「赤字になるから伐採できない…」期待と課題が混在する山林管理の今とこれから
山林保有者の負担や風倒木による被害を軽減できないかと、合同会社てんもくは、衛星データを活用したソリューション開発に乗り出しました。CEOの井村多加志さんに、森林問題の現状や同社の取り組みを聞きました。
台風の発生が増える時期、木がドミノのように吹き倒される「風倒木」がもたらす被害が懸念されます。
2019年9月に、台風15号が千葉県を襲ったときには、強風に耐えられなかった木々が電線と電柱に倒れ、県内の約14万世帯が停電しました。
一度倒れてしまった木の処理は素人では難しく、対応できる人材が限られています。そもそも、倒れた場所が分からないということもしばしば。
山林管理は、多くの人手と時間を要す上、何か問題があったときの復旧作業も大変と負担が大きい仕事です。
そんな山林保有者の負担や風倒木による被害を軽減できないかと、合同会社てんもくは、衛星データを活用したソリューション開発に乗り出しました。自動車部品メーカーに勤める傍ら、てんもくを立ち上げたCEOの井村多加志さんに、森林問題の現状や同社の取り組みを聞きました。
儲からないから伐採が進まない。何が問題?
■てんもく社、創業の経緯
─林業に参入するスタートアップ企業の数は少なく、珍しいという印象を持っています。井村さんはどういった経緯で、てんもくを創業されたのでしょうか。
実は、北海道のある実家が林業をやっていたのです。昭和初期に創業した当時は、航空機のプロペラや満洲鉄道の枕木をはじめ多くの需要があり、羽振りが良かったと聞いています。
創業しようと思ったきっかけは、2017年に発生した台風で、実家が被災したときです。私たちが製造した部品で出来た、自動車が排出する二酸化炭素が温暖化を深刻化させ、台風や異常気象が山に被害を及ぼしている……自ら首を絞めている状況をどうにか変えられないかと思いました。
そこで、風倒木を検知するアイデアで、2019年開催の社内の新規事業コンテストに応募し、ファイナリストに。その後、有志で1年間活動した後に、てんもくを創業しました。
─風倒木の問題が顕在化した背景を教えてください。
国内で今見かける木の大半は、戦後に植えられたものです。一般的に、木は、植えてから、木材として使えるようになるまでに50年かかると言われています。なので、戦後に植えられた木は伐採して、植え直さないといけないタイミングに来ているのですが、それができていません。
■木を伐採するほど赤字になる!?
─なぜですか。
一言でいうと、木を伐採すると、赤字になってしまうからです。
丸太を製造するには、木の伐採コストや加工コスト、運搬コストがかかるため、それが差し引かれた最終的な利益は非常に安くなります。木材は体積が大きいので、運送は一苦労です。
特に、日本の山林は急斜面なので、大型の機械を使っての伐採ができず、コストがかさみます。少しずつ改善されてきていますが、世界と比べるとまだまだ……。
─運搬というと、ロケットも、射場に運搬する道が整備されている必要があると聞きます。
確かに、当てはめて考えるとイメージしやすいですね(笑)。林道や作業道の整備は、大事なポイント。木を切り出した地点から、販売所への距離に応じてかかる人件費とガソリン代で、木材の原価は変動します。
さらに、日本は早々に木材の関税を撤廃してしまったので、グローバルスタンダードな価格で販売しなければいけません。
ちなみに今は、コロナ禍でアメリカと中国を中心に、郊外に家を建てようとする動きがあり、木材の需要が5倍程度まで上振れています。世界中の木材が取り合いになっている「ウッドショック」と呼ばれる状況は、ビジネスや経済界でも、話題になっていますね。
ところが、普段は、国からの補助金に加えて、円相場を見ながら「今なら、高く売れそう」というタイミングに販売することで、どうにか利益がプラスになる程度です。伐採して、売って、儲かるなら良いのですが、なかなか条件が揃わないので、木の伐採は進みません。
─木は倒れるとどうなるのでしょうか。
手入れが行き届いていない山林の木は、「ヒョロヒョロ」としているうえに、密集して生えているので、倒れやすく、強い風が吹くと次々と倒れて、大規模な停電などの被害を引き起こしてしまうわけです。
さらに、倒れた木は、切り方を間違えると、あらぬ方向に倒れてしまう恐れがあり、一筋縄ではいきません。処理には特別な資格が必要です。
しかも、処理を怠ると、倒れた木が雨で流され出ていき、川が堰き止められてしまったり、病害虫が発生したりする場合があります。
また、2019年に千葉県で停電が起こったときには、原因となった風倒木を発見するのに、何カ月もかかったと言われています。
■年に一度見回るのがやっと、森林管理の手間は想像以上?
─風倒木は、色々な問題を引き起こすのですね。早く発見する方法はないのでしょうか。
私は親戚の分も合わせて、北海道に100ヘクタールの山林を保有していますが、年に1度、一部を見回るのがやっとです。近隣に住んでいれば、頻度を上げられるかもしれませんが。私に限らず、地方の山林を継いだけれど、都市部に出て、思うように手入れができない方は、多いのではないでしょうか。
これを解決するのに、広域で撮影をしている人工衛星が役立ちます。ただ、実際に風倒木の処理をする際には地上からの計測も欠かせません。本業側での強みであるセンシング技術と、衛星データの交わるところで、かつ一番難しいということで、処理のコストを下げられれば、価値になりやすいと考え、サービスのスコープを「風倒木の検知」としました。
林業×衛星データで風倒木を検知
■衛星データとの出会い
─広範囲を高頻度で観測したいというニーズは衛星データの特徴にマッチしているように思います。ところで、衛星データはどこで知りましたか。
地元北海道は、宇宙産業が盛んであることが影響しているように思います。インターステラテクノロジズのロケット「MOMO2号機」と「MOMO3号機」の打ち上げイベントのスタッフをさせていただいたこともあるんですよ。
そして、「宇宙産業はどうなっていくのだろう」「林業と宇宙を組み合わせてビジネスができないだろうか」と考えるようになり、目に留まったのが、リモートセンシングでした。林業は意外とテクノロジーが入っていない領域なので、上手く絡められると課題の解決に繋げられそうだと思ったのです。
そして、衛星の開発・運用とデータ解析を行うSynspectiveが創業17カ月で累計約110億円を調達した歴史的なタイミングで、CEO新井元行さんのピッチを聞いて、思いは確信へと変わっていきました。衛星データって、こんなことができるのか。面白そうだなと思いましたね。
■てんもく社の衛星データ利活用
─宇宙関連の企業とは距離が近かったのですね。ここで改めて、てんもくの事業を教えてください。
目指しているのは、風倒木の検知です。衛星観測と地上計測を組み合わせて行います。今は衛星データを活用する準備が中心で、衛星画像から土砂崩れが発生している場所の分析と風倒木の検知を順に行っていく計画です。
データは光学画像とSAR画像の両方を利用するつもりです。今は、ヨーロッパ宇宙機関の「Sentinel-1」の画像を使っています。
─解析を行う体制は?
社内に、画像処理班が4名、機械学習班が2名います。データベースのコンテストで上位をとったメンバーや農学部出身で森林関係に精通しているメンバーなど、バックグラウンドはさまざまです。お互いに補完しながら取り組んでいます。
■サービス料金の目安は? これからの展開
─国内外のベンチャー企業の衛星画像の解像度は、向上を続けていますが、実際にサービス化していくには、コストダウンを図る必要もあるかと思います。サービス価格を検討するうえで、目安にしているものはありますか。
やはり、人力で見回るときの人件費との比較になります。
単純な見回りではなく、測量を行う場合になるのですが、ある地域では、スタッフを8名雇用して、1,000ヘクタールの山林の測量を行うのに1年かかったと聞きました。
見回りと測量とではかかる工数も違うと想定されますが、仮に見回るとなった場合のコストを半分から3分の1程度に抑えられるような価格感でしょうか。
─仮に見回りが測量の半分程度の労力だとすれば、スタッフ4名に月10万円ずつお支払いしている場合は、半分だとしても、人件費を毎月20万円、年間で約250万円程削減できる。さらには元々その仕事をしていた方々に、別の仕事をお願いできるようになるかもしれないということですね。
はい。風倒木の被害だけ知りたい方もいれば、木の成長の状況を詳しく知りたい方もいるはず。私たちのビジネスに置き換えたときに、どのくらいの価格で実現できるのかと、現状かかっている費用感を、自治体の方々を中心に擦り合わせていくつもりです。
─日本の森林面積は、国土の約3分の2を占める2,500万ヘクタールと世界2位。人工林だけに絞っても1,020万ヘクタール。一方で、年間の伐採量は世界でも最低レベルと伸びしろのある業界の救世主となるかもしれません。
林業への注目が再燃?
■環境問題とカーボンオフセット
─環境問題への意識が高まっているように感じますが、ビジネス化に向けた追い風となりそうですか。
木は、二酸化炭素の吸収源でもあります。吸収量を定量的に測定できるようになれば、、それがビジネスになる可能性は、十分にあると考えています。衛星データによる観測は、二酸化炭素の吸収量を測定する有力な手段です。
政府は直近1、2年で、ICT技術や地理情報システムを活用する「スマート林業」と優れた性質を持つもの同士を交配し、成長が早い木を育てる「エリートツリー」を始めとする森林管理に力を入れ出したと感じます。さらに、菅総理大臣は、森づくりの促進を表明していますし、林業への支援は重きが置かれるのではないでしょうか。これから伸びる可能性は十分に秘めています。
─木は樹齢によって、二酸化炭素の吸収量が変わると聞きました。伐採して、新たに植樹しようという機運が高まるかもしれませんね。
おっしゃる通りです。植えた10年後には、毎年4トン/ヘクタールの二酸化炭素を吸収すると言われています。
脱炭素化に積極的な企業や団体の中には、植樹に価値を見出す人も出てくるのではないでしょうか。外部とも連携しながら、上手く取り組んでいきたいです。
さらに、温暖化による気温上昇によって、森林を育てる適地が変わってしまう可能性があります。衛星データを利用すれば、林業に適している場所を発見できるようになるかもしれませんね!
─ありがとうございました。
衛星データを活用して、風倒木という社会問題の解決に挑む井村さん。インタビューの最後には、社有林を持つ構想を聞かせてくれました。宇宙にちなんで、「ガガー林(リン)」と名付けようと決めているのだとか(笑)。
てんもくのテクノロジーとサービスは、森林資源を潤沢に保有する日本で、これまで広大過ぎて実現してこなかった、適切な森林管理の一歩になる可能性を秘めています。様々な人にとって参入しやすい林業が実現すれば、林業の後継者不足が解消される日が来るかもしれません。