「温室効果ガス観測から、サイエンスとビジネスのブレイクスルーへ」GOSAT-GWが切り拓く地球観測と気候変動対策の最前線
これまでのGOSATシリーズの成果や、環境省が人工衛星を運用する理由、国家として宇宙から環境を観測する意義などについて、環境省にお話を伺いました。
現在、地球温暖化に伴う気候変動は、農林水産業や自然生態系、自然災害、熱中症などの健康リスクをはじめ、さまざまな分野に深刻な影響を及ぼしています。そして、その影響はさまざまな産業のビジネスとも無縁ではありません。
2026年2月に公開された第3次気候変動影響評価報告書では、地球温暖化は「予測」のフェーズを超え、深刻な「実害」のフェーズへと移行していることが示されていました。
上記のような顕在化する気候変動の影響に立ち向かう上で、「正確な温室効果ガス排出量の把握」は、各国の政策立案や国際的な枠組みの信頼性を支える根幹となっています。
そして、日本が世界に先駆けて取り組んできたGOSATシリーズは、宇宙から17年以上にわたり温室効果ガス観測を継続しているという独自のポジションを築き、国際社会においても重要な役割をはたしています。
2025年に打上げられたGOSAT-GWは、温室効果ガス観測のセンサ(TANSO-3)と水循環観測のセンサ(AMSR-3)を一緒に搭載することにより、気候変動の理解をさらに深化させるミッションとして期待されています。
これまでのGOSATシリーズの成果や、環境省が人工衛星を運用する理由、国家として宇宙から環境を観測する意義などについて、環境省 地球環境局 気候変動観測研究戦略室の永森一暢室長に話を伺いました。
(1)気候変動を「知る」だけでなく「適応できる社会」へ
宙畑:まずは永森さんのこれまでのご経歴について教えてください。
永森:東京科学大学で工学院経営工学系の博士課程を修了し、最近の経歴としては、環境省で二国間クレジット制度(JCM)に基づく新興国プロジェクト形成や、パリ協定の実施指針策定、特に透明性枠組みに関する国際交渉などを担当していました。
その後、オーストリア・ウィーンにある国連工業開発機関に出向し、その後、環境研究技術室にて、環境スタートアップの研究開発の支援や事業化推進などを担当したのち、地球環境局の気候変動観測研究戦略室の室長を務めています。
具体的には、GOSATシリーズによって観測された二酸化炭素やメタンなどの排出量推計値と、パリ協定に基づき各国が作成・公表する温室効果ガスの排出インベントリ報告を比較し、各国排出量報告の透明性確保を目指しています。
宙畑メモ:温室効果ガスのインベントリとは
国や組織が一定期間に排出・吸収した温室効果ガスの量と、その排出源・吸収源を詳細にまとめた一覧表のことを指します。一般的には社会活動のデータに排出係数をかけて算出されます。
宙畑:気候変動観測研究戦略室が2023年に設立されたと伺っています。このタイミングで新しい室ができたのは、地球温暖化に関する温室効果ガスの観測に対して、国としてよりその役割を強化しようという思いがあったのでしょうか。
永森:経緯としては1990年代にまで遡ります。当時、フロンガスによるオゾンホール拡大が話題になっており、1996年にオゾン層の観測ができる衛星「みどり(ADEOS)」を打上げました。2000年代初頭からは、温室効果ガス削減への関心が世界的に高まり、2009年に1号機である「GOSAT(いぶき)」、2018年に2号機、2025年6月にはGOSAT-GWが打上げられました。
日本のGOSAT-GWは機能性能では世界最先端レベルであり、GOSATシリーズは17年間アーカイブがあるという観点でもフロントランナーです。その優位性を活かしていく必要があると考えています。
宙畑:現在の気候変動について、率直にどのように受け止めていますか?
永森:
気候変動は、世界全体にとって極めて深刻な課題であり、日本においてもその影響が顕在化していると認識しています。近年では、豪雨災害や台風、線状降水帯等による災害の頻発化・激甚化が見られており、国民一人ひとりが気候変動を身近な問題として感じる場面も増えてきています。
一方で、気候変動に関する科学的知見や、その影響・対策について、社会全体での理解をさらに深めていく必要があるとも感じています。そのため、より多くの方々に気候変動について知っていただく情報発信を進めるとともに、緩和策と適応策を両輪で推進していくことが重要だと考えています。
日本では、2018年に『気候変動適応法』が成立し、国・自治体・事業者等が連携して適応策を推進する法的枠組みが整備されました。適応を独立した法律として位置づけている例は国際的にも多くはなく、日本の取り組みは先進的なものの一つであると考えています。
宙畑メモ:気候変動適応法とは
地球温暖化による災害や健康被害を軽減するため、国、自治体、事業者が連携して適応策を推進する法律です。2018年6月に公布されました。
(2)環境省が人工衛星を持つ意義とは? GOSATシリーズの最新機GOSAT-GWの強み
宙畑:当初、GOSATプロジェクトはどのような課題意識からスタートしたのでしょうか?
永森:1号機は2009年1月に世界初の温室効果ガスの観測専用衛星として打上げられました。昨今では、パリ協定の目標達成に向けて、すべての国において、温室効果ガスの排出や吸収量を正確に監視・把握する必要性が高まったことが背景として挙げられます。
1号機は、当初の設計寿命である5年を大幅に超えたいまも運用を続けており、地球規模の経年変化を長期的かつ高精度に捉えている点で、世界的に評価されています。
宙畑:GOSATシリーズの特徴と、GOSAT-GWが従来モデルと比べて大きく異なる点について教えてください。
永森:まず、GOSATシリーズの共通の特徴は、地球全球規模のデータを、誰でも無料で閲覧・ダウンロードできる点です。近年増えている、温室効果ガスを観測する民間衛星は高解像度画像を提供できる一方で、利用したい企業にとっては有料となり、撮影範囲が局所的になってしまう面が存在します。そのため、例えば、GOSATシリーズで大まかな変化や兆候を捉え、その後に特定個所を詳細に民間衛星で観測するというサービスの展開が広がると期待されています。
永森:そのうえで、GOSAT-GWが従来モデルと異なる点は、その機能です。1号機や2号機は点で観測していたのですが、GOSAT-GWから観測方法が変わって面的な観測が可能になり、より多くのデータが取得可能となりました。
宙畑メモ:GOSAT/GOSAT-2とGOSAT-GWの観測方法の違い
GOSATとGOSAT-2では、近赤外から熱赤外までの広い波長域で高い分光分解能を得るためにフーリエ変換分光計(FTS)を搭載していました。一方で、GOSAT-GWに搭載されているセンサTANSO-3は、より詳細に排出源と思われる箇所の観測において必須となる高空間分解能化、また、広い観測幅での温室効果ガス濃度の画像化を実現するため、フーリエ変換型の代わりに二次元の回析格子型の分光計を採用しています。
これにより、GOSAT/GOSAT-2は格子点間の地点における温室効果ガスの実観測データはなく、推測しなければならなかったところから、GOSAT-GWのデータでは、その地点のデータも高解像度で実際の観測データを収集できるようになりました。
参考:衛星とデータ処理(国立環境研究所)
永森:また、GOSAT-GWに搭載されているセンサ「TANSO-3」には、広域観測モードと精密観測モードの2つの観測モードを搭載しており、そのモードの切り替えにより、特定地域をより精密に観測することができます。
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(3)観測技術衛星のトップランナーとして。国際的な環境政策で主導権を握る大きなチャンス
宙畑:GOSATシリーズは、国内外でどのような点を評価されていますか?
永森:GOSATシリーズは、世界初の温室効果ガスを観測する衛星を打上げてから17年にわたり、温室効果ガスの観測データを蓄積しています。つまり、世界で最も長い温室効果ガスのアーカイブデータを持っており、データの正確性も高いことから、欧州や米国などの研究機関による、GOSATシリーズのデータを活用した共同研究も盛んであり、また、欧米の人工衛星のデータ検証にも使われており、ひとつの標準となっています。
米国との連携も、様々なチャンネルを通じて実施されており、例えば、2026年3月に、GOSATシリーズのデータ検証のため、アメリカ航空宇宙局(NASA)と連携して飛行観測を実施しています。
宙畑:今後、GOSATシリーズがパリ協定などの国際的な枠組みに貢献できるポイントを教えていただけますか?
永森:ひとつには、パリ協定13条の透明性枠組み(ETF)に貢献できると考えています。透明性枠組みでは、温室効果ガスインベントリを含めた各国の取り組みを定期的に報告し、相互に検証する仕組みがあります。
永森:基本的に温室効果ガスのインベントリは、社会活動のデータ(電力使用量や燃料消費量など)にその排出係数(活動単位あたりのCO2量)をかけて算出する計算方法ですが、一方で、既存のインベントリ手法だけでは把握が難しい排出源も存在します。そこで、観測衛星により、大規模排出源からの温室効果ガス排出量を把握することに加え、地上観測では全容把握が難しい排出源の特定を行っていきたいと考えています。また、季節や年変動の大きい、草地や農地など吸収源における温室効果ガス吸収量の把握についても期待が寄せられています。
永森:温室効果ガスのインベントリ手法に対して、衛星で観測したデータで補完する手法をIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)においてガイドライン化することを目指しています。
宙畑メモ:IPCCとは
1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって共同設⽴された組織で、195か国・地域が参加しています。気候変動に関する最新の科学的知見(出版された文献)についてとりまとめた報告書を作成し、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的としています。
永森:また、近年は、中央アジアや東南アジアなどの新興国でも衛星技術への関心が急速に高まっています。現在、内閣府が実施する「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」などの枠組みを用い、中央大学と衛星開発やデータ解析、利用技術のプロジェクトを進めています。衛星データを用いた温室効果ガスの排出量推計技術は、モンゴルやインドの国連への報告書で活用されるなど、実績が生まれ始めています。また、現在は中央アジアでも温室効果ガス排出量の報告書策定支援など、協力関係を構築中です。
日本がこれまで培ってきた高度な観測技術と、それを支える信頼度の高いデータプロダクト作成のノウハウは、新興国支援や国際連携の文脈において有効なツールになるでしょう。
宙畑:実際に、2021年に公表された「IPCC第6次評価報告書(AR6)の第1作業部会(WG1)-自然科学的根拠」で、全大気での温室効果ガスの濃度上昇、増加率変動を示す客観的な根拠の一つとして、GOSATによる二酸化炭素やメタンの全大気平均月毎濃度データが掲載されるという事例もありました。
また、以前、JAXAの瀧口理事が「持たざるものはテーブルにつけない」という話をされていたことを思い出しました。GOSATシリーズは、日本から国際的なルールメイキングを主導していくひとつのカギになりそうですね。
永森:そうですね。現時点では、GOSATシリーズは観測技術衛星として世界のフロントランナーであり、その優位性を活かしていくことが重要と考えています。
国際的なルール形成に積極的に関与していくためには、きちんと日本も参加しやすいルールにすることが重要で、そのために正確で、かつ長期間のデータがあるということは非常に効果的だと考えています。
もちろん、独りよがりではなく、各国にとって一定程度共通したものを作っていくことが重要で、それにより、脱炭素に積極的に取り組む企業が、適正に評価される公正な市場形成にも繋がるでしょう。
(4)GOSAT-GWがもたらす大量のデータをきっかけに、大きなブレイクスルーが起きる?
宙畑:GOSAT-GWの展望や可能性について教えてもらえますか?
永森:今後、GOSAT-GWは、プロジェクトベースの削減量の定量化などに限らず、安全保障を含む幅広い分野で活用可能性が広がっていくと考えています。
2027年春には、GOSAT-GWのレベル2プロダクト(生の観測データから実際に必要としているCO₂などの濃度を算出したもの。プロダクトのレベルに関する説明はこちらの記事も合わせてご覧ください)の一般公開が予定されています。繰り返しになりますが、民間企業の皆様からは、すでにGOSAT-GWのデータの活用方法に関するさまざまなご提案をいただいており、特にビジネス活用については、予想以上のポテンシャルを秘めていると感じます。
宙畑:利用の促進という観点で、現在、GOSATのデータはTellusを通して利用できるようになっています。今後、Tellusのような衛星データプラットフォームへ期待していることがあれば教えてください。
永森:GOSAT-GWのデータは、これまでのGOSATシリーズと比較してデータ量が膨大になっています。このデータ量というのは、サイエンス、ビジネス、各方面での大きなブレイクスルーを起こす可能性を秘めています。
その点、Tellus様のような衛星データプラットフォームが、利用したいユーザーの声を拾っていただき、より良い形で利用したい方に使いやすい形式で配布されるプラットフォームを構築してもらえることを期待しています。
宙畑:実際に、GOSATのデータを誰の目にも分かる形で可視化した取り組みがTellusとバスキュール様とで行われた内容は取材させていただきました。このような取り組みが今後増えることで、GOSATシリーズの利活用が今後ますます増えることに期待しています。
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宙畑:永森さんは、これから、どのような方々によりGOSAT-GWを使ってもらいたいと考えられていますか?
永森:研究開発に携わる方はもちろん、サプライチェーン全体の脱炭素化を推進する企業の皆様であったり、幅広い方々に活用していただきたいですね。
永森:環境省では、環境スタートアップの取り組みも進めており、スタートアップならではの自由な発想で衛星を活用し、環境政策への反映などしてもらえたら、と考えています。
実際に、スタートアップ向け支援も用意しており、環境省の一気通貫型のスタートアップ支援、内閣府の「連結型SBIR推進プログラム」、「宇宙開発利用大賞」の表彰、そのほかにも技術開発関連予算を活用した民間や研究機関との連携事業も実施しています。
宙畑:気候変動対策、環境政策と言うと、ビジネスとは無関係とも思われるような印象を持っている方が少なくないかもしれませんが、宙畑でも取材や記事の執筆を通じて、ビジネスと無関係ではいられない世界がすでに来ているのだなと実感しています。
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宙畑:今回、取材の機会をいただき、研究者の方に限らず、民間企業にお勤めの方やこれから起業を考えられる方々にも、世界的にもそのデータの価値が認められているGOSATのデータの可能性を知り、利用していただきたいとあらためて実感いたしました。
(5)6月25日にはCONSEOと環境省によるセミナー開催!
6月25日(木)に、CONSEOと環境省によるセミナー「『GOSAT-GW』TANSO-3温室効果ガス観測データ利用の未来~ビジネス利用拡大に向けて~」が開催されます。
本セミナーでは、温室効果ガス観測データ利用の状況と将来の展望などが有識者によって議論される予定となっています。参加の申込締切は6月23日18時まで。興味がある方はぜひご参加ください。
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