宙畑 Sorabatake

衛星データ

【インタビュー】日本の宇宙政策の現在地と地球観測事業の勝ち筋の見つけ方、他国から学ぶべきこと

日本の衛星地球観測分野の未来を考えるコミュニティCONSEOの会長であり、技術政策をご専門にされている角南篤さんとCONSEO事務局のJAXAの村木祐介さんに日本の地球観測事業の勝ち筋の見つけ方についてお話を伺いました!

産学官のステークホルダーが集まり、日本の衛星地球観測分野の未来を考えるコミュニティ「衛星地球観測コンソーシアム(通称CONSEO)」。2022年9月に設立され、法人会員数は200を突破しました。2023年4月には文部科学省・宇宙開発利用部会で「衛星地球観測の全体戦略に関する考え方」を提言するなど、活発に活動しています。

様々な立場の企業や団体が政策提言に参加すべき理由や日本の地球観測事業の勝ち筋の見つけ方、設立1周年に向けての意気込みをCONSEO会長で公益財団法人笹川平和財団 理事長を務める角南篤さんとCONSEO事務局のJAXAの村木祐介さんにうかがいました。

角南篤さん
公益財団法人笹川平和財団理事長、政策研究大学院大学学長特命補佐・客員教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構客員教授。
内閣府参与を経て、内閣官房経済安全保障法制に関する有識者会議委員、内閣府沖縄振興審議会会長、内閣府宇宙政策委員会基本政策部会委員等を務める。

村木祐介さん
JAXA第一宇宙技術部門 衛星利用運用センター 技術領域主幹、CONSEO事務局メンバ。アジア開発銀行(ADB)や文部科学省への出向経験を有し、衛星利用分野の戦略や新規事業の企画立案、官民連携事業の推進を担当。

政策とフロンティアの開拓

―CONSEOのミッションには「衛星地球観測の戦略について幅広く議論し、国へ提言する」、つまり政策議論に貢献することが掲げられています。あらためて政策とは何かを教えてください。

角南:宇宙は私たちの生活圏からは離れたフロンティアです。そういったフロンティアを先兵のように切り拓いていく役割は、実は国にあります。宇宙に限らず、いわゆる未踏の地を冒険家が自ら技術を開発して、開拓する財力を賄うことは、一個人の私的な活動として行うにはあまりにも大きなコストがかかってしまいます。それができる集団として、国家という単位があるわけです。

我々がいう「政策」とは、国家のビジョンのもとにそれを実行して、進めていくための手段です。ですので、宇宙開発に関して言えば、当然国家の政策がそもそも大前提にあります。

宇宙にアクセスできる国は世界に数カ国しかありません。日本は宇宙へのアクセスを持つ数少ない国のクラブに入っている状態です。敗戦国である日本が他国に先駆けてここまでやって来られたのは、やはり国家の意思があったから。先人たちの宇宙開発に関する意思がなければ、今日の状況にはなかったのではないかと思いますし、ひとつのサクセスストーリーですよね。

日本の宇宙政策の現在地

―日本が宇宙へのアクセスを確保できていることは、政策の成果だということですね。反対に政策における課題にはどのようなものがあると考えますか。

角南:橋本龍太郎政権時代(1996~98年)に中央省庁の再編が行われ、宇宙を所掌していた科学技術庁が文部科学省と統合されました。

科学技術庁の業務は文部科学省に引き継がれつつも、ほかの省庁とのコーディネーション(連携)が失われたのです。省庁の縦割りは良くも悪くも問題視されていています。宇宙開発を次のレベルに持っていくためには、色々な省庁が一つになって、宇宙の技術開発のみならず、利用を進めていくべきです。

CONSEOは宇宙の利用を意識して設立した組織だと私は思っています。日本はほかの宇宙先進国と比べて、非常に保守的。政府が宇宙を利用する姿勢がまだまだ遅れていると思います。複数年にわたる予算を調達する仕組みはありませんし、霞が関にはリスクを取れないカルチャーがあります。

細かい話をすると切りがありませんが、中長期的な開発が求められる宇宙のような分野については、非常にハンデがあったわけです。

しかし、2008年に宇宙基本法が成立し、この先の20年を見据えた10年間の日本の宇宙政策の方針を示す「宇宙基本計画」が決定されました。総理の意思がより反映されるようになり、各省庁から意見が吸い上げられるようになったのです。

宙畑メモ
宇宙基本法に基づいて、宇宙開発利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進する「宇宙開発戦略本部」が内閣に2008年に設置され、宇宙基本計画を策定しています。宇宙開発戦略本部は、総理大臣が本部長、内閣官房長官と全ての国務大臣が副本部長または本部員を務めています。

この宇宙基本計画を実行していくために、各省庁が単なるお付き合いではなく、本気で向かい合っていけるようにすることが、今後の課題だと思います。

村木:角南先生がおっしゃるように、政策に関連するステークホルダーがそれぞれの様々な立場で保守的であること、そしてそれらを横断した全体最適な形でどうしていくべきかについて戦略的に考えられてないことが課題だと考えています。

例えばある省庁の立場では、国産サービスの強化の観点でなく、できるだけ安く目的を達成するために海外のサービスや製品を使ったり、あるいは利用の定着という観点では、衛星をシリーズ化して、中長期的に衛星データの提供を継続できるようにした方がいいところを、予算の制約の都合で1機だけ技術実証の形で開発せざるを得ない状況が起きています。

衛星地球観測に関する宇宙政策全体の戦略に関する議論を産学官で深めるべく、CONSEOは「提言 衛星地球観測の全体戦略に関する考え方」を取りまとめ、4月に開催された文部科学省・宇宙開発利用部会で報告しました。

CONSEO提言サマリ Source : https://earth.jaxa.jp/conseo/news/20230328-1/document01.pdf

宇宙開発が難しいのは、国の役割が多面的であるところです。例えば、研究開発を進める顔もあれば、社会インフラとして観測データやソリューションを提供する顔もあります。さらには、需要を創出していく顔や民間活動を育成する顔もありますし、国際協力の顔も。こうした役割のバランスは、環境の変化に応じて変えていかなければならないのですが、それが後手に回っているように思えます。アメリカではNASAが中心となって事業の担い手としてSpaceXを育てたことも、環境変化に対応した結果です。

戦略を持ち、いかに早く環境変化を捉えて勝ち筋を見出し、アクションにつなげていくか。より全体最適な観点で議論していけると良いのではないでしょうか。

角南:アメリカの場合は、「We choose go to the moon.」というフレーズで知られるジョンF・ケネディ大統領が月面に人を送ることを宣言したスピーチに感銘を受けて大統領を目指した人もいます。政策が実現できるかどうかよりも、アメリカは国家として難しいことだからこそあえて挑戦するのだというメッセージ、つまり旧ソ連と競い合っているなかで国を鼓舞することは政治の仕事だったと言えるでしょう。リーダーがビジョンを発信していくことは重要ですね。

世界の宇宙政策から日本が学ぶべきことは?

―アメリカの宇宙政策を例に挙げていただきましたが、ヨーロッパやそのほかの国の政策はどのように見られていますか。

村木:ヨーロッパは官需中心で衛星を利用しているのが特徴だと思います。資金を出した分、各国が受益する、ある意味で社会主義的なお金の回り方が出来上がっています。

宙畑メモ
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の予算は、GDPに基づいて加盟国が義務的に支払うものがあるほか、「選択参加制」という仕組みが導入されていて、プロジェクトごとに参加を表明して資金提供の割合を自由に決めることができます。

つまり、政府が衛星という大きな社会インフラを税金で支えながら保有していて、それを開発したり、運用したりする企業がお金をもらうことで還元されている、そういうエコノミーが回っているのです。

この官需の規模感がヨーロッパには十分あることが、日本との違いでしょう。ただ、本当にそれが民需の拡大に繋がるところにまで進んでいるかというと、苦戦しているようにも見えますね。

官需だけでは産業規模的にもジリ貧ですし、市場としても小さいので、やはり民需を拡大させないといけません。特にデジタル分野とグリーン分野などの成長が期待されている、かつ、衛星の利用が見込まれている産業と、衛星地球観測とを融合させて、今世界のどこもやってないような新しい利用を切り拓いていくべきです。

CONSEO提言サマリ Source : https://earth.jaxa.jp/conseo/news/20230328-1/document01.pdf

これはアメリカもヨーロッパも、まだ全然できていないことです。どこかの国を真似するのではなく、新たなブルーオーシャンでポートフォリオを生み出していけるように“張りに行く”ことを、全体の戦略として考えてもいいのではないかということをCONSEOでは提言しています。

CONSEOではNew game domainとして「デジタル・グリーン分野」に注力していくことを宣言(CONSEO提言サマリ) Source : https://earth.jaxa.jp/conseo/news/20230328-1/document01.pdf

それから、宇宙政策が面白い国といえば、軍需産業的に作られた技術を民営化しているイスラエルでしょうか。

例えばLバンドのSAR衛星データから水道管の漏えいを検出する技術を開発していますね。日本で安全保障関連の予算が増えて、安全保障における宇宙利用が進むなかで開発された技術をどう社会実装するか、Society5.0にスピンオフさせていくかを考えるのに参考にすると個人的に面白いと思いました。

宙畑メモ:Society5.0
2016年に閣議決定された第5期科学技術基本計画において、日本が目指すべき未来社会の姿として提唱されたもので、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と説明されています。
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/.

角南:イスラエルは、村木さんがおっしゃっていたように非常に特殊な国です。私も以前からイスラエルには注目していて、3月にも行って来たところなんですよ。まず、イスラエルは周辺国との関係から自国を守らざるをえない場所にあります。

つまり、イスラエルにとって国を豊かにすること=国を守ることです。例えばGDP(国民総生産)の約8%を軍事に充てています。そういう状況から早く脱さなければ、教育や社会インフラに予算を回せません。そのためにも軍事で開発してきた技術を民間に売って、それでそれを安く調達することで、防衛予算を効率よく抑えようとしています。

日本は防衛費をGDP比で2%にまで引き上げるなんて話が出ていますが、イスラエルのように、このお金をどうやったら効率よく、そして無駄なく使える仕組みを同時に考えないといけないと思います。

各国の政策にはそれぞれいいところもあれば、悪いところもあるので、それをしっかりと分析をして、日本はいいとこ取りをしていくことが政策面においては最も重要でしょう。

多様なステークホルダーが生む地球観測のムーブメント

―ここからはCONSEOの取り組みや今後の展望をうかがっていきます。会長を務められている角南教授から見て、CONSEOはどのような組織ですか。

角南:やはりCONSEOがこれまでになくユニークなのは、いろんな人たちを巻き込んで、貪欲に衛星観測の分野の利用を考えて、「使おうよ」と働きかける運動のスケール感です。これまでは、各省庁にお願いしたり、国際会議のような場で「防災に衛星を使った方がいい」などと伝えたりするなど、スケールが小さかったんです。

ところがCONSEOができて、大学や企業も含めて、みんなが一つになって、ムーブメントに起こしていくことによって、結果的には官需だけじゃなく、民需、アカデミアでも衛星の利用が広がっています。本当によくここまで広げてくれたな、この短期間でこの盛り上がりはすごいなと改めて思っているところです。

村木:角南先生がおっしゃった通り、色んな立場の人が集まっているっていうところが一番大きなポイントだと思います。やっぱいろんなステークホルダーがいるので、考えていることも見ている方向も違います。なので、ある意味でCONSEOは異文化交流を推進する小さな国際機関のようなものなんです。異なる文化を持つ、色んなバックグラウンドの人々が集まって、そこで相手が考えていることを知ると、どんなことをやればシナジーが生まれるかが、少しずつわかるようになります。

例えば、研究が中心だったアカデミアの人が産業のために何ができるかを考えたり、宇宙産業でも防衛産業側とIT産業側ではあまり接点がなかったようなのですが、風通しが良くなって、一緒に市場を切り開いていこう、なんて話をしたりしているんです。

このように、今まではバラバラに別れていたコミュニティが、地球観測というキーワードで集まって、新たな方向性とか、シナジーを生み出せる可能性が見えてきています。

―9月にはCONSEOは設立1周年を迎えます。2年目の展望を聞かせてください。

村木:やはり会員がそれぞれ異なる文化を持っているので、どうメリットを感じていただきながら、活動を持続させていくかが2年目のCONSEOの課題ですね。事務局だけで運営していくと限界があるので、日本の地球観測を盛り上げていきたいと思っている熱い人々を見つけて、連携しながらムーブメント化していきたいと思っています。

それから、みんな一丸となって、日本の衛星利用のソリューションをグローバルで打ち出していこうという話も新たに出てきていますし、人材育成の取り組みについて議論する動きもあります。

会員同士の親睦をより深めていきたいと思っているので、どこかへツアーに行くなど、ちょっと楽しみながらネットワークを作れるような取り組みもやっていきたいですね。このようにアイディアはたくさんあるので、一緒に動いていただける仲間集めも力を入れていきます。