マイクロファイナンス、金融包摂とは? マイクロファイナンスに取り組む企業と衛星データの役割
貧困層や低所得者層向けの、小規模の貸し付け・貯蓄・保険・送金などの金融サービスであるマイクロファイナンスの紹介と、それに取り組む企業、衛星データ活用の可能性をまとめました。
(1)マイクロファイナンス、金融包摂とは? 貧困の解消に寄与すると考えられている理由
マイクロファイナンスとは、貧困層や低所得者層向けの、小規模の貸し付け・貯蓄・保険・送金などの金融サービスです。ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行が、この仕組みを世界に広めたとされています。
また、マイクロファイナンスと同じ文脈で使われることが多い言葉で「金融包摂」があります。金融包摂とは、経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるように支援する取り組み全般を指し、マイクロファイナンスは金融包摂の1つと言えます。
マイクロファイナンスが貧困の解消に寄与する理由は、貸し付けや保険、送金などの金融サービスを利用することで、利用者である貧困層が収入向上や教育機会の獲得に向けた投資を行うことができたり、けがや病気への備えができるようになるからです。
(2)世界的なマイクロファイナンス・金融包摂の拡がりと市場規模
マイクロファイナンスは近年、世界的な広がりを見せています。
世界のマイクロファイナンス市場は2019年には既に約1.5兆ドルの規模となっており、2024年には約2.2兆ドルに達すると予想されています。
また、今後のマイクロファイナンス市場の拡大が期待される1つの材料として、マイクロファイナンスを事業として行うスタートアップへの投資金額が年々増加していることもあります。
例えば、「五常・アンド・カンパニー」は2023年8月に、合計41億円の資金調達に成功し、2014年7月からの累計資本調達額は289億円となりました。マイクロファイナンス事業のこれからに対する投資家からの期待感の現れと言うことが出来るでしょう。
(3)マイクロファイナンス・金融包摂のサービスを提供しているプレイヤーと事例
現在、マイクロファイナンス・金融包摂のサービスを提供する機関を一部紹介していきます。
1.グラミン銀行
グラミン銀行は冒頭でもご紹介しましたが、マイクロファイナンスの仕組みを世界に広めるきっかけとなったバングラデシュの金融機関です。
一般的に、貧困層を対象としてお金を貸すという行為は、銀行にとっては返済が滞ってしまうリスクが高く、避けられるべき行為と言えるでしょう。
では、なぜグラミン銀行は貧困層を対象に金融サービスをできるようになったのでしょうか。それには2つの理由があります。
1つ目は、顧客である貧困層が銀行に出向くのではなく、銀行員が村を訪問して手続きする「移動業務」の形態をとったことです。これにより銀行側はまとめて顧客を相手にすることができるようになりました。
2つ目は借手同士で返済が滞った場合の肩代わりをする「5人組」と呼ばれるグループを作ったことです。これにより銀行側の返済管理を容易にしました。
しかしながら、貧困層の金融サービスへのアクセスを実現したグラミン銀行は、1988年の大洪水により大きな経営危機に陥っています。
この大洪水はバングラデシュの68%を水没させ、住宅や畑などに大きな被害を及ぼし、貧困層の返済能力を奪いました。
この危機の際にグラミン銀行がしたことは、貧困層への融資を控え、富裕層向けの貸出を増やすような方針の転換ではなく、貧困層の利便性向上による更なる集客でした。
それは、5人組を基盤とした貸付から個人貸付への方針転換や、返済困難な債務者に対する返済スケジュールの見直し、貧困層への大規模融資の実行といった、「Grameen-Ⅱモデル」という貧困層に寄り添うサービスを提供したことにより、経営の維持・拡大を実現。
担保を有さない貧困層に対し、金融サービスを提供し続けることを実現しており、現在もマイクロファイナンスを提供する代表的なプレーヤーとして事業を継続しています。
2.BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)
BRACは1972年、グラミン銀行と同じくバングラデシュにて設立されたNGOです。貧困撲滅を目的として、食糧生産、教育、保険、金融ビジネスなど多岐に渡る事業を展開しており、1974年よりマイクロファイナンス事業を開始しました。
独立戦争後に被害を受けていた人々に継続的な支援を実施し、人々の自立をサポートしました。
BRACのマイクロファイナンスの特徴は、他の金融機関と異なり、少額融資を提供するだけでなく、事業を起こすためにスキルトレーニング、技術支援、マーケティング支援など、借手のための様々なサービスを併せて提供する点です。
少し話が脱線しますが、BRACは貧困層だけでなく、次世代リーダー等の人材育成を目的としてBRAC大学を創設したり、2019年には日本の公文教育研究会とライセンス契約を結び、バングラデシュ国内に公文式学習を広める事業を行う等、教育分野の取り組みも推進しています。
上記のようにBRACは貧困問題解決に向けマイクロファイナンスを含む多岐事業を展開しています。
3.Safaricom
世界的な通信事業会社ボーダフォンの子会社「Safaricom」は、2007年よりM-PESAというモバイルマネーサービスを開始しました。
M-PESAにより、銀行口座を介さずに携帯端末からインターネット経由で金融取引を直接行うことが出来るようになりました。
ケニアの人々の日常で発生するお金のやりとり(農家が野菜を売った際の支払やレストラン予約の際のデポジット等)を通信上で安く・早く・正確に行うことを可能にしました。
日本でも近年Pay PayなどのQR決済の普及により、銀行口座を介さないお金のやりとりが一般的となりましたが、Safaricomは途上国での少額送金のニーズをいち早くキャッチし、事業を展開することに成功しました。
M-PESAの登場によりサブサハラ・アフリカ地域におけるモバイル口座数は飛躍的に拡大し、マイクロファイナンスのデジタル化の発展に大きく貢献しました。
(4)日本におけるマイクロファイナンスの海外展開
世界的に広がりを見せるマイクロファイナンスですが、日本でもサービスを提供する金融機関が増えてきています。
代表的な機関でいうと、グラミン銀行の日本版であるグラミン日本や、先ほど資金調達に成功した会社として紹介した「すべての人に金融包摂を届ける」ことをミッションとする五常・アンド・カンパニー、カンボジアの金融機関に対して貸付する貸付型クラウドファンディングサービスを行うSAMURAI証券など、いくつかの日本企業がマイクロファイナンスに乗り出しています。
これら日本企業がマイクロファイナンスを海外の新興国向けに提供する理由は一体なんでしょうか。
それは、新興国のマイクロファイナンス事業に対する期待感もありますが、一番は、貧困層の救済が社会的に求められているからと推測されます。
国連が2015年に採択した持続可能な開発目標のアジェンダであるSDGsには、1項目目に「地球上のあらゆる形の貧困をなくそう」が掲げられているように、貧困問題の解決が急務となっています。
グラミン銀行のあるバングラデシュの貧困率は1970年代に約70%、2000年には約50%と低下はしているものの、未だに貧困層が多いことが課題となっています。
この課題の解決策の1つとしてマイクロファイナンスが注目を集めており、日本企業が新興国向けにマイクロファイナンスを提供する理由です。
(5)マイクロファイナンス・金融包摂に衛星データが活用されている事例
そして、近年はマイクロファイナンスに衛星データが活用される事例が増えてきています。
1.インドにおけるマイクロファイナンス支援事業(サグリ株式会社)
サグリは「人類と地球の共存を実現する」をビジョンに2018年6月に創業し、日本で様々なデータを元にした農薬や肥料、収穫の最適化を行うアプリを提供する企業です。
茨城県やつくば市から依頼を受け、人工衛星のデータを活用した耕作放棄地を突き止めるサービスを提供するなど、衛星データとAIによる機械学習技術を掛け合わせ、農業と環境の課題解決を行う事業を展開しています。
そんなサグリが2019年9月、JETRO(日本貿易振興機構)の日印スタートアップハブ第一号案件として、ベンガルールに現地法人「サグリ・ベンガルール・プライベート・リミテッド(Sagri Bengaluru Private Limited)」を設立し、人工衛星の技術を応用したマイクロファイナンス事業を開始しました。
人工衛星で取得した農業データを金融機関に提供することで、インドの農家の方が信用力を高め、適正なレートで融資を受けられるようにしました。
金融機関はこの農業データから将来の農家の収入見込みと返済能力を予測できるので、融資に際して適正なレートが設定できるようになります。
同社の主要技術は、高解像度の人工衛星データをAI画像解析で評価し、世界各地の農地を自動的に区分する「AIポリゴン」です。加えて、耕作された土地の衛星データとAI機械学習を活用し、土壌の化学的属性を分析できる手法も開発しています。これらの技術は、ASEAN、南アジア、アフリカなど、小規模な農地を持つ途上国においても活用が期待されています。肥料管理や農業指導、さらにはマイクロファイナンスの信用創造を通じて、途上国の農家の収益を向上させることを目的としています。
2.農地衛星情報を活用した小規模農家向けマイクロファイナンス(スペースシフト)
2021年12月、衛星データのシステムの開発を手がけるスペースシフトは、ナイジェリアの小規模農家を対象に衛星データを用いたマイクロファイナンスサービスの提供に向けて実証を開始しました。
スペースシフトは、地上観測衛星から得られる画像をAI技術により解析し、ナイジェリアの農家の作業進捗や農作物の生育状況をデータ化します。それらのデータは、農家の信用スコア作成に活かされ、ブロックチェーン上で与信管理を行うとともに、その与信データを基にして出資先の農家の与信審査を行うマイクロファイナンスシステムが構築・運用されます。
与信審査を通過した農家への支援として、まずは日本製の農機具や収穫向上のための肥料など資材の提供を行う予定で、その後実績のある農家から資金提供に移行していく計画です。
スペースシフトは、衛星データ×ブロックチェーン×農業資材提供という世界初の取り組みを通じ、アフリカ農家の農業DXを推進し、農作業の効率化や収穫量の増加等に貢献していきます。
本サービスを通じ、与信がないため金融機関から経済的支援を受けることが難しいナイジェリアの小規模農家の農業の継続・効率化、貧困からの脱出を支援します。
2023年度中にナイジェリアの小規模農家2000万世帯の10%に当たる200万世帯でのサービス導入を目指します。
3.サブサハラアフリカの小規模農家向けマイクロファイナンス(Degas)
2023年12月4日時点で一般的な金融機関の融資対象にならなかったサブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南のアフリカの地域のこと)の小規模農家累計46,000軒にファイナンスを提供しているのは、Degasです。
同社は2023年11月にPlanet Labs(以下、Planet)のパートナーシップ「Planet Ecosystem」に参画。農業資材や農地評価、営農指導、収穫物等のデータを自社アプリおよびPlanetなどの光学衛星で収集、管理し、AIを活用した小規模農家の与信スコアの形成。そのうえで高い回収率を実現するオペレーションに強みを持っているといいます。
同社は農家ファイナンス事業を通して培ったオペレーションの強みもあり、2023年6月に不二製油グループのフジオイルガーナとガーナ北部でのサステナブルなシアカーネル(シアナッツ)の調達とトレーサビリティの実現を目的とした契約を締結。小規模農家への金銭的支援のみではなく、新たな収入アップの機会も創出しています。
(6)マイクロファイナンス・金融包摂における衛星データの価値と役割
前章で紹介したように、マイクロファイナンス分野における衛星データの活用事例が増えていますが、衛星データを組み合わせる価値は何でしょうか。
繰り返しになりますが、マイクロファイナンスは貧困層や低所得者層向けの、小規模の金融サービスです。
つまり、金融機関からすると、一般的な融資対象者よりも、返済能力が低い人に対して融資をするため、融資したお金の回収可能性が低い、よりリスクのある融資というわけです。
そのため、衛星データを活用して貸出先の農家の状況をより精緻に捉えることが出来るようになり、与信をより正確に判断できるようになるわけです。
金融機関内でも、回収可能性をより根拠を持って提示できるようになるため、融資する農家の数を増やすことができます。
一方、農家目線で見ても、今まで定性的にしか提示することのできなかった自分の農地の状況や収穫量の見通し等を、定量的な根拠のあるデータを用いて提示することが出来るようになるため、金融機関からの与信を受けやすくなるのです。
上記のように、マイクロファイナンスに衛星データを活用することで、マイクロファイナンスの普及がより一層進み、小規模農家の貧困からの脱出をより一層前進させることが期待できるのです。
(7)今後の展望
ここまでマイクロファイナンスの概要から衛星データを活用するケースまでお話してきました。
1970年代にグラミン銀行が始めた本事業ですが、2015年の持続可能な開発目標において貧困問題の解決が叫ばれた背景もあり、今後もより一層の普及が予想されます。
近年では、マイクロファイナンスに携帯端末を絡めたり、与信調査にIoTデバイスを活用したり、与信の精度を高めるために衛星データを活用したり、マイクロファイナンスをより多くの人に届けるべく、「マイクロファイナンス×○○」という掛け算の事業が拡大しています。
衛星データを活用する事業者はまだまだ少ない印象もあるので、当領域への事業展開をご検討されるのも一手かもしません。
【参考情報】
BRAC バングラデシュ農村の社会開発 立教大学論文
グラミン銀行~進化する貧困層を対象に金融サービスを提供するビジネスモデル~ – 事例紹介 | Bangland
朝日新聞 マイクロファイナンス