不法盛土を宇宙から監視! 国交省が公開した盛土規制法のガイドラインに衛星データが盛り込まれたワケ
2021年に熱海で起こった土石流災害を受けて、国交省が新たに盛土に関するガイドラインを制定。その中には衛星データの文字が。編集部がお話を伺ってきました。
近年、日本全体で大雨による洪水や土石流といった自然災害が増えています。3年経った現在もいまだ記憶に新しいのは、2021年7月に起きた「熱海市伊豆山土石流災害」です。記録的な大雨により土石流が発生し、災害関連死を含む28名の命が失われました。
被害を甚大化させたのは上流山間部の不適切な盛土とされています。この事態を受けて、国は盛土等による災害の発生を防ぐための「盛土規制法」を2023年5月に施行しました。
これは、「盛土等を行う土地の用途やその目的にかかわらず、危険な盛土等を全国一律の基準で包括的に規制する」というもの。国と自治体が一丸となって、体制を整えています。
その中で、既存盛土等の分布調査や不法盛土等の監視の一助として「盛土等の安全対策推進ガイドライン」及び「不法・危険盛土等への対処方策ガイドライン」に衛星データの利活用が新たに盛り込まれました。
いったい、衛星データは盛土の調査や監視にどのように寄与しているのでしょうか。盛土の調査や監視をすることの強みや具体事例、その解析手法とは。
国土交通省都市局都市安全課 盛土調整係長の 岩﨑裕志さんにお話を伺いました。
【お話を伺った方】
国土交通省都市局都市安全課 盛土調整係長の 岩﨑裕志さん
都市安全課では、令和5年5月に施行された「盛土規制法」に基づく規制区域が速やかに指定されるとともに、実効性をもった規制が行われるよう、各自治体に対して技術支援や財政支援などに取り組んでいます。
広範囲にある盛土の分布を網羅的に調査・監視するために衛星データが役立つ
宙畑編集部:まずは、「盛土等の安全対策推進ガイドライン」について詳しく教えてください。
岩崎:こちらは2021年7月に起こった「熱海市伊豆山土石流災害」などを踏まえて施行された「盛土規制法」について、各自治体が実効性をもった規制ができるように作成したガイドラインです。基礎調査として実施する盛土等の抽出、安全性把握調査の具体的な方法に加え、安全対策や復旧対策、維持管理等も含めて、その実施の考え方や一連の流れ、具体的な方法を示しています。作成にあたっては、国土交通省と農林水産省、林野庁の3省庁で連携しています。
宙畑編集部:衛星データの導入背景について教えてください。
岩崎:「盛土規制法」が施行される前も「宅地造成等規制法」や「農地法」、「森林法」などで、宅地や農地、森林などを対象とした盛土規制は行っていたのですが、担当法令の目的の限界により必ずしも十分ではなかったというのが実情でした。一部の自治体では土砂条例を作って規制しているところもありましたが、対策が十分でないエリアが存在している状況でした。
そこで元々あった「宅地造成等規制法」を抜本的に改正し、全国一律の基準で包括的に規制することになりました。より隙間なく規制をするために、旧法よりも格段に規制区域は広がりました。
調査方法は他の方法もありますが、規制区域が広がったため、衛星データがコスト的にもデータ内容的にも有効性が高いと考えます。
たとえば航空写真ですと、撮影するために航空機を飛ばす必要がありますし、予算もそれなりにかかってきます。しかし、衛星データの場合、光学衛星からSAR衛星までいろんな種類の衛星画像が常に更新されており、過去の情報まで遡ってチェックすることができます。無償から使えるものもありますし、依頼すれば任意のタイミングでデータを取得することも可能です。そういう点で衛星データが優れているなと考えます。
宙畑編集部:なるほど。継続的に広範囲を観測する必要がある盛土調査には衛星データはうってつけだと感じます。
岩崎:その通りです。既存盛土や不法盛土について、広範囲な管内をすべて人力で調査・監視するには多大なコストがかかりますし、自治体の負担も増えます。そのため、「盛土規制法」における衛星画像の活用が大きく期待されます。
期待される効果としては大きく2つあります。
まず1つ目は自治体の基礎調査の省力化です。法改正で、自治体は基礎調査を行うこととなりました。その中に「既存盛土等の調査」という項目があるんですね。
これは自治体が管内の盛土等の安全性を確認する目的で行うものです。盛土規制法では自治体の区域指定後に規制が始まりますが、この調査では区域指定をする前の盛土も調査対象になっています。ですので、自治体にとっては広い調査範囲の中で、区域指定をする前の盛土等も調査に含まれるので負担となります。
宙畑編集部:「盛土規制法」の定める調査対象となる盛土について教えてください。
岩崎:例えば、面積で言えば、500平米を超えれば盛土規制法の規制対象になりますので、500平米超の盛土等が調査対象になります。ただし、所有面積の広い自治体など、全量の把握が難しい場合には3000平米以上の大きな盛土を優先して進めることが考えられます。
宙畑編集部:やはり人力だと限界がありますね……。
岩崎:そうなんです。調査の進め方として、まずは管内のどこにどのような盛土があるのかといった盛土等の分布調査を行い、全体像を把握したうえで、個別の盛土等の安全性を確認していきます。
実際に既に指定している自治体は、管内のほぼすべての地域を規制区域にしており、自治体の限られた人員や予算で調査を行うと時間もコストも多大にかかります。そのためガイドラインに、全体像の把握がスムーズにできて、コスト的にも比較的安価である衛星画像の活用を盛り込んでいます。
たとえば森林等で盛土された場合には、衛星データ上で植生が観測できなくなるので、周辺と比べると色調が変化して抽出しやすくなります。
宙畑編集部:2つ目の目的についてはいかがでしょう。
岩崎:もうひとつについては、不法盛土・危険盛土の監視と発見にあります。こちらは「不法・危険盛土等への対処方策ガイドライン」にも盛り込まれているものです。
不法盛土に関しては、短期間に大量の土砂が持ち込まれる傾向にあります。そして、人の目がつきにくい山林部にされる傾向があります。ガイドラインではそうした盛土を見つけるために平素からパトロールが大事だと伝えているんですが、やはりパトロールをするといっても人の手が足りないという声があります。
衛星画像に関しては、不法盛土をより迅速に見つけ出すことができます。早期発見により、周辺住民の安全を確保することが何より大事ですので、衛星データに大きな期待を寄せています。
合わせて、悪質な事業者に対しては「宇宙から監視しているぞ」というメッセージを発信することで不法盛土の抑止力につながると考えています。
AI活用で衛星画像から盛土位置を抽出するシステムを開発
宙畑編集部: 実際に衛星データは各自治体にどのように活用されているのでしょうか。
岩崎: 先進的な自治体では検討が進んでいますが、活用状況にばらつきがあるため、国では自治体による衛星データの活用した盛土の観測をより推進するために、昨年度にAIを活用して衛星画像から盛土の位置を抽出するシステムを開発しました。
衛星画像は便利ですが、データの濃淡を目視で判別し、盛土の位置を探すのは慣れない方にとってはなかなか大変なところがあります。そのような課題を解決するシステムを、これから自治体に各自治体に使ってもらうための準備をしています。
宙畑編集部:どんなシステムなのか内容を詳しく伺いたいです。
岩崎:これまで国が蓄積した盛土の位置データをAIに学習させ、新しい画像を読み込んだときに学習した内容に基づいてAIが盛土の可能性箇所を抽出するというものです。
学習に使ったのは無償の衛星画像「Sentinel-2」と有償の「SPOT-6/7」です。Sentinel-2の解像度は10mメッシュで無償にしては細かいと思うんですが、解像度は少し粗いものになっています。やはり自治体によっては衛星画像の購入に予算を割けないという実情もあるため、まずは気軽に使ってもらえるような環境を提供しようと考え、無償の衛星画像を活用するシステムとしました。
自治体のほうで無償の衛星画像を取得いただければ、それをシステムに読み込ませて盛土可能性箇所を抽出するようにも作られています。時期が違う二時期分のデータを読み込ませることで、元々あった盛土なのか、新しくできた盛土なのかを判別することもできます。不法盛土の発見も今までと比べると容易になります。
自治体への提供については、自治体が所有するパソコンにシステムをインストールして使ってもらう形で考えています。ただ、メモリが現状64GB必要なので用意する機器については自治体にとってまだハードルが高いと感じています。今後は気軽に利用できるようにクラウド版開発も検討しているところです。
宙畑編集部:なるほど。自治体も活用ハードルが下がりそうですし、これまでよりも調査精度は高まりそうです。
宙畑がオウンドメディアを務める衛星データプラットフォームでは、衛星データをAPIで取得し、クラウド上でこういった解析を実施することができるので、もしかしたら、組める部分があるかもしれないですね。
岩崎:法改正でこれまで以上に盛土による災害発生の防止に関する取組み求められる自治体の苦労や不安もわかります。自治体からの声もあり、継続的な支援ができないかと考えたシステムなんです。まだ作ったばかりなので、衛星データの解像度と入手性の問題など課題は多いですが、フィードバックを重ねてより使いやすく、高精度なシステムにしていければと思います。
国から各自治体に既存盛土等調査について交付金という形で支援も行っています。盛土調査に関しては概ね5年ごとに継続的に調査する必要があるため、一度やって終わりというものではありません。そうした継続的な調査にも支援をしっかりしています。
夜間観測精度の向上や高度の把握など、技術進歩に期待
宙畑編集部:現状、衛星データの活用について課題と感じられることはありますか。
岩崎:まずは更新頻度の問題でしょうか。
「Sentinel-2」であれば5日に1回の頻度で、日本全域を取り続けているので過去のアーカイブを見返すこともできますが、有償の衛星画像でいうと「SPOT-6/7」は日本を撮影している頻度は低いです。依頼をかければ撮影してくれるのですが、そうなると過去のデータがないという問題もあります。
撮影頻度も3日に1回や1週間に1回などこれまでより短くなればさらに使いやすくなるのではと考えています。
宙畑編集部:不法盛土は早期発見して手を打つことが肝心ですからね。
岩崎:そうなんです。不法盛土はあっという間に大量に運ばれてくるケースが多いです。見つけたときに既に大量に盛土があると事業者に勧告しても改善しにくくなりますし、土砂災害の危険も高まります。衛星データによってアーカイブが撮られていれば、今後の不法盛土の対策にも役立ちます。
それに、不法盛土は夜に運ばれることが多いんです。光学衛星だと夜や雲がかかってしまうと映らなかったりするので、SAR衛星の活用にも期待したいです。現状では光学衛星のほうが使いやすいのでそちらを使用する判断をしています。
あとはもう少し安価になるとありがたいですね。各自治体によっては予算もまちまちですし、価格の面でもみんなが使えるようになるとすごくいいことだと思います。
宙畑編集部:これから衛星データに期待されることはありますか。
岩崎:今回作ったシステムは、面的に盛土がされているかを調査することができます。しかし盛土の高さも規制対象になってきているので、現状のものだとどれだけ高く盛土されているのかを掴みにくいという課題があります。
ですので、「面積は変わっていないがどれくらい高くなった」ということが衛星データで分かれば非常に実態を把握しやすくなります。そうした技術進歩にも期待しています。我々も関係機関と密に連携をとって、より最先端の情報をキャッチアップできるように進めている最中です。
宙畑編集部:文部科学省及びJAXAでは「次期光学ミッション」として、衛星搭載ライダ高度計を用いた三次元地形情報の整備も計画されているので、今回のシステムと結びつくとより精度の高い結果が得られそうだなと思いました。今回、国土交通省が開発した盛土位置抽出システムの今後の活用に期待したいです。