宙畑 Sorabatake

アップデート

「投資すべき技術の価値は測れるのか」國中均先生 × 山﨑さん対談、研究者だけでは実現できなかった大きな偉業の背景にあったもの

総合研究大学院大学で、元JAXA宇宙科学研究所長、小惑星探査機「はやぶさ」の成功に不可欠であったイオンエンジンの開発者である國中均先生と、Tellus Globalの代表取締役である山﨑秀人さんとの対談取材を実施。後編では、昨今の宇宙開発に思うことや、投資すべき技術の価値はどのように決まるのかといった問いに回答いただきました。

元JAXA宇宙科学研究所長で、現在は総合研究大学院大学に籍を置く國中均先生と、Tellus Globalの山﨑さんの対談。前編では、SFUでの挫折から、はやぶさ初号機のイオンエンジンを引き受けたときの葛藤、そして着陸許可交渉までの裏話と、失敗の意義とはやぶさがもたらしたミッション成功以上の意義を伺いました。

後編では、そもそも國中先生がなぜイオンエンジンの研究に携わることになったのか。40年前に出会って向き合ってこられた電気推進という研究領域の話からお届けします。

そして、宇宙科学研究所の所長として何を変えようとしたのか、組織のカルチャーはどうあるべきか、これからの人材育成に何が必要か……。日本の宇宙産業、ひいては日本の科学技術の発展に必要なもの・ことを教えていただきました。

「新しいことに挑戦する価値は、どうやって見極めるのか」という素朴な問いにも、日本の宇宙開発の父とも呼ばれる糸川英夫先生にまつわる実話を交えて回答いただきました。本記事が、これから何かを始めようとしている方の参考になりますと幸いです。

(1)学会の聴衆は、司会者と自分の学生だけだった

宙畑:後半はイオンエンジンの研究の面白さから伺いたいと思います。まず、國中先生はどのような経緯でイオンエンジンの研究を行うことになったのでしょうか?

國中:当初、大学院に進学する頃に、推進系をやりたいなと思っていました。そこで先輩に話を聞いた際に「いわゆる(化学燃料を用いる)ケミカル推進というのは、もう完成の領域にある。一方で、電気推進というのは、まだ全然手つかずの領域がある」と教えてもらって、研究室の門を叩きました。

ある意味、全く組織化されていないし、まだまだ耕されてもいないようなブルーオーシャンだったので、やりたいだけのことをいろいろやらせてもらえましたね。

私が学生の頃の話ですから40年前の話ですけれども、やればやるほど成果が出てくるという世界だったのが、当時としては大変楽しかったですね。

宙畑:そういう状況は、先生方にとっても、新しいことがどんどん発見されるし、学生が発見したことが先生にとってもすごい、みたいなことが結構起きていた、というような状況でしょうか。

國中:そうだと思います。栗木先生がどうだったかは分かりませんが、私自身は、はやぶさ初号機と並行して研究開発をしていた時にはおかげさまで教授になっていました。助教授や助手を採用して自分の研究室を運営していたので、若い助教や学生に「こんなテーマで研究しましょう」ということを与えると、どんどん成果が出てくるものですから、それはそれは楽しかったですね。

山﨑:一方で、イオンエンジンのような電気推進は、当時の主流の研究領域ではなかったのではないでしょうか?

國中:異端のような見え方をしていたかもしれませんね。さらに、イオンエンジンにもいくつか種類があって、アメリカやヨーロッパがある程度確立していた方式とは全然違う畑のことをやっていました。海外の学会に行って「そんなの、うまくいかないよ」と言われたこともあります。

それから、とある学会でパラレルセッションをやるので、トピックごとに僕らが発表する部屋に行ったら、司会者と、発表するうちの学生と、私と、3人しかいなかったということがありました(笑)。

研究を始めた頃だから、1990年ぐらいかな。心が折れそうになりましたが、司会者の方も不憫に思っていただいたのか、いろいろアドバイスをいただきました。司会者の方はイオンエンジンのプロフェッショナルだったので、仲良くなれたきっかけでもあり、悪くはなかったかなとも思います。

また、現在もそうですが、ケミカル推進を「化学推進」と書く一方で、電気推進はケミカルじゃないので「非化学推進」と呼びます。「非ず」の非に、化学は「ばけがく」なんですけれども、読みによっては「ノンサイエンス」にも聞こえちゃうので、非常に屈辱的な表現で、そういう言い方をされていました。

宙畑:はやぶさの成果によって、イオンエンジンという名前は、日本では化学推進の燃料で有名なヒドラジンなどよりも有名になっていますよね。

山﨑:圧倒的に有名になりましたね。

(2)1円玉を持ち上げられなかったエンジンが、持ち上げられるようになった

宙畑:研究成果として、これは進んだな、という代表的な事例は何かありますか。

國中:はやぶさ初号機のイオンエンジンは、推力でいって8ミリニュートンという規模の推力だったものを、10ミリニュートンまで推力を増強させることができました。それを2014年に打上げたはやぶさ2に応用しています。

宙畑:1円玉を浮かせるぐらいのパワーみたいなのが、イオンエンジンではよく言われますけれども、それが10ミリニュートンに相当するのでしょうか。

國中:はやぶさ初号機では、7ミリとか8ミリニュートンしか出ていなかったので、1円玉を持ち上げることもできなかったのが、1円玉をなんとか動かせるようになりました。

宙畑:当時、日本で電気推進をやるべきだ、という話はどのように進められたのでしょうか?

國中:日本のロケットは小さく、2トンも打上げる能力がないものですから、なんとか小さいもので成立させようとすると、電気推進エンジンを使わなきゃならない、という状況でした(前編参照)。

もうひとつは、宇宙研が担うはやぶさのような科学ミッションは、地球周回じゃなくて、太陽周回なんです。

地球周回だと、90分で1周回ってしまいます。ですから、90分のうちの1/10ぐらい(9分程度)で推力を出し切らないと、軌道が変わりません。

一方で、太陽の周りは1年で1周しているんですね。ということは、1か月とか2か月、時間があります。9分と1か月では時間の猶予がけた違いです。

そのため、力で押し切るか、力は弱いけど「力×時間」で押し切るか、という話のなかで、日本が電気推進で小惑星探査をしようと決断して実現できた一つの理由でしょう。

(3)「安く作る」に、アカデミアはどう答えればいいのか

宙畑:ロケットが小さかった、コストが限られていた日本だからこそ、イオンエンジンのような電気推進の研究開発が進んだということ、非常に興味深いですね。

現在、海外のロケットは大型化し、1kgあたりの打上げコストが下がることが想定される中、小型衛星をたくさん開発して、イオンエンジンを積んださまざまな科学ミッションを担う多くの衛星が飛び立ち、10年後、20年後に成果がどんどん出てくる時代が来る……という妄想をしました。

國中:当時、私たちの研究開発の天井(限界)はロケットのキャパシティでした。今は何かというと、コストなんです。ロケットは十分にあるものの、使える予算が天井になっています。

山﨑:昔、はやぶさ初号機のプロジェクトマネージャーをされていた川口先生とお話した際に、ロケットのイノベーションは何か起きないのかという話をしました。川口先生も、もともとはロケットが専門の方で、SpaceXのイーロン・マスク氏が推進しているStarshipについて、さまざまな技術革新は起きているものの、システム全体で見るとイノベーションが起きていないのではないかと。

電気推進の領域を開拓したように、宇宙輸送における次の技術革新は何になるのでしょうか。

國中:原子力になるのかもしれないですね。

今、私が悲観的に捉えている現代の流れとしては「安く作りなさい」と言われていることです。

例えば、電気推進の研究においては「小さく作って、より寿命が長くて、推力の出る、燃費の良いエンジンを作りなさい」という「性能を上げる」ことが命題で、アカデミックにさまざまなアプローチができました。

ところが今は「安く作れ」と言われているんですよね。「安く作る」というお題にどうやってアカデミック的なアプローチをしたらいいのか。大量受注して大量生産すれば、1台当たりの単価は安くなるわけです。ただ、これはアカデミックなアプローチではなく、経済の話で、無力感を感じることもあります。

挑戦する方法って何だろうなと思ったら、スタートアップだと思います。スタートアップが自分のアイデアで、もしくは受注をたくさん取ってきて量産するというスキームを作ればいい。ある意味、日本でもいくつかの電気推進に特化したスタートアップがあり、まさに彼らの活動領域だな、大学からは手が離れたな、と考えています。

山﨑:現代のインフレが加速する世の中では、人件費も素材のコストも上がります。「安くやりなさい」というテーマ設定は見直せるとよいですね。

ピーター・ドラッカーの著書『マネジメント』にも書かれていますが、民間のマネジメントとパブリックのマネジメントは全く違うパラメーターで評価すべきだと考えます。彼が言っているのは、公的なところにお金の尺度を入れたら失敗する、ということです。

例えば、病院経営は、早くお金を稼ぐには患者をたくさん取ればいいとか、早くオペをすればいいという話になってしまいます。これは失敗すると考える方がほとんどでしょう。

同様に、アカデミアや教育の現場に、あまりにも「安く」とか「早く」とか入れちゃうと失敗するということは70年前から語られているのです。

売れるものを作るとなると、信頼性は上がる一方で、革新的なことはやらなくなるように思います。

國中:「確立したものを、いかにマーケットに載せるか」が民間企業が取り組むべきこと。失敗してしまったら、赤字になるけれど、原子力ロケットのように、新しい技術開発が期待されるのは、公的機関がやるからこそいいことで、民間がやることではないでしょう。

宙畑:公的機関と民間の役割分担をどう描くか。宙畑としても、宇宙ビジネスの盛り上がりを追ってきた立場から、避けて通れない論点だと感じています。

世界と伍することを考えた時に、儲かるか儲からないかのみの判断軸で考えてしまうと、宇宙開発にかける予算の規模が国によって大きく異なるなかで、日本の予算は増えてはいるもののまだそこまで大きくありません。

そのようななかで、日本として何の研究開発に投資し、宇宙開発を盛り上げていくのかという問いは常に頭をよぎります。そのうえで、どのような記事を公開していくべきかは、今考えていることの一つですね。

山﨑:単年度PL的な考え方を、アカデミアや公的機関が考えすぎなのだと思います。例えば、日本は少子化が進んでいます。ある意味、子どもも未来への投資なのです。

国にとって所得税を納めてもらえるようになるのはだいたい20年後。極論ですが、20年間はずっと借金とも捉えられます。

その結果、20年前に手を打つことができていなかったことの積み重ねで、どんどん子どもが減っているわけですから、短期的にお金を数年間で稼ぐというのをアカデミアの世界に持ってくるべきではないと思いますね。

(4)投資すべき技術開発の価値はどのように測るのか

宙畑:ここで、10年、20年を見据えて研究開発を行うテーマ、ひいては新しい挑戦を行う意義あるものをどのように見つけるのかについて、質問させてください。

現在もさまざまなプロジェクトが宇宙研の中で動いており、今回のTellus Globalとの連携協定も未来への投資のひとつだと思っています。

新しいことを始めるときに、「この新しい挑戦は価値がある」という、その価値はどのように考えられているんでしょうか。

國中:難しいですね。これは見る人によって、見方がいろいろありますからね。

そして、100人全員が「これは面白い!」と言ってくれるということは、まずありません。その面白さを見いだす、セレンディピティというか。そういったことは、100人いたら100人、感覚が違うはずです。

もう一つは、それに気がついて、それを見出して、それをどううまく運転させるか、転がしていくかという技術も必要なのだと思います。

技術開発を担う人と、それを見出す人、また、成功に導く人は同じ人である必要はありません。スーパーマンがいて1人でできちゃえば苦労はないですが、まずは、そのような連携ができるかということが重要なのだと思います。

宙畑:いろんなプロジェクトがあって、そのプロジェクトを「無駄だ」と思ってやっている人は、おそらく1人としていないはずで。それをどう育てていくのかというところに考えを向けて、一つのプロジェクトを大きくしていくということのほうが重要である、と。

國中:糸川先生が観測ロケットを始めた時も「日本の飛行機の技術は古い。アメリカはもうジェットエンジンの飛行機の世界になっていて、日本は追いつかないから、別のことをやろう」という考えでした。

糸川先生の思いとは別に、IGY(国際地球観測年International Geophysical Year)という世界的な事業が始まった際に、日本はコンテンツを持っておらず当時の文部省の役人が困っていました。そのようなときに、新聞で、糸川先生たちがロケットを作るという記事を読んで、「あ、これ使える」と思って、それで観測ロケットというのを作ろうと政府規模のお金が投入され、たった3年でできちゃうんです。

つまり、アイデアを持っていたがお金はない糸川先生と、アイデアはないがお金を出せる文部省がマッチし、当時の方が「これを育てよう」と思ったのです。

そして、これは誰かが糸川先生を売り込んだわけではなくて、新聞で読んだだけという偶然のネットワークです。

そういう偶然のネットワークや人間関係が生まれる社会である必要があると思います。やはり1人のアイデアでは実現はできません。それに気づいて、伴走してくれる誰かがいるかが重要です。

宙畑:山﨑さんが、最初のはやぶさの「探査機の状況はどうですか」みたいなことを聞いてプロジェクトを完遂まで進められたように、プロジェクトを動かしていただくとか、それが成果が出るまで引っ張ってくれる存在も、そういう人間関係、偶然の出会いなのかもしれないですね。

10年、20年後の投資に向けて、メディアとしてはどのような情報を発信すべきなのか、また、どのようにそのエコシステムに貢献できるのか、非常に学びの多いお話でした。

(5)研究者という仕事、飽きることはない?

山﨑:研究への投資というと、國中先生のお話で意外だったのは、成功するイメージよりも失敗するイメージを持たれていたことです。

私は法学部出身だったのですが、昔はだいたいの法学部生が司法試験を受けていました。私の周りでも10人以上受けたのですが、受かった人に共通しているのが「受かったらこういう弁護士になろう」とか「受かったらこういうことをしよう」と言っている人たちでした。

「受からないかも」ということを口に出す人は、みんなやめていく。だから、成功する人は成功の後のイメージを持っているという持論があります。それが國中先生の場合は真逆だったので正直驚きました。

國中:非常に不安でした。これは絶対うまくいかないだろうな、と(笑)。

山﨑:研究者ではない立場からすると、ずっと同じことをやり続けて楽しいだろうなと思う一方で、他のことをやりたいといった欲求は出ないのでしょうか?

國中:たしかに、宇宙研がNASDA、航空宇宙技術研究所(NAL)と統合されてJAXAになった時に、「同じことばっかりやってて、飽きないの」みたいなことを言われたことがあります。

NASDAの人には人事異動があって、3年とか5年で仕事が変わる。一方で、私たちは宇宙科学研究所なので、電気推進であれば電気推進、ロケットであればロケットというように、基本的にはずっと張り付いて仕事が変わりません。極端な言い方をすると、人生の規模で仕事が変わらないのです。

飽きたことはありませんでしたが、大きな文化の違いとして感じましたね。「あ、そういうふうに考えてるんだ」と思ったことがあります。

山﨑:NASDAは基本的に、有限なプロジェクトに集まって、(衛星や探査機を)軌道に入れたら解散、あとは利用だからよろしく、となるパターンが多いですね。

ある意味、だいたいのプロジェクトの期間が決まっているからこそ集中できる、民間企業に近い感覚もありました。

また、宇宙研は学生も関わり、教育の側面もあります。そのため、カルチャーやミッションの違いが非常に新鮮で面白いなと思っていました。

國中:私たちはそのようなことは考えたこともなかったですね。JAXA統合の2003年以降に初めて知って、「外から見るとこだわっているように見えるのだな」と思いました。

山﨑:さらに、宇宙研では、一つの研究テーマが立ち上がったとしても、特に技術系のエンジニアリングだと、そんなに実証のチャンスがないようにも見えていました。

國中:そうですね。だからこそ、ひとつの研究テーマにこだわるしかありませんでした。アメリカのように科学ミッションがどんどん打ち上がらないので、構想から10年とか、みんなそんな感じです。

宙畑:人生をかけてやる研究テーマを一つ選ぶ、というのに近いのかなと思っています。

先日、人工衛星の合成開口レーダー(SAR)の研究を学生時代にやっていたという方とお話をしたんです。

今でこそSARの理解は、地球観測衛星がもたらすデータのひとつとして非常に重要な技術ですが、「当時は、これ、何の役に立つんだろうと思って研究していました」と話されていました。

イオンエンジンの研究にもそういう思いはあったのか、それとも、「この役に立つ」というものが学生の中でも見えていたのでしょうか。

國中:栗木先生が、M-Vロケットという固体ロケットの最大級のものの開発を始めたのが80年代半ばぐらい。これが宇宙研で作れる最大級のロケットだろうな、とみんな考えていました。

ロケット系のレジェンドの先生方は、やっぱり惑星探査をやりたいと考えています。地球の外に出て、太陽系に出て行きたいというのは、糸川先生の時代から標榜されていました。

ただ、最終形態のM-Vロケットにしても、500キロしか上げられません。アメリカだったら軽く1トン、2トン上げちゃう時代になっていったにもかかわらず、500キロしか上げられない。

500キロでギリギリ宇宙には出て行けるけれども、あんまり高級なことはできませんよね、というのが大概の整理でした。それを栗木先生が電気推進という技術で補完する、という目標を90年代に立てられました。

私はその当時、電気推進の研究をしていましたが、電気推進を使う場面は主に静止衛星でした。ただ、静止衛星は、NASDAの領域で「NASDAがうらやましい」と思っていました(笑)。

一生懸命イオンエンジン、電気推進の研究をしているんですけど、当時の宇宙研は、電気推進を使う場面がなかったのです。

そのようななかで栗木先生は「今はないけども、10年後、20年後はきっと出番があるから、M-Vロケットに最適な電気推進のラインナップをそろえましょう」という目標を立てられて、「きっと出番があるんだろうな」と思って、一生懸命研究していた、というのが80年代から90年代にかけてのことです。

宙畑:10年後、20年後に向けての研究というのは、ある意味、人によっては遠すぎる未来のように見えるんですけど、國中先生にはそこまで遠い未来には思えなかったのでしょうか。

國中:そうですね。やることがたくさんあったので。その当時、「今、明日使ってやるよ」と言われても、間に合わなかった。もうちょっと時間が欲しい、と言っていましたね。研究成果もどんどん出ていたからこその面白さもありました。

山﨑:はやぶさにイオンエンジンを、というのは、川口先生からオファーがあったんですか?

國中:そうですね。本当は、NASAと共同で小惑星ランデブーミッションをやりたかったものの、NASAに先を越されることとなります。そこで、サンプルリターンをやるしかない、と。NASAの方からは「宇宙研にそんなことできるわけないだろう」という感じで話されたこともありました。

実際に、技術的に化学燃料の推進機ではとてもたどり着けない、帰ってこられないので、電気推進を使うしか手がないというので、声がかかりました。

(6)探査機に必要なすべてが、宇宙研にある

山﨑:探査機のシステムをすべて開発する要素が宇宙研に揃っている、というのも幸せなことですよね。

國中:小惑星探査をやりたいという科学者がいて、サンプルが欲しいと言っている科学者がいて、ひとたびサンプルが手に入れば「こんな分析ができる」という人たちがいます。M-Vロケットも自分たちで開発しているので、どうやってやりくりすればいいか、というグループがいて。それに乗っている探査機の制御の人、それからイオンエンジンの人、それから通信の人、というのが全部いますね。

もう一つは、研究所の運営として、一つの領域が潤うだけでは研究所は成り立ちません。各部門がみんな総動員できる、研究所を全部使った事業というのは、ある意味、研究所運営においてもひとつの戦術なんですよね。

そのうえで、はやぶさというのは非常に良いミッションでした。新技術の開発をする、新しい領域に出ていく。それを使うための技術開発をするための要員がいて、小惑星から帰ってきたら、それを分析したいと言っている科学者もいました。

研究所・組織を運営するための目標としての事業としても、本当にフィットしていたと思いますね。

宙畑:日本のはやぶさが成功したのは、理学側(サンプルリターンで持ち帰ったものを解析したい方々)の「こういうことを達成してほしい」という人のニーズをまとめ、仕様に作り込むのがうまかったという話を聞いたことがあります。

國中:初号機のほうは、どちらかというと工学主導でやっていて、できることをやりましょう、という形でした。それに科学者が帯同したというイメージですよね。

それでサンプルリターンができちゃったので、はやぶさ2は、これはまた大変な議論が勃発しました。私ははやぶさ2のプロジェクトからは少し離れていたので、それを遠目で見て「やってるな」と。それを調整したのが山﨑さんです。

山﨑:2号機になると、サンプルリターンができると分かっているので「これもやりたい、これもやりたい」と、要求が増えていました。作る側からすると、それができる・できないというのがあったなかで、あの調整は良くできたなと思います。

実際に、小惑星の「表層下の“新鮮な”物質を採取し、表面物質との違いを調べたい」という理学側の要求を叶えるための技術として、インパクターも良く見つけたなと思います。

國中:私もそのような技術が日本にあるのかと驚きました。おそらく開発者の方々も「こんな大きなものを造れるのか」「この技術が日の目を見るなんて」と喜んで作られたのではないかと思います。

宙畑:意外と、そういう「日本にこういう技術があるけど、知らない」みたいなのは、結構たくさん、まだまだ世の中にありそうですね。

山﨑:そういうのを見える化したら、もっと研究開発や日本の宇宙産業が進みますよね。

國中:はやぶさで小惑星にタッチダウンする時も、ターゲットマーカーというのを落として、そこに反射材を塗って、ストロボを当てて光らせる、というのをやりましたが、宇宙用ストロボがなかったのです。

そこで、なんとかならないかと。僕らが電気推進の研究をする時に、そういった発光体を作ってくれる会社があったので、そこを紹介して作ってもらいました。

ここまで、研究者としての國中先生の話を伺いました。その後、國中先生は宇宙科学研究所の所長も務められました。研究者からマネジメントの立場になった國中先生に、組織の話も伺いました。

(7)未来志向型の宇宙研における投資予算の作り方

山﨑:宇宙科学研究所の所長の仕事はお金の管理、人事など、マネジメントとなり、研究者とは全く違うお仕事だったと思います。宇宙研の所長はどのような思いがあって引き受けられたのでしょうか。

國中:未来志向の研究所にしたいという気持ちがありました。

例えば、イオンエンジンの研究を進める際に、私は研究所から「電気推進を研究してください」と言われた記憶がありません。研究者たちの希望する未来を作るために、研究所とは独立して、さまざまなリソースを外から取ってきていました。ただ、そのような未来の作り方は非常に不安定で、課題を感じていました。

研究所が自ら考えて「今はこうだけれども、10年後、20年後の未来はこうなっているはずだから、それに向けて今、投資をしましょう」「未来を考えるためのお金とか時間とかは研究所がコントロールしましょう」という宇宙研にしたかったのです。

実現できたこととしては、宇宙研の所長になって、フロントローディングという予算を政府が認めてくれました。

宙畑メモ:フロントローディングとは
製品開発プロセスやミッションの初期工程にリソースを投じ、今まで後工程で行われていた作業を前倒して進めることで、開発期間短縮、コストの低減を図るもの。
宇宙科学研究所では、フロントローディングの考え方を発展させた「宇宙科学の“技術”のフロントローディング」という取り組みを開始しています。この取り組みは、特定のミッションに対してフロントローディングをするのではなく、将来の宇宙科学全体にとって、重要かつ鍵となる「技術」を対象とし、単一ミッションのみならず、より効果的に、多様なミッションが創出される土壌の開拓が目指されています。

國中:私たちの時代は、研究者が集められる費用は年間100万円程度。ところが宇宙事業になると、1年間で1億円ぐらいはかけないと、ものが作れないわけです。100万円では足りず1億円なんです。このギャップを乗り越えないと、宇宙に行けないわけで、2桁ぐらい費用が必要になります。

そのギャップはあまりにも大きすぎて、「やっぱりやめようかな」と躊躇してしまう。そこで、1000万円級の研究費を生み出せる仕組みを作ることができれば、ある程度ギャップを埋めながら段階を踏んで次に進められると考えました。

宙畑:イオンエンジンの研究は当時の100万円規模の研究費で進められていたのでしょうか?

國中:イオンエンジンがはやぶさのミッションに間に合ったのは、本当に偶然だと思っています。研究所規模の活動からすると、僕らのセクションが他の電気推進の研究をしていたから間に合ったので、それは研究所が仕向けたことでも何でもありません。そのような偶然に研究所の未来を預けるというのは、心もとない、そんな組織運営はなかろうという思いでした。

宙畑:意図的に未来を先取りする技術開発を行う組織運営が行われるというのは素晴らしいですね。

山﨑:一方で、研究者の方が内発的な要求でそれぞれに研究テーマを持たれているなかで、要素としては、あらゆる宇宙ミッションに挑める先生方がいらっしゃいます。未来志向型でロードマップ的にやろうと思うと、そのやり方に反対の声はあがらなかったのでしょうか。

國中:宇宙研は歴史の中で、「まとまったものをみんなで作ろう」という研究所です。もしも自分の研究をやりたいのだったら、宇宙研にいる必要はなくて、大学に行ったほうがいろんなことができるわけです。

100人の研究者を束ねるよりも、1人か2人の研究者で物事を進めるほうが簡単です。ただ、100人まとまらないとできないことを宇宙研はやってるわけで、そういうことをやりたい人が、宇宙研にいます。

山﨑:そのインセンティブが宇宙研にある、ということなんですね。

國中:研究者として、宇宙研にいるベネフィットというのは、それなりに感じている人たちが残っていると思います。

(8)とがった人が出てくる教育を、どう作るか

山﨑:総研大に転職されたのは國中先生にとっての新しいチャレンジなのでしょうか。

國中:そんなに大それたことは考えていません。今思うのは、よくあんな危ない仕事をしていたなと思っています(笑)。今はJAXAを離れたので、ロケットの打上げなどをYouTubeで見てますけども、本当にドキドキしますよね。事実、いっぱい失敗してくれるし。現役だったら、もっと心配だろうなと思ってしまいます。

総研大は、大学院しかない大学です。今、子どもがどんどん減ってくる状況で、大学はどうやって縮小させるかというのが大変大きな問題になっているのですが、大学院なので、進学する人ももともと数が少ないし、年齢も高いので、大学が直面しているよりは問題が多くありません。

それから、研究開発という観点では、大学はある程度、教育という要素が比重を占めるのに対して、大学院は研究の比重がかなり大きくなります。

宙畑:総研大で意識されていることはありますか。

國中:今、宇宙研があり、高エネルギー加速器研究機構があり、国立天文台とか、それから文系の歴史博物館とか……そういった組織がバラバラに存在しています。地域的にもバラバラなので、学生をこの東京オフィスに呼び、みんなでまとまった教育や人間関係づくりというのをやろうとしています。

まさに、人と人のネットワークです。理系だけではなくて文系も混ざるようなネットワーキングをやりましょう、という取り組みを始めたところです。

宙畑:山﨑さんは、こういう人たちが今後、総研大から輩出されていくと良いな、という期待はありますか。

山﨑:新しいことにチャレンジをする人が増えるとよいなと思っています。

今の世の中、自分がやりたいという内発的な欲求から生まれたものではなく、外の人に認められる価値を多くの人が気にしすぎなのではないでしょうか。

日本が停滞して、多くの方が「失われた30年」と話すのは、おそらく成功事例を模倣しているだけだからだと思います。模倣も大事だけど、違うことにもチャレンジする、それ自体に寛容になる社会も重要です。

大学院で基本的なことを教える一方で、とがった人が出てくるような教育が日本にもあったほうがいいと思っています。ただ、川口先生も「スティーブ・ジョブズのような天才は、作るもんじゃない」とよくおっしゃってました。そのうえで、そういう人はどうやったら出てくるのかということに個人的に興味があります。

宙畑:Tellusも山﨑さんの思いから始まっていますよね。

山﨑:Tellusも、私自身は、今の時点で認められなくてもいい、ぐらいの気持ちを持って進めています。振り返った時に、確かに意義があったかどうかという評価は歴史がするのかもしれないですね。

やはり世の中をアクティブにするとか、明るくするって、みんな自分の中でやりたいことが出てくる世の中にしていかないといけないのかな、と。

あらためて、アクションをしないと何も起きないと強く実感しています。検討して、計画して、悩んでいても、滞留するだけです。とりあえず失敗するかもしれないけどやってみよう、で、失敗したらピボットしよう、ということを続けた先に自分の道はできてくるのだと考えています。

宙畑:最後に、Tellusとの連携協定は、どちらからお話があったのでしょうか。

山﨑:私からです。國中先生が総研大に行かれるということだったので、大学院との協力をさせてもらいたいなというご相談を申し上げた、という流れでした。

宙畑:國中先生は、そのお話を聞かれた時の第一印象はいかがでしたか。

國中:コンピューターリソースを使わせてもらったり、地球観測データを使った研究というのも十分ありえるなと思って、これは面白いな、と。

それから、総研大にはご紹介したように、文理問わず、さまざまな研究があります。昨今の地球規模の温暖化や地球規模の変化に応じて動物の生態が変わったりということを研究されている方もいらっしゃるので、地球観測データを合わせたら、さらに面白いことができるだろうなと。

また、コンピューターの計算パワーが欲しいという学生もいるので、公募をかければ、いろんな提案が出てくるかなというふうに思いました。実際に公募を行ったところ、(対談時点で)すでに4件、応募がきています。

宙畑:今後、この連携から生まれた成果は、ぜひ宙畑でご紹介させてください。本日は2時間という長時間にわたる対談、本当にありがとうございました!