ビジョンから行動へ。EU防衛準備態勢ロードマップ2030が示す「欧州宇宙シールド」と産業躍進の道筋【宇宙ビジネスニュース】
EUが防衛準備態勢ロードマップ2030を発表。ビジョンから実行へ動き出す欧州宇宙シールドの構築計画と産業支援の枠組みをまとめました。
2025年10月16日、EUの行政執行機関である欧州委員会 (EC) とEUの外交・安全保障政策を統括する欧州連合 (EU) 外務・安全保障政策上級代表がEU加盟国に対し「防衛準備態勢ロードマップ2030 (Preserving Peace – Defence Readiness Roadmap 2030)」を共同で提案し、10月23日に欧州理事会に承認されました。
宙畑メモ:”防衛準備態勢 (defence readiness)”とは
軍隊が防衛関連の危機(大規模戦争を含む)を予測・準備し、対応できる状態を指す概念。今回発表のあったロードマップにて、2030年までに欧州が十分に強力な防衛態勢を整え、敵対者を効果的に抑止し、いかなる侵略にも対応できる態勢の構築を目指します。
今回発表された「欧州防衛準備態勢ロードマップ2030」は、2030年までにEUが達成すべき防衛準備態勢に関する、明確な目標、具体的な納期を伴うマイルストーン、進捗状況を追跡する指標を定めています。
発表された背景にはロシアの防衛予算増加への対応があります。ロシアは2025年に防衛予算をGDPの7%を超える見込みです。これは国家予算の40%を安全保障・防衛に充てる規模です。
本ロードマップでは以下4種類のプロジェクトが新規提案されています。
上記4プロジェクトは独立したものではなく、相互に補強し合う統合システムとして機能させる構想がロードマップで示されています。
また、「欧州宇宙シールド」は宇宙開発に大きく関連するもので、「欧州宇宙シールド」が具備する主要機能は以下の通りです。
宙畑メモ:”ガリレオ”とは
EUが運用する全地球航法衛星システム(GNSS)。米国のGPSに相当する測位サービスを提供します。民生用の高精度測位に加え、政府・軍用の暗号化サービス (PRS) も提供しています。
宙畑メモ:”ガリレオ公共規制サービス (PRS: Public Regulated Service)”とは
ガリレオが提供する暗号化された測位サービス。EU加盟国の政府機関、軍、警察、緊急サービスなどの認可ユーザー専用のサービスです。妨害や偽装に対する耐性が高く、安全保障上重要な用途に使用されます。
宙畑メモ:”コペルニクス”とは
EUと欧州宇宙機関(ESA)が運用する地球観測プログラム。複数の人工衛星(Sentinelシリーズなど)により、環境監視、災害管理、気候変動、安全保障などの分野でデータを提供しています。
宙畑メモ:”IRIS2 (Infrastructure for Resilience, Interconnectivity and Security by Satellite)”とは
欧州が2030年代初頭の運用開始を目指す次世代衛星通信システム。政府通信のセキュリティ確保と民間向けブロードバンドサービスの両立を目指しています。
宙畑メモ:”宇宙状況監視 (Space Domain Awareness)”とは
人工衛星やスペースデブリなどの宇宙物体の位置・動きを監視し、衝突リスクや脅威を把握するための活動。宇宙交通管理(STM)の基盤となる技術です。
参考記事
SSA(宇宙状況把握)とは〜日本の防衛省と国際状況、企業の貢献、技術課題、運用システムを総合的に解説〜
宙畑メモ:”ジャミングとスプーフィング”とは
ジャミングは衛星通信や測位信号を妨害電波でかく乱する攻撃。スプーフィングは偽の信号を送信して受信機を騙す攻撃。いずれも宇宙システムへのサイバー脅威として懸念されています。
「欧州宇宙シールド」は様々な機能を有します。既存システム (ガリレオ、コペルニクス、IRIS2) を組み合わせることで新規開発要素の絞り込みと大規模システム実現を両立しています。上記はシステム単独の機能です。実際には他3つのプロジェクトとの連携機能も有すると考えられます。
「欧州宇宙シールド」に関連するマイルストーンは以下の通りです。
宙畑メモ:”欧州防衛基金 (EDF: European Defence Fund)”とは
EU加盟国間の防衛分野における共同研究・開発を支援するための基金。2021年から2027年の期間で約80億ユーロの予算が配分されています。防衛技術の革新と欧州の戦略的自律性強化を目指しています。
宙畑メモ:”欧州防衛産業プログラム (EDIP: European Defence Industry Programme)”とは
EU域内の防衛産業能力を強化し、調達プロセスを効率化するためのプログラム。防衛産業の競争力向上、サプライチェーンの強靭化、加盟国間の協力促進を目的とします。
宙畑メモ:”調達計画 (SAFE: Support to Ammunition and Force Equipment)”とは
弾薬および軍事装備の調達を支援するEUの取り組み。ウクライナ支援や加盟国の備蓄強化を目的とします。EU域内の防衛産業の生産能力向上も目指しています。
この迅速な実施スケジュールから、2030年までの「防衛準備態勢」達成という全体目標と整合しており、宇宙防衛能力の構築が急務である様子が見て取れます。
また、産業、技術イノベーションとの連動という観点で、ロードマップの特徴があります。防衛技術産業基盤(EDTIB)の強化と防衛能力開発を密接にリンクさせています。
宙畑メモ:”防衛技術産業基盤 (EDTIB: European Defence Technological and Industrial Base)”とは
EU加盟国全体の防衛関連の技術開発能力、産業生産能力、サプライチェーンを総合した概念。欧州の戦略的自律性と防衛能力を支える基盤として、その強化が重要政策課題となっています。
主要ポイントは以下の通りです。
なお、今回のロードマップは元々2025年3月に発表されていた「White Paper for European Defence – Readiness 2030」に対する行動計画になります。「欧州防衛準備態勢ロードマップ2030」関連文書の関係性を以下でまとめました。
今回のロードマップは「ビジョン設定→財源確保→行動計画設定」という流れを踏んで発表されています。
近年、国家規模の宇宙開発ではビジョンと行動計画の両方が見える形で発表されるケースが増えています。米国、NATOや日本など他の国や機関でも同様の取り組みが進んでいます。
詳細は以下をご覧ください。
防衛省初の「宇宙領域防衛指針」とは何か-新時代の宇宙防衛戦略の要点整理【宇宙ビジネスニュース】
民間宇宙プレイヤーとの本格連携へ。NATO商業宇宙戦略の全体像と戦略的意義【宇宙ビジネスニュース】
EC委員長のウルスラ・フォン・デア・ライエン氏は次のようにコメントしています。
「最近の脅威は、欧州が危険にさらされていることを示しています。我々はすべての市民と領土の隅々までを守らなければなりません。そして欧州は団結、連帯、決意をもって対応しなければなりません。ロードマップにて提案した4つのプロジェクトにより防衛産業が強化され、生産が加速され、ウクライナへの長年の支援が維持されるでしょう」
今回紹介した「欧州防衛準備態勢ロードマップ2030」では、2030年までにEUが達成すべき防衛準備態勢に向けた具体的かつスピードを求められる行動計画が示されました。今後、欧州における宇宙産業も含めた様々な産業での開発が計画通りに進捗していくのか、注目です。
【参考文書】
White Paper for European Defence – Readiness 2030
ReArm Europe Plan/Readiness 2030

