現地、地上、衛星データで読み解く台風の軌跡 ~現地観測から進路予測まで挑戦してみました~
台風の軌跡について、衛星データ、地上データ、そして現地でのデータを集めてデータ分析に挑戦しました!
1. はじめに
台風は身近な自然災害の一つで、1年を通じて発生しています。7月頃から徐々に日本付近に接近・上陸し、9月に入ると発生頻度も勢力もピークを迎えます(図1)。
台風は建物や耕作地などあらゆるものに大きな被害をもたらし、その勢力や進路予報は多くの人々の強い関心を集めています。そこで、本記事では2023年7月28日に発生した台風6号に焦点をあて、九州北部に再接近した8月9〜10日にかけて現地の風速や風向を観測しました。そして、他の地上データや衛星データと比較してどれくらい傾向が掴めるのか、またどの程度の誤差が生じるのかを検証しました。
さらに、2013〜2022年の10年間にわたる台風データを用いてニューラルネットワークによる台風進路予測モデルに挑戦しました。
2. 現地データの観測手法
表1に台風6号の観測手法についてまとめました。観測場所は図2のあまり遊具のない公園を選び、観測機器は、図3の風速計を用いて観測しました。
従来、天気予報の風速は10分間の平均値であるものの、使用した測定器が定点観測ができなかったため1分間に短縮しました。時間を短縮させたことで、サンプル数が少なくなり、偶然の要素が強くなるため、公園内の四方位から観測し、1日約4回観測しました。
表1. 現地データ測定手法の詳細
測定手法 | |
測定機器 | ポータブルタイプの風速計(図) |
測定期間 | 2023/08/09~08/10 |
測定時間帯 (各時間帯の1分間計測) |
8:00, 12:00, 17:00, 21:00 (両日、上述の時間帯で全て測定はできなかった) |
測定場所 | 福岡県太宰府近辺の公園(図2) |
方角 | 東西方向、南北方向 |
単位 | 0.1m/s(気象庁に合わせた) |
3. 地上データの選定
現地データと比較するために、地上データにAMeDASを選びました。AMeDASとは、雨、風、雪などの気象状況を地域的に細かく監視するシステムで、降水量、風向・風速、気温、湿度(四要素)の観測を自動的に行なっています(表2、図4)。
AMeDASは、日本全国に設置されており、今回、観測場所に最も近い太宰府に設置されたAMeDASのデータを利用し、現地データと比較しました。
表2. 地上データAMeDASの詳細
AMeDAS詳細 | |
運用開始日 | 1974年11月1日から |
目的 | 気象災害の防止・軽減 |
設置箇所 | •降水量のみ観測:全国約1,300箇所 •四要素の観測:全国約840箇所 |
風速 | •0.1m/s単位 •10分間の平均値 |
データ取得先 | csv形式でデータのダウンロードが可能 https://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/ |
4. 現地データとAMeDASの解析結果の比較
8月9日は、台風6号が九州北部に再接近した日でした。この日、現地では、東寄りの強い風が吹いていました。北半球における台風は、反時計回りに回転しているため、台風が接近するにつれ東寄りの風が強くなります。午後にかけて風速は強くなったものの、夜間は弱くなりました(表3)。この時間帯は、ちょうど台風の中心が通過した時間帯だったようです。現地データのヒストグラムとAMeDASによる1時間ごとの風速の平均値を比較したところ(図5,6)概ね傾向は掴めているようです。
表3. 8/9現地データとAMeDAS 時間ごとの平均値の比較
平均値[m/s] | 標準偏差 | |||
現地データ | AMeDAS | 現地データ | AMeDAS | |
8:00 | 4.69 | 4.8 | 1.27 | – |
17:00 | 5.55 | 2.6 | 1.57 | – |
21:00 | 1.90 | 1.1 | 0.88 | – |
8月10日は台風の中心が通過したことにより、風向きが東から南向きに変わりました。南以外の方角からは、ほとんど風を観測することができませんでした(図7)。この日の現地の風速は、9日に比べると約50%弱くなっており、体感的にも台風が過ぎ去ったことを感じました。しかしながら、AMeDASの観測結果と大きくズレており、サンプル数の少なさが原因のように見えます。1日に数回ではなく、1時間に数回観測して平均値を算出すべきでした。
さて、2日間にわたって台風6号を観測してきましたが、観測場所近辺では強風とやや強い雨が降った程度ですみました。家屋や街路樹の大きな被害もなく、全体的に弱い印象の台風でした。
表4. 8/10現地データとAMeDAS 時間ごとの平均値の比較
平均値[m/s] | 標準偏差 | |||
現地データ | AMeDAS | 現地データ | AMeDAS | |
8:00 | 2.32 | 4.6 | 0.95 | – |
12:00 | 2.17 | 5.6 | 0.56 | – |
図9に8/8〜8/10のAMeDASによる風速の推移を示しました。
この期間中、最低風速を記録したのは、8/9の21:00で1.1m/sでした。ちょうど台風の中心が通過した直後です。
一方で最大風速は、8/10の7:00で6.5m/sでした。これは吹き返しと呼ばれる現象で、台風に伴う風の特性の一つです[1]。台風通過後にこれまでとは異なる風向の風が吹きます。
[1]気象庁 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/2-1.html
5. 地上データAMeDASと衛星データひまわり9号の比較
ひまわり9号は、日本の天気予報に欠かせない気象衛星で、日本人にとって馴染み深いものです(図10)。ひまわりは全部で16のバンドを搭載しており、本記事では赤外線(バンド13/10.4μm)を用いて台風の位置を可視化しました(表5)。赤外線を使うと、夜間でも可視化できる利点があります。
表5. ひまわり9号に関する情報詳細
ひまわり9号詳細 | |
運用開始日 | 2022年12月13日から |
目的 | 気象観測(大気・海洋・雪氷等の監視) |
高度 | 約35,786km |
観測バンド | •可視域3バンド •近赤外3バンド •赤外10バンド |
データ取得先 | •研究者向けに4機関が公開 •本記事では千葉大学から取得 http://www.cr.chiba-u.jp/databases/GEO/H8_9/FD/index_jp.html |
図11はAMeDASの風向データを可視化し、ひまわりデータによる台風の位置と比較しています。台風が接近するにつれ、北東の風が強くなり、台風真っ只中のときは東の風が強くなっています。そして台風の中心が通過した後は南寄りの風に変わりました。風向きは、台風の位置によって変化していることが分かります。今回の観測場所は福岡で、台風は福岡の西側を進んでいました。このような場合、台風の中心位置により風は東から南へと変化します。
解析で使用したコードは https://github.com/sorabatake/sorabatake-sp-001 にあります。皆さんもぜひプロットしてみてください。
6. 進路予測モデルに挑戦
ここまで台風6号に関連した現地データ、地上データ、衛星データを基に、様々な側面から台風を眺めてきました。皆さんもよくご存知のように、台風は一つ一つに個性があります。その進路予測の精度は年々向上しているものの、完全に予測することはとても困難です[2]。そんな困難な進路予測ですが、どこまで予測できるか検証してみました。
図12をご覧ください。2020年〜2022年の8月の台風の進路図です。左図はその進路を中心気圧で表し、右図は風速で表したものです。この図をよく見ると、中心気圧が小さくなるほど風速は強くなっています。台風は、赤道付近の海上で発生した後、暖かい海面から供給される水蒸気をエネルギー源として発達します。発達に伴い、中心付近の気圧がぐんぐん低下し、同時に風速も急激に強まっていきます[3]。この関係を図13に示しました。
[2]気象庁 https://www.data.jma.go.jp/yoho/typ_kensho/typ_hyoka_top.html
[3]気象庁 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-2.html
相関係数をみてみるとr=ー0.8となり、負の相関があります。このふたつの変数は台風の勢力に影響していますので台風の進路予測に使うことにします。
予測に使用したデータセットは「過去の台風位置表」というもので、気象庁のホームページよりcsv形式でダウンロードできます。2023年分は6月までしかデータがなかったため、今回は2013年〜2022年の10年間のデータを用いることにしました(図14)。しかしながら、10年間分といってもデータのサイズは(9195, 18)と少し小さい気もします。
このテーブルデータの中から最終的に予測したい目的変数と目的変数を導くために必要な説明変数を抽出します。
テーブルデータの情報をそのまま用いると、予測したい台風の位置(目的変数)が緯度経度そのものになります。ここでは、緯度経度そのものよりも、その緯度経度に至るまでの変化(差分)を目的変数にすることにしました。
また説明変数は、既存のデータも利用しつつ、既存のデータを用いて新たに作ってみたいと思います。例えば、このテーブルデータだけの情報では、台風の移動速度や風向、曲がり具合が分かりません。このような情報は台風の位置を予測する上で重要な変数です。そこで以下のような説明変数を作りました。
移動速度:緯度経度の変化量の総和÷時間の変化量
風向:緯度経度の変化量からラジアンを導出(ある地点の角度を示す)
曲率:風向の変化量÷時間の変化量(値が小さいほどまっすぐであることを示す)
ここでは台風番号ごとにグループ化し、緯度経度や時間の差分を計算しました。また、各特徴量はスケールがバラバラであるため、標準化して統一しました(表6)。
表6. 説明変数と目的変数の詳細
説明変数 | 目的変数 | |
中心気圧、最大風速、時間の差分、風向、風向の変化率(曲率)、速度(ユークリッド距離/時間差) | 緯度の差分、経度の差分 |
予測モデルには多層ニューラルネットワーク(MLP)を用いました。最適なパラメータを見つけるために、勾配降下法を用いて、計算しました。徐々に誤差は小さくなっているものの100回を超えたあたりからあまり減少していないように見えます(図15)。
今回の誤差を測る指標には、予測値と真値の差の2乗の平均値である平均二乗誤差(MSE)と、MSEの平方根を取った平方根平均二乗誤差(RMSE)を採用しました。これらの値は0に近いほど精度がよいとみなされます。
結果は表7の通りです。数値だけでは、どれくらい誤差があるのか感覚的に掴みにくいので、緯度経度の差分の予測値と真値を散布図でプロットしました(図16,17)。予測値と真値の誤差が小さいほど、水色の点は赤い直線上に密集し、傾きが1に近づきます。緯度に比べて、経度の予測がうまくできていないようです。
表7. MSE及びRMSEの値
MSE | RMSE |
0.0672 | 0.2592 |
もっと精度を向上するためには、台風の進路予測に効果のある説明変数を取り入れることが一つ挙げられます。例えば、台風の勢力に影響する海面温度や進路に影響する気圧配置などが有効かもしれません。使用する説明変数の取捨選択やデータセットを作るなど、進路予測の手前の前処理にあたる作業も非常に難しいと感じました。
7. おわりに
台風の現地観測から始まり、地上データや衛星データを用いて傾向や相違を検証してきました。現地観測から得られたデータは、まさに肌感覚を数値で表したデータです。風の強弱や風向きの定量的な理解に繋がりました。
地上データは、複数のエリアを点で観測しているため、今回の現地データよりサンプル数も多く、より観測状況に近いデータが得られます。
そして、衛星データは、広範囲を連続的に面で観測しているため、地上データに勝るカバー力があります。
それぞれのデータに良さがあり、掛け合わせることで対象物を多面的に観測するのに役立つと実感しました。
最後に、台風の進路予測にも挑戦し、改めてその予測の難しさを認識しました。と同時に、これまで解析に用いていた過去のデータを予測に使うことの意義や価値も感じました。
さて、今回は身近な自然災害を通してデータの解析から予測まで行なってきました。本記事が皆さんのご参考になれば大変嬉しいです。
8. 謝辞
ひまわり8/9号 グリッドデータは千葉大学環境リモートセンシング研究センターで提供されたものを利用しました (Himawari 8/9 gridded data are distributed by the Center for Environmental Remote Sensing (CEReS), Chiba University, Japan.)。改めて感謝申し上げます。