宙畑 Sorabatake

衛星データ

アンテナが小さいほど解像度が高いってホント?SARの謎を数式無しで徹底解明!

今回は、SARの画像処理を実践するエンジニアの方から、SAR業界の動向調査に余念のないビジネスディベロッパーまで、SARに興味のお持ちのすべての方に向けて、SARの解像度が決まる仕組みを、正しく&易しく解説していきたいと思います。

はじめに

昨今一層の盛り上がりを見せているSAR(合成開口レーダー)。関心をお持ちの方は多いのではないかと思います。
特に最近、こんなニュースが世間を賑わせていました。

https://spacenews.com/iceye-25-centimeter-resolution/

Iceye

なんと、SARで25cmの解像度を達成したというのです!
一般的に、SARは光学衛星に比べて観測幅が広い代わりに解像度が悪い、と言われていますので、これは衝撃的だったと言えるでしょう。
(なにせ日本の衛星では、光学画像でも25cmの解像度のデータは手に入らないので…)

それにしても、ICEYEの衛星は、それほど大型の衛星でもありませんし、なぜこんな高い解像度が得られるのか、不思議に思っている方が多いと思います。
実は、原理的には「SARはアンテナが小さい方が解像度が高い!」という事実があります。「アンテナといえば、とにかく巨大なアンテナの方がいいに決まってんじゃん!」という一般的な直感に反しているので、多くの方が誤解されています。

巨大なパラボラアンテナ(左)とSARのアンテナ(右)

そこで今回は、SARの画像処理を実践するエンジニアの方から、SAR業界の動向調査に余念のないビジネスディベロッパーまで、SARに興味のすべての方に向けて、SARの解像度が決まる仕組みを、正しく&易しく解説していきたいと思います。

この記事を読めば、誰でも「SARはアンテナが小さい方が解像度が高い!」ということを工学的に正しく、かつ数式は一切使わずに説明できるようになります。
ちょっとしたうんちくとしてお酒の場で盛り上がるネタになるかも(?)ということで、少し長文ですが、ぜひお付き合いください。

SARの解像度は「パルスの短さ」で決まる

SARの解像度を決める最も基本的な原理を確認するために、まず、SARはどんな電波を送信しているのか見ていきましょう。

SARは、通信衛星のように、長時間に渡って電波を送信し続けているわけではありません。

SARの場合、「パルス」と呼ばれる高出力の信号を、ごく短時間だけ送信します。そして、電波は放射状に広がっていきますから、地面の至るところから反射して返ってきます。

このとき、あるふたつの地点からの反射波は、少しずつ時間がずれて返ってきます。それが区別できるほど距離が離れている時、この2地点を「解像できた」と言えます。

パルス信号で地表を解像する仕組み

これが、SARにおいて最も原理的な解像度の決め方です。

ではこの時、解像度を上げる(=2地点が近くてもでも解像できるようにする)にはどうしたらよいでしょうか?

このパルスをできるだけ短くすることですね。

パルス信号を短くした場合

このように、パルスをできるだけ短くすることを「パルス圧縮」と呼びます。
SARでは、このパルス圧縮を、とんでもない方法でめちゃくちゃ圧縮しています。
では、それを次に説明していきます。

パルスを短くする技術!「パルス圧縮技術」

パルスを圧縮するには、普通は電波の送信出力のON/OFFをより短時間でスイッチングすればよいと考えますよね。

でもこれには技術的な限界があります。電力系統のスイッチング速度には、ハードウェア的な限界があるからです。

そこで登場するのが、パルス圧縮技術です。

パルス圧縮技術では、パルスを今まで図で示してきたような矩形波(四角形の波)ではなく、周波数が変化する電波として送信します。

専門用語を使えば、「周波数変調したチャープ信号」というものです。

ちなみに、周波数変調とは、英語でFrequency Modulationと呼び、FMラジオのFMのことです。FMラジオは周波数を少しずつ変えることで、音声情報を送信しています。

では、このようなチャープ信号にするメリットはなんでしょうか?

実は、このようなチャープ信号は、畳み込み積分と呼ばれる数学的な処理を行うことで、ものすごく鋭いピークを持った信号が得られるのです。

どういうことかというと、地面から反射して返ってきた信号を、もともと自分が送信した信号(これを参照信号と呼びます)とちょっとずつずらしながら掛け合わせていきます。
そうすると、ピッタリ重なり合うときに強いピークが現れ、それ以外の時はゼロに近い結果が得られるのです。

その結果、もともとのパルスの送信時間よりもはるかに短く圧縮されたパルスが得られることになります。受信後にこの波形を取り出すことができるので、実質的にはこのような鋭いピークを持った波形を送信しているのと同じなのです。

これがパルス圧縮技術と呼ばれるものです。
余談ですが、この畳み込み積分は、フーリエ変換と逆フーリエ変換を利用することで数学的に全く同じ処理ができ、実際の画像化の際にはこれらが用いられます。

鋭いパルスを作るためには、変調帯域を広くする

では、このパルス圧縮技術を用いるとして、どうしたらもっともっと鋭いパルスを生成できるでしょうか?

答えは、周波数変調をより広い帯域で行うことです。

変調帯域が広いほうが、畳み込み積分をしたときに、より鋭いピークを得ることができるからです。(この原理について理解するには、数学的な知識が必要になりますので、ここでは直感的に以下の図で理解していただければと思います)

例えば、中心周波数が1.2GHzの電波を、±0.1GHzの1.1GHz~1.3GHzの範囲で変調するよりも、±0.2GHzの1.0GHz~1.4GHzの範囲で変調する方が、帯域が広いので解像度が高くなる、と言えます。

じゃあ無制限に帯域幅を広げてしまえばいいんじゃないかと思いますが、残念ながらそれはできません。SAR用に割当てられている周波数帯域は国際電気通信連合(ITU)によって定められているからです。

(前半まとめ)SARの解像度は、周波数変調の帯域幅に比例して良くなる!

ここまでが前半戦です。いかがでしょうか?ついてこれましたか?
一度ここまでのおさらいをしておくと、

①SARの解像度は、送信するパルス信号を短くすればするほど高くなる
②パルスを短く圧縮するには、畳み込み積分を用いたパルス圧縮技術が必要
③畳み込み積分によりパルスを圧縮するには、周波数変調の帯域幅を広くする必要がある

つまり、「SARの解像度は、周波数変調の帯域幅に比例して良くなる!」ということです。

ところで、ここまででまったくアンテナの大きさの話が出て来ませんでした。
タイトルは釣りかと思われるかもしれませんが、ここからきちんと話がつながってきますので、安心して後半をお読みください。

向きによって異なるSARの解像度

パルス圧縮技術が理解できたところで、少し話を戻してみたいと思います。

そもそも、これまでの図解では、SARの視線方向(以下:レンジ方向)しか解像できません。

なぜなら、SARの進行方向(以下:アジマス方向)において、中心点の前後では、衛星との距離が変化しないからです。(ここでは衛星が静止しているとして、少し話を簡単にしています。衛星が動くとどうなるかについては、後ほど説明します)

せっかく鋭いパルスを打っても、返ってくる時間が全く同じでは、全く解像できませんね。

このように、先ほどのパルス圧縮技術を用いて解像度を上げられるのは、実はレンジ方向のみなのです!

では、アジマス方向はどうやって解像度を上げればよいのでしょうか?

ここでもポイントは、やはり周波数を変調させることにあります。キーワードは「ドップラー効果」です。

ドップラー効果でチャープ信号を作り出す!

ドップラー効果とは、電波の発信者(または受信者)が移動することによって、見かけの周波数が変化する現象です。

音波でも同じことが起こります。

救急車のサイレンが、近づく時は周波数が上がるので高い音に聞こえて、遠ざかる時は周波数が下がるので、低い音で聞こえる現象としてよく知られています。

これは電波でもまったく同じことが起きます。電波の方が音波よりも周波数がはるかに高いのですが、実は周波数が高いほうが、ドップラー効果を受けやすいという性質があります。

さて、先ほど、アジマス方向は前後で距離が同じだから解像できない、と言いましたが、実は距離は同じでも、ドップラー効果によって周波数が異なってきます。これを利用して、アジマス方向を解像することを考えてみます。

あるターゲットに注目したとき、電波が照射されている間に、通常数kHzでチャープ信号は繰り返し送信されています。そのとき、衛星がターゲットに近づいている時は、ドップラー効果によって、送信した時よりも高い周波数になって返ってきます。遠ざかるときはその逆で、送信した時よりも低い周波数になって返ってきます。

このドップラー効果による周波数の変調(ドップラーシフト)を取り出してみると、まるでチャープ信号のような波形が得られます。実際に、この波形を畳み込み積分してみると、前半部分で紹介した通り、パルス圧縮によって鋭いピークを持ったパルスが得られます。これを使えば、アジマス方向の2つの地点も、解像できることがわかりますね。これがアジマス方向を解像する原理です。ちなみに、この「ドップラー効果によってアジマス方向のチャープ信号を作ってパルス圧縮する」処理のことを、合成開口処理と呼び、合成開口レーダの名前の由来となっています。

ただし、レンジ方向のときのように、畳み込み積分に用いる参照波をSARの信号生成部で作っているのではなく、人工衛星の軌道と、地面との距離、さらには地球の自転なども考慮して、ドップラー効果を計算して参照波を作らなくてはいけないので、実際にはすごく難しい処理になります。

ともあれ、これでアジマス方向もこれで解像できそうな気がしてきましたよね。
では、どうやったらより高い解像度を得ることができるでしょうか?

もうわかりますね、ドップラー効果による周波数変調の帯域幅をできるだけ広くすればいいのです!

いよいよ大詰め!アンテナの大きさと解像度の関係

ドップラー効果を大きくするには、照射時間を長くする

さて、ここまできたら、最後は比較的簡単に理解出来ると思います。

ドップラー効果による周波数変調の帯域幅を広げるには、できるだけ長い時間電波を照射させて、周波数をより高いところからより低いところまで受け取れるようにすればいいわけです。

照射時間を長くするには、ビーム幅を広げる

ではどうすれば、照射時間を長くできるでしょうか?

それは、レーダーのビーム幅(電波の広がり具合を示す指標)をできるだけ「広く」すればよいのです。

ビーム幅が広くなることによって、より遠くから対象点を捉えることができるようになり、照射時間が長くなります。

ビーム幅を広げるにはアンテナの大きさを小さくする

レーダーのビーム幅は何で決まるかと言うと、「アンテナの大きさ」で決まります。

一般に、アンテナを大きくすると、ビームを絞ることができます。つまり、ビーム幅が狭くなります。

絞るというのは、鋭くて強くするということですから、より遠くまで強い出力の電波を届けることができます。

多くの場合、アンテナの目的はより遠くにより強い電波を飛ばすことですから、「アンテナは大きいほうがいい」という固定観念を持ちがちです。

しかし、SARでは、ビーム幅が広い方がいいわけですから、アンテナを小さくして、ビーム幅を広げることが必要です。

そして、アンテナを小さくしてビーム幅が広がると、照射時間が長くなり、ドップラー効果が大きくなって、パルスがより圧縮されて、解像度が上がるというわけです。

これが「アンテナが小さいほど解像度が高い!」というSARの不思議に対する答えです。

ちなみに、ここまでに記述した内容を数式で整理していくと、驚くことに、アジマス方向の解像度は、アンテナ長さのちょうど1/2になります。これは衛星の軌道や周波数には一切関係ありません。

例えば、ALOS-2は長さ6mのアンテナを持っていますが、通常の観測モード(ストリップマップモード)では、この数式通り3mの解像度が得られます。

ただし、ビーム幅を広げると、電波の強度は弱くなってしまいますので、得られる画像のS/N比は悪くなり、ノイズの大きい画像になってしまいます。つまり、読み取れる画像にするという目的に照らして考えれば、どこまでもアンテナを小さくできるというわけではないのです。

別の解像度を上げる手段「スポットライト」

照射時間を長くすれば、アジマス方向の解像度を上げることができる、というポイントから、もっと解像度を上げる方法を考えてみましょう。

例えば、衛星の姿勢を変化させて、常にビームを見たい地域に当て続けることができれば、照射時間を長くできます。

まるで、舞台上の役者の動きに応じて、スポットライトの向きを変えるイメージですね。(SARの場合、衛星=スポットライト自体が高速で動いていますが)

実はこのような観測方法をその名の通りスポットライトモードと呼びます。

ALOS-2では、このスポットライトモードで、アジマス方向の解像度を最大1mまで上げることができます。

冒頭で紹介したICEYEの25cm解像度というのも、このスポットライトモードを利用しています。ただし、これによって解像度を上げられるのは、アジマス方向のみであることに注意が必要です。レンジ方向については、前半部分で触れたとおり自分で送信するチャープ信号の帯域幅によって解像度は決まります。

そしてドップラー効果は、周波数が高いほうが影響を受けやすいので、ALOS-2のLバンド(1.2GHz帯)よりも、ICEYEが用いているXバンド(9GHz帯)のほうがより解像度を上げることができます。

ICEYEはこのようにして、SARとしては世界最高峰の25cmという解像度を達成できたと言えます。

しかし、スポットライトモードでは、観測できる範囲を狭めてしまいます。

冒頭で、「一般的に、SARは光学衛星に比べて観測幅が広い代わりに解像度が悪い」と言いましたが、このようにスポットライトモードなどを駆使すれば、観測幅を犠牲にして解像度を上げることはある程度までは可能なのです。

今後、日本の宇宙ベンチャーでもXバンドSAR衛星の打ち上げが計画されていますので、どのようなプロダクトが提供されるのか、期待したいところです。

まとめ

今回の説明の流れを、最後に復習してみましょう。

問題:SARでは、アンテナが小さい方が解像度が高くなるってホント?

回答:
①SARの解像度は、送信するパルス信号を短くするほど高くなります
②パルスを短くするには、畳み込み積分を用いたパルス圧縮技術が必要です
③畳み込み積分によりパルスを圧縮するには、周波数変調の帯域幅を広くする必要があります
④帯域幅を広くするには、アジマス方向については、照射時間を長くする必要があります
⑤照射時間を長くするには、ビーム幅を広げる必要があります
⑥ビーム幅は、アンテナが小さい方が広いので、アンテナが小さい方が解像度が高くなります

むすび

最後まで読んでくださってありがとうございます。

SARの仕組みについて、理解が深まったのではないかと思います。

理解が深まったところで、実際に手を動かしてSAR画像をいじってみたくなったのではないかと思います。

そんな方は、早速以下の記事で、Tellusを使ってSARデータの解析をしてみてはいかがでしょうか。