世界と日本の森林2024:気候テックと自然史、衛星利活用の可能性
世界と日本の森林事情について、最新の情報をまとめ、今後の衛星データデータが活かせる可能性を探りました。
森林への関心は「地球規模の環境変化」と「人類の資源利用」という2つの大きな流れの中で形作られてきました。気候変動の有望な対策として森林保全の技術革新が進んでいる他、国内では人口減少社会における新たな森林管理の形が議論を呼んでいます。この記事では、森林を取り巻く世界の気候テック情勢、日本の自然史と衛星利活用の可能性をまとめ、お伝えします。
💡この記事で分かること
・世界と日本の最新気候/森林テック動向
・氷河と人の手が作った日本の森林史
・日本の新しい森林管理の在り方–森林経営管理法と自伐型林業
・林業に使える衛星データの紹介
(1)世界と日本の森林2024:気候テックと自然史、衛星利活用の可能性
2022年人類は全世界で57.4GtCO2eq(炭素換算で東京ドーム2512万杯分)の温室効果ガス(GHG)を大気中に放出しました。
気候変動による自然環境や社会への悪影響を抑えるために、多くの国・地域・都市・企業がこの排出量を2050年前後にネットゼロ(排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている状態)にすることを宣言しています。
宙畑メモCO2eq:温室効果ガスは気体の種類によって滞空時間や温室効果が違います。例えば、メタンは同質量の二酸化炭素より25倍の温室効果があるものの大気中の寿命はCO2の300-1000年に比べて12年と短いです。温室効果ガスを算定する際、各ガスは二酸化炭素質量に換算されて、その単位として「CO2eq」が用いられます。
このネットゼロを実現するための主なGHG削減策とその効果、実現までの課題をIPCCが2023年4月に発表しました。この報告では、森林生態系の保全が太陽光エネルギーの次に効果が高く、低コストであり、直ぐ実現可能な方法として期待されているそうです。
では、森林生態系の保全はどのように進めるのが効果的なのでしょうか?
現在、地球上の生息可能な陸地の46%が農業に利用されており、森林は38%を占めます。農地を植林して森に戻そうとしても、食料生産を継続する必要性や土地が森林として回復するのを待つ必要があるため、既に機能している森林生態系を保全する方が排出量削減に即効性があるとされています。
しかし、気候変動による気温の上昇や降雨量の変化、経済成長に伴う森林伐採などにより現在機能している森林が今後も炭素吸収を維持できるか危ぶまれています。
そこで、世界中の森林がその生態系を持続できるような取り組みが近年、世界中で展開されてきました。広大な森林の管理にはリモートセンシングやAIによる遠隔技術の効果が高く、森林の精密計測・管理、山火事・森林伐採対策、炭素取引等に取り組む気候テック企業が各国でしのぎを削ってています。
また、森林は排出量削減以外にも生態系の保全や水源涵養ど様々な役割があり、多様な機能持った森林を育てることに企業が取り組むようになっています。
日本の森林は2024年時点で地球上の全森林面積の0.4%を占め、年間0.05GtCO2eq(東京ドーム2.6万杯分)を吸収し、日本の総排出量の約5%を回収しました。
日本は2030年までにGHG総排出量の半減(2013年度比)という野心的目標を掲げています。この目標を達成するために各分野で削減対策が進む中、発電、運輸などどうしてもGHG排出を避けられない分野もあります。
そういった部門の排出量削減を補完するとして、日本の森林は目標達成への主要CO2吸収源として位置付けられています。
(2)日本の森林史:氷河と人の手が作った自然の形、近年広まる「里山」の概念
日本の森林の原型は、約7万年前から1万年前までの最終氷河期に遡ります。
当時のヨーロッパ北部や北アメリカは氷河に覆われており、植物は南方に種を飛ばして生存を試みたものの、高い山脈が行く手を遮り多くの種が絶滅してしまいました(参考)。
一方、日本列島は南北に長く、山々がヨーロッパアルプスほど高くなかったため、多くの植物が温かい地域に移ることが出来ました(参考)。そのため、現代のヨーロッパの森林は約30種からなるのに対して、日本の森林では氷河期を乗り越えた約1000種もの樹種を今でも見ることが出来ます。
その後、約 11,500年前からの急速な温暖化により海面が100mほど上昇したことで、日本海側では多くの雪が降るようになり、乾燥して冷たかった気候が湿潤型になります。それに合わせて、日本の植生は大陸型の針葉樹林から、スギ・ヒノキなどの照葉樹やブナなどの落葉広葉樹林となり現在に至ります。
また、10万年前から日本に人が住み始め、人間の営みも森林を形作るようになります。縄文時代前期の遺跡からは人々が樹種を選んで木材製品を作っていたことが分かっています。
その後、文明が進むにつれて「はげ山」の記述が各時代に見られるようになってきました。奈良時代には寺社仏閣の建造需要で森林伐採が激しくなり、天武天皇が日本初の伐採禁止令を勅します。また、江戸時代前期には山奥も開発が進み、全国的に伐採が制限されました。
明治時代には近代化の燃料需要から雑木林を10年ごとに伐採して薪を生産していました。
戦後は復興の建材需要のため天然林までも伐採・植林する「拡大造林」が進みましたが、輸入材を取り入れたことで、現代では50年以上伐られていない森林が人工林の半分を占めるようになっています。
そして、ここ30年間の大規模な都市開発に対して、自然と人々が共生する「里山」という概念が広まりました。
(3)2024年の日本の森林の姿
日本の森林には木材の「生産現場」と土砂災害防止などの「環境保護」の2つの役割が求められており、森林所有者、林業事業体、行政、工務店など川上から川下まで様々なプレイヤーが関わっています。また、近年は森林所有者の高齢化、担い手の確保、産業の効率化やこれからの山村のあり方を見据えて、現在新たな森林管理の取り組みが進んでいます。
これまで所有者不明な林地が全国で3割近くあった他、9割の所有者が10ヘクタール以下の森林を保有しており個人単位では林業の採算が取れない状況でした。そこで、2019年4月に施行された森林経営管理法により、全国で森林所有者の確認を進めることになり、所有者が希望すれば森林の管理を市町村に委ねられるようになりました。現在、私有林人工林がある市町村の9割以上で所有者の把握、集約化が進んでいます。
なお、この取り組みには、現地調査や境界明確化、整備計画、事業発注など多くの事務作業がいる一方で、現場を担う市町村の職員の数が全国で3000人ととても限られています。そこで、複数の市町がまとまって整備計画を作ったり、GIS技術を使ったりなど効率化が図られています。
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また、この制度に合わせて、復興特別税と入れ替わりで2024年から1人あたり1000円の森林環境税が課税されるようになります。森林管理に特化した予算ができることで林道整備や国産材利用など幅広く林業を支えられるようになるものの、自治体によっては森林が元々ない、予算の使い道が決まっていないなどの課題もあり、議論が続いています。
一方で、集約化による大規模林業とは対照的に、各林家が自らの手で小さく行う自伐型林業も広がりを見せています。集落に住み普段は農業を行う人々が、合間の時間に間伐を中心に森を手入れをすることで、地域と環境に根差した森林の管理の仕方も盛り上がりを見せています。
また、日本の林業は労働災害発生率が国内の他産業と比べて10倍、死亡率は他国の林業より10倍以上高く、安全な伐木現場の整備が必須となっています。
(4)衛星データ活用の可能性
少子高齢化に直面する日本の林業の解決策として、衛星画像技術を使うことで効率的で精密な森林管理を行えるようになってきています。また、衛星データにIoTセンサや測量からの地上データを加えることでより鮮明な森林情報を得られます。
森林分析に使われる衛星技術にはこれまで光学、SAR衛星がありました。両者は1950年代から開発されてきた観測技術で、森林の平面的な情報を広範囲で長期間観測するのに向いています(例:植生分布、森林面積)。
これらに加えて近年、森林のより詳細な観測を宇宙からする技術の開発が進んでいます。例えば以下の動画にあるLiDARセンサーはレーザー光の跳ね返りを測ることで、樹高、総バイオマス量などの地上部の立体的情報を取得することが出来ます。NASAが2019年にLiDARセンサをISSに取り付けて運用を開始しており、無料データも公開されています。
他にも、一般的な光学センサよりも10倍以細かく波長を分けて観測することができるハイパースペクトルセンサは、より細かな植生の変化をとらえることが出来ます。種ごとに違う波長特性を的確に捉えることで、森林の樹種構成や立木の光合成量までわかります。日本は2019年からHISUIをISSから運用しており、現在Tellusから無料データを取得できます。
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日本のハイパースペクトルセンサHISUIのデータ解析例
ちなみに、商用最高の衛星画像を用いれば桜の木1本1本は確認ができます。以下は代々木公園の桜を商用最高解像度のMAXARのデータと無料で利用ができるSentinel-2の画像で比較したものになります。
出典:[2022] Maxar Technologies、European Space Agency
一方で、人工衛星は数100kmの高度を飛んでいるため最大解像度が30cmと航空機やドローンと比較して粗いこと、無料のデータもあるとはいえ、有償衛星データの費用が高い、データを確認してみないと本当に求める結果が得られるか分からないということが衛星利活用の足かせとなっています。
そこで地上データを組み合わせることで、衛星データの弱みを補うことができます。例えばドローンは地表面を飛ぶので、衛星と同じセンサを載せても数mmの解像度(1飛行、数十万円)でより多い情報量を取得できます。また安価なガス・湿度IoTセンサ(1個数千円程)を木々に取り付けてインターネットに繋ぐことで、リアルタイムな山火事観測サービスを提供している企業もあります。
さらに、これらの衛星画像、地上データを組み合わせて解析するサービスが誕生してきており、パソコン・スマホ1台で簡単に森林の詳しい状態を把握できるようになってきました。そのようなサービスの一例を以下に記しています。
• Pachama:2018年サンフランシスコ創立、リモートセンシングと機械学習を組み合わせて世界中の森林保全の評価、監視を行っています。また各森林保全プロジェクトのCO2削減量を推定してカーボンクレジットを発行しています。
• Planet Labs: 昨年11月、30m解像度で森林の炭素吸収量や樹木の高さなどの情報を提供する製品「Forest Carbon Diligence」をリリースしました。データ対象が全世界で、広範囲かつ長期的な解析に向いています。3m解像度の森林データを2024年に提供する予定です。
• 名古屋大学xNTT西日本xNTTデータxSpace BD:2023年1月から衛星データを活用した森林経営支援とカーボンクレジット事業を行っています。全世界デジタル3D地図AW3D®を活用した現地調査支援や、衛星画像を用いた広範囲のCO2削減量算出で透明性の高いクレジット発行を目指しています。
• Archeda: 2022年創立、独自でAI解析技術を開発し、衛星とドローンデータに応用することで、CO2吸収量の推定や森林破壊の検知、地盤変化をWEBブラウザ上から確認できるサービスを提供しています。
• mapry:2022年DMM.comと資本提携、携帯のアプリから森林調査や丸太情報や立木・炭素情報などを、リアルタイムで算出・共有できるサービスを提供しています。
Planetが森林の炭素吸収量などを測定する新製品をリリース。過去10年間のアーカイブデータを提供【宇宙ビジネスニュース】
衛星データ活用の可能性という見出しではありましたが、現状、衛星データは数ある森林計測技術のひとつの方法として捉えて、用途に応じた最適なデータを組み合わせるのが良いかもしれません。これまで人手と時間をかけて調査をしていたのが、衛星・センサ・SaaSの組み合わせにより遠隔からでも精密で気軽に森を管理できるようになっています。
(5)まとめ:変化し続ける森の姿
人々の生活に欠かせなかった森林の役割は、気候変動に対する地球規模の課題解決や林業政策の刷新により新たな局面を迎えています。どういう森林の形が良いのかは、各時代背景、文化、倫理観、立場によって大きく移り変わります。
現代の世界では、森林化を進めることが気候変動対策の大きな流れですが、日本の山村では熊被害など森林化が進むことでの弊害も出てきています。社会と地球環境の変化に合わせて自然環境は変わり続けていく中で、森林の状態を正確、容易に捉えることのできる技術の重要性は今後も増していきます。
次回は実際にGoogle Earth Engine上で、LiDARデータを活用して森の計測に挑戦します!無料データで実際どれだけの精度で森のことが分かるのか、実際に事業に活用することはできるのか、手を動かして確認してみようと思います。