【図解】衛星データの前処理とは~概要、レベル別の処理内容と解説~
衛星データの前処理は、料理に例えるなら「下ごしらえ」。料理がおいしくなる秘密が詰まっています。
衛星データを触っていると、時折見かける「処理レベル」の文字。
「L1」や「L2」、「大気補正」、「オルソ補正」など、データカタログやサイトに並んでいますが、実際どういう意味なのか、ググってみても教科書を開いてみても、なかなか理解が難しくピンとこないという方が多いのではないでしょうか。
そこで、宙畑編集部は衛星データのプロフェッショナルを直撃! ディープな衛星データの処理の世界について、とことんお伺いしてきました。
本記事は、衛星データのプロフェッショナル、一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)の向井田明さんに解説をいただきました!
1. 奥が深い!衛星データの前処理とは
衛星データは地球の周りを周回する人工衛星から撮影した地球の様子を記録したデータです。対象から離れた場所(=リモート)から観測(=センシング)するため、「リモートセンシング」と呼ばれています。
昨今のビックデータ・IoTなどの技術が注目されていますが、それらのデータと性質が異なり補完できる可能性があるデータとして、衛星データも注目されています。
ただし、この「衛星データ」、人工衛星で撮影した後すぐに解析に使えるデータが出てくるわけではありません。解析が行えるデータとなるためには、様々な「前処理」が必要となります。
一般的なIoTセンサでも、センサから吐き出された値から、与えられた数式により意味のある値に直したり、補正をしたりすることがあると思いますが、「衛星データ」でも同じような処理が必要ということです。
料理に例えるなら、衛星(センサ)から吐き出された生データ(rawデータ)はカットされていない野菜や牛丸ごと一頭といった素材そのもの。料理(解析)を始めるためには素材に合わせてカットや血抜きなどの「下ごしらえ」が必要で、これが「前処理」なのです。
今まで衛星データは、「下ごしらえ」や「料理方法」が専門的であったため、専門の事業者や大学、研究機関が主に調理を担当していました。
近年、Tellus(テルース)などの衛星データプラットフォームが整備されることで、「下ごしらえ」がある程度済んだ素材をもっと一般的な方達も手に入れることができ、プロ以外でも調理ができるようになってきています。
自給自足の生活から、スーパーで買い物ができるようになったようなイメージでしょうか。
今回は私たちが手にする、衛星データにどんな「下ごしらえ」がされているか、概要をご紹介します。
2. 衛星データの前処理の概要
処理の流れをものすごく大雑把に言うと、図のように、L0処理→L1処理→高次処理の3つのフェーズに分けられます。
L0(えるぜろ)の”L”は、Level(レベル)のことで、処理のステップを意味します。L1(えるわん)から2, 3などとレベルが上がることで処理は高次に進んでいきます。
衛星データを扱っていると耳にする「標準処理」という言葉は、衛星データのプロバイダ(供給元)が公式に出している処理のことで、データごとにL1処理だけのこともあれば、高次処理まで含む場合もあります。
今回は衛星データの中でも、カメラの画像のような「光学データ」と電波を使った観測データである「SARデータ」について、それぞれの処理の概要を説明します。
3. 衛星から受信した電波をデータへ!L0処理とは
L0(えるぜろ)処理とは衛星からデータを受信して最初に行う処理のことです。
L0処理の中を詳しく見ていくと、
①衛星からの電波を地上のアンテナで受信する
②受信信号は伝送向けに加工が行われているので、元の信号(Rawデータ)に戻す
③Rawデータから余計な情報を削ぐ(L0データ)
というステップです。
世の中でも良く使われる「Rawデータ」という表現ですが、衛星データにおける「Rawデータ」とはこの②の状態のデータを指し、私たちが触ることはほとんどないデータである点に注意が必要です。
L0処理は、各衛星固有の設計に基づいて行われるため、衛星を所有する企業・機関で行われることがほとんどです。
4. データを扱いやすく揃える!L1処理とは
L1(えるわん)処理とは、どの衛星に搭載されたセンサーであってもほぼ共通する、レベル0からレベル1の基本的な処理です。
L1処理は大きく、
①シーン毎の切り出し
②画像の感度調整/結像して絵にする
③画像の歪みの除去
の3段階に分けられます。
これらの処理も各衛星特有の処理となるため、衛星を所有する企業・機関で行われることがほとんどです。
この3つの段階について以下で詳しく説明していきます。
シーン毎の切り出し
まず行うのは、衛星が飛んでいく順に観測(スキャン)された帯状のデータを、”シーン”という写真一枚一枚に切り出す処理です。
こうすることにより、後段で処理がしやすいデータ量になります。
シーン毎に切る処理は、光学データとSARデータでレベルの呼び名が異なります。また、センサ毎にも異なるので、本記事は光学データとしてJAXAのAVNIR-2(あぶにーるつー)というセンサを、SARデータとして同じくJAXAのPALSAR-1(ぱるさーわん)というセンサを例にして説明します。
光学データの場合:L1A
AVNIR-2というセンサでは、このレベルのことをL1A(えるわんえー)と呼んでいます。
後段の処理に必要な情報(パラメータ)も一緒に提供されるので知識があれば、この後の処理も可能です。
後に説明する様々な補正をする前のデータのため、初心者の方には向かない画像かもしれません。
SARデータの場合:L1.0
PALSAR-1の場合、同様の処理をL1.0(えるいってんぜろ)と呼びます。
SAR画像の場合、このレベルのデータを画像として見ることはほとんどありませんが、上図のようにごま塩のような画像です。
この後、絵にしていく(結像)処理をかけます。
画像の感度調整(放射補正)/結像して絵にする
このフェーズは「光学データ」と「SARデータ」で処理が大きく異なりますが、目的は「画像を綺麗にする」ということです。
光学データの場合「放射補正(感度調整)」:L1B1
調子の悪いコピー機の出力で、画像に線が入ったりするのを見たことがありませんか?
衛星のセンサでも観測する際に、それぞれの素子やビームの性質にばらつきがあると綺麗な画像になりません。斑のない綺麗な画像にするための補正が、放射量(ラジオメトリック)補正です。
衛星打上げ前にセンサのチェックをして補正の仕方を決めておきますが、打上げの際の振動や熱環境によって感度などが変化してしまうこともあります。その場合は、実際に観測されたデータから、正しく補正ができるように再調整をします。
この処理レベルを、JAXAのAVNIR-2(あぶにーるつー)というセンサの場合L1B1と呼んでいます(どんどん細かくなってきました笑)。
この後の処理では幾何的な補正を行うため、L1B1データは衛星が撮影した順番通りに画素が並んでいる最後の状態です。
高度な幾何処理を自分でやりたい場合には、どのタイミングで撮影されたかという情報を必要とするため、1B1を使います。
SARデータの場合「圧縮処理(結像)」:L1.1
SARデータの次の処理は圧縮処理(結像)です。
これによって、先ほどまでのゴマ塩模様の画像が絵になります。
JAXAのPALSAR-1(ぱるさーわん)というセンサでは、このレベルのことをL1.1(えるいってんいち)と呼んでいます。
SARデータは、電波の跳ね返りを観測しているため、受信する電波の振幅によって表される信号強度とあわせて位相情報も得られます。
「SARデータ」特有の位相情報を使うことで、地盤の沈下や隆起などが分かる干渉処理や高度な変化抽出などの解析ができます。
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画像の歪みの除去(幾何補正)
人工衛星は様々な方向を向きながら広範囲を一度に撮影をしているため、撮影したデータには歪みやズレがあり、そのまま地図に重ねることはできません。
幾何補正とは、観測した画像が歪みなく、きちんと地図に重なるように変形させる処理のことです。
衛星がどの位置からどの方向を観測しているかという情報から、画像に位置情報を計算して幾何的な歪みを補正します。
同時にセンサー固有の歪み(主にスキャン方式などによる)なども補正しています。
幾何補正も光学データとSARデータでレベルの名前が異なります。
光学データの場合「幾何補正(歪み補正)」:L1B2
JAXAのAVNIR-2(あぶにーるつー)というセンサでは、このレベルのことをL1B2(えるわんびーつー)と呼んでいます。
ここまで来てようやく、画像として綺麗で且つ歪みがない画像が出来上がります。
SARデータの場合「幾何補正(歪み補正)」:L1.5
マルチルック処理と呼ばれるノイズを低減する処理を行うことで画質が向上し、さらに地図投影された振幅データです。
L1.1のデータと比較して、地表対象物がわかりやすくなっています。
JAXAのPALSAR-1(ぱるさーわん)というセンサでは、L1.5(えるいってんご)と呼ばれています。
地図への重ね方~ジオリファレンス、ジオコーデッド~
地図に重ねられるように直す時に、その直し方にも2種類があります。
ジオリファレンスとジオコーデッドの二種類です。
ジオリファレンスは衛星進行方向基準で幾何補正されるため、シーンの上がパスに沿って衛星が飛んでくる方向になります。
一方、ジオコーデッドは地図座標に投影されるので、シーンの上が地上の北を向きます。
ジオコーデッドの場合、私たちが普段使う北が上の地図と同じになるため、重ねやすくなりますが、衛星の進行方向を無視するため、厳密な観測時刻などの情報は失われることになります。
5. データの付加価値を高める!高次処理とは
高次処理とは、L1処理を終えたデータをさらに用途に合わせて実施する処理のことです。
初心者の方が触るデータとしては高次処理データが適切かもしれません。
オルソ補正(光学データ/SARデータ)
オルソ補正処理とは、背の高い建物や山など標高が高い対象物が斜めに見えてしまう対象物を真上から見たように戻す処理のことです。それによって地図にぴったりと合うデータになります。
商用衛星ではこのオルソ処理が標準化されつつあり、この状態での利用が一般的です。
オルソ補正は、「光学データ」でも「SARデータ」でも適用されます。
オルソ処理は万能に感じるかもしれませんが、一つ落とし穴もあります。それは見えないものは見えないということです。例えば山の斜面で衛星を向いている側はよく見えます。反対斜面は見えていません。
オルソ補正は、見えない部分は近傍のピクセルを使って埋めて幾何的に正しい位置にしているので、見えない部分の情報は不確実にならざるを得ない場合があります。現場で画像判読を担当する方はその辺りも十分頭に入れながら活用しています。
大気補正(光学データ)
「光学データ」の場合、地表面の様子は大気を挟んで観測されます。したがって、得られるデータは大気の影響を受けています。
大気補正は大気による散乱や吸収による効果を仮定して、これを相殺する処理です。
大気補正をすることによって、大気の状態に依らない地表面での明るさを得ることができます。
「SARデータ」は電波で観測しているため、大気の影響はほとんど受けませんが、多少空気中の水蒸気量に影響を受けます。
輝度変換(光学データ)
温かさの指標が「温度」であるように、光学データが示す明るさの指標は、「放射輝度」と呼ばれています。
元々のデータの持っている値は「放射輝度」にはなっていない整数値(8bitであれば0から255までの数値)です。
この値を、センサ毎に与えられた数式に当てはめることで、「放射輝度」を求めることができます。
#この処理自体は高次処理ではなく、L1プロダクトの持つ数値を物理量に直す処理です。
反射率変換(光学データ)
太陽光の強さ・当たり方の違いによって、地表面の放射輝度は変わってしまいます。
例えば、赤道付近と北極付近では太陽の照り方が違いますし、季節によっても異なります。その差を小さくするために衛星で観測した放射輝度/日射放射という反射率(Reflectance)を求める場合もあります。
これも、大気補正をして地表面での反射率(Surface reflectance)と、衛星が観測した放射輝度の反射率、つまり大気上端での反射率(Top of Atmosphere (TOA) Reflectance)があります。
斜面勾配補正(SARデータ)
SARデータのもう一つのL2以上の処理としては斜面勾配補正というものがあります。
例えば山の斜面はレーダを向いている側と反対側の斜面で反射強度が異なってしまいます。同じ杉林でも、斜面の向きで植生の様子が異なってしまうので、地形データを元にして斜面の効果を取り除く補正です。山がちな広いエリアの分類を行う場合はこの補正をする場合があります。
※光学でもケースによっては同様の処理を行うケースがあります。
6. 初心者の方はオルソ補正済みデータがおすすめ
ここまで、衛星データの様々な処理をご紹介してきました。
正直、たくさん処理があって、どれを使ったら良いか分からなくなって来た、という方もいるかもしれません。
そんな方のために、超簡単に整理すると、以下の青字になります。
すなわち、「初心者はオルソ補正済みデータがおすすめ」ということです。
7. さらに学びたい人向け!おススメ書籍やトレーニング
今回は、奥深い衛星データの前処理についてその概観をご紹介しました。
これだけでもかなりディープな内容でしたが、実際にはさらに奥深い世界が広がっています。
興味を持った方はぜひ、以下のサイトや書籍を参考にしていただければと思います!
【Webサイト】
リモートセンシングとは?/一般財団法人リモート・センシング技術センター
地球観測画像を楽しもう!/宇宙技術汎用化トレーナー 岩田 敏彰のホームページ
【書籍】
基礎からわかるリモートセンシング(2011、日本リモートセンシング学会)
リモートセンシングのための合成開口レーダの基礎(2009、大内和夫)
【トレーニング】
リモセン研修ラボ/一般財団法人リモート・センシング技術センター
8. Tellusでは何が見られるのか?
勉強するのもいいけど、なにはともあれまずは衛星データ見てみたい、というそこのあなた!
宙畑が公式メディアを務めるTellus(てるーす)を使ってみませんか?
衛星データプラットフォームTellus
https://www.tellusxdp.com/ja/
Tellusに搭載されている衛星データとその処理レベルについてはデータカタログに記載しています。
Tellusデータカタログ
https://www.tellusxdp.com/ja/dev/data
ご覧いただくと分かる通り、Tellusに搭載している衛星データの処理レベルは衛星によってまちまちです。
上記データカタログの一番下には「プロダクトフォーマット説明書」へのリンクを付けています。処理レベルの定義が気になった方はぜひ本記事と照らし合わせながら、それぞれの説明書をご確認ください。
また、2019年末現在のTellusでは、多くの衛星データは様々の処理レベルのデータをブラウザ上で表示するためにタイル化を行い、実際のデータ形式からpng形式に変換しています。
※データカタログの「画像形式」の欄を参照
画像を扱う上でpng形式に変換してあるデータは便利ですが、本記事で説明した処理レベル毎の特徴を失ってしまっているものもあるため、用途によっては現状のpng形式のままではもどかしい思いをすることも。
そこで、2019年12月26日にPALSAR-2のL1.1とL2.1のオリジナルデータAPIを公開しましたが、他のデータについても順次公開予定です。
用途に応じて、タイル化データとオリジナルデータを使い分けられると良いですね!
今回ご紹介した内容を一度に理解するのは難しいかもしれませんが、ちょっとずつ奥深い衛星データ処理をマスターして、衛星データ解析のレベルをあげていきましょう!
「Tellus」で衛星データを触ってみよう!
日本発のオープン&フリーなデータプラットフォーム「Tellus」で、まずは衛星データを見て、触ってみませんか?
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