宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

ラグビー日本代表大躍進の影の立役者!? 衛星データがスポーツをこんなに変えた!

2019年のワールドカップで、世界の強豪国と熱戦を繰り広げたラグビー日本代表チーム。その強さの裏には、衛星データを駆使した画期的な分析やトレーニングがありました。

2019年のワールドカップで、世界の強豪国と熱戦を繰り広げたラグビー日本代表チーム。その強さの裏には、衛星データを駆使した画期的な分析やトレーニングがありました。では、実際にスポーツの現場ではどのようにデータを活用しているのか、また、データを使うことでどんなことが可能になるのか。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦教授とRWC2019ラグビー日本代表S&Cコーチ(ストレングス&コンディショニングコーチ)を務めた太田千尋さんに話を聞きました。ちなみに、インタビュー当日は、太田さんはオーストラリアに遠征中ということでオンラインにてお答えいただきました!

●日本代表の強み「動きの質」をデータで測定

――2019年はラグビー日本代表が大活躍でしたね! 実際あそこまで日本代表チームが強くなった裏側には、衛星データを活用した練習メニューがあったというのは本当ですか?

太田:日本でGPSや準天頂衛星「みちびき」などのGNSS(全世界衛星測位システム)データがラグビーで使われるようになったのは2009年ごろからです。海外では、その3〜4年前くらいから使われていたので、今でもスポーツタイプのGNSSは海外製のものが多いですね。GNSSデータの活用には、1つが「動きの質を見ること」、そしてもう1つが「トレーニングの負荷がどれくらいかかっているかを見ること」という2つの目的があります。

1つめの「動きの質」とは、特に「高強度の加速回数」のことを意味します。ラグビーに限らず、ほかのスポーツでもそうですが、ハイレベルになればなるほど、スキルだけでなく、速度も重要になってきます。高いスキルと判断をいかに「高速度で」実行できるかが、世界のトップレベルで戦うための条件になるんです。

特にラグビーでは、動き出しの速さ=「加速度」が勝負を分ける場面がいくつもあります。ボールをもらう瞬間や、防御のために相手との間合いを詰める速さ、ラック(※タックルされた選手が地面に置いたボールを、両チームのプレイヤーが組み合って奪い合うこと)の瞬間。攻守交代の瞬間に、相手よりもいかに速く、自分の優位な位置に立てるかどうか、リアクションできるかどうかというのが、この「加速度」にかかっています。

――加速度というのは、どのように計測しているんでしょうか?

神武:GNSSデータを活用して把握できるのは、基本的には緯度、経度、高さの位置情報と時刻です。その位置の変化量が速度で、速度の変化量が加速度。GNSSデータの処理自体は難しいものではありませんが、精度が求められます。さらに、重要なのがインテグリティ(完全で一貫性があり、正確であること)です。この試合はデータが取れるけど、次の試合は状況が悪くて取れない、となると安心して使えなくなってしまいます。

では、精度やインテグリティを上げるためにどうしているかというと、アメリカの GPS だけでなく、マルチなGNSS、つまり、準天頂「みちびき」や、ヨーロッパの Galileo、ロシアの GLONASS、中国の BeiDou からのデータも使うことで、測位のための測位信号を受信する衛星の信号の数を増やしているんです。

また、衛星データを使っているからといって、衛星の信号だけ使えばいいというわけではありません。地上で常時、衛星信号を受信して、位置のズレを観測している「基準点」というところがあるので、その地点の衛星測位による誤差を把握することができ、その情報を使うことでよりその周辺の測位結果を補正することができます。そのためには、地上の通信回線も必要です。

宙畑メモ GNSSとは?

GNSS(Global Navigation Satellite System / 全世界衛星測位システム)とは、衛星を利用した測位システムの総称です。馴染みのあるGPSは、アメリカが運用しているGNSSです。日本が運用しているGNSSはみちびき(QZSS)と呼ばれています。
詳しくは「日本版GPS「みちびき」の今!世界初・センチメートル級の高精度測位サービスの可能性」をご覧ください。

――衛星データだけでなく、ほかのデータでも補完しながら、意味のある数値を見つけ出すことが大事なんですね。ラグビーでは、加速度はどういった意味を持つのでしょうか?

太田:ラグビーでは、2.5m/秒2を基準として、それ以上の加速度が加わったものを、「高強度加速度」としています。これは、だいたいラグビー選手の最大加速度の50%以上の強度の加速度が加わった数値になります。

その「高強度加速度」が1分間あたり何回出ているか。あとは、全体の速度変化の中で何%出ているかを見て、動くべきところでしっかり動けているかをチェックします。

2019年のワールドカップに向けて日本のラグビーでは、とにかく「動きの質」にこだわって、こうした「高強度加速度」の回数を上げるトレーニングを何度も積み重ねてきました。今では、1試合平均150〜200回ですが、これは3~4年前よりも倍近くの回数で、格段に上がってきたんです。

●トレーニングの負荷をコントロールして試合までの計画を立てる

――トレーニングでは、GNSSデータ活用のもう1つの目的であるとおっしゃっていた「トレーニングの負荷がどれくらいかかっているかを見ること」も実践されてきたんでしょうか。

太田: そうですね。トレーニングの負荷では、総移動距離やスプリント(=ダッシュ)の回数などを見ています。スプリントの回数というのは、その人の最大速度の80%以上の速度が何回出ていたか、という数値です。回数が増えてくると、当然、腿裏やふくらはぎに負荷がかかって怪我につながってしまいますので、段階的に増やすようなトレーニングを行なっています。

今は、「戦術的な期分け」と言われる「タクティカル・ピリオダイゼーション」というトレーニング方法を採用しています。これは、1週間の中で、試合の要素を切り出して、目標を立ててプランニングし、試合よりも強度の高い練習も混ぜながら組み立てていく方法です。それを実際にGNSSからの情報でモニタリングして、目標を達成できているかを日々評価しながら、練習の質を高めていき、怪我の予防にもつなげています。

●データ活用がもたらす可能性

――そもそもデータを活用して、読み取って分析できるという人自体、スポーツ分野では珍しいと思うのですが、太田さんは最初からそういうことをご専門にされていたんですか?

太田:実は、僕はもともと、ラグビーじゃなくて野球のキャッチャーをやっていたんです。高校生までは、完全に根性論で、1日4時間ぐらいしか寝ないで、練習ばっかりしていました。ただ、まったく成長しないし、上手くならずに、怪我ばっかりしていたんです。そこでトレーナーの世界に入って、なんで成長できなかったんだろう、なんで怪我が多かったんだろうって考えたときに、トレーニングの強度や量が計画的にできていたのか? というところに行き当たったんです。ロジカルに分析するためには客観的な数値が、キーになってきます。

ラグビーをやってなかったからこそ、今まで持ってない情報を取ろうとして試行錯誤してきたというのも、データに興味を持った理由の1つかもしれません。2009年に日本に導入されたと同時くらいに使い始めたので、もう10年になります。

――最初はデータの取り方にも苦労されたんじゃないでしょうか?

太田:ラグビーは、競技をする選手の国籍をはじめ、ポジション特性もいろいろあって、多様性のある競技です。また、海外でのコーチングが普及しているということもあって、ロジカルな分析は、幸いにも受け入れられやすい土壌があり、チームでの導入がすごくすんなり行きました。

当時は、GNSSの受信機が1台20万円程もしたんですけど、全選手分つけられずに、チームで4台ぐらいしか買えませんでした(今も一般的なスポーツGNSSは高価)。それでもまず買ってみて、ポジションごとにデータを取りながら、分析をしてみました。いろいろなデータを取ることで、障害予防に活かすことができると分かりました。

スポーツはサイエンスとアートの融合だと思うのですが、サイエンスの部分のデータが何もなかったら、客観的には評価できませんし、次の対策も立てられません。なので、取れるデータはできるだけ取っておくようにしていますね。

神武:スポーツはサイエンスとアートというのは面白いですね! サイエンスやアートには、明確なカスタマーがいるわけじゃありません。一方で、アートと対になる概念としてデザインというのがあると思うんです。アートに対してデザインは、明確なカスタマーがいて、どうありたいかというのがある。学校教育では、アートは教えるけど、なぜかデザインはあまり教えていないような気がします。

そして、サイエンスの対としてはエンジニアリングだと思います。日本語で言うと、少しニュアンスは変わってきてしまいますが、「科学」と「工学」。学校教育では、やはり、宇宙についてハレー彗星や天文のといったサイエンスに近いことは教えても、ロケットの作り方のようなエンジニアリングはあまり教えていません。

サイエンスとアートの領域だけだと、勝つことはできても、そこに至るまでの過程はあまり可視化されていない気がします。そのため、スポーツにデザインやエンジニアリングの要素を入れることによって、より怪我も減るし、勝ちにつながるはずです。そのためのひとつの手段がデータだと考えています。

――実際、選手の成長やスキルの向上も、以前より早く結果が出るようになりましたか?

太田:パフォーマンスのゴールを明確にすることで、ゴールへの要素が分解されて、そこに近づくための具体的な計画が立てられるようになりました。まさに、神武先生がおっしゃるようなシステムデザインの領域ができるようになったと言えます。

「トライを取る」もしくは、「トライをさせない」といったことがラグビーでは結果につながりますが、そのためにはどういうプレーをしなければいけないのか? 今どういうパフォーマンスができていて、何ができていないのか? いいときはこういう数値が出て、悪いときはこういう数値が出る。だから、こういう数値を出すようにやりましょうというビジョンとプランを明確にしてあげることで、選手にとってもトレーニングの納得度が増します。そうすることで、トレーニングの質が上がり、成長幅も大きく変わるようになりました。

――確かに、スポーツの世界は、太田さんがおっしゃっていた根性論の印象ですが、そうやってロジカルに分析することで必要なトレーニングがわかり、無駄がなくなりそうですね。そういうトレーニングがあれば、学校教育でスポーツ嫌いになった人でも楽しめそうです。

神武:先ほど太田さんがおっしゃったような20万円のデバイスが、今は、精度も信頼性も上がって、10分の1程度にまで値段が安くなったものもあります。また、そのようなデバイスを利用するプレイヤーが増えるほど、その市場は大きくなりますので、精度も高く、安いものを入手できるようになってきています。

 

そして、プレイヤーが増えれば、使われ方ももっと多様になってきます。これは卵が先か、にわとりが先かの考え方ですが、デバイスも日本代表のような一部のチームだけが使っていてもなかなか安くなりません。日本代表がやったことを、プロのチームから大学、高校、小学校のチームや個人にまで普及させることが大事です。

そのためには、まずは、データがどういうふうに使われているかを知ってもらうことが大切です。実際に、太田さんにもご一緒いただいていているんですが、横浜市の小学校で日本代表と同じような仕組みを使って、自分のスポーツの能力の変化を納得感を持って感じてもらうという取り組みをやっているんです。小学生を対象にすると、この取り組みは「リレーの選手になりたい」とか「サッカーチームでゴールを決めたい」といった子どもの明確な目標に近づく知恵を付けてあげることができます。子どもが興味を持ち、理解し、使うようになるとそのご家族は興味を持つことが多いので、一歩目は踏み出せたかなという気がします。

希望的観測ですが、5年後、10年後には、スポーツをやる人の多くが日本代表が使っているような仕組みを当たり前のように使う時代になっているはずだと思っています。

●他人と比較するよりも過去の自分との成長が子どもを変える

――小学校では具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?

神武:例えば、横浜市の小学校の体育の授業では、「タグラグビー」というスポーツがあって、そこでGNSSデータを活用した取り組みを実際にやっているんです。また、太田さんは慶應義塾大学ラグビー部のコーチもやられているんですが、そのような関係もあって、ラグビー部と私たちの大学院が連携し、大学のラグビー部がグラウンドを使わない月曜と土曜日の夕方に、慶應キッズパフォーマンスアカデミーというスクールを開設し、そこでも受講生から定期的にデータを収集し、分析して、コーチングでのアドバイスなどに活用するという取り組みを進めています。

そこに来る子たちは、まずグラウンドに来ると、GNSS受信機が付いたビブスを着るところから始まり、ラグビーに限らず、走ったり投げたりという運動をし、その成果を測っています。

――実際、子どもたちからはデータを見て、どういう反響がありますか?

神武:面白いのは、過去の自分と比べたり、成長を見られることで、自己肯定感を上げることに繋がるんですね。学校では、他人と比較することが多いですが、他人と比較すると、「いつも自分はビリだ」といったことがありますが、そんな自分でも成長しているのがわかる、という経験になります。

小学生って基本、成長真っ盛りなので、過去の自分は超えるんですよ、普通にしていても。だから、プログラムで良くなったのか成長で良くなったのかの見極めは、簡単じゃないんですが、いずれにせよ、それを見せてあげることで、すごくデータに興味を持つし、自分に興味を持つし、スポーツに興味を持つことができるんです。

実はそれは、GNSSデータだけじゃなくて、iPadのカメラを使って、選手それぞれにやっている姿を映像として見せてあげるだけでも効果があります。でも、映像だけだと定性的なので、数字にするとより定量的にわかるというところが面白くて。ラグビーでもそうですが、映像と数字を両方セットで、直感的には映像で見て、客観的には数字で見ることで、試合も練習も、理解度が格段に高まります。

――おもしろいですね! そういうデータが今、教育現場にあったら、もっとみんな効率よくうまく回るのかなと思います。

神武:でも、今の教育現場には、それを使いこなしてきた経験のある先生が多くはありません。先生が自ら学ぶことができればいいですが、今は、子どもたちが当たり前のようにやっていくことで、時代が変わってくれればと考えています。

太田:そうですね。あと、そのためにはやっぱり、どういうデータが目標になるデータなのかというのが、なるべく示されるような環境を作るのが重要かと思います。いろいろな競技がありますが、日本代表をはじめとしたトップの人たちがどういうデータを出していて、今の自分の立ち位置はどこなのかということがわかると、使う側も自分のデータを取ることに興味が出てきます。そして、自分の変化に対して、ポジティブにチャレンジすることができるでしょう。私も日本代表のコーチとしては、そういう環境の実現に向けて、積極的に取り組んでいきたいと思いますね。

神武直彦(こうたけ・なおひこ)
1973年生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。同大学院修了後、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構・JAXA)入社。H-ⅡAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星及び宇宙ステーションに関するNASAやESAなどとの国際連携プロジェクトに従事。2009年より慶應義塾大学に勤務。システムデザイン・マネジメントによる社会課題解決に関する研究に従事。宇宙システムを活用した数多くのプロジェクトを手がけ、内閣府、経済産業省、総務省、文部科学省の各種委員をつとめる。日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなども歴任。著書に『位置情報ビックデータ』(2014年、インプレスR&D)など。

太田千尋(おおた・ちひろ)
1979年生まれ。国際武道大学武道・スポーツ修士課程修了。RWC2019ラグビー日本代表S&Cコーチ、現在、スーパーラグビー サンウルブズ S&Cコーチを務める。

まとめ

2019年はまさにラグビーフィーバーな年でしたが、あそこまで人々を感動させることができたのは偶然ではなくて、データに裏打ちされた「ワンチーム」の強さがあったんだなと実感しました。

そして、小さい頃、学校の体育が嫌いで仕方なかった自分からすると、「他人とではなく、過去の自分と比べる」という視点にとても共感! 大人になってからするランニングやゴルフは面白いのに、なんで?と思っていた疑問が解けました。これからはさらに、スポーツ界や教育界をはじめ、あらゆる分野で、データを分析してロジカルにプランを立てられる人材の必要性が高まってきそうです。