料の、2要件を満たすロケットを「ECO ROCKET®︎」と定義)。
また、同社は2023年4月に民間ロケット開発企業として初めてJAXAから資金を調達しています。
同社のプレスリリースでは、再使用型ロケットを開発することで、従来の使い捨てロケットの売り切り型モデルとは異なり、飛行機のような機体販売とその後の保守メンテナンス、運航会社による輸送サービス、さらには金融モデルとしての機体のリース・レンタルや保険販売など、多岐にわたるビジネスの展開が可能とあります。
代表取締役CEOの眞鍋氏は「宇宙輸送産業が日本の未来の鍵を握る事は間違いありません。歴史の大きな転換点のど真ん中で、自分達が勝負できる環境にいるという事に、大きな使命を感じずにはいられません。お預かりする補助金は日本国民の皆様の税金から成り立っており、その重みを深く受け止め、最大限の成果を上げる責任が私たちにはあります。」とコメントしています。
■SPACE WALKERのプレスリリース
https://space-walker.co.jp/news/news/20230929-2.html
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・将来宇宙輸送システム「小型衛星打上げのための再使用型宇宙輸送システムの開発・実証 」
将来宇宙輸送システムは、完全再使用型の単段式宇宙往還機(SSTO)を用いた高頻度宇宙輸送を2040年代に行うことを最終目標とし、今後5年程度で再使用型の宇宙輸送機を開発することを目指しています。「毎日、人や貨物が届けられる世界。そんな当たり前を宇宙でも。」というビジョンを掲げており、有人輸送にも挑戦することを明言しています。
また、同社は2023年8月に5.5億円の資金調達と企業や大学との連携を強化していることも発表していました。
■将来宇宙輸送システムのプレスリリース
https://innovative-space-carrier.co.jp/articles/20230929/
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・スペースワン「増強型ロケットの開発、打上げ実証及び事業化」
スペースワンは、キヤノン電子、IHI エアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行らが出資し、2018年7月に設立された企業です。和歌山県串本町にスペースポート紀伊を建設し、打ち上げに向けて事業を推進しています。
2022年6月には、宇宙太陽光発電の開発に積極的な姿勢を見せる関西電力グループと資本業務提携を発表。2022年12月には三菱UFJ銀行が同社への出資を発表していました。
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(3)「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」で採択された事業について
「民間ロケットの開発・実証」と並んで文部科学省のSBIR制度で公募されたもうひとつのテーマは「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」です。
現在、日本以上に世界の衛星打ち上げ機数は増加しており、宇宙空間におけるスペースデブリ(ロケット上段や運用を終えた衛星、破片等)も年々増加しています。そのため、人工衛星やスペースデブリ等の物体同士の衝突リスクが上昇。持続可能な宇宙開発利用を実現する上での大きな課題となっています。
※スペースデブリの詳細については「深刻化する宇宙ごみ問題〜スペースデブリの現状と今後の対策〜」をご覧ください。
そこで、令和 9 年度(2027 年度)をターゲットに「軌道上でスペースデブリとなった衛星等の除去を行うために不可欠となる革新技術・システムの開発(テーマA)」「小型衛星等が運用終了後に速やかに軌道離脱するための技術・コンポーネントの開発(テーマB)」を実現する事業を募集し、採択されたのが以下の3件です。
・アストロスケール「大型の衛星を対象デブリとした近傍での撮像・診断ミッション」
アストロスケールは、持続可能な宇宙環境を目指し、スペースデブリ除去を含む軌道上サービスに取り組む日本の宇宙ベンチャーです。2023年2月にはシリーズGにおいて約101億円の調達を実施し累計調達額は約435億円となっています。
2023年9月には、同社が開発する商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」の実機を報道陣向けに公開していました。
スペースデブリの速度は、7〜8km/s程度(ライフル銃の弾丸のスピードが1km/s)でかなりの速さとなっています。そのような宇宙物体に近づき、撮影をする技術的な難しさは想像に難くないでしょう。
上記の報道陣向けの発表会では、まずはGPSや地上で観測するSSA情報を使って数千km離れた地点から数百km地点まで接近します。次に数百kmから数km地点までは可視光カメラ、数kmから数百m地点までは赤外線カメラ、以降はLiDARを使用して対象デブリに「手を伸ばせば届く距離」まで接近すると話していました。
■アストロスケールのプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000067481.html
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・Pale Blue 「人工衛星の軌道離脱及び衝突回避のための超小型水イオンスラスタおよび水ホールスラスタの開発・実証」
Pale Blueは、安全無毒で取扱コストが低い「水」を推進剤とした推進機の開発をする宇宙ベンチャーです。
人工衛星は運用が終了後、他の衛星の運用上の障害とならないよう安全な軌道へと離脱する必要があります。また、宇宙空間でデブリの衝突を避ける際にも、推進剤がなければ衛星の移動はできません。そこで、安全かつ低コストな同社の推進機の開発・実証を進めることで、多くの衛星にとって開発コストのダウンと安全な軌道離脱機能搭載ができることが期待されています。
2023年1月には国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」)の2022年度「SBIR推進プログラム」実施先にも「メガコンステレーション用小型衛星向け水イオンエンジンの技術開発」で採択されていました。
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・BULL「衛星等のデブリ化を防止する軌道離脱促進装置の開発・実証」
BULLは、宇宙機に事前搭載するデブリ化防止装置や、軌道上の微小重力環境を活用した試験装置を開発する宇宙ベンチャーです。2023年6月にプレシードラウンドで約1億500万円の資金調達を実施したことを発表していました。
また、同社は2023年7月に人工流れ星事業などに取り組むALEから「導電性テザー(EDT)を用いた宇宙デブリ拡散防止装置」の事業に関連する資産の譲渡を発表していました。
■BULLのプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000113020.html
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以上、文部科学省の中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)の採択結果とその内容について紹介しました。今後、採択された企業がさらに事業を拡大し、日本の宇宙開発の発展につながることが期待されます。
また、本記事では文部科学省の採択結果を紹介しましたが、宇宙開発に関わる事業は他の省庁の公募要項にも記載があります(国土交通省の防災強化、農林水産省のスマート農業など)。その他省庁の採択結果にも注目です。