【パートナーシップ×アジャイル開発】JFEエンジニアリングと将来宇宙輸送システムの協業に関する契約調印式で語られた開発戦略
将来宇宙輸送システムは2025年5月28日、JFEエンジニアリングとの協業に関する基本契約の調印式を行いました。そこで語られた内容と同社のユニークな開発戦略についてまとめました。
将来宇宙輸送システムは2025年5月28日、JFEエンジニアリングとの協業に関する基本契約調印式を、JFEエンジニアリング鶴見製作所において行いました。
この協業により、将来宇宙輸送システムは2500平方メートルの広大なスペースをJFEエンジニアリング鶴見製作所内に確保し、再使用型ロケット「ASCA1」シリーズの開発・製造拠点として活用することとなりました。
同時に発表されたのが、今年中のASCA1.0の打ち上げ計画です。アメリカのスペースポートアメリカでの打ち上げを予定しており、これは日系企業による再使用型ロケットの試験打ち上げとしては初の試みとなります。将来宇宙輸送システム代表取締役社長の畑田康二郎さんは「2040年頃には誰もがハワイ旅行に行くよりも安く宇宙に行ける時代を実現したい」と述べ、同社の壮大なビジョンを語りました。

本記事では、基本契約調印式にて将来宇宙輸送システムの事業状況およびJFEエンジニアリングとの協業の経緯についてまとめています。
将来宇宙輸送システムの事業戦略:段階的アプローチで夢を現実に
将来宇宙輸送システムの事業戦略は三段階ステップ方式で構成されています。2040年には50人程度が搭乗可能な「ASCA3」による本格的な宇宙輸送サービスの実現を目指し、そこから逆算して段階的に技術を獲得していく計画です。

最初のマイルストーンは2028年3月までのASCA1.2による衛星打ち上げ実現です。全備重量26トン、全長22.4メートルの機体で、100キログラム程度の人工衛星を高度500キロメートルまで打ち上げる能力を持ちます。この段階で一定の売上と利益を確保し、事業の持続性を確立します。
2030年代前半には人が安全に宇宙に行き来できる有人宇宙輸送機ASCA2シリーズを開発・運用します。貨物輸送で蓄積した技術と運用実績をベースに、人を乗せても安全な輸送システムを構築する計画です。
そして、最終的には「ASCA3」により、誰もが気軽に宇宙旅行を楽しめる時代を実現します。高度3万メートル以上を飛行することで空気抵抗をほぼ回避し、マッハ10〜20での高速移動により地球の裏側まで1時間以内でアクセス可能にします。これにより宇宙旅行のみならず、地上の長距離輸送インフラを根本から変革します。
畑田さんは「飛行機が100年前のライト兄弟の実験から800人乗りのジャンボジェットまで発展したように、ロケット輸送も近い将来当たり前になる」と語り、同社が進める技術革新への意気込みを話しました。
JFEエンジニアリングとの協業:社内ベンチャー出向制度から始まった本格連携
JFEエンジニアリングとの連携は、意外なことがきっかけでした。JFEエンジニアリングから将来宇宙輸送システムにベンチャー出向していた若手社員が「技術開発に使えそうな場所がある」と提案した場所がJFEエンジニアリング 鶴見製作所だったのです。
JFEエンジニアリング鶴見製作所の戸田専務執行役員は「1916年から100年余りこの地で重工業製品を作ってきました。造船業創業者の浅野総一郎氏のベンチャー精神を受け継ぎ、今度はベンチャー企業が宇宙に向けて挑戦する場になることに意義深さを感じる」と述べました。2024年夏に出会ってから1年弱で本格連携を実施するスピード感にJFEエンジニアリングの本連携に対する本気度が伺えます。
同社は近年、大型金属3Dプリンターの導入など新技術への取り組みを進めており、宇宙産業への参入機会として今回の協業を捉えています。「図面さえあれば何でも作る」をモットーに培った製造技術を活かし、ロケット部品の加工・組み立て受託や積層造形部品供給などを通じて宇宙関連事業への参入を目指します。

協業は単なる場所の賃貸借を超えた技術連携を含みます。将来宇宙輸送システムの開発作業を通じてJFEエンジニアリング側が宇宙開発の要求品質や加工技術を学び、逆にJFEエンジニアリングの持つ製造技術や品質管理ノウハウを将来宇宙輸送システムが活用する相互利益関係を構築します。現場での共同作業や月1回程度の定期ミーティングを通じて、具体的な協力領域を模索していく計画です。
今回の連携について、JFEエンジニアリングの戸田専務執行役員は「スタートアップ企業への参画に対する当社の積極性および将来宇宙輸送システムの強い熱意をもとに、熱が冷める間もなく会社に持ち上げて一気に話を進めることができました」と話されました。また、JFEエンジニアリング 鶴見製作所の吉井所長は「将来宇宙輸送システムの熱意と社内関係者の熱望を感じたことで覚悟を決めて『一気にいくぞ』という姿勢で調整を進めていきました」と当時の思いを教えていただきました。
ASCA1.0で実証すること:日系企業初の挑戦
2025年中に打ち上げ予定のASCA1.0は、直径約2メートル、全長8.3メートルの機体で、高度100メートルまで上昇後、50メートル先の地点に精密着陸する35秒間のミッションを計画しています。

ASCA1.0プロジェクトマネージャーの三井龍一さんは、ASCA1.0の目的として3点を掲げていることを説明しました。

第一に「着陸フェーズの姿勢制御及び誘導制御技術の獲得」として、将来のASCA1.2での一段再使用に必要な高精度着陸技術を実証すること。第二に「2025年内の飛行実証」により、2028年の衛星打ち上げに向けた年1機ペースの開発サイクルを確立すること。第三に「再使用に向けた整備運用手法の確立」として、回収した機体の点検・整備プロセスを構築することです。
また、ASCA1.0の特徴は「エンジン」「金属3Dプリンター」「モデル予測制御」「自立飛行安全システム」の4つのキーワードで表現されるとのこと。
「エンジン」については、アメリカのUrsa Major Technologiesからの購入により開発リスクとコストを最小化し、機体開発にリソースを集中します。
「金属3Dプリンター」では、ASCA1.0を構成する4つのセクションのうち3つ (LOX (液体酸素) セクション、ケロシンタンクセクション、エンジンセクション) のそれぞれを約6週間で製造可能にし、イギリスのクランフィールド大学との連携でWAAM技術を活用します。
「モデル予測制御」では、搭載コンピュータが毎サイクル最適軌道を計算し、燃料消費を最小化しながら目標地点への精密誘導を実現します。
「自律飛行安全システム」では、機体自身が飛行経路と健全性を監視し、異常検知時には安全な緊急着陸を試みる機能を搭載します。
将来宇宙輸送システム最高事業責任者の嶋田敬一郎さんは、米国法人Sirius Technologiesを通じた現地展開について説明しました。

日系企業によるロケット開発会社としてコロラド州初の進出となり、FAA申請も日系企業による再使用型ロケットとしては初めてです。4月23日に申請を提出済みで、スペースポートアメリカとの複数年契約も締結しました。
コロラド北部の地方空港 (Northern Colorado Regional Airport) に格納庫をリース契約し、日本から輸送された機体の受け入れと試験を実施する予定です。「米国における内陸打ち上げの需要価値が高まっており、再使用型ロケットを内陸から打ち上げる取り組みとして注目されています」と島田氏は述べました。
グローバルなパートナーシップでアジャイル開発を進めるポイント
将来宇宙輸送システムが推進するロケット開発の特徴は、グローバルなパートナーシップとアジャイル開発の組み合わせにあります。従来のロケット開発が5〜10年のウォーターフォール型だったのに対し、毎年バージョンアップしながら最新技術を取り込む手法を採用しています。
米国Ursa Major Technologiesのロケットエンジンは飛行実績があり、迅速な対応が可能です。イギリスのクランフィールド大学発スタートアップWAAM3Dも、将来宇宙輸送システムの意思決定スピードを高く評価しています。
一方で大学や大企業との連携では、具体的な技術課題を持参することが重要だとします。
「クランフィールド大学も最初は腰が重かったが、具体的な課題を持っていくと先生方が身を乗り出してくれた」と畑田さんは振り返ります。
スタートアップの機動力を活かして新企画を持ち込み、大企業や大学の持つ大きな力を引き出すことがパートナーシップ成功の鍵であり、「お互いのいいとこ取りで、スタートアップが新しい企画を持ち込めば、パートナーが大きな力を発揮してくれる」と語ります。
日本のロケット再使用技術については、JAXAとの関係も重要な要素です。将来宇宙輸送システムは退官した研究者をアドバイザーに迎える一方、現在進行中のCALLISTOプロジェクト (1段再使用飛行実験プロジェクト) とも技術者レベルでの意見交換を継続しています。「JAXAが15年前からSpaceXより先行していた技術を継承して、事業につなげたい」との思いがあります。
2028年3月末の大樹町打ち上げに向けて:長期調整と短期開発の両立
将来宇宙輸送システムは2028年3月までのASCA1.2打ち上げに向けて、北海道大樹町の北海道スペースポートHOSPOでの実施を検討しています。畑田さんは「技術的な調整はほぼ終えており、基本合意に至り次第、Space Cotanとの調印式も計画している」と述べました。

宇宙港との調整のような時間のかかる交渉は早期に着手し、技術開発はアジャイルに進める戦略です。「初号機をどこでやるか決めないと計画が進まないので、時間がかかる交渉は早め早めに進める」と畑田さんは説明します。
結び:技術・ビジネス・社会をつなぐ宇宙輸送の未来
将来宇宙輸送システムが取り組んでいるのは、単なるロケット開発ではありません。100年の伝統のある製造業のJFEエンジニアリングと若いスタートアップが協力し、グローバルでのパートナーシップを巧みに構築しながら、新しい宇宙輸送インフラを共創していくという壮大な産業ビジョンの実現です。
その挑戦の鍵となるのは、次の3点です。
・将来を見据えたビジネス、デザイン、技術の融合
・技術を段階的に因数分解して習得していく設計
・柔軟な選択肢と連携によるアジャイル開発
「技術で勝って、事業で負ける」と言われることもある日本の宇宙開発ですが、将来宇宙輸送システムはそれを変えようとしています。日本国内に選択肢を持ち、世界の中で競争力を発揮できる宇宙輸送サービスを創る──そのチャレンジに今後も期待が高まります。