宙畑 Sorabatake

衛星データ入門

スサノオ神社がある場所は水害に遭いにくい? 御祭神に注目して衛星データで都内を見てみた

今回はスサノオを主祭神とする神社の中から東京に多く存在する「氷川神社」系列の神社、神仏習合の性質が強い「八坂神社」にしぼり、衛星データプラットフォーム「Tellus」を活用してわかる範囲で調査してみました。宇宙から神社を見るってなんだかすごい!

私たちの生活にひっそりと佇む神社。その神社には、それぞれ異なる神様が御祭神として祀られています。例えば全国に約4万社余りあるとされる(宇佐神宮HPより)「八幡神社」は、国家安泰・家内安全などさまざまなご神徳を発揮する八幡大神(応神天皇)が祀られ、毎年正月に年男を決める行事でおなじみの兵庫県「西宮神社」では商売の神様である「えびす大神」が祀られています。ひとえに神社といえど、それぞれ異なる御祭神が祀られ、人々に信仰されているのです。

申し遅れました。神社や御朱印が好きでだいたい年間100社以上参拝(コロナ禍の2020年は除く)しているライターの井口エリと申します。神社や日本神話については勉強中です。

「八百万(やおよろず)の神」といわれるように日本にはさまざまな神様がいますが、無病息災の神様である「スサノオノミコト」は日本神話にも出てくる有名な神様で全国に御祭神として祀る神社があります。

スサノオノミコトの象徴的なエピソードとして、2011年に起きた東日本大震災で、スサノオ神を祀った神社は津波被害をまぬがれたのではないか? という逸話があります。

この話は2012年に東京工業大学大学院教授らが発表した、スサノオ信仰と神社の被災を論じた論文が基になっているようです。論文では、「特にスサノオは治水と疫病にかかわる神であり、伝統的地域社会において人びとが洪水や津波等の自然災害を回避しうる場所を制定し、スサノオを祀る神社を配していたと考えることができる(論文7ページ目より一部引用)」とありました。

人々が多く集まる東京にも、スサノオ神を御祭神とする神社が多数あります。ということは、東京のスサノオノミコトを祀る神社がある場所も、水害となんらかの因果関係があるのでしょうか? とても気になります!

今回はスサノオを主祭神とする神社の中から東京に多く存在する「氷川神社」系列の神社、神仏習合の性質が強い「八坂神社」にしぼり、衛星データプラットフォーム「Tellus」を活用してわかる範囲で調査してみました。宇宙から神社を見るってなんだかすごい!

スサノオノミコトとはどんな神様?

<島根県・玉造温泉にあるスサノオノミコトの像 『八俣大蛇退治神話(クシナダヒメ)』>

まずは御祭神のスサノオノミコトの説明から。スサノオノミコトは日本の総氏神の天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟にあたる神様です。スサノオノミコトは猛々しい荒ぶる神様としてのエピソードが多い神様で、天照大神が天の岩戸に隠れてしまう大事件を起こした張本人です。

乱暴な性格として描かれることも多い神様ですが、ヤマタノオロチ伝説では一躍ヒーローに! 高天原を追放され、降り立った出雲で頭と尾が8つある大蛇・ヤマタノオロチに苦しめられている老夫婦と出会ったスサノオノミコトは、ヤマタノオロチを倒しました。そして生贄にされそうになっていた娘の櫛名田比売命(クシナダヒメノミコト)を助け、妻に迎えます。そしてこのヤマタノオロチの大蛇退治の話は、出雲の斐伊川の治水事業を象徴した話であるという解釈もあり、スサノオノミコトは「治水の神様」としても知られています。

そうした背景を聞くと、水害とスサノオ神社には何かしらの関係性があると感じずにはいられません。

先述の論文では、東日本大震災発生時に津波が襲来した宮崎県沿岸部のスサノオ系神社を調べていました。

筆者が調べてみたところ、東京に多く存在するスサノオ系神社である八坂神社は89件、氷川神社は55件見つかりました(調べるにあたりこちらのサイトを参考にさせていただきました)。氷川神社、たくさんありますね。

日本中に同じ名前の神社がたくさんあるのはなぜ?

本題に入る前に、こうした「氷川神社」や「八坂神社」をはじめ、街中に同じ名前の神社がたくさんあることを不思議に思ったことはないでしょうか。

例えば、「氷川神社」は足立区の北千住あたりに特に密集していることがわかりました。JR北千住駅西口側にある千住氷川神社、千住本氷川神社、仲町氷川神社、大川町氷川神社……「氷川」神社ではありませんが、千住神社も、かつてあった氷川神社と稲荷神社を合祀した神社です。なぜ日本には、同じ名前の神社がたくさんあるのでしょう。

まず語らなければならないのが、神道の「分霊」という概念。神霊は無限に分けることができ、分霊して増やしてもその力は変わらないと考えられています。そうして、総本社と同じ名前を冠した神社が日本中にたくさん広がっていったのです。

<武蔵一宮氷川神社。関東に多くある「氷川神社」の総本社です>

例えば、今回調べる「氷川神社」の総本社は埼玉県・大宮にある武蔵一宮 氷川神社で、八坂神社の総本社は京都にある八坂神社です。全国にある氷川神社や八坂神社は、ほとんどが総本社から勧請(かんじょう)したものです。勧請とは、分霊を他の神社に遷すことを意味します。

ある時代で流行したり、人気があって信仰を集める神様はそれだけ全国に広がります。
これが、日本中に同じ名前の神社が複数ある理由です。

東北の神社をデータで見てみる

それでは調査に入ります。まずは、震災が起こった東北の神社に目を向けてみましょう。論文内で挙げられている、スサノオを祀った八坂神社、八雲神社、須賀神社など17社をピックアップ。国土地理院地図でデータを参照してみます。

Credit : 国土地理院

こちらの図は、標高データと災害復興計画基図をかけ合わせた国土地理院の地図です。マップのカラーは色別標高図になっており、「赤=標高が低い 水色=標高が高い」という意味になります。色が塗られていない場所は20mよりも標高が高い場所を示しています。

マップの青緑掛けは「災害復興計画基図」の範囲になります。あくまで復興計画基図なので、「すべての範囲が震災・津波被害を受けたわけではないが、広範囲で被災した地域」と考えられます。

地理院地図右上のメニューから「作図」を選択します。インポートボタンから、あらかじめ作っておいたGeoJSONファイルを読み込みます。

Credit : 国土地理院

これで、スサノオが祀られている東北の神社が地図上にマッピングされました。

神社はほぼ被災したと考えられる範囲に入っていますが、論文によるとこの中で明確に津波被害を受けたといえるのは宮城県・高瀬笠野の八重垣神社だけなんだそうです。とはいえこの八重垣神社も、海沿いの平地に位置しながら所在地に「高瀬」という字名であることから微高地であることを読み解くことができ、比較的水害を回避しうる場所が制定されていたと推測できます。たしかに、この時点ではスサノオノミコトを祀った神社は比較的水害に遭いにくいと言えます。

データから見えてきたこと

東北の神社を調べたあとは、衛星データプラットフォームTellusのデータを用いて都内のスサノオノミコトを祀った神社を見てみましょう。今回調査するのは氷川神社と八坂神社です。

まずは事前に作成した都内の海抜マップをインプットし、海抜が10メートル以下、15メートル以下をマッピングしたデータに抜き出しておいた氷川神社と八坂神社の地理情報(GeoJSON)データを入力していきます。

<東京都内の氷川神社(白)と八坂神社(赤)をマッピングしたものに標高15m以下のデータを重ねたもの> Credit : ASTER GDEM提供:METI and NASA

表示されたデータがこちらです。

結果を見ると、氷川神社も八坂神社も、海抜が低く水害リスクが高いエリアにも存在するし、東京に関しては、神社と水害とはあまり関係がなさそう……というか、先述の千住周辺の氷川神社も、足立区洪水ハザードマップで見ると荒川氾濫時の浸水区域にすっぽり入っています。ということは、スサノオノミコトを祀った神社が水害に必ずしも遭わないと言い切ることは難しいでしょう。

神社自体は古くとも、歴史的に場所を遷すことはよくあります。そうして場所を遷してしまったり、御祭神の性質上「水害があったからこそ、この地に祀り、水難除けとした」というケースもあるかもしれません。目黒区にある上目黒氷川神社は、度重なる目黒川の氾濫により疫病が流行し、疫病を鎮めるために勧請されたと伝わっています。

しかし、江戸の水運として物流を支えていた荒川は、歴史的にも度々浸水被害を起こしてきました。

特に甚大な被害をもたらしたのは荒川の明治43年の洪水。その洪水を契機として荒川放水路計画が策定されました。

千住本氷川神社Webサイトで神社の由来を見てみると、

「江戸初期に現在地に千葉氏の一族であった。権の兵衛(小林氏)等、地主が土地奉納によって分社を建立した。明治43年隅田川の洪水を防ぐ為、千住町北側に荒川放水路構築、この用地に鎮座の氷川柱を分社に合祀す、別当寺の西光院は放水路南、隅田川添いに移築、共に現在に至る。」(千住本氷川神社 神社の由来より引用)

とあり、荒川近くにある千住本氷川神社も水害の影響により場所を遷したことがわかります。

仲町氷川神社の境内社である関屋天神も、水害被害を避けて1787(天明7)年に仲町氷川神社の境内に遷されたとあり、この地区が水害被害に遭ってきたことが伺えます。

「スサノオノミコトを祀る神社は水害に遭わないのでは」と最初に立てた仮説はあっさり否定されました。

論文を元にした東北のマップデータと、都内のマップデータを鑑みると「同じスサノオを祭神とする神社でも、神社ごとに選ばれる鎮座地は違うな?」という新たな仮説が生まれました。

そのなかでも東北にはそもそも無く、逆に東京近辺には多く存在する「氷川神社ってなんなんだ?」という考えに至ったので調べてみました。

氷川神社はなぜ足立区に多いの?

まずは東京近辺の「氷川神社」の多さ。特に今回の調査では足立区だけで15件もの氷川神社が荒川周辺にありました。足立区、氷川神社激戦区だったんですね。

<足立区にある、千住氷川神社>

そもそも氷川神社は全国で約280数社ありますが、実はそのほとんどは東京や埼玉、神奈川に集中しているのだそうです。言い方はあれですが、身近なチェーン店が実はローカルチェーンだったことを知った時のような驚きがありました。

総本社である武蔵一宮氷川神社社記によると、創建は紀元前5世紀、孝昭天皇の時代に出雲大社の神を勧請したのがはじまりとされ、スサノオが出雲から勧請されたのは1世紀頃のこと。スサノオ信仰の関東への拡大の拠点となった神社が氷川神社です。

<荒川沿いに氷川神社がたくさんあります>

特に着目したいのは、先述の通り、洪水による氾濫を繰り返してきた荒川流域に氷川神社が多く点在しているところです。これはなぜなのでしょうか?

その名の通りに「荒ぶる川」として反乱を繰り返してきた荒川周辺に氷川神社が多い理由は、スサノオが治水に関わる神様ですし、水害があったからこそ水難除けとしてスサノオノミコトを祀った……と考えることもできますが、氷川神社の社名由来のひとつにもある、荒川を島根にある斐伊川に見立てたという説が理由として強そうな気がします。

氷川は文字通りに解釈すると「氷のように冷たい川」であり、湧き水を連想することができます。
総本社のあるあたりは関東ローム層より形成される大宮台地に含まれ、関東ローム層は多くの水を含み豊かな湧き水が出ます。この湧水を用水として水田が開発されていきました。氷川神社は水田開発とも結びつきのある神社で、湧き水の場所が崇拝され、神社が祀られていったとも考えられます。

以上のことから、川や湧き水など豊富な水がある場所がはじめにあり、そういうところを選んで建てていった神社が結果的に氷川神社だったのではないかと個人的には考えます(あくまでも推測です)。

では、一方の八坂神社を見てみましょう。八坂神社の総本社は「祇園祭」で知られる京都の八坂神社です。そして八坂神社は、神道と仏教の融合・神仏習合の典型例といえる神社です。

八坂神社は656年、新羅の牛頭山に鎮座していたスサノオノミコトの霊を迎えて創祀されたとされています(諸説あります)。この神様は神仏習合の中で祇園精舎の守護神であり、疫病を鎮める仏教の神・牛頭天王と同一視され、明治の神仏分離令まで牛頭天王を称していました。こうした起こりから、八坂神社は厄難退散の性質が色濃く出ている神社です。

同じ神様でも、どこから勧請してくるかで神様の性格も変わってくるんですね。何気なく参拝しているだけでは、ずっと気づけなかったかもしれません。日本の信仰って面白い!

おわりに

衛星データからはさまざまな発見がありました。「スサノオノミコトを祀る神社は水害に遭いにくい」という逸話を耳にした時はロマンがあっていいなと思いましたが、スサノオノミコトを祀っているからといって、神社が必ずしも水害に遭わないというわけではないことがわかりました。言い伝えを過信せず、常日頃から各自治体のハザードマップなどを活用して、安全な場所を確認しておくことが何よりも大事です。

それでも、広範囲で被災した地域にあっても、不思議と難を逃れられたスサノオ神社が多数あったというのもまた事実。昔の人が神社を創る際に鎮座地についてはすごく考えたんだろうな、ということと、もしかしたら人間の理解を超えた何か超自然的な意図もあるのかもしれないな、と思いました。

普段何気なく参拝していた神社でしたが、今回新しく知ることも多く、とても勉強になりました。

氷川神社は関東周辺に多く、東京では北千住のあたりに密集していること。日本の神様にはいろいろな側面があり、御祭神が一緒でも、信仰や伝わり方の違いで性質の違う神社となること。

神社は実際に訪れることでとその土地をもっと深く知ることができたり、神社に伝わるご由緒からは意外な発見があったりします。

ただ、 全国の熊野神社の総本宮である熊野本宮大社は、かつて熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲に旧社地がありました。ところが明治22年(1889年)の8月に起きた十津川大水害(別名:熊野川大洪水)が社殿を呑み込み、社殿の多くは流出してしまいました。現在熊野本宮大社がある場所は、水害を免れた4社を遷座したものです。

この経緯を考えると現在全国に3000社あるとされる熊野神社も、水害を避けて鎮座地を選ばれているわけでは無さそうな気がします。

しかし、これも詳しく調べたり実際に訪れてみないとわからないことですし、フィールドワークができる穏やかな日々が訪れたときの楽しみにしたいと思います。

みなさんもデータを調べ、コロナ禍が落ち着いたら実際に神社を訪れてみてはいかがでしょうか。身近な土地の別な側面をデータと歴史から発見できるかもしれません。

【参考資料】
東日本大震災の津波被害における神社の祭神とその空間的配置に関する研究
足立区洪水ハザードマップ
災害復興計画基図(国土交通省 国土地理院のページ)
防水・災害情報 洪水浸水想定区域(荒川下流河川事務所のページ)
八百万の神-日本の神社・寺院検索サイト
熊野本宮大社旧社地「大斎原」 – 熊野本宮観光協会
(※サイトはともに2021年1月6日時点の情報)
松浦茂樹著『荒川流域の開発と神社in埼玉』
かみゆ歴史編集部編著『日本の信仰がわかる神社と神々』
歴史民俗探究会編『ビジュアル図解! 日本の神様と神社がわかる本』