宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

アポロ航海の道しるべ!「六分儀」の技術発達の歴史と今

アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第10回目では、天体力学、軌道力学、航法の観点から月への行き方について理解を深めます。

アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第10回目では、天体力学、軌道力学、航法の観点から月への行き方について理解を深めます。アポロ計画時代、GPSなどの測位衛星がない宇宙では、どのように航法(ナビゲーション)したのでしょうか?

天体力学と軌道力学からみる月への航行

地球から月までの航行を考える際、まず宇宙で物体にどのような力が働いているか物理法則を知っている必要があります。埼玉県の所沢航空発祥記念館で分かりやすい展示説明を発見しました。

「地球と月は互いに引力で引きあっています。この引力と、遠心力(物体を回転させると生じる外向きの力)を巧みに利用する事によって宇宙船は最小限の燃料で月に行くことができます。大気圏を脱出したロケットが秒速8キロメートルで水平飛行すると、宇宙船に働く遠心力が地球の引力とつりあい、エンジンを止めても慣性の力で地球を回り続けます。この法則は、イギリスの物理学者アイザック・ニュートンが発見しました。」

アポロ11号のフライト軌跡 Credit : NASAの図を宙畑で和訳

「さらに、秒速約10キロメートルまで急速に加速すると、軌道は楕円を描き、その最も遠い点が地球を回る月の距離に到達します。この楕円軌道を利用して宇宙船は月に向かいます。楕円軌道を航行する宇宙船は、地球から離れるにしたがって、速度のエネルギーを地球からの距離のエネルギーに変えるため、速度は小さくなりますが、月に近づくと今度は月の引力に引かれて加速します。月に近づいた宇宙船は、逆噴射で速度を調整し、月の周りを回る軌道に乗り、月面着陸の準備に入ります。」

アポロ宇宙船の最大速度は秒速約11キロメートルでした。そして、地球に対して月は秒速0.6キロメートルで周回しています。(*1)海や空での航法では、波や風の向きや速度を考慮しなければなりませんが、幸いにして宇宙ではそのような要素を考える必要はありません。しかし、早い速度と限られた燃料は、進む方向と速度の調整をとても厳しいものとしました。

航海術で使われた角度測定器の発達と六分儀

アポロ計画での航法を理解するためには、海での航海術の理解が欠かせません。星などの天体以外に何も目印がない大海原において、天体高度の観測から「赤道からの南北の緯度」や「本初子午線(イギリス・ロンドンのグリニッジ天文台を通る基準線)からの東西の経度」を測定することにより船の位置を求める天文航法が発達しました。

15世紀-17世紀中頃、インド航路や新大陸を開拓した大航海時代、ヨーロッパ諸国では失われる船員や船荷が年々増加しました。海で迷うと航海に出ている時間が長くなり、新鮮な野菜や果物から摂取できるビタミンC不足により、壊血病で約200万人が亡くなったと言われています。(*2)海上で自船の位置を把握すること、つまり緯度と経度を知ることは死活問題でした。17世紀、経度を知る方法はまだ解明されていなかったので、航海では速度と時間の測定による航走距離と磁気コンパスによる針路によって船の位置を推測する推測航法(デッドレコ二ング)が主流でした。(*3)

大航海時代に活躍した帆船

南北の緯度測定は、紀元前300年頃の古代ギリシア時代から行われていました。緯度の測定は、北半球では北極星の高度がそのまま緯度を示す「北極星緯度法」、太陽の高度から求める「子午線高度緯度法」が早くから知られていました。

一方、海上における経度測定は物理学者ガリレオ・ガリレイでさえも解けない科学の難問の一つでした。スペイン、オランダ、フランス、イギリスなどが問題の解明に多額の賞金を懸けていたにも関わらず、誤差の小さい経度測定を実現するためにはとてつもない歳月がかかりました。経度測定の詳しい歴史は、アポロ11号のニール・アームストロング船長が原書に序文も寄せている書籍『経度への挑戦 一秒にかけた四百年』(デーヴァ・ソベル著、藤井留美訳、翔永社、1997年)に譲ることにしましょう。

その昔、緯度や経度を測定するために、天体の高度や2物体間の角距離を測定するために、どのような角度測定器が使われていたかを表にまとめました。角度測定器は精度や欠点を克服しながら、六分儀の形態に発展していきました。六分儀の名称は円周の六分の一の形に由来し、鏡の反射により2点間の120度まで角度が測定可能で、片手で保持して船上のような不安定なところでも結果を求めることができるのが特徴です。また、六分儀は1675年頃から月距法(げっきょほう)による船上での経度決定のため開発された背景があります。月距法とは、太陽またはある星から月までの角距離、すなわち「月距」を測定することで経度を算出した方法です。しかし、誤差が大きく、実用的ではありませんでした。

航海で使われた角度測定器(*4, 7)
六分儀(デービス・マーク15) Credit : sorabatake

六分儀は、高緯度の海上で天測する場合、空が晴れていても水平線が霞みでぼやけてしまうこと、空中で天測する場合、水平線が失われてしまう欠点などがあります。そのような問題を解決するために、やがてアルコール水準器を置いて人工水平線をつくる気泡六分儀などが登場した歴史があります。(*3)

六分儀に代替されたクロノメーターによる経度測定の実現

地球は1日24時間で1回転し、1時間あたり360度÷24=15度だけ地球が回転しているため、経度は原理的に、グリニッジ天文台と観測地点の南中時刻(太陽が真南にきて、その日のうち最も高度が高くなる時)を比較することにより求められます。(*8)しかし、そのためには正確な時刻を測る精密な時計が必要でした。やがて登場したのが、イギリスの時計職人ジョン・ハリソンによって発明された、船上の揺れや気温や湿度の変化にも左右されない精密時計「クロノメーター」です。経度測定には六分儀ではなく、クロノメーターが代替されるようになりました。クロノメーターの開発にはおよそ47年の歳月が掛かり、1761年にハリソンの最高傑作とも言われる航海用時計「第4号」の実証が成功したことが有名です。(*9) クロノメーターの誕生によって、ようやく誤差の小さい経度測定法が実現したのです。

クロノメーター(左から第1号、第2号、第3号、第4号) Credit : National Maritime Museum, Greenwich, London

航海術の航空宇宙分野への展開と宇宙六分儀の登場

海で培われた航海術は、空、そしてやがて宇宙へ展開されていきました。第一次世界大戦では、航海航法から航空航法が開発されました。そのため、海と空の航法には共通点が数多くあります。例えば、距離や速度の単位を確認してみましょう。

海・空・宇宙 Credit : sorabatake

海での航法において、緯度を暗算でも簡単に距離に換算することを目的に考案されたのが「マイル(海里:nautical mile)」という単位です。緯度1分の長さが1マイルに相当。緯度1分とは緯度1度の60分の1。緯度25分と計測できれば、そのまま距離25マイルを示します。緯度4度と計測できたら緯度1度は60分なので、4×60で距離240マイルと即座に計算できます。航空でも有視界飛行の条件などの一部例外を除いて、距離の単位に「海里(1マイル=1852メートル、ただし、陸上のマイル(statute mile)は1609メートル)」を使っています。

また、1時間に1マイル進む船の速度の単位は「ノット」です。「結び目(knot)」という言葉が使用されたのは、船の速度を計測する際、一定間隔で結び目を施した綱を使って測っていたことに由来します。航空の世界でも風などの速度は「ノット」が使われています。(*10, 11)

吹流しによる風速の目安 Credit : AIM-J

それでは、航海術の考え方はアポロ計画にどのように応用されたのでしょうか?アポロ計画の宇宙船では、航海で使われたアストロラーベと磁気コンパスの役割を、それぞれ宇宙六分儀と慣性計測装置(IMU:Inertial Measuring Unit)が担うようになりました。(*1)アポロ計画の司令船で使われた2つの光学機器は、走査望遠鏡(倍率1倍)と宇宙六分儀(倍率28倍)でした。(*12)また、IMUは加速度計とジャイロスコープ(高速回転するコマ)で構成され、自律的に宇宙船の位置、速度および姿勢を求めました。

アポロ8号司令船の走査望遠鏡(宇宙六分儀)を覗くジェームズ・ラベル宇宙飛行士 Credit : NASA
アポロ計画で使われた慣性計測装置(IMU) Credit : NASAの図を宙畑で和訳

六分儀を使った航法を宇宙で確認したのは、初めて月の周回軌道を10周して地球に帰還したアポロ8号のミッションで、海軍出身のジェームズ・ラベル宇宙飛行士が担当しました。奇しくも、彼は起死回生のアポロ13号でも六分儀を使った航法を行いました。爆発した酸素タンクの破片が原因で、六分儀から小さい星を特定することはできませんでしたが、太陽、そして地球の北極と南極を結ぶ明暗境界線(太陽光が当たっている昼の側と夜の側を区別する線)に照準を合わせ地球帰還時に航法したことが知られています。(*13)もちろん、アポロ11号で人類初の月面着陸を実現した際も、地球と月の往復で、宇宙船の現在位置確認や制御を目的に六分儀が使われていました。

現代の宇宙開発でも検討される六分儀の使用

GNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)の普及により、2002年には船舶設備規程の改正で、大洋航行中における船舶の位置決定に必要であった六分儀、クロノメーター、天測暦が法定船用品から削除されました。(*14)電波航法、慣性航法、衛星航法などが主流となった昨今、六分儀が海上における航海で使われる機会は滅多にありません。しかし、GPSなどの測位衛星が電波妨害などで使用できなくなった際にも船位を失わないため、米海軍では2011年頃から六分儀の使用に関する訓練を再開しています。(*15)日本では総トン数20トン以上の大型船舶を運航するために必要な4、3、2級海技士の国家試験ではそれぞれ、北極星、太陽の高度と方位、星などの天体を使った天文航法の知識が問われています。

地上追跡による航法や船内の慣性計測装置が使えなくなった緊急事態を想定して、宇宙では六分儀を使った天文航法が研究されています。NASAがスペースシャトルの代替として開発しているオリオン宇宙船での使用を検討するため、国際宇宙ステーションでも六分儀を使った実験が行われています。写真に写っているのは、左はNASAのセリーナ・オナン・チャンセラー宇宙飛行士、右は欧州宇宙機関のアレクサンダー・ゲルスト宇宙飛行士です。

国際宇宙ステーションで使われる六分儀の様子 Credit : NASA(*16, 17)

今回は宇宙に普遍である物理法則にのっとって、どのように地球から月へ航行が行われるのかご紹介しました。次に、アポロ計画の航法を理解するために、海の航海術で使われた角度測定器の発達について振り返りました。そして六分儀は、電気系統や通信が途絶えた緊急時のため現代でもなお注目されています。海も、空も、宇宙にも、科学技術はもとより、共通したロマンを感じます。

(参考文献)
(1)An Introduction to the Mathematics and Methods of Astrodynamics. [Rev. ed.], Richard H Battin, Reston, Va: American Institute of Aeronautics and Astronautics, Inc., 1999
(2)大航海時代の船乗りを震え上がらせた壊血病、National Geographic、2017年1月20日
(3)ナビゲーション「位置情報」が世界を変える、山本昇、集英社新書、2012年
(4)航海術の歴史物語-帆船から人工衛星まで-、飯島幸人著、成山堂書店、2002年
(5)手のひらの太陽「時を知る、位置を知る、姿を残す」道具、INAXライブミュージアム企画委員会、LIXIL出版、2014年
(6)航海術史、飯田嘉朗著、p.31-32, p.152、出光書店、昭和59年
(7)Old-Time Nautical Instruments、John Robinson、November 17, 2013
(8)お兄さんは測量士!!、経度は時計で決まる?、漫画家田中幸代、日本測量協会、月刊「測量」2007年 6月号掲載
(9)マップユートピア 地球を測ったひとびと、公益社団法人日本測量協会、2019年
(10)海図 面白くてためになる海の地理本 世界が見える!ニュースが分かる!、ロム・インターナショナル著、p.54、河出書房新社、2015年
(11)船用品の検査について、(一財)日本舶用品検定協会編集 “船用品要覧”
(12)デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―、デビッド・ミンデル著、岩澤ありあ訳、東京電機大学出版局、2017年
(13)13 Things That Saved Apollo 13, Part 6: Navigating By Earth’s Terminator, Nancy Atkinson, UNIVERSE TODAY, April 16th, 2010
(14)詳説 航海計器-六分儀からECDISまで-、若林伸和著、p.292、成山堂書店、2018年
(15)Break out the sextant: Navy teaching celestial navigation again, Matthew W. Burke, Stars and Stripes, January 29, 2016
(16)Deep Space Navigation: Tool Tested as Emergency Navigation Device, Astronaut Alexander Gerst, NASA, June 20, 2018
(17)Humans in Space Career Profiles, Astronaut Serena M. Auñón-Chancellor, NASA

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