【欧州の戦略的自律性を高めるため、巨大宇宙企業誕生へ】Airbus、Leonardo、Thalesが宇宙事業統合に向けたMOUを締結【宇宙ビジネスニュース】
欧州に巨大宇宙企業が誕生する見通しです。2025年10月23日、Airbus、Leonardo、Thalesの3社が、宇宙事業を統合し、新会社を設立するための覚書(MOU)を締結したと発表しました。その概要についてご紹介します。
2025年10月23日、欧州の航空宇宙企業であるAirbus、Leonardo、Thalesの3社が、各社の宇宙事業を統合し、新会社を設立するための覚書(MOU)を締結したと発表しました。
(1) 欧州を代表する航空宇宙3社の特徴
今回統合を発表した3社は、いずれも欧州を代表する航空宇宙企業です。
Airbusは、まさにその筆頭格であり、民間の航空機から防衛、宇宙事業に至るまで幅広く手掛けています。宇宙事業では、コンステレーション衛星の製造や地球観測データのプラットフォーム提供を行っています。最近では、ESAの推進するゼロデブリ憲章の策定、アストロスケールとのデブリ除去の推進、商業宇宙ステーション計画「Starlab」への参画など、政府やスタートアップと積極的に連携する動きも見られます。
宙畑メモ:スペースデブリとは
役割を終えた人工衛星やロケットなど、軌道上にある不要な人工物体のこと。これらのデブリは秒速7〜8km(時速28,000km以上)という猛スピードで周回しており、数cmの小さな破片であっても、人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)に衝突すれば、機器の故障や宇宙飛行士の生命を脅かす要因となり得ます。近い将来、デブリ同士の衝突が新たなデブリを生む連鎖反応(ケスラーシンドローム)によって、軌道環境が悪化することが懸念されており、早期の課題解決が望まれています。
Leonardoは、イタリアを代表する防衛・セキュリティ、航空宇宙企業です。宇宙部門では、Thalesとの合弁会社を2社持っており、衛星データプロバイダであるTelespazio(Leonardo 67%、Thales 33%出資)と衛星メーカーであるThales Alenia Space(Thales 67%、Leonardo 33%出資)を通じて事業を展開しています。
Thalesは、フランスを代表する防衛・航空宇宙のテクノロジー企業で、特にデジタル技術やセキュリティに強みを持ちます。前述のThales Alenia Spaceを通じて、通信衛星や観測衛星の開発を手掛けており、モンゴルの通信衛星「チンギスサット」の開発や現場にデジタルツインやVRを導入する、ユニークなDXの取り組みなどを行っています。
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(2) 米国・中国に対抗、欧州3社が目指す「戦略的自律性」とは
この新会社は、3社の持つ資産や長年の知見を組み合わせ、衛星製造からサービス提供に至るまでの垂直統合型のビジネスを展開する見込みです。(ロケット事業を除く)
最大の狙いは、欧州の「戦略的自律性」を強化し、通信、測位、地球観測、国家安全保障といった主要インフラを確保し、宇宙分野での国際競争力を高めることです。
宙畑メモ:戦略的自律性(Strategic Autonomy) とは
欧州連合(EU)が掲げる方針の一つ。安全保障、経済、技術などの重要分野において、他国や他地域に過度に依存せず、EU自身が独立して意思決定し、行動できる能力を確保することを目指す概念です。特に宇宙分野では、通信や測位、防衛において、この自律性が鍵を握るとされています。
以前までは、欧州の宇宙産業は各国・各企業が個別に、あるいはプロジェクトごとに連携する形で発展してきましたが、近年は、SpaceXやAmazonがStarlinkやProject Kuiperを掲げ、衛星の製造からサービス提供まで垂直統合型のビジネスをグローバルで展開しようとしています。また、中国でも、米国に次ぐ世界2位のロケット打ち上げ数を記録しており、その大半をCASC(中国航天科技集団)が担っています。そのほか、CASCは、独自の測位システム「北斗」を完成させ、宇宙ステーション「天宮」を成功させるなど、グローバルな宇宙開発での競争が加速しています。
今回の統合により、研究開発力の集約、規模の経済と効率的な生産プロセスによる最適化、そして各社の既存のコネクションを活用することで、欧州の代表プレイヤーとして、グローバル市場で競争力を持つことが期待されます。これにより、欧州独自の衛星コンステレーション計画「IRIS²」に代表される大規模プロジェクトや、各国の防衛・安全保障プログラムの推進が期待されます。
宙畑メモ:IRIS²(Infrastructure for Resilience, Interconnectivity and Security by Satellite)とは
欧州連合(EU)が推進する、官民連携の新たな衛星コンステレーション計画のこと。 政府機関、防衛、重要インフラ向けに、欧州独自の安全かつ高速な衛星通信サービスを提供することを目的としています。米国のStarlinkや中国の国家コンステレーション計画(GW)などに対抗し、通信分野における「戦略的自律性」を確保するための最重要プロジェクトの一つと位置づけられています。
新会社の出資比率は、Airbusが35%、Leonardoが32.5%、Thalesが32.5%となり、株主間でのバランスが取れた状態で、運営される見込みです。
新会社の規模としては、欧州全域の従業員数で約25,000人、年間売上高で約65億ユーロに達する見込みで、欧州の宇宙産業、サプライチェーンの活性化が期待されます。
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(3) 各社CEOからの共同声明
各社のCEO(Airbus CEO Guillaume Faury氏、Leonardo CEO Roberto Cingolani氏、Thales CEO Patrice Caine氏)からの共同声明として、次のように発表されています。
「(意訳)この新会社設立は、欧州の宇宙産業にとって極めて重要な節目となります。ますますダイナミックに変化する世界の宇宙市場において、欧州のプレゼンスをより強力かつ競争力のあるものにするという、私たちの共通のビジョンを体現するものです。我々の人材、リソース、専門知識、そして研究開発力を結集することで、成長を促し、イノベーションを加速させ、お客様とステークホルダーの皆様により大きな価値を提供することを目指します。この提携は、欧州各国政府が産業・技術資産を強化し、戦略性が求められる宇宙分野と多様な応用先における欧州の自律性を確保するという目標に合致するものです。従業員には、この野心的な取り組みの中心を担う機会が与えられ、キャリアアップや業界リーダー3社の強みによるメリットを受けることができます。」
(4) まとめ
今後は、各国の法律や各団体の協約に沿って、従業員への説明や協議を行うとともに、規制当局の承認プロセスなどを経て、新会社は2027年から始動する予定です。
これまでThales Alenia SpaceやTelespazioのように、各社の事業を一部合併するなど、部分的な協力関係は存在しました。
しかし、今回の3社の宇宙事業を統合する動きはかつてない規模であり、 米国や中国に対抗する「戦略的自律性」の確保など、生まれる効果は計り知れません。新会社の年間売上高は約65億ユーロと予測されており、これは欧州最大の宇宙企業であり、世界でも有数の規模です。
このような大企業間の連携のもと、どれだけの大きな絵を描くことができ、どれほどのスピードで事業拡大が進むのか。また、このような大企業間の連携が今後も行われるのか。これからの宇宙産業動向を考えるうえで非常に注目すべき動きです。
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