宙畑 Sorabatake

衛星データ

2023年のニュースに登場した衛星画像、2024年以降への期待

データジャーナリズムの一形態として衛星画像をメディアで利用する取り組みが拡大しています。2023年の衛星画像が用いられた報道や衛星画像に関する注目の話題を整理し、2024年以降のジャーナリズムにおける衛星画像の役割に期待することをまとめました。

2023年、気候変動と増加する世界の災害の観測で、人工衛星からのデータは欠かせないものになっていることが実感されました。光学や合成開口レーダーといった衛星画像はニュースのタイトル画像に、あるいは裏側で活躍しています。

一方で、世界の衛星ビジネスを取り巻く環境も大きく変化しています。まずは2023年の衛星画像とニュースを振り返ってみましょう。

2023年1月:米国財務省が民間SAR衛星を開発する中国企業Spacetyを制裁対象として指名

2023年1月26日、米国財務省はロシアの民間軍事企業ワグナーを対象とした制裁を発表し、同時に「ワグナーのグローバルネットワーク」としてワグナーの活動を支援するロシア外の企業も制裁対象として指名しました。その中には、中国の衛星企業Spacety China(長沙天儀空間科技研究院)とそのルクセンブルクの子会社Spacety Luxembourgが含まれています。衛星データを通じてワグナーの作戦を支援するものだったというのが制裁の理由です。

米国財務省のプレスリリースによれば、ワグナーを直接支援しているのはロシアを拠点とするテクノロジー企業Terra Techであり、Spacety はTerra Techからの発注を受けて合成開口レーダー(SAR)衛星の画像を提供したといいます。

Spacetyは中国初の民間SAR衛星を打ち上げた期待の企業で、「巣湖一号」を始め商用SARコンステレーションを構築し、世界の衛星SAR市場で存在感を見せると期待されている企業です。2016年に設立された官民の合同事業で、厦門大学とCETC(中国電子科技集団公司第三十八研究所)が関わっています。

同社は、中国初の商用SAR衛星企業として2020年12月に最初の小型衛星「海絲一号(Hisea-1)」を打ち上げています。Hisea-1は重量185kgのSAR衛星で、Cバンドの分解能1mの性能を持ちます。2023年にはHisea-1から始まる「TY-MINISAR」シリーズを拡大し、Cバンドに加えて高精細なXバンドをラインナップに加え、2種類の波長で56機の衛星によるコンステレーションを構築することが目標となっています。

また、2022年には、2機目のCバンドSAR衛星「巣湖一号(Chaohu-1)」を打ち上げました。同社の将来構想では、軌道傾斜角19度、28度、40度、52度の軌道に衛星を配置する計画がうかがえます。方向も撮影時刻も多様化し、世界をくまなく観測することが目標のようです。

さらに、Spacetyはフランスで超小型衛星向けのエンジンを開発するスタートアップ企業ThrustMeと提携し、ヨウ素を推進剤とするエンジンを搭載した技術試験衛星を開発しています。欧州の企業が、中国のニュースペース企業を顧客として衛星コンポーネントを提供する足がかりとなったわけでですが、ビジネスの地政学的リスクの影響が明らかになったといえます。

Spacetyはフランスに加えて同様に欧州の企業10社近くと協力関係にありました。1月29日にSpacetyは「ロシア・ウクライナ戦争とワグナーグループを支援するいかなる形の軍事活動にもこれまでに一度も参加したことはありません」と制裁措置に抗議する声明を発表しています。

・BBC「中国企業、ロシアの『ワグネル』を支援か 米政府が制裁対象に」

・Spacety China(長沙天儀空間科技研究院)「STATEMENT」

2023年2月:トルコ・シリア大地震の衛星観測

2月6日にトルコ南東部でマグニチュード7を超える地震が2回発生し、トルコ南部の都市ガジアンテプやシリア北部の街で大きな被害が発生しました。被害規模はトルコ側の死者5万人以上、負傷者は11万5,000人以上、シリア側でも死者5,900人以上となっています。建物や道路の破壊が激しく、外務省の発表では被害総額約1036億ドルのうち住宅分野の被害が661億ドルと、60%ちかくは住宅の被害であったことがうかがえます。多くの市民が避難生活を強いられる中、およそ2週間後の2月21日にもマグニチュード6を超える大きな余震が起きていました。

この地震被害に対し、JAXAは「センチネルアジア」や「国際災害チャータ」からの要請に応じて発生から2日後の2月8日に「だいち2号(ALOS-2)」による観測を実施し、データを提供しています。観測から、震源付近の断層を挟んで2m規模の大きな地殻変動がみられ、また2022年、2021年と比較して建物の変化が大きなエリアが検出されています。建物の変化には、地震による破壊が相当程度含まれているものと考えられます。

トルコ・シリア大地震では、2月7日に中国の環球時報(Global Times)にSpacetyのレーダー地球観測衛星「巣湖一号」によるトルコ・シリア地震の発災当日の観測画像も公開されました。

画像にはマグニチュード7.8の最初の地震の震源地と被害が大きかった3都市が含まれているといいます。巣湖一号の観測時間はトルコ現地時間で6日の11時ごろだといい、ALOS-2の観測した8日午前よりもかなり早いタイミングでの撮像でした。

巣湖一号は緊急観測を行ったため地震発生前の比較用のデータを持っているかどうかは不明ですが、大きな災害に迅速に対応したことは確かでしょう。複数時期の画像を突き合わせて被害規模の分析を可能にしたALOS-2とは条件が異なりますが、大災害の際に早期に国際協力の成果を示すことも、衛星を運用する国のプレゼンスに関わってきます。

・外務省「トルコ南東部を震源とする地震の概要と我が国の支援」

・JAXA「2023年トルコ南東部で発生した地震の観測(3月2日更新)」

・Global Times「Exclusive: Chinese satellite captures images of Turkey earthquake epicenter, revealing extent of geological disaster」

2023年3月:「H3」試験機1号機の打ち上げ失敗と「だいち3号(ALOS-3)」の喪失

3月7日種子島宇宙センターで、JAXAと三菱重工が開発する日本の新型基幹ロケット「H3」試験機1号機の打ち上げが実施されました。しかし2段エンジン「LE-5」の電気系統で発生した不具合により、2段エンジンに着火しないままH3試験機1号機は飛行を中断、機体は指令破壊され、搭載された先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」を喪失することとなりました。

ALOS-3は、2011年に運用を終了した「だいち(ALOS)」以来12年ぶりとなる日本の光学地球観測衛星です。JAXAの衛星としては初めてであるサブメートル級(1m以下)の分解能80cmと、観測幅70kmを両立した期待の大きい衛星でしたが、その性能を発揮することができませんでした。衛星データ活用の中核となりうる存在だっただけに惜しまれています。

また、H3ロケット試験機2号機に搭載予定だった先進レーダ衛星「ALOS-4」は搭載を取りやめて3号機以降に繰り延べることとなりました。SAR衛星では「ALOS-2」がまだ運用を続けているため空白が生じているわけではありませんが、2014年の打ち上げから目標寿命の7年を越え、観測Duty(1周回のうちにどれだけ観測するか)を抑えての運用となっており(参考)、早い段階での打ち上げが望まれます。

Credit : 文部科学省 Source : https://www8.cao.go.jp/space/comittee/02-jissyou/jissyou-dai23/siryou1.pdf

この結果を受けて、翌4月から「次期光学ミッション」とされるALOS-3後継機の検討を開始。空白期間を少しでも軽減するべく、①ALOS-3Rの2機体制(2027年度、2028年度に連続で打ち上げ2028年度から運用開始)、②分解能40cm以下の小型光学衛星8機と小型LiDAR衛星2機のコンステレーション案(2026年度から段階的に打ち上げ)、③分解能40~80cmの中型光学衛星4機、小型光学衛星10機、小型LiDAR衛星1機のコンステレーション案(2026年度から段階的に打ち上げ)というオプションの検討が行われました。2023年9月にJAXAから出された次期光学ミッション概念検討の企画提案では②を提案したNTTデータが選定され、今後検討が進められます。

打ち上げ前の「だいち3号(ALOS-3)」 Credit : JAXA

・JAXA「H3ロケット試験機1号機 打上げ失敗の原因究明に係る報告書」

2023年4月:ダイヤモンド鉱山の鉱山廃棄物を堆積した尾鉱ダム決壊の解析結果発表

4月5日、南アフリカのウィットウォーターズランド大学の研究者は、南アフリカ中央部でダイヤモンド鉱山の鉱山廃棄物が堆積した尾鉱ダム(テーリングダム)が決壊した事故を無償公開の衛星画像から解析したと発表しました。尾鉱ダム決壊事故は、フリーステイト州イェーガースフォンテンの街で2022年9月12日に発生したもので、1名の死者と付近の住宅の破壊という被害をもたらしています。

ウィットウォーターズランド大学土木環境工学部の研究者は、Google Earth Pro、Sentinel-2、Landsat 8といった無償公開の衛星画像を組み合わせ、ダム壁が水で侵食されて崩壊につながったこと、河川に沿って56kmも土砂が移動したこと、400万~600万立方メートルの鉱山廃棄物が放出されたことなどを突き止め、Scientific Reports誌で報告しました。

尾鉱ダムの災害では、2019年5月1月25日に発生したブラジル南東部ミナスジェライス州ブルマジーニョでの崩壊事故で死者259名、行方不明者11名という大きな被害が発生しています。

ブルマジーニョ尾鉱ダム崩壊事故を受けて国際金属・鉱業評議会(ICMM)、国連環境計画(UNEP)、国連責任投資原則(PRI)は2020年8月に尾鉱ダムに関する国際基準(GISTM)を発表しました。ブラジルだけでも800箇所以上という尾鉱ダムの監視、対策は衛星データ利用の新たなソリューションとして急浮上しています。

日本のSAR衛星企業Synspectiveは1月にイギリスのスタートアップ企業InsightTerraと共同で尾鉱貯蔵施設モニタリングソリューションを発表しました。世界の衛星データソリューション企業は、光学、SAR画像などさまざまな衛星データを組み合わせ、宇宙から鉱山の事故を防ぐ取り組みが始まっています。

Post-failure satellite image of the Jagersfontein dam. Source : Google Earth Pro

・ロイター「Troubled South African tailings dam had history of high water levels」

・Scientific Reports「Public remotely sensed data raise concerns about history of failed Jagersfontein dam」

・Synspective「SynspectiveとイギリスのInsight Terra、宇宙からのSAR衛星データとソリューションによる尾鉱施設モニタリングに向けたパートナーシップを発表」

2023年5月:北朝鮮による偵察衛星の打ち上げが始まる

北朝鮮は5月31日、北朝鮮北西部の発射場から新型ロケット「千里馬1号」に偵察衛星「万里鏡1号」を搭載し打ち上げを実施しました。千里馬1号ロケットは1段分離後にエンジンで異常が起きたとされ、朝鮮半島西側の黄海に墜落し打ち上げは失敗しました。北朝鮮は偵察衛星の打ち上げを続けると宣言し、11月に3回目の試みで衛星の軌道投入に成功しています。

画像が公開されない偵察衛星の能力をうかがい知ることは難しいですが、北朝鮮は分解能1m以下のサブメートル級の光学衛星を目指していたようです。5月の最初の試みでは韓国が海底からロケット、衛星の残骸を引き上げて米国と共に分析したことで、性能を知る手がかりが得られました。

韓国の日刊紙東亜日報のオンライン版は、引き上げられた万里鏡1号の分析結果から「日本製の商用デジタルカメラを流用している」と伝えました。すでに生産を終了したモデルで、分解能は5m程度とみられるといいいます。これが事実であれば、10年ほど前の商用デジタルカメラには、受光面積が大きく光を取り入れやすいフルサイズで画素ピッチ7.3μmの大きなCCDを搭載したモデルがあります。比較的小型とみられる万里鏡1号に搭載可能な焦点距離を持つ光学系と組み合わせることができ、高度510km程度の太陽同期準回帰軌道に投入する目標だと考えれば、分解能5mは辻つまが合います。

分解能5m程度では偵察衛星と呼べる性能ではないことはもちろんですが、短期間でそのレベルの光学衛星を開発し、最終的には目的の軌道に正確に投入できたことには警戒感を持つ必要があるでしょう。

・朝日新聞「北朝鮮の『衛星』、飛行途中で墜落 『早い期間内に2回目を断行』」

・東亜日報「北朝鮮が5月に打ち上げた偵察衛星に日本製の旧型デジタルカメラを搭載」

2023年6月:ウクライナのカホウカダム破壊とその影響のモニタリング

ウクライナのヘルソン州で6月6日、ドニプロ川のカホウカダムが破壊され、川の水量が激変しました。ダムの下流では、ヘルソン州の州都ヘルソン市をはじめとする一帯で浸水被害が何日も続き、ウクライナ南部の広い地域からクリミア半島にかけて生活用水や工業、灌漑用水を供給していた「カホウカ貯水池」では水量の減少が明らかになっています。

カホウカ貯水池の変化

国連が10月に発表した破壊後の被害推定によれば、カホウカダム破壊の直接的な被害の総額は27億9000万米ドル(およそ4000億円)とみられます。このうち最も大きなものは、水力発電所や燃料供給施設の被害によるエネルギー部門(全体の45%)、2番目は住宅の被害(39%)となっています。

被害推定額3億7670万ドルと直接的な被害の割合では小さいものの、長期のモニタリングを必要とするのは農業への影響でしょう。たとえばヘルソン州はウクライナの農業生産の4%を占める農業の盛んな州で、コムギ、ダイズ、ナタネ、野菜や果物(メロンの生産量ではウクライナ全体の3分の1だといいます)などを生産していました。

衛星データから世界の農業政策と農業安全保障にデータを提供する「NASA ハーベスト」によれば、カホウカ貯水池は1万2000キロメートル以上の運河に水を供給し、ヘルソン州、ザポリージャ州、ドネプロペトロウシク州など周辺の50万ヘクタール以上の農地に灌漑を行っている重要な水源であり、6月にダム破壊が起きたことで2023年夏の作付にも影響が懸念されました。

Planetなどの光学衛星のデータを用いた観測では、ダム破壊から3日後の6月9日には北クリミア運河など運河の取水口付近で川床が露出し、貯水池と運河の接続が切れかかっていることが窺えます。

灌漑用水を利用していた周辺地域では、30万6500ヘクタールの農地が灌漑農業から雨水に頼る天水農業への移行を強いられるといいます。これまで年間200万トンの穀物を生産していた地域で農業生産が不安定化し、地域の農家への経済的ダメージや食料価格の変動などが懸念されます。農業部門の被害回復には10年以上の年月と1億8000万ドル以上の費用がかかると推定され、長期モニタリングと支援が必要になります。

出典:NASA Harvest Consortium『Navigating The Kakhovka Dam Collapse』より

・Yahoo!ニュース個人「衛星画像から見えるカホウカダム破壊後の異変 ダム上流では水域の減少も」

・国連「The Post Disaster Needs Assessment report of the Kakhovka Dam Disaster」

・NASA ハーベスト「Navigating The Kakhovka Dam Collapse: NASA Harvest Consortium Assesses Agriculture Impacts With Satellite Imagery」

2023年7月:相次ぐ山火事、小型衛星の活躍にも期待高まる

気候変動と土地利用の変化により、世界の山火事はより頻繁に、そして激化すると予測されています。欧州ではギリシャで7月に気温が40度を超える中、ロードス島やアテネ郊外で次々と山火事が発生。Sentinel-2衛星は、ギリシャ北東部のアレクサンドルーポリで70kmにも及ぶ火災の様子を捉えました。

山火事の観測では、光学センサーの中でも短波長赤外(SWIR)など赤外線の波長を捉えるセンサーが活躍します。山火事や火山噴火などの観測画像では、SWIRで「明るい」ピクセルを検出することで火災の発生をいち早く捉えたり、強調表示して火災の激しいエリアを調査することができます。

まるで見た目でも炎が上がっているように見えてしまいますが、実際はトゥルーカラーではなく温度に応じて着色したピクセルであることに注意が必要です。

衛星の赤外のデータはこれまでLandsat衛星などが提供する公共のデータが中心でした。山火事のような自然災害に加えて直接見ることができない建物の中や地下の人為的活動の手がかりになるということもあり、最近は小型衛星によるこの分野のスタートアップ企業が注目を集めてきています。イギリスのSatellite Vuなど、Landsatデータよりも高精細なデータの提供を始めています。

ロードス島で7月に発生した山火事。消失地域は11000ヘクタールと推計されている。 Credit : contains modified Copernicus Sentinel data (2023), processed by ESA, CC BY-SA 3.0 IGO
ギリシャで7月から相次ぐ山火事。 Credit : contains modified Copernicus Sentinel data (2023), processed by ESA, CC BY-SA 3.0 IGO

・AFP通信「山火事続くギリシャ・ロードス島 衛星画像公開」

・ESA「Greek fires seen from space」

・Spacenews.com「Thermal imagery sector heats up」

2023年8月:過去100年で米国最大の死者数となったハワイの山火事を観測

8月8日、米ハワイ州のマウイ島で大規模な山火事が発生し、海岸沿いの歴史ある街ラハイナをはじめとするマウイ島西部に壊滅的な被害をもたらしました。死者は90人以上と過去100年で最も多く、約2200棟の建物に被害があったといいます。

火災当時、マウイ島はハリケーン「ドーラ」の影響による強風と、「中程度から強度の干ばつ」状態(U.S. Drought Monitor情報)にあり、これが火災を大きくしたと考えられています。Landsat 8の赤外線領域での観測画像では、南西部のラハイナと中部のキヘイで火災の広がりを知ることができます。

天候に加えて、マウイ島で潜在的な山火事の被害拡大の要因に外来植物の存在があると考えられています。アフリカ原産の牧草などイネ科の植物が島外から持ち込まれ、これが在来種を脅かしています。外来植物は乾燥しやすく、山火事の際には火災を拡大しますが、その後の回復は在来種よりも早いためさらに生息域が拡大する……という悪循環です。

Science誌によれば、ヤギなどの動物を戦略的に飼育し、外来植物の駆除と原生林の回復を進めるといった方法があるといいます。特効薬はなく、時間のかかる取り組みですが、山火事のモニタリングに加えて、植生の調査という点でも衛星データの役割は大きいようです。

Credit : NASA

・AFP通信「ハワイ山火事、被害拡大の原因は『侵略的外来植物』」

・NASA「Devastation in Maui」

・Science「‘Still in shock.’ Amid wildfire tragedy, Maui scientists assess their research losses」

2023年9月:1880年の記録開始以来最も暑かった2023年夏、その要因は?

9月14日、NASA ゴダード宇宙飛行センターは、2023年の夏は「1880年の記録開始以来最も暑かった」と発表しました。世界の地表・海面温度データを総合した「GISTEMP」の記録を解析すると、北半球の夏季である6月から8月までの気温は、NASAの持つこれまでの記録と比べて0.23度高く、1951年から1980年までを基準とした場合の温度と比較しても1.2度高かったといいます。

NASA、米国海洋大気局(NOAA)らの分析では、人為的な温室効果ガス排出によって引き起こされた温暖化と太平洋でのエルニーニョ現象が相まって記録上の最も暑い夏につながったとしています。

日本の気象庁も6月から7月中旬の梅雨期に日本各地で発生した大雨とその後の高温についての分析結果から、「夏の日本の平均地上気温は1898年の統計開始以降1位の高温となる見込み」と発表しました。地球温暖化による気温の長期的な上昇傾向のため、1980年ごろと比較して3時間に100mm以上という大雨の発生件数は増えているといいます。温暖化は、世界では干ばつや山火事、日本では豪雨災害という課題に繋がっているのです。

This map shows monthly temperature anomalies measure from 1880 to August 2023 measured with respect to a the baseline period 1951-1980. Credit : NASA Earth Observatory/Lauren Dauphin
1880年以降の夏(6・7・8 月)の気温の異常を示すグラフ。 Credit : NASA Earth Observatory/Lauren Dauphin

・朝日新聞「『史上最も暑かった』今年の夏、エルニーニョ影響 NASA分析」

・NASA「NASA Announces Summer 2023 Hottest on Record」

・気象庁「令和5年梅雨期の大雨と7月後半以降の顕著な高温の 特徴と要因について ~異常気象分析検討会の分析結果の概要~」

2023年10月:イスラエル軍とハマスの戦闘勃発、報道における衛星画像の役割

10月7日、パレスチナ自治区のガザを実効支配していたイスラム原理主義組織のハマスがイスラエルに向けて3000発以上のロケット弾を発射するなど大規模な攻撃を行いました。多数のハマスの戦闘員がイスラエル南部に侵入し、多数の人質をガザに連れ去りました。イスラエルはただちに反撃を開始し、戦闘が続いています。

パレスチナのガザ地区では1万6000人以上が死亡、パレスチナの人口の8割を超える160万人以上が避難を強いられるなど、人道状況は悪化し続けています。

これまでにジャーナリストなど少なくとも67名の報道関係者が死亡したという中で、各国の報道機関は衛星画像を用いて戦闘状況の分析を続けています。BBCは12月1日付の記事で、ガザ地区北部で約9万8000 棟の建物が被害を受けたと報じています。

読売新聞がSentinel-2の衛星画像を用いて分析した記事によれば、イスラエル軍がガザへの報復攻撃を始めた10月上旬以降、ガザ北部に東西方向の道路を新たに整備した可能性が高いことがわかったといいます。戦闘を有利にするために道路の建設で地域を南北に分断した可能性も指摘されており、衛星画像が報道のデータソースとして機能していることがうかがえます。地域の情勢の専門家の知見と、報道機関が適切な情報を選択し、入手することは今後もますます必要になるでしょう。

・読売新聞「イスラエル、ガザ北部に東西横断道路8kmを新たに整備か…長期戦見込んだ対応との見方も」

・BBC「Nearly 100,000 Gaza buildings may be damaged, satellite images show」

2023年11月:北朝鮮の偵察衛星、軌道投入に成功

11月21日深夜、北朝鮮は5月、8月に次いで今年3回目となる試みで偵察衛星の打ち上げを実施し、人工衛星の軌道投入に成功しました。日本時間で11月22日ごろに米国宇宙軍の軌道上人工物体追跡サイトSpacetrack.orgで、カタログ番号58400が「MALLIGYONG-1」(万里鏡1号)に、同じく58401が「CHOLLIMA-1 R/B」(千里馬1号ロケット上段)に付与され、衛星の軌道投入が確認されています。

衛星は遠地点512km、近地点490km、軌道傾斜角97.43度の軌道にあり、その軌道から回帰日数約5日の太陽同期準回帰軌道に投入されたものと考えられます。2回の失敗を克服した開発のスピードに警戒が必要であるだけでなく、高頻度撮像を目指して新たな衛星を追加する可能性も見えてきました。

38 Northは、11月28日付の論考で「衛星の機能や地上と通信しているかどうかはまだ確認されていない」としながらも、「複数の衛星を軌道上に置くことになるだろう」という見解を示しています。偵察衛星という性質上、北朝鮮側が画像を公開することは考えにくいですが、5月に失敗した機体を引き上げた際の分析や、打ち上げられた万里鏡1号の軌道の要素などからその意図するところをある程度は読み解くことが可能です。専門家の知見も集め、分析の活動を続けることも牽制となりうるでしょう。

・北朝鮮が打ち上げた偵察衛星「万里鏡1号」は何者か–軌道情報から手がかりを探る(秋山文野)

・38 North「Modest Beginnings: North Korea Launches Its First Reconnaissance Satellite」

2023年12月:小型SAR衛星ベンチャー、QPS研究所の上場

12月6日、福岡県の小型SAR衛星ベンチャー企業、株式会社QPS研究所が東証グロース市場に上場しました。QPS研究所は36機のXバンドSAR衛星によるコンステレーションを構築する目標で、運用中の2号機で分解能0.46mの観測を達成しています。衛星数で先行するフィンランドのICEYE(48機目標中27機達成、分解能0.5m)、米国のCapella Space(36機目標中10機達成、分解能0.5m)と同様に世界での活躍が期待されます。Synspectiveと並んで内閣府の「令和5年度の小型SAR衛星コンステレーションの利用拡大に向けた実証」に採択されています。

衛星の打ち上げでは、QPS研究所は苦難が続きました。2022年10月のイプシロンロケット6号機の打ち上げ失敗で衛星2機を喪失。2023年初頭に計画していた打ち上げでは、Virgin Orbitが経営破綻したため契約を変更せざるを得ませんでした。しかし8月にはニュージーランドのRocket Labと契約し、12月15日にQPS-SAR 5号機「ツクヨミ-I」が打ち上げられました。現在は初交信とアンテナの展開が無事に成功した段階で、初画像の取得に向けた作業が続いています。

QPS-SAR5号機「ツクヨミ-I」を出荷する前の記念集合写真 Credit : QPS研究所
エレクトロンロケットによる「ツクヨミ-I」打ち上げ Credit : QPS研究所

2024年への期待

2024年1月1日から続く石川県能登地方を震源とする地震「令和6年能登半島地震」では、民間の衛星運用企業や「だいち2号(ALOS-2)」による観測結果が翌日1月2日時点で公表され、データを受け取った報道機関各社や個人がそれらの情報を発表しました。

株式会社パスコ災害緊急撮影「2024年1月 令和6年能登半島地震」

‘Battle against time’ to find quake survivors as Japan lifts tsunami warnings and death toll rises

一連の流れを見ると、災害対応における衛星データの活用が徐々に広まり、衛星を運用する企業、機関には観測からデータ提供までの迅速化がより求められていると分かります。

合わせて、商用の衛星データが災害時・緊急時にどのような役割を担っていくのか、についても考えていく必要があるでしょう。緊急時に必ず動くインフラとなるには大規模なシステムや運用体制を必要としますが、これを維持できるビジネススキームを構築するのか、あるいは、各社のベストエフォートでのCSR活動を、ビジネスとして持続可能な形に昇華するような新しい仕組みを用意するのか、模索する必要があると思います。

また、衛星画像の入手性は、世界の衛星ベンチャー企業の増加で高まりつつあります。米Planetがスロベニアの企業で欧州コペルニクス計画の衛星データプラットフォーム「Sentinel Hub」を開発したSinergiseを買収するなど、官民の融合も進んできました。ソリューションビジネスにおけるデータの組み合わせの技術向上など、「あの手この手」 の知見も増えつつあります。

2024年は、ユーザーが「こんなことを知りたい」という希望を積極的に発信することで、ソリューション提供側とつながる機会を増やし、利用拡大を進める段階に来ているのかもしれません。