宙畑 Sorabatake

衛星データ

ジャーナリズムと衛星データ~2022年のニュースに登場した衛星画像。2023年はどうなる?~

データジャーナリズムの一形態として衛星画像をメディアで利用する取り組みが拡大しています。2022年の衛星画像が用いられた報道を例に挙げながら、これからのジャーナリズムにおける衛星画像の役割について考察します。

2022年の衛星画像とジャーナリズムを振り返る

2022年は、衛星画像でなくては明らかにできない世界の動きが報道に次々と現れてきた一年だったのではないでしょうか。衛星ならではの広域性、越境性のみならず、災害など危険な地上の様子を衛星で迅速に捉えることができました。

また、大手メディアに限らず、ジャーナリスト個人や各メディアに属していない個人が衛星画像を用いて解析結果をSNSで発信するといった事例を見たという方も多いのではないでしょうか?

まずは2022年の衛星画像のニュースを振り返ってみましょう。

1~3月:噴火、ロシアのウクライナ侵攻

・1月のニュース

気象庁「ひまわりによる観測事例(2022年)」より

日本時間2022年1月15日13時頃、トンガ諸島付近のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山で大規模な噴火が発生しました。 気象衛星ひまわりの観測からは、噴火で生じた噴煙が急激な勢いで広がっていく様子がわかります。噴煙は高度1万6000mまで達したと報告されています。

噴火の影響は日本付近でも潮位の変化となって現れ、地震に由来する従来の津波と区別する「気象津波」という言葉がニュース用語になりました。気象予報でも津波についての情報提供の枠組みの中で扱っていくこととなりました。

気象庁| ひまわりによる観測事例
気象庁|火山噴火等による潮位変化に関する情報のあり方検討会
Satellite imagery shows Tonga volcano eruption

・2月のニュース

2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、衛星画像による状況監視は報道にとっても手がかり以上の意味を持つ生命線となりました。ウクライナとの国境付近に軍を集結させていたロシアの動きは衛星画像によって2021年から明らかにされて、警告が発せられていました。

そして、ウクライナの首都キーウ周辺での侵攻の状況、かつては衛星を運ぶ翼でもあった世界最大の輸送機「ムリーヤ」が破壊されたキーウ郊外のホストーメリ空港の被害など、情報の少ない中で衛星画像から必死で読み解こうとするメディアの苦闘が見て取れます。

一方で、数日で首都を陥落させようとしていたロシアの部隊がぬかるみの主要道路に追い込まれ、身動きがとれなくなっている様子がSAR(合成開口レーダー)の画像にも現れています。

Satellite photos give a bird’s-eye view of Ukraine crisis | AP News
Russia accelerates movement of military hardware towards Ukraine, satellite images show | CNN
Images show Russian forces near Ukrainian hydroelectric power plant -Maxar | Reuters

・3月のニュース

ウクライナを支援するために西側諸国が強い結束を固める中で、ロシアと関係が深い国の活動も衛星画像によって明らかになりました。

光学衛星の米Maxarの衛星画像は、2018年に閉鎖されていた北朝鮮の核実験場で新たな建設作業が進められていることを明らかにしました。

また、イランでは新型ロケットの打ち上げ活動が明らかになっています。このときは射場の様子から失敗したと見られていますが、5月に新たな活動を行ってロケット開発を強硬に進めています。

衛星画像というと、写真のように地上の様子を把握しやすい高分解能の光学画像が注目されやすいですが、刻々と変化する戦時下の状況には昼夜を問わず、悪天候でも情報を得られるSARの画像が重要な意味を持ちます。

ウクライナのデジタル担当大臣ミハイル・フェドロフ氏は米欧、そして日本の民間企業にもSAR画像の提供を要請しました。

カナダのMDAは、運用中のCバンドSAR衛星RADARSAT-2のデータをウクライナに提供することを決定。RADARSAT-2のデータは2015年までウクライナに提供されていたものの、紛争の攻撃対象決定に利用されるおそれがあるとの理由で中止されていたという経緯をSpacenews.comが報じています。

新たな支援の決定は、西側諸国の決意をうかがわせます。

North Korea: satellite images suggest building work at nuclear test site for first time since 2018
North Korea: Construction spotted at Punggye-ri nuclear test site – BBC News
北朝鮮の核実験場で建設作業、衛星画像で確認 2018年の閉鎖以来初 – BBCニュース
Satellite photos show Iran had another failed space launch | AP News
https://www.space.com/canada-satellite-imagery-for-ukraine-russia-invasion
https://spacenews.com/canada-answers-ukraines-call-for-satellite-radar-imagery/

4~6月:ロシアのウクライナ侵攻の状況が徐々に明らかに

・4月のニュース

2022年3月以降、ウクライナでは東部のドネツィク州の港湾都市マリウポリがロシアの進軍に対して抵抗している様子が明らかになってきました。

マリウポリ市民への攻撃も激しく、産婦人科病院や市中心部の歴史ある劇場に避難した子供たちを含む人々が被害にあっています。

市街地を巻き込む戦闘を明らかにするため、OSINT(Open-Source Intelligence)と呼ばれるコミュニティによるオープンデータの衛星画像利用が拡大しています。

元は森林火災を検出する手法であったNASAのFIRMSのデータから、戦闘に伴う火災をマッピングすることも一般的になりました。

さらに、欧州の光学衛星Sentinel-2は、観測頻度はFIRMSよりも低いものの高分解能で、市街地の小さな火災を見つけることができます。

衛星画像をただ写真として見るのではなく、データに含まれる複数の波長をクイックに解析し、情報を引き出すことが専門家でなくてもできるようになってきました。

マリウポリの郊外では多くの人が埋葬されたと見られる痕跡がMaxarの画像から発見されました。

キーウ郊外のブチャでも殺害された市民が埋葬された場所が見つかっており、マリウポリの埋葬場所の痕跡は戦争犯罪を隠蔽するロシア側の意図があるのではないかと考えられています。

すべての真相が明らかになるには相当な時間がかかりますが、さまざまな戦争犯罪の客観的な記録としての衛星画像の性質も強く社会に意識されるようになってきました。

広範囲で火災発生のマリウポリ、衛星画像で専門家「住宅街でも激しい戦闘」
Satellite imagery points to mass grave site near besieged Mariupol

・5月のニュース

ウクライナに対する攻撃は、ウクライナ国土だけで行われていたものではありませんでした。5月上旬、CNNがシリアのラタキア港に停泊する一隻の貨物船の画像を公開しました。Maxar画像によって鮮明にとらえられた貨物船は、穀物を搭載して到着したロシアの貨物船「マトロス・ポジニッチ」でした。

この穀物はウクライナから奪取され、クリミア半島から積み出されたものだとウクライナ政府は強く非難しています。貨物船マトロス・ポジニッチは寄港予定だったエジプト、レバノンの両国で拒否され、シリアに来たものでした。

世界でも有数の小麦輸出国であるウクライナの穀物輸出が黒海封鎖によって止められ、一方でロシアがそれを不正に輸出している可能性が明らかになったのです。

ロシアによる穀物輸出が不正なものであるなら、エジプト、レバノン政府は寄港を拒むだけでなく貨物船を拿捕して証拠を押さえてしまえばよいのでは? という疑問の声がCNN報道に対するコメントに多く見られました。なぜそれができなかったのか、その手がかりも衛星を利用したデータの中に含まれています。

CNNに情報を提供したウクライナのジャーナリストグループは、穀物の不正輸出に関わっているとされる3隻の貨物船の情報を公開しています。

情報によれば、ラタキア港に停泊してたマトロス・ポジニッチと同じタイプのミハイル・ネナシェフという貨物船があります。

船舶の航行情報を公開しているMarinetraffic.comでマトロス・ポジニッチとミハイル・ネナシェフの5月の航跡を追ってみましょう。

すると、マトロス・ポジニッチより少し後、黒海からボスポラス海峡を通って地中海に入ろうとしていたミハイル・ネナシェフは、5月6日にAISの行き先情報をエジプトのアレキサンドリア港から、レバノンのベイルート港に変更していることがわかります。

そのまま貨物船はトルコの南岸を東へ向かって航行し、キプロスを越えたあたりで同船のAIS(船舶自動識別装置)情報は消失しました。

つまり、ミハイル・ネナシェフは実際にはエジプトにも、レバノンにも行っていないのです。これが両国の政府が貨物船に対して具体的な行動を取ることができなかった大きな理由です。

キプロス沖でAIS信号が消えたミハイル・ネナシェフはその後どうなったのでしょうか? 実はSentinel-2の衛星画像で調査してみると、ミハイル・ネナシェフのAIS信号が消失したおよそ30分後、8kmほど北側に東へ向かって航行する船影があります。進行方向の約90km先には、シリアのラタキア港があります。

Sentinel-2、Sentinel-1の画像を複数突き合わせて調べてみると、ミハイル・ネナシェフはマトロス・ポジニッチに続いて5月12日ごろにラタキア港に入港し、穀物ターミナルで荷降ろしをしたのではないかと考えられます。

衛星画像はいくら鮮明であっても船籍などの決定的な情報を特定することはできず、船体の特徴(全長全幅や機関室の位置、貨物船であればデッキクレーンの有無やハッチカバーの数など)をある程度まで確認することしかできません。

上記の情報はあくまでも、複数の衛星画像とAISを突き合わせて、可能性のあるストーリーを描き出したものです。

ですが、ロシアによる穀物不正輸出といった活動はパターン化して繰り返し行われているとみられ、貨物船の航行データを経時的に追っていくことで、その行動をより確かに追求していくことが可能になります。

ジャーナリストには、その追求の核となっていく役割が求められているのではないでしょうか。

地理院タイルにMarineTraffic船舶AISデータを追記して筆者作成
Sentinel-2画像より筆者作成 Credit : European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2022, processed with EO Broser
2022年5月2日にクリミア半島のセヴァストポリ港の穀物ターミナルに停泊していたミハイル・ネナシェフと思われる貨物船。画像右上に穀物サイロ(たて型の貯蔵建築物)が並んでいる。Pleiadesの衛星画像から著者の秋山が作成 Credit : PLEIADES (C) CNES 2022, Distribution Airbus DS via Sentinel-hub

・6月のニュース

OSINTのコミュニティと活動がニュースの中で注目されるようになり、衛星画像を一般にとって手が届きやすいものにすることに意味がある、という考え方が米国を中心に広がってきています。

ロシアによるウクライナ侵攻に注がれる目はその現れですが、2021年に中国の核ミサイル施設の拡大をOSINTコミュニティが発見した事例があります。

米国の電気工学技術の学会誌「IEEE Spectrum」はこうした事例をきっかけに、安全保障にとって「商用衛星は国家安全保障の次なるフロンティア」という記事を発表。

1シーン数万円の従来の購入方式だけでなく、サブスクリプションやクォータ購入といった方式によって民間のプレーヤーにも高分解能の衛星画像が入手できるようになってきました。

商用衛星のデータはオープンソースではないので、OSINTというよりGEOINT(Geospatial Intelligence)と呼ぶべきですが、成果を上げる事例が増えることで、商用衛星データを解析コミュニティが入手できるよう支援する動きが高まっていくものと期待されます。

Commercial Satellites Are National Security’s Next Frontier – IEEE Spectrum
MDA provides Global Fishing Watch access to RADARSAT-2 imagery to assist in combating illegal fishing – SatNews
USGS deploys satellite imagery in the global fight against illegal mining

7~9月:商用衛星の公共セクターへの提供拡大、パキスタンの洪水

・7月のニュース

商用地球観測衛星データの公共セクターへの提供も拡大しています。

Planetはドイツ連邦政府の組織German Federal Agency for Cartography and Geodesy(略称BKG、日本の国土地理院のような組織)に観測データを提供する契約を発表しました。

約400名のドイツの政府職員は、毎日の観測データを地図や防災、都市計画といった業務に利用できるようになったわけです。

また、米Capella Spaceは、災害時などの高分解能SARデータをAWS上で公開する「SAR オープンデータ」の拡大を発表。

研究者やNGOなどがSARデータを利用して農林水産業、エネルギーと天然資源、インフラストラクチャ、海事、環境、人道問題や自然災害などに関する解析ができるようになっています。

Planet signs contract to provide German federal agencies with daily satellite imagery
Satellite Imagery from Capella Space Now Openly Accessible on the Amazon Web Services Cloud

・8月のニュース

3月のカナダMDAに続き、フィンランドのSAR衛星企業ICEYEもウクライナへのSARデータ提供を決定しました。

ウクライナの俳優によって設立されたウクライナ軍支援組織へのデータ提供というかたちで、同社のコンステレーション中の1機の衛星がウクライナを観測する能力をすべて提供するとしています。

翌9月、ウクライナの国防大臣はSARデータ利用開始から2日で60を超える軍事的な設備を発見した、とその成果を強調しました。

Ukraine gains enhanced access to Iceye imagery and data – SpaceNews
ICEYE satellite imagery yields first results on battlefield – Ukraine’s Defense Minister

・9月のニュース

2022年7月以降、パキスタンでは記録的な大雨による洪水が発生しました。

7月の雨量は例年の2.8倍だったといい、西部のバロチスタン州やシンド州北中部、パンジャブ州南部などが被害を受け、国土の3分の1近くが浸水したとされています。

被害の全容を把握するには、SAR衛星による経時的な観測が不可欠です。JAXAはALOS-2による観測結果を連続して発表しているのですが、残念ながら日本国内のニュースにはほとんど活用されていませんでした。

NASAの光学センサーMODISや欧州のSentinel-1の画像を利用したニュースは、「幅100キロの『湖』が出現」といった見出しとともに関心を集めています。

衛星画像が災害モニタリングに大きな力を発揮することは確かなのですが、ニュースの文脈の中では地道な科学的観測よりも、一部の事象に着目し「わかりやすさ」にフォーカスした言葉選びが注目されてしまうことがよくあります。

ある意味で、衛星画像の「不在」について考えるべき事例だといえそうです。

Source : 画像ライブラリー|ALOS@EORCホームページ

2022年9月パキスタン大洪水、浸水状況の解析を実施 – Synspective-JP
洪水で幅100キロの「湖」が出現 パキスタン南部 – CNN.co.jp

10~12月:戦況の変化を衛星画像で伝えることが日常に、ハワイ島マウナロア火山の噴火も

・10月のニュース

ロシアによるウクライナ侵攻の中で、戦況の変化を衛星画像が伝えることはニュースの日常になりました。

ロシアが2014年に併合したウクライナ南部のクリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア大橋(ケルチ橋)で爆発が起きました。Maxarの衛星画像は、爆発の発生箇所などから状況の検証に力を発揮しています。

また、国連はウクライナの文化遺産の破壊の記録を衛星画像で解析、記録する作業を始めています。マリウポリの劇場の破壊など200以上のリストが作成され、侵攻が文化に対する攻撃でもあるということを明らかにしています。

クリミア半島とロシア結ぶ橋で爆発 「自動車爆弾」との情報も | 毎日新聞
UN steps up satellite tracking of damage to Ukraine culture – The Mainichi

・11月のニュース

1月のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山に続き、ハワイ島マウナロア火山で11月27日に噴火が発生しました。噴火の様子は航空機や同じハワイ島のマウナケア山からも観測できるため、衛星は唯一の選択肢というわけではありません。

とはいえ溶岩流のモニタリングには衛星が活躍します。当初は山頂のカルデラ内にとどまっていた溶岩流が周辺の道路や施設に影響する可能性について、NASAはLandsat 9の観測から検証しています。

Credit : ©NASA Source : Living the Lava Life on Mauna Loa

Stunning images from the eruption of Hawaii’s Mauna Loa volcano

・12月のニュース

12月19日、北朝鮮は独自の偵察衛星が撮影したという画像を公開しました。

韓国のソウルと仁川を撮影したという画像はモノクロ(パンクロマチック)で、聯合ニュースの記事では分解能は20m程度だろうと分析しています。

決して高性能とはいえず、「偵察衛星といえるのは分解能0.5mから」という専門家コメントもうなずけるものです。

一方でVoice of Americaの記事では「衛星画像、データ送信システム、地上管制システムの能力を評価することを目標に」開発を進めているといい、独自に衛星の能力を育成しているその動向には、引き続き注視するべきと思えます。

S. Korea releases high-resolution satellite photo of Pyongyang | Yonhap News Agency
North Korea Claims Spy Satellite Progress, Posts Imagery of Seoul, Incheon

2023年、衛星画像とメディアはどうなる?

「2022年は、JAXAの先進光学衛星『だいち3号(ALOS-3)』が打ち上げ予定です。新たな衛星からの画像をきっかけに、日本でも衛星画像がニュースに登場する頻度向上に期待しています」

昨年このように展望を述べたのですが、だいち3号はH3ロケット開発の遅れから2023年2月12日の打ち上げ(予定)となり、まだ実現していません。

にもかかわらず、ロシアによるウクライナ侵攻がメディアによる衛星画像を拡大、牽引することになりました。

衛星画像利用の手法や知見はメディアに蓄積されているとはまだいえず、日本では活用が期待される夏季の水害のSAR観測なども、一部のメディアやジャーナリストがかなり属人的な努力として行っているという状況です。

一方で、大手メディアでも活用を模索する動きが始まっていて、水面下では大きな利用拡大の前夜という実感もあります。

2023年には、ジャーナリストが自らを教育・訓練し、衛星画像から新たな分析やニュースの裏付けを引き出す知識を身に付けようとする活動は拡大すると思われます。

その際には、アーカイブされたデータを活用して手を動かし、実践的に衛星画像を解析するトレーニングがより必要になります。教育を支援する活動がビジネスとして成立する可能性もあります。

Tellusセミナーはその中で存在感を発揮すると思われ、またSentinel HubやUSGSのEarth Explorer、商用地球観測衛星企業のオープンデータの取り組みも重要になるでしょう。

ジャーナリストは、衛星画像の利用においては実は優遇されている存在です。たとえばGoogle Earth Engineはジャーナリストや公共セクターはライセンス料なしで利用することができます。

積極的に求めればデータや支援活動は多く存在し、活用できるかどうかは自分次第、という状況になりつつあります。

意思を持って衛星画像を利用していくことで、ジャーナリズムもユーザーとしての存在感を発揮し、だいち3号、続くだいち4号のデータ利用コミュニティに主体的に参加することができるのではないでしょうか。

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