宙畑 Sorabatake

企業人インタビュー

「持つべきものを持てた」JAXA瀧口太理事に訊く、30年以上技術力を磨いた日本の地球観測衛星の歴史と展望

日本の地球観測衛星や実用衛星はどのように進化をとげ、今、国際社会でどのような位置づけにあるのか。JAXAで長年、衛星開発利用を牽引してきた瀧口太理事にじっくり伺いました。

頻発する自然災害、地球規模で進む温暖化や異常気象・・宇宙から地球の変化をとらえ続ける地球観測衛星に求められる役割は年々大きくなっています。日本の地球観測衛星や実用衛星はどのように進化をとげ、今、国際社会でどのような位置づけにあるのか。その強みは、そして展望は。民間との役割分担は。JAXA(宇宙航空研究開発機構)で長年、衛星開発利用を牽引してきた瀧口太理事にじっくり伺いました。

JAXA理事 瀧口太さん 
大阪大学大学院で電気推進を学ぶ。1992年NASDA(宇宙開発事業団)入社。最初の赴任地は種子島。1994年2月、純国産技術による大型ロケットH2の打ち上げからキャリアがスタート。2003年のJAXA発足時は経営企画部で「JAXA長期ビジョン2025」作成に取り組む。その後、陸域観測技術衛星だいち(ALOS)を使った防災活動を約5年間指揮。第二宇宙技術部門プロジェクトマネージャなどを経て2024年4月より現職。入社後初の成功体験は、種子島宇宙センターの食堂にアイスクリームを入れることに成功して、喜んでもらえたこと。

(1)「宇宙と宙を生かし、安全で豊かな社会を実現」30年間変わらないJAXAの役割

宙畑:まずはJAXAにおける人工衛星開発についての根本的な理念や社会的役割について、教えてください。

瀧口:JAXAは経営理念に「宇宙と空を活かし、安全で豊かな社会を実現します」と掲げています。「先導的な技術開発を行い、幅広い英知と共に生み出した成果を人類社会に展開します」というのが今のJAXAの社是であり、理念です。

これは以前から色々な言葉で言い換えられてきていると思います。たとえば、私は2003年のJAXA設立直後に経営企画部にいました。発足前後、ロケットや人工衛星の事故が相次ぎ、事故処理に追われて未来が見えないということで、当時の間宮馨副理事長がリーダーシップをとり「JAXA長期ビジョン2025」を作成、2005年に発表したんです。

書籍も発刊されていました

宙畑:2005年ですか。

瀧口:はい、そのビジョンの中で、人工衛星を使って防災活動をするという内容を書きました。すると間宮副理事長から「ビジョンの実現までやりなさい」と言われまして、ALOS(だいち)を使った防災活動を5年ぐらい指揮しました。

長期ビジョンに盛り込まれたように宇宙システム、情報収集、伝達配信手段などのインフラを統合して、社会にきちんと浸透させることをやっていかなければならないと。人工衛星をもつことの意義は、日本にとどまらず地球全体を相手にすることです。

そこで、アジアの皆さんとパートナーを組んで、国際的な防災の枠組みである「センチネルアジア」を立ち上げました。アジアの中で日本が宇宙という有効な手段を使いながら、豊かで安定した社会を作っていくということが、私の中の基本にあります。

宙畑:今でこそ、測位衛星や通信衛星、地球観測衛星が生活に役立っているという実感を多くの人が持っている気がしますが、2005年当時は、宇宙が生活の基盤になっているという認識はどのくらいあったのでしょうか?

瀧口:「生活に役立つ宇宙」というのは、JAXA以前にNASDAが作られた時(1969年10月1日)から、日本が目指したことです。静止衛星の中でも王道中の王道である3本柱、気象・通信・放送の3つの衛星は欧米が先駆けて、生活に役立つ宇宙開発の実例として示してきました。

日本も1980年代から実用化のための技術開発を進めています。気象衛星は気象庁、通信衛星は当時の電電公社(今のNTT)、放送衛星はNHKの衛星でしたが、NASDAは彼らや衛星メーカーと一緒になって、実用化衛星システムで日本を豊かにするという旗印のもと、産学官一体となった形で進めました。一気に国産化は無理なので、海外の技術を導入しながら、衛星メーカーは力を蓄えていったのです。

(2)苦難の歴史とJAXA地球観測衛星の形の変化

瀧口:ただ、実用衛星の開発について、徐々に国産化率を上げていこうと技術力を高めてきたところに、大きな出来事がありました。それが、1990年の日米衛星調達合意です。

この合意は、日本政府の衛星は、研究開発や安全保障を目的とした衛星を除いて国際競争入札にかけるという内容でした。つまり、実用衛星の市場を開放し、アメリカの人工衛星も比較検討のテーブルに載せることとなります。衛星については一日の長があるアメリカの衛星は当然コストも安いしパワフルです。気象・通信・放送衛星はアメリカの衛星を調達するようになりました。

そこで、NASDAは研究開発衛星という方向に舵を切り、それ以降、実用と研究開発の二つに分断されてしまったんです。

宙畑:実用と研究開発で90年に一度、分断が起きてしまったなかで、地球観測衛星はどのような位置づけだったのでしょうか?

瀧口:90年合意の時は、地球観測衛星は地球科学者がサイエンス目的で使うという整理だったんです。

ただ、1996年に打ち上げられた地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」、2002年に打ち上げられた「みどり2」はいずれも打ち上げ後に異常が発生し、ミッション終了してしまいました。当時は苦難の連続でしたね。

どちらも太陽電池パドルに関連するトラブルでした。両衛星とも4トン級の大型衛星で多数のセンサを搭載し、それらセンサの視野を邪魔しないように、太陽電池パドルを1枚にしていました。

Credit : JAXA

瀧口:つまり、欲張りだったのです。2機の衛星の失敗を経て、「絶対壊れない衛星を作る」というのがJAXAのテーマの一つになりました。そこで2009年の温室効果ガス観測衛星いぶき(GOSAT)以降は、太陽電池パドルが2枚になりました。

宙畑:「この衛星を開発しよう」と決めるステップは、当時と今とで変化がありますか?

瀧口:90年合意以降はやはり「シーズ志向」でした。この技術は世界がやっていて、日本も追いつかないといけないとか、これはこう役立つはずだと。

当時は科学技術庁の下で、技術開発を目標に掲げて「追いつけ追い越せ」のフラグをあげていました。

転換点になったのは、2006年に打ち上げられたALOS(陸域観測試験衛星だいち)です。JAXA発足後は、何の役に立つのかという「ニーズ志向」が強くなりました。ただし、ユーザーのニーズを意識しながらも、なおかつ技術開発要素もあるという両輪が重要です。チャレンジングでありつつこの技術が使えるようになると、こんな人たちに喜んでもらえるということをセットに、プロジェクト立案をしていくようになりました。

(3)「初めて話します」だいち2号に光学センサでなくLバンドSARセンサを搭載したワケ

宙畑:「だいち」の話が出ましたが、初号機は光学センサとLバンド合成開口レーダ(SAR)の両方を搭載していました。それが、2号機以降はSARか光学センサかの一択になり、2号機では先にSARが搭載されました。その理由を教えて頂けますか?

瀧口:あまり外には知られていない裏話を話します。

瀧口:「みどり」や「だいち」は4トン級の大型衛星で、開発に約10年かかりました。予算も大きい。大型プロジェクトはなかなか早く実現しないということを反省し、もっと社会に役立つためにスピード感を出すべきだ。

そのために、1衛星に1ミッションにしようという方向が打ち出されたのです。アメリカに「すべての卵を一つのかごに入れるな」という諺があります。かごを落とせばすべての卵は割れる。つまり欲張るなということです。そこで、だいち2号から光学とSARを分散することにしました。2号機でどちらを先にするかの議論になった時、当時の立川理事長が「プロを相手にしよう」と言われたのです。

宙畑:作るプロですか?それとも使う側のプロですか?

瀧口:防災など、使う側です。光学センサの画像はパッと見てわかりやすいし、商用マーケットがグーっと伸びてきていましたから、私はどちらかと言えば、多様なニーズに対応できる光学センサが先の方がいいという意見でした。一方、災害対応において、プロとして限られた時間の中で情報収集を行わなければならない防災関係者にとっては、全天候観測ができるSARの方が有益になるであろうという考え方で、ALOS-2をSAR衛星とし、ALOS-3を光学衛星としました。

また、パッと見てわかりにくいデータから情報を読み解くには解析ツールやデータベースが必要で、最初から民間が取り組むのは難しいだろうと。我々のような研究開発法人は、プロが使う衛星をやるべしということでSARが先だと判断しました。先見の明があったと思います。

宙畑:LバンドSARは日本のお家芸とも言える技術になっていると思うのですが、その歴史はどこまでさかのぼるのでしょうか。

瀧口:Lバンド合成開口レーダ(SAR)のルーツは1992年に打ち上げられた地球資源衛星「ふよう(JERS-1)」に遡ります。「ふよう」は当時の通商産業省(現在の経済産業省)とJAXAの共同開発で、資源探査を主目的にしていました。Lバンドは植生(森林や草など)の透過性がよくて地表の地形がよくわかります。

瀧口:地層が曲がりくねった褶曲構造に石油や天然ガスが存在していることがあるので、そうした資源を探そうとしたようです。地形がわかるのなら、災害時の地形変化の把握に役立つのではないか、ということでSARを始めとする衛星の災害活用をJAXA長期ビジョン2025でも打ち出していきました。

宙畑:初めは資源探査目的で、だんだん災害時の活用も利用目的に入っていったという流れなのですね。

瀧口:はい。解像度が上がってきたこともあって災害時に使えそうだと。それからSAR衛星はインターフェロメトリ、干渉の手法を使った地殻変動計測にも使えます。JAXAの技術者が中心に磨き上げてその成果をみんなで使おうということで、コミュニティとも共有しました。だいち2号や4号では国土地理院さん主導で地殻変動解析をやってもらっています。単に画像を撮るだけではなく、科学計測の中から情報を生み出す。これらはやはり学術要素があって、研究機関の仕事だと思います。

宙畑:だいち2号は能登半島地震発災の約7時間後に緊急観測を実施、翌朝にはSARの解析画像を届けていますね。最大4㎞もの大規模な隆起が発生していることも地殻変動解析からわかっています。2024年に打ち上げられた、だいち4号に期待することはなんでしょうか?

瀧口:だいち4号は3mのものまで見分ける高分解能をもちながら、観測幅200㎞(だいち2号は50㎞)という広いエリアを観測できるのが特徴です。南海トラフ巨大地震などの広域災害が起こった際にも可能な限り対応していけるよう観測幅を拡張しました。LバンドSARで世界初となるデジタル・ビーム・フォーミング(DBF)技術を採用したことで広い観測幅が実現できました。

宙畑:ニーズが起点となって世界初の技術も生まれているわけですね。

瀧口:これからもニーズとシーズの良いループを回し続けることが重要です。また、NASAのNISAR、欧州ではROSE-Lとか世界の宇宙機関もLバンドSARにシフトしつつある傾向が見えます。おそらく次のシーズは、衛星の中で画像処理・情報抽出までしてしまうオンボードコンピューティングが登場してくることになると思います。

宙畑メモ:オンボードコンピューティング(エッジコンピューティング)とは
衛星内でデータの解析処理を行い、必要な情報だけにデータ量を圧縮して地上に伝送できるようにする技術。今後、衛星データがより高画質・高頻度化することに伴い、衛星データの容量は膨大になる予測。通信速度が現状のままの場合、伝送が必要なデータ量が増えることになると一度に一気に地上にデータを下ろせないこともあり、結果として、解析結果が手元に届くまで時間がかかってしまう課題があり、その解決策の一つとして期待されています。
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(4)日本がもつLバンドSAR以外の世界のグローバルスタンダードとなりうるデータ

宙畑:世界初という言葉が出ましたが、JAXAの役割として国際協調をしながら、競争の部分もあると思います。競争という点で、JAXAとして目利きであったり、強く意識されたりしているところがあれば教えて下さい。

瀧口:すべてのフィールドに手を出して勝てるわけではないので、やはりオンリーワンというか、強みをもつことですよね。地球観測で言えば、LバンドSARや、GOSAT「いぶき」シリーズの温室効果ガス観測センサ「TANSO」。GOSATは2009年から観測データを蓄積しています。世界的に見ても最もGOSATのデータは長期的な観測データであり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でも数値的な根拠が必要だと議論されている中で、GOSATが世界のスタンダードがとれるのではないかと。2025年に「いぶきGW」が打ち上げられましたが、次号機の企画を始めるべきと考えています。今、アメリカが新政権の下で地球観測分野の見通しがあまりよくない状況(宙畑注:科学ミッションや地球観測などの分野においても大幅な予算削減が提案されています)だからこそ、日本ががんばるべきではないかと思っています。

宙畑:先日、GOSATの研究をされている国立環境研究所の方にお話を伺った際も、GOSATのデータは温室効果ガス計測で一番長いアーカイブを持ち、継続にすごく意味があるのだと伺いました。

瀧口:アーカイブって、すごいんですよ。新品の衛星を持っていることがすごいんじゃなくて、データの蓄積が宝なんです。

宙畑:そのような未来の技術について、何を作っていくのかをどう見極められてきましたか?

瀧口:地球観測についてどういう領域を観測したらいいのか、20年ぐらい前に、総合科学技術会議(現:総合科学技術・イノベーション会議)の場で環境科学という視点から何を計測するといいのか、世界は何をやっているのか、照らし合わせて厳選された結果が今で、王道をやっていると思っています。

水の観測ではTRMM(熱帯降雨観測衛星)、GPM(全球降水観測計画)と繋がってきて、次はPMM(降水レーダ衛星)を立ち上げています。もちろん、そこにゴールドスタンダードとも言われているAMSR(マイクロ波放射計)を忘れてはなりません。そして温室効果ガス計測のGOSAT。そもそも地球観測の原点は海の観測と陸の観測です。

最初に日本が作った地球観測衛星も海洋観測目的でした。海洋を中心とした観測衛星の系譜が「みどり2」、「GCOM-W(しずく)」、「GCOM-C(しきさい)」。海は地球の7割を占めていますから、地球を理解する基盤のデータとしてしっかりと気候を見ていく必要がある。そのベースの上に目的別の様々な波長帯のセンサが載ってくるのが私の目指す地球観測です。その意味で、インフラ中のインフラは宇宙から地球の気候変動を観測することを目的としたGCOM-C(しきさい)だと思っています。

宙畑:しきさいは、地球全球で地表面温度や海水面温度、さらにはエアロゾルなど、様々なことが分かる衛星ですね。

瀧口:そして、こういうデータはフリーでありたいですよね。地球のために役立つ生データは開放しないといけない。そこから読み解いた特殊な情報には対価を払うべきなんです。昔はインターネットにつなぐことにも非常に多額のお金が必要でしたが、今は特殊な情報にアクセスする時によりお金がかかるようになっていて。ネットは至極当たり前の道具になっています。観測データの世界もそうあるべきと思います。

(5)「持つべきものを持てた」30年間で磨いた海外から認められる技術力

宙畑:近年、各国が自国の衛星開発を進める一方で、民間企業による衛星コンステレーション構築も活発化しています。日本政府として衛星を持つ意味について、経済安全保障や災害対応、国際協力という観点からどのように考えておられますか。

瀧口:「持たざるものはテーブルにつけない」。この言葉に尽きると思います。何をもって世界のトップ層に入っていくかと言ったら、我が国は、やはり科学技術ではないかと思います。

瀧口:昔、日本でのロケット打上げや人工衛星の失敗が多かった時代に、「なぜ失敗してもロケットを持ち続けるんですか?」という問いにどう答えるかという際に、国際学者や有識者の皆さんに言われたのは、議論に必要な技術や情報を持っていないと、しかるべき世界のテーブルにつけないということ。

例えば、国際宇宙ステーションがいい例でしょう。日本は「きぼう」日本実験棟や宇宙ステーション補給機HTVという「光る技術」を持っているから、リーグに入れているわけです。

地球観測衛星も然り、測位衛星も然りです。海外の宇宙機関は「主権」という言葉を使います。なぜ衛星をもつのか?それは、主権をもつためです。

宙畑:では、現時点での世界の宇宙開発の中で日本の立ち位置をどのように感じていらっしゃいますか?

瀧口:私は地球観測衛星だけでなく追跡ネットワーク(地上管制設備)も所掌していますが、いずれの場でも、国際的にNASA・ESA・JAXAの三極と認識されていることを実感しました。

どんどん新興国のプレイヤーが出てきている中で、JAXAがずっとそのテーブルに座っていたいのであれば、それなりの技術をしっかりと磨いておかなければなりません。

宙畑:世界から認められる光る技術を持っている必要があるということですね。

瀧口:宇宙開発を始めて50年以上が経ちましたが、「民間活動も含めて世界に勝てる宇宙」にしていきたいですね。

(6)安全で豊かな社会の実現を加速!民間との補完関係へ

宙畑:「世界に勝てる宇宙」の実現について伺います。宇宙ビジネスという言葉があるように、国際的な共創に加えて、競争も意識する機会が増えたように思います。民間企業による衛星開発が加速しているなか、JAXAと民間企業との連携の在り方について、お考えを教えてください。

瀧口:まず、研究開発投資が必要な場合は、ぜひJAXAを頼っていただければと思います。我々はプロトタイプを作るのが仕事であって、量産品を作るのは企業の方が得意です。

初期の技術開発チャレンジはどうしても失敗がつきまといます。その点、民間は失敗をしてしまうと予算の問題で事業撤退になるリスクがあります。一方で、我々は失敗して叩かれることはあっても、宇宙開発活動を諦めることはない。技術開発のリスクを全員で背負えるシステムを構築したいと考えています。

宙畑:JAXAにおける技術開発の進め方について、もう少し詳しく教えてください。

瀧口:TRL(Technology readiness levels、技術成熟度)という9段階の指標があり、開発中の技術についてどのレベルまで達しているのかしっかり把握します。

瀧口:各レベルの達成の仕方は色々あって、加速できれば加速したいのですが、そこは研究機関たるもの着実にやって、あるレベルに達したら民間で加速してもらう。フロントローディングという形でできるだけ先読みしながら、ペイしない研究開発をJAXAが頑張る。

そして、ある程度まで技術レベルを上げたら、後は民間に引き渡してビジネスチャンスをつかんでもらうというやり方が良い流れと考えており、そこはうまく研究機関JAXAを使ってほしいですね。

ただし、技術の成熟には時間がかかります。短縮できればいいですが、王道に近道はないんですよね。王道を行くのがJAXAです。

宙畑:技術開発以外にも、自然災害時などの際の衛星観測について、民間衛星などとの連携や補完について理想の姿はありますか?

瀧口:たとえば地震や集中豪雨などの自然災害が起こった時に、JAXAはまず全天候で広い観測幅で観測できるLバンドSARで広域を観測する。これに続いて民間企業の皆様もスポットで高分解能の画像を撮って情報を重ねるという、共同オペレーションをするとよいと思っています。ただし、民間は防災が仕事の主体ではないし、ボランティアというわけにもいかない。民間企業が動きやすい契約形態や制度設計を国が考えていかなければならないと思いますね。

それから防災のように時間的に急ぐ場合は、日本だけで頑張るのではなく、国際的に地球観測画像を提供しあう防災枠組みである、国際災害チャーターやセンチネルアジアの存在が大きいですね。東日本大震災でも4000~5000枚の画像を提供してくれました。世界のフレームワークを使えるのは宇宙機関ならでは。それをベースにしながら民間の方との連携の仕方を議論していかないといけない。

宙畑:民間企業との連携について、民間企業が運営する衛星が観測した衛星データを校正(キャリブレーション)する基盤という役割もJAXAの衛星が担われているのではないかと思います。

宙畑メモ:校正(キャリブレーション)とは
搭載されている観測機器やセンサーが取得するデータを、正確で信頼性の高い物理量(実際の色、明るさ、位置など)に対応させるための調整・補正作業のこと。
参考:【図解】衛星データの前処理とは~概要、レベル別の処理内容と解説~

瀧口:それも我々の大きな役割だと思っています。CONSEO(衛星地球観測コンソーシアム)でも議論しているところですが、JAXAは、民間企業が地球観測で事業をする上でのキャリブレータ―を目指してもいいのかなと思います。

例えば、「いぶき」シリーズの長年の蓄積データをベースに、温室効果ガスの漏洩が疑われる場所について民間企業の衛星がピンポイントに観測してビジネスにつなげるような話もありますが、その絶対量を見極めるには校正が必要です。宇宙機関がもっているデータベースがある種のインフラになります。そのようにデータ産業におけるインフラみたいなところを宇宙機関が担うといいんじゃないかと思いますね。

宙畑:衛星プラットフォームTellusのような民間企業に期待されていることを聞かせて頂けないでしょうか

瀧口:我々では思いつかないようなアプリケーションを見出してくれるといいなと思います。データを長年保持している蓄積から、新しい発想のサービスが創出できれば素晴らしいですね。アーカイブの中から未来予測ができたりするといいですね。

(7)衛星の名前を意識しないぐらいの利用浸透と真のデュアルユースの実現へ

宙畑:今後、人工衛星の利用がますます広がっていくと思いますが、こんな広がり方が理想だと描いておられるものがありますか?

瀧口:やっぱり一つは宇宙を利用したサービスが浸透することですね。衛星を作るだけが仕事ではなく、本当に使ってもらうためのソリューションを作っていかなといけない。

好例がGPSなどの測位かもしれません。みなさん日常生活で当たり前のように、スマートフォンで自分が今どこにいるかや、目的地までの経路を把握していますが、衛星の電波を使っていることなんて誰も感じてないですよね。

例えば、世界の雨分布速報GSMaPがそうなるといいなと考えています。今、雨がここで降っている。4時間後に川が溢れそうだとか。ALOSとかGOSATとか衛星の名前が広まることは重要ではありません。アプリケーションで複合されて「このアプリ便利だね」と、そんな形で広がってほしいですね。実は今、河川データを組み込んで洪水予測に使えそうなサービス「Today‘s Earth」を気象庁さんと一緒に、利用実証を広げようとしています。

宙畑:最後に、30年以上宇宙開発に関わってこられて、地球観測の分野で次の10年にチャレンジしてみたいことはありますか?

瀧口:私は安全保障にも関わっているので、デュアルユース(民間と安全保障の両方に利用できる技術や製品)をもっとやらないといけないなと思っています。90年代にアメリカがかつての軍事偵察衛星の技術を一部開放してIKONOSの高解像度画像を市場に出し始めました。民間が使える高解像度の画像が出てきたことでビジネスが広がって、アメリカの産業力を作っていったんですね。

日本も歴史の流れにあらがうことなく、しっかりと安全保障で鍛えられた技術がしっかりとビジネスにもつながるような流れを作る。それが日本の経済効果にもつながると思っています。