鬼が住んでいそうな場所を衛星から探してみたら、47カ所見つかった
専門家に妖怪が住んでそうな場所の特徴を聞いて衛星データから探してみよう!という無茶な企画の後編。衛星データから導き出した結果について、再度専門家に評価していただきました。
日本に莫大な経済効果をもたらしている妖怪さまのために、今の日本でも暮らせる土地を衛星データから探してみよう、と始まった企画の後編(前編の記事はこちら)。
前回は「地域社会と妖怪文化との関係」について研究している群馬大学准教授・市川寛也さんに、妖怪の筆頭といえる「鬼」と「かっぱ」の生活条件を伺いました。
その「鬼の住まいの条件」を参考に、衛星データプラットフォーム「Tellus」(テルース)から今の日本でも鬼が暮らせる場所を解析してみたところ――なんとそれらしき場所が47カ所も見つかりました。
1都道府県につきだいたい1カ所と、なんとも生々しい数ではありませんか!
解析過程はどれほど信憑性があるのか。そしてTellusがあぶり出した地域にはどれほど鬼が住めそうなのか。またまた市川先生をお招きして、現代日本でも「鬼が住んでいそうな/住めそうな場所」を検証してみました。
鬼をどんな風に探したか「鉄」「岩」「夜間光」「標高」
前回、市川先生に教えてもらった「鬼の住まいの条件」はざっくりまとめると以下のようなものでした。
①洞窟、岩間、山あたり(身を隠すのに適した場所)
②鉄など鉱物が採れる場所(製鉄文化と関わりの深い場所)
③人里から5~10キロ圏はいい塩梅(異界と人里との境界が発生する距離)
しかし、Tellusの解析に人里から●km圏内”といった複雑な条件を正確に落とし込むのは大変。計算にも時間がかかりすぎてしまいます。
そのため比較的短い期間で解析できるよう、解析の条件を下記に設定しました。
1.地名に「岩」を含んだ場所から半径10km以内
2.日本の「鉄鉱山(廃鉱も含む)」から半径10km以内
3.「夜間光」が0.5~2.0nW/cm2/srの明るさ
4.標高150~800mの範囲
それぞれの内訳を説明します。
1.地名に「岩」を含んだ場所から半径10km以内
「洞窟」や「岩間」は衛星から直接的に探すのは困難。そこで地名に「岩」のついた一帯には岩場が存在することが多いほか、「“岩手”の由来は鬼が石に残した手形から」など鬼の伝承との結びつきもあることから、日本全国にある「岩」のつく地名を抽出。郵便番号を解析環境にインプットし、そこから半径10kmの範囲を割り出します。
2.日本の「鉄鉱山(廃鉱も含む)」から半径10km以内
鬼は製鉄文化と強い結びつきがあることから、「日本の鉱山一覧」(Wikipedia)から鉄の採れた場所を、閉山したものも含めて抽出。その鉄鉱山の緯度経度情報をTellusの解析環境にインプットし、そこから半径10kmの範囲を割り出します。
3.「夜間光」が0.5~2.0nW/cm2/srの明るさ
Tellusでは「夜間光」、つまり夜の地上の明るさを衛星データとして調べることができます。ある発展途上国にどれだけ電気が広がっているか現地に行かずとも評価できるなど、経済活動の状況を調べるのに使われています。
今回の企画では、現代で妖怪伝承地として注目を集めている徳島県三好市の大歩危(おおぼけ)小歩危(こぼけ)エリアを「妖怪が近くに発生しやすい人里」と定義し、夜間光が大歩危小歩危と同じくらい(0.5~2.0nW/cm2/sr)の場所を絞り出すことにしました。
4.標高150~800mの範囲
さらに鬼の住めそうなエリアを絞るために、有名な鬼の伝承地と近い標高に限定することに。前回の取材でも出てきた、桃太郎の「鬼ヶ島」の伝承地とされている女木島(香川県高松市)が150m前後、酒天童子伝説で知られる大江山(京都府福知山市)が800m前後だったため、この範囲で設定しました。
いろいろ細かく説明しましたが、ざっくり言うと「①鉄の採れる/採れた場所が近くて、②『岩場』のある可能性が高く、③『現代の妖怪スポット』と同じくらい人里があり、④鬼の伝承地と標高も近いエリア」になります。
あとはこの4条件が当てはまる地域を日本全国から自動的に探してみるだけ!
今回は解析時間を短縮するために、日本全国へランダムに5731点のピンを刺していき、4条件とも当てはまる場所を抽出することに。日本の国土は37万8000平方kmなので、約66平方km(※)ずつピンを刺していった計算になります。
(※)埼玉県春日部市や、東京都23区で最も大きな大田区、東京ドーム1403個分と同じ広さ
解析条件はいい線を行っているか 妖怪探しのプロの意見
――さて市川先生、前回に引き続き、無茶振りな企画に付き合わせてしまいすみません。
市川:いえいえ楽しみにしていましたよ!
市川 寛也(いちかわ ひろや):1987年生まれ、茨城県出身。群馬大学共同教育学部美術教育講座准教授。地域社会と妖怪文化との関係について研究。夏に向けて宮城県や岩手県など東北各地で「妖怪採集」を準備中。2021年は金ケ崎芸術大学校で「化けっ科」を開設した。 |
――結果に入る前に、今しがた紹介した「鬼探しの条件」はいかがでしたか。
市川:③の夜間光については、「現代でも妖怪が住んでいそうな明るさ」として大歩危小歩危を基準にするのは有効だと思いました。あの一帯で人家の明かりがない場所に行くと、身動きがとれないほど真っ暗闇になります。
――異界との境界に近い明るさ、と。
市川:④の標高を150m~800mに絞るのも、結果としていい塩梅だと思います。そもそも山は身を隠しやすいので、岩間や洞窟のように鬼が発生しやすい場所です。
明確に800mという基準があるわけではありませんが、大きすぎる山では裾野が広すぎて山の麓(ふもと)に集落がいくつも点在してしまうので、鬼が現れる条件が整いづらい。また標高1000~2000mクラスの大自然になると、人里との距離が離れすぎて妖怪が発生しにくくなると考えられるので、標高で絞るのはある程度妥当性があります。
――妖怪は人間の共同体が生み出すものなので、人の立ち寄れない奥まった場所には妖怪の話がそもそもあまりない、と以前お話をいただいていましたね。
市川:下限の150mについても、人里から「あそこに鬼が住んでいる」と指をさすのにちょうどいい高さですね。共同体から認知できる特徴があったほうが妖怪は発生しやすいので、適切と言えます。
鬼は「旧街道」がお好き? 浮かび上がった47カ所
――そんな4条件からTellusが導いたのが、こちらの47カ所です。
市川:夜間の明るさが大歩危小歩危レベルの地域ってほとんどないかと思ったら、けっこうあるのに驚きました。そこは妖怪研究者としてまず発見でしたね。
その上で、全国にまんべんなくあるのが意外な印象です。鬼の伝承は関西に多い傾向が見られますが、東日本にも点在しているのは興味深いですね。
――いま鬼にとってアツいのは西より東……!?
市川:まず関西を見ていきますが、和歌山県の市街地側にポイントが多いのはすごく面白いです。瀬戸内海と紀伊山地に挟まれているのですが、海も人が立ち入れない、ある種の異界。地図で見ただけですが、鬼がいそうな気配、めちゃくちゃあります。
――調べてみたところ、紀伊半島の「紀州の妖(あやか)し」は南紀白浜など南側にいがちなんですが、Tellusが見つけた和歌山市街地エリアはこれといった妖怪の伝承地がないみたいなんですよね。
市川:そう、このあたりは未開拓で、個人的にすごく調べてみたい地域でもあります。何も無いかというと熊野古道(※)の紀伊路が走っているエリアで、昔から人々が行き交う場所というのは物語が生まれやすい。そこに大歩危と同じくらい暗闇があると考えると、鬼も発生しやすいかもしれません。
(※)熊野古道……古来、和歌山県にある熊野三山(熊野速玉大社、熊野那智大社、熊野本宮大社)を目指して巡礼者が歩いた道のこと。
市川:あとは長野や岐阜の中部地方にも注目です。飛騨や高山あたりはもともと妖怪伝承も豊富で、いくつもの街道が行き交い、昔から人々の情報が集まってくる場所だったんです。そこにポイントが点在しているのは、興味深いですよね。
市川:全体としては、結果的に「旧街道」に近いエリアが選ばれている印象を受けました。大歩危小歩危くらいの明るさの場所は、地理的にあまり開発に適していない地域と見ることもできるのかもしれません。昔から人が行き交う道があるため集落はあるけど、近代以降の大規模な開発には向いていなかったため、そのまま手つかずになっている。旧街道沿いにはそうして昔の暮らしが息づく場所が多く、妖怪の伝承が残っていたりしますね。
逆説的に見ていくと、大歩危小歩危くらいの明るさを探すことで「大きく開発されてはいないけれど、昔から人が住んでいるエリア」があぶり出される結果になっているなと。妖怪を探しているのに、地域共通の特徴が見つかるのが興味深いと思いました。
さらに暗いエリアは7カ所
――今回は47カ所のなかでも、大歩危小歩危よりもさらに暗い(※0.58W/cm2/sr以下)エリアのみ抽出してみたところ、以下の7カ所が見つかりました。
・兵庫県三木市口吉川町蓮花寺
・和歌山県海南市野尻
・岐阜県飛騨市神岡町大笠
・神奈川県秦野市堀山下
・福島県西白河郡泉崎村大字関和久
・福島県いわき市四倉町
・山形県上山市藤吾
――より暗いと鬼の住み心地もいいのでは、とにらんだのですが、いかがでしょうか。
市川:福島県の新白河あたりにポイントがあるのは興味深いです。
市川:北にある矢吹には「鬼穴古墳(おにあなこふん)」という横穴式の古墳がありまして。どの時点でこの名前が付けられたのかはわかりませんが、人里からの距離感も含めて、「鬼」という名前があるのは想像が膨らみます。
あとはこのポイントの一帯も、旧街道沿いで交通の要所だったみたいなんです。川は事故の危険性から妖怪の伝承が残りやすい、という意味で阿武隈川もありますし、妖怪が発生する条件はたくさんあって興味深いですね……。
――新たな鬼の名所、妖怪スポットになる潜在能力が高いと。
市川:新幹線で新白河駅を通過するたび、ここは何があるんだろうと気になってはいたんです。こうやって衛星データの条件で見たことによって、全然気づかなかった観点が見えてくるのは驚きでした(笑)。
あと、市川:和歌山の市街地近くに暗いポイントがあるのはやっぱり面白いですよね。
市川:先ほど言ったように熊野古道が近いエリア。直接通ってはいませんが、紀伊路の「奈久智王子」から直線4.5キロ弱の距離にあります。今は文字として特に残っていないけれど、鬼みたいな伝承がかつてあってもおかしくないような気がします。
市川:さらに海という異界も近くて、背後に山もある。ここから内陸へ進んでしまうと紀州山地の奥に行き過ぎてしまうけれど、その入口あたりに位置づけられている。裏手の山を住処にしている鬼がここに現れる……みたいな匂いがとても強いエリアです。空から見たときの出てきそう感がすごい。
――そんな地図の読み取り方があるとは……。
市川:この地域に住む人は喜ばないかもしれませんが「鬼がいてもおかしくない」エリアですね。私は普段、地域の住民と妖怪がいそうな場所を探す「妖怪採集」というワークショップをやっているのですが、ここもいろいろ見えてくるんじゃないでしょうか。
――あ、でもこの海南市は2018、2019年に妖怪で地域活性化を狙った「妖怪まつり」なるイベントを開催したみたいですよ。
市川:なんと! 知りませんでした! 図らずも妖怪のいそうな地域であったみたいですね。今度行ってみようかな……。
衛星データは新しい妖怪を生み出すかもしれない
――前編、後編と「宇宙から鬼の住めそうな場所を探す」企画でしたが、振り返ってみていかがでしたでしょうか。
市川:妖怪研究というと、本を調べたり地元の人に話を聞いたり、地に足をつけて探すフィールドワークが一般的でした。今回は今までにない観点、データを使って妖怪を調べていくことで意外な発見もあって面白かったですね。伝承と乖離しているわけでもなく。夜間の光量で人々の暮らしがなんとなく想像できたり、現地まで行かずとも山の標高から妖怪の気配を探ったり、そういう切り口もあるんだなと。
市川:そもそも妖怪研究にはデータベース的な側面もあるんです。例えば前回の取材で、川の中でも水難事故が起こりやすい“淵”はかっぱの伝承が多いと話しました。そんな風にそれぞれの地域の特徴が、人々の暮らしの中で「この世ならざるもの」として表現され、場所ごとに結び付けられているのが妖怪だったりします。
今の時代に「衛星データ」のような新たな見方ができるようになったことで、新たな妖怪が生まれてくる可能性は大いにあるなと。衛星で見つけた地域の特徴から「こういう妖怪がいるかもしれない」と考え、実地で「妖怪採集」をしてみると、新しい伝承が生まれ、また「この世ならざるもの」を見つけるヒントになるかもしれません。
――Tellusの担当者が偶然、ある土地を解析中に不思議な特徴を見つけて、そこから新しい妖怪の手がかりになったり。
市川:まさにそうですね、面白いことになる。
――市川先生としては、衛星から探してみたい妖怪はいますか?
市川:ダイダラボッチのような「巨人伝説」ですね。日本各地に残る伝承なのですが、空から見るからこそ新たな発見があるんじゃないか、と思いました。
――巨人が、空からだと探しやすい?
市川:巨人伝説があるところは、古代人が貝を食べて殻を捨てていた「貝塚」とリンクしていたりするんです。貝塚って海から離れた場所に貝殻が集まっていますよね。昔の人々は「なぜここに貝が?」という疑問から、「巨人が海で採った貝を食べて、殻を捨てていたから」と巨人伝説を生み出したりしています。
そういう観点から、海と貝塚の距離感、巨人伝説の場所を衛星から照らし合わせていくのはすごく調べてみたいですね。Tellusにある様々なデータを用いて大きな発見があるかもしれません。
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現代に、妖怪の住めそうな土地があった方が絶対に世界は面白いだろう、という発想から始まった本企画。
今回Tellusが見つけた場所に本当に鬼が住めるかどうかはともかく、「現代の妖怪スポットと同程度の夜間光=旧街道沿いが多い」という共通項が浮かび上がるなど、解析結果をフックに各地で地理的な特徴が見つかっていったのは刺激的でした。
また企画提案時は、衛星データで妖怪を探すというハイスペックの無駄遣いぶりに開発者さんが鬼と化するのではないかとヒヤヒヤしましたが……すんなりOKいただけてほっとしました。私も気づけばさまざまな衛星データをかけ合わせて鬼探しを楽しんでおり、「宇宙データの民主化」を実感することに。
こんなに宇宙からの情報が当たり前に使えるようになっているなんて。市川先生の言う通り、人々が衛星データからさまざまな妖怪を発見してしまう、場合によっては生み出してしまう未来もそう遠くはないでしょう。
みなさんも自分の住む町をいろんな衛星データから見つめたり、推しの妖怪が出る条件を設定して全国を解析してみたりと“宇宙からの妖怪探し”を楽しんでみてください。
和歌山県海南市さん、鬼の誘致計画お待ちしております。
取材・文:黒木貴啓(ノオト)
編集:ノオト、宙畑編集部
データ解析:今村尚人