宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

「自分の世代のやるべきことは、情報空間と物理空間を融合させること」東大発ベンチャーOrganic AI創業のきっかけと展望

東京大学の公共政策大学院経済政策コースに在籍しながらOrganic AIを創業した福田創紀さんと、同じく東京大学の工学部計数工学科に在籍する本橋龍河さんに、企業の背景や思い、そして実現したい未来を伺いました。

今回お話をうかがったのは、東京大学の公共政策大学院経済政策コースに在籍しながらOrganic AIを創業した福田創紀さんと、同じく東京大学の工学部計数工学科に在籍する本橋龍河さんです。

お二人とは、Tellusが主催するイベントで出会ったのですが、経済産業省が行う衛星データ無料利用事業第2回公募にも採択されています。

若くして地球観測衛星のデータに興味を持たれたきっかけや、衛星データ利用のなかでも何に取り組まれているのかを非常に気になったので、その場で取材の打診をして、お話をうかがいました。

取材を終えて二人から宙畑編集部が得た気づきは、「自分の世代の役割」を意識して活動することの力強さと、地球観測衛星のデータに若い世代が見出す新鮮な価値でした。

Organic AIに集まる多才なメンバー

宙畑:まずはお二人の専攻について、教えてください。大学では何を学ばれているのでしょうか?

福田:東京大学公共政策大学院経済政策コースで、金融を中心とした公共政策について学んでいます。元から社会に対して興味があったのですが、所属していた金融に関するサークルで、ヘッジファンドや証券会社の方からお話を伺う機会があり、金融領域における民間セクターの話に加え、行政の状況について関心を持ったことがきっかけです。

本橋:私は東京大学の工学部計数工学科というところで、物理世界と情報世界とを繋ぐシステムを作る研究をしています。

例えば、画像は「カメラのレンズで光を通して撮る」という、物理世界のみで完結する単純なものですが、そこからさらにコンピューティングによる計算で画像を綺麗にするために最適なフィルターを計算したり、AIで高解像度に復元するなど、物理世界と情報世界をつなぐための研究をしています。

宙畑:カメラを作るだけでもなく、AIや画像解析だけをするわけでもなく、どちらにも造詣が深くなければならないと……。AIというと、東京大学は生成AIが話題になり、松尾豊教授のお名前を良く拝見しますね。

本橋:そうですね。松尾研究所(東京大学の松尾豊教授、岩崎有祐 准教授が講師を務めるディープラーニングの研究を推進する研究室、以下、「松尾研」)に進みやすい学科である「システム創成学科C」は技術一本というよりはAIをビジネスに繋げる領域にも取り組んでいました。ただ、私は技術や数学や物理等の本質的な深い所に関わって物やシステムを作りたいという気持ちが大きかったので、より専門的な数学や物理の理論を学べる「工学部計数工学科」を専攻しました。

宙畑:つまり、AIを活用したビジネスではなく、生成AIのアルゴリズムそのものを理解し、作れるというざっくりした理解であっていますか?

本橋:そうですね。AIを活用したビジネスを考える人が多く現れているなかで、生成AIそのものやそれを構成する重要なシステムやモジュールにアプローチした方が面白そうで競合も少なそうだと感じました。

宙畑:すでにお二人のお話だけでもユニークなメンバーだと思いますが、Organic AIにはお二人の他にどんな方が関わっているのでしょうか?

福田:例えば電子情報学部に内定が決まった2年生、他には生物科学科の4年生でWebアプリケーションや生成AIに関心があって、実際に手を動かせる人を私自身で声をかけて採用しました。自分自身が好奇心がすごく強くて、短時間で色んなことを勉強したいタイプなんですが、集まったのは自分と似たような好奇心が強くて多方面に興味がある一方で、何か1つ強みがあるような人が集まっていますね。

「情報空間と物理空間を融合させること」が自分の世代のやるべきこと

宙畑:Organic Aiの創業のきっかけを教えていただけますか?

福田:結論からお話しすると、自分がすご腕エンジニアにならないだろうと思ったこと、そして、自分の世代のやるべきことが「情報空間と物理空間を融合させること」だと思ったことが大きなきっかけです。

宙畑:創業は2024年5月と拝見しました。それまでにどのような過程があったのでしょうか。

福田:学部1、2年生の頃から、内閣府の出したSociety5.0(サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって経済発展、社会的解決課題の解決を両立する人間社会中心の社会)やChatGPTが人々を驚かせている状況から、将来的なAIの爆発を感じました。

また、自然言語情報をコンピュータに扱えるようにさせたことや、物理空間をコンピュータが扱えるようになり、柔軟さと高度な認知能力を手にいれたことから、より物理空間とサイバー空間が融合していくという直感がありました。

ただ、大学1、2年生の頃からそういう気持ちが醸成されてきた一方で、大学の講義で深層学習の話を聞いても、自分は文系というのもあって少し遠い存在に感じていました。そこで、自分が人文系でやってることの延長で、自分なりに何か極めたいと思ったんです。

そのようなことを考えていた時に、所属していた金融系のサークルで、金融の専門家が集うイベントに参加して、金融はダイナミックで、かつ、あらゆる出来事が相互に影響を与えていること、そして、毎秒どころかマイクロ秒、ナノ秒で変化していて、常にその新しいことを学ぶ必要がある、ということを知りました。自分の学んだことがそのまま結果となって、しかもお金が儲かるような面白いゲームがあるのかと、強く関心を持ちました。

その後、ヘッジファンドでインターンをしたり、PEファンド(未上場の株式への投資を行うファンド)の2日間のジョブに参加して優勝をしたこと等から、意外と自分はこの分野の筋が良いのだと気づきました。そのようなご縁から起業のお誘いもいただきましたが、長年金融業界で活躍されてきた先輩方と同じ土俵で今後も戦うことを考えたら、これは自分が戦うべき場所じゃないという直感がありました。

そこで、「自分の世代だからこそ競合優位性をはっきりできる仕事」と考え、「情報空間と物理空間を融合させること」にチャレンジすることを決めました。

また、新しい第4次産業革命に関わることで、その先に良い世界があるのではないかという直感があり、モデル学習させ、プロセスも自分で仮説を持ってPDCAを回して、優れたモデルを作っていくことに、自分が好奇心を持って取り組んでいるという実感もあったんで、意外に向いてるかもしれないと思いました。

ただ、長年やってきたエンジニアとか研究者の方を見ると、エンジニアリングとか研究を極めることは自分の仕事でもないってことにも気づきました。その瞬間、ある程度金融市場を見る経験した自分が付加価値を出せることは、エンジニアとして極めることではなくて、金融だけの土俵で戦うわけでもなくて、その中間でAIで起業することなんじゃないかと考え、2024年5月に起業することになりました。

宙畑:自分の世代のやるべきことを今の年齢で言語化できているというのは非常に素晴らしいですね。

福田:今まで自分のあらゆる意思決定はすべて明確に言語化してきました。多くの人の話を聞く中で、東大生の就職人気ランキングに掲載されるような既に人気の業界というよりは、業界的に今後の成長の余地がある領域に行くほうがよいというアドバイスもあり、自分の世代ならではの領域を考えるようになりましたね。

宙畑:本橋さんも福田さんのそのような思いに同調されたのでしょうか?

本橋:私は、東大に入学した当初から、エンジニアとして強みを持ちながら起業したいということを考えていましたが、Webアプリケーションを開発するバイトや社会人の集まりに参加する中で、一人で起業することの難しさも考えていました。

ただ、世界に対してインパクトを与える、世界のあり方を変えるようなところで、自分が勉強して強みを出せる方がビジネスとしても強いし、自分がやって楽しいなっていうのがあり、それなら一旦AIエンジニアになろうと思っていたところ、福田さんと出会いました。広い視野を持って、高い視座で世界を見て、伸びてる分野に挑戦したり大きなビジョンを持っていることと、考え方にも共感したうえで、一緒にやって僕の技術ですごい世界に対して付加価値を持てるようなものを作ろうと思い、2024年6月にOrganicAIにジョインしました。

福田:今はニーズを探っている状況なのですが、やはり技術を凝ることに集中できるような環境を作ることが大事だと考えていて、社会に短期的・中期的にインパクトを与えられるような事業をやっていきたいと思っています。

衛星データ無料利用事業に興味をもったきっかけと取り組み

宙畑:社会に短期的・中期的にインパクトを与えられるような事業のひとつとして、衛星データに興味を持たれているのだと思います。衛星データはどのようなきっかけで取り組むことになったのでしょうか。

福田:子供のころに、地元の郷土の森博物館という大きなプラネタリウムに通って、定期的に天体観測に参加したり、八ヶ岳で星を見る会に参加して電波望遠鏡とかを見て、子供ながらに人類の宇宙の謎に少し迫っているのだと感激しました。

そのような経験から小学校の時から宇宙が好きで映画『アポロ13号』やディスカバリーチャンネルを見ていて、少しでも宇宙に近づきたいという思いを持っていました。

中学、高校でも地学部に入っていたのですが、受験で忙しくなってしまって、天文から少し離れてしまいました。
ただ、OrganicAIの中で、長期的なR&Dをしたいと考えていたなか、sorano me、天地人、慶應義塾大学、JAXAが開発する「衛星利用ビジネス検定」のイベントに参加して、これが仕事にならないだろうかと、宇宙の存在が急に身近になものとなりました。

そのイベントで出会ったパスコの青木さんに衛星データ無料利用事業のことを教えていただき、締め切りまで日数がなかったのですが、駄目でもいいから使われている技術や存在する事業を勉強したい、次に繋がればいいと思って様々な論文を読んだりして、提出したら無事審査に通過することができました。

宙畑:本当に駆け込みだったのですね。「拡散モデルを⽤いたOOD検出の⽇本国内衛星画像を使⽤しての洪⽔検知汎化性能検証及び⼟砂災害等応⽤分野拡⼤の検証」に注目されたのでしょうか?

福田:トップカンファレンスの論文を読んで事業化されているものの内容を調べていくうちに、技術としても事業内容としても、その両面で私たちは新しい価値を生み出せそうだとわかりました。実洪水の検出を光学画像を用いて行う際、これまで衛星画像が使えてなかったような生成モデルを応用することで、以前までのモデルと比べてドイツやアメリカで精度が20%から90%に上がった結果を示す論文がありました。それを日本で応用できる形にしました。

福田:最終的には災害系全部が検出できるようなモデルを作りたいと考えています。

宙畑:実際に地域の方々や課題を持つ方ともお話はされましたか?

福田:申し込んだ後にお話の機会をいただきました。特に中央官庁の方が興味を持っていただきました。基本的に警察や消防等の地方自治体は市民からの連絡を受けて救出の状況把握したり、県が持つヘリコプターを出動させたみたいな動きがメインで、情報を処理して意思決定をするというようなものは中央官庁が担っている部分が強く、興味を持っていただいたのだと思います。

衛星データの解析は動画解析に似ている? ハードとソフトの役割分担も重要

宙畑:衛星データを解析してみて面白いなと思ったことや、まだまだ難しいなと思ったことはありますか?

本橋:衛星データ特有の話ではないかもしれませんが、モデルを作る際の面白さを感じています。特に、学習データがたくさんあることです。AIの学習はデータ勝負で、どれだけデータを効率よく集められるかという点が難しいことが多くあります。

ただ、今回であれば洪水前と洪水後のデータが必要なのですが、良いデータ自体を見つけるのは人手になってしまい、データがたくさんあるという面白さの反面、その中から学習に組み込めるデータを見つけるのは大変ですね。

宙畑:とある日に起こったことを衛星から確認しようとしたら、雲がかかっていてデータが取れないみたいなことが発生しますよね。衛星データを取得する以外でモデルを作る際に大変なことは何かありますか?

福田:やはりニーズにこたえられるタイミングのデータがないという課題は大きいですね。

ただ、これから小型衛星がたくさん打ち上がって、取れるデータ量が増えていったら、その障壁は解決すると思います。また、同時に大量のデータ処理を処理するということも大変なのですが、そのあたりは本橋君が何とかしてくれています。

本橋:解析する内容によっては、衛星データは、普通の画像の情報に加えて位置情報・緯度・経度があって、空間的に次元を一つ増やす必要があります。私自身、動画解析をするのですが、動画も画像に対して、時間の次元が増えるという意味で、衛星データの画像解析と動画の解析は近いと思います。また、普段私達が何気なく見てるものを解析しようとすると細かく分解する必要があるということも衛星データと動画の共通点だと思います。

宙畑:時間分解能だけでなく、地上分解能については課題を感じることはありませんか?

本橋:地上分解能については、ハード側の課題としてとらえるのではなく、ソフト側で解決できることだと考えています。例えば、高解像度じゃなくても精度を高く出せるモデルやアルゴリズムを作ることが必要になると思います。

宙畑:小型衛星をどんどん打ち上げるといういわゆるハードで解決できることと、ソフト側で解決できることは分けて考えるというのは非常に重要な観点ですね。

Organic AIのビジョンと展望

宙畑:今後のOrganic AIの展望について、教えてください。今後、衛星データ解析含めてOrganicAIの中でビジネスとして生かしたいとか、今やられてる洪水の見地から取り組んでいきたいことはありますか?

福田:今回は(衛星データの無料利用実証に)選定されてとてもラッキーだったと考えています。その上で、業界内で当たり前のことが分からなかったり、僕らがぱっと思いついたアイディアが社会で実装されたとしても、実は行政の組織の面で課題があったり、実際は便利じゃなかったりする可能性もあります。

これから課題がたくさん出てくると思うので、まずはゼロから勉強していきたいと考えています。特に甚大な被害が出てるような場所と、解決できたらいいなと思ってる人たちがいるんで、そういった課題について様々な方と会話を重ねる中で、どうすればよいかのアイディアが生まれているので、それらを一つひとつ実現していきたいという想いです。

本橋:例えば、衛星データというものがあると知った状態で、「どう使うんだろう」という視点を持っていれば、「ここに使えそうだ」という、新しい知識の流れ・思考の流れができます。

最近は能登半島のニュースを見て、地震が起きて都市災害や高波が起きたときに、どこに高台や住宅を建てるべきかという話になった際、私たちがが洪水とか都市災害をちゃんと検出して、今回の被害状況から、次回はここまで注意してこの地域に立てれば安全だよ、みたいなことをもし言えたなら、次回の対策・情報提供できるんじゃないか……と役に立てる場面があります。

もちろん実現可能性は追求しないといけないのですが、こういう思考をずっと続けていくと、いろんな良い情報が入ってきていいアイデアが出て、それを解決する技術を組み合わせれば、良いプロダクトが作れるんじゃないかな、という風に思っています。

宙畑:OraganicAIは、宇宙業界をどのように捉え、どのような存在になりたいと考えていますか?

福田:私は、宇宙業界は多くの勝者が生まれる場所だと思います。若い子の好奇心とか爆発力とか、自分のなりたい姿を持ってる人たちにとってはすごくチャンスだと思います。

インターネットやAIと同じレベルで宇宙ビジネスはすごく前向きですし、行政がとても大きな予算をつけて応援し始めている。さらにセグメント分けが多様にできるというところも魅力の1つです。例えば、衛星画像の解析だけでも様々な産業に応用できます。そのため、セグメント分けが可能なので、自分たちの強みをどこかしらで発揮できると思います。それを見つけられればこの追い風を味方に、自分のやりたいことをもっと多くの人が実現できるでしょう。

本橋:私はフロンティアに立ったときの景色を見たいという想いが強いです。そういう意味では、誰かに背中を見せられるような、他のスタートアップが、僕らが挑戦した結果の失敗や成功した背中を見て、チャレンジしてみたいとか、面白そうみたいに思ってもらうきっかけになれるだけでも嬉しいなと思います。

福田:「日本で初めての何かが出来る」ということを体感できるっていう、こんなにも面白い経験ってなかなか生きててないですよね。そういったわくわくを感じてほしい。それが社会に役立っていくってことに誇りを感じると思いますし、私自身も出会えてよかったなと思ってます。