時間分解能と精度の課題を解消! スカパーJSATの研究から生まれる衛星データ利活用のブレークスルー
スカパーJSATが新事業として新たに取り組む衛星データ利活用。その内容について、技術的にどのような点が新しいのか、詳しくお伺いしてきました!
リモートセンシング領域においても事業化を進めるスカパーJSAT株式会社。マネタイズを考える事業領域とは?
また、衛星データの課題を解決し、利活用のブレークスルーとなる研究も進んでいるようで、宙畑編集部がスカパーJSATで新規事業を進められている、加藤さんと穴原さんに聞いてきました。
加藤鉄平(かとう てっぺい)様 宇宙事業部門新領域事業本部スペースインテリジェンス事業部第2チーム アシスタントマネージャー
2007年にJSAT株式会社(現スカパーJSAT)に入社。主に、国内およびアジア、米国市場を対象に衛星通信サービスの企画・営業を手掛ける。その後、NewSpace領域における新規事業の創造を志向し、シリコンバレーでの勤務経験も経てスタートアップとのアライアンスや投資活動、および事業創出に向けた各種企画や戦略策定などに従事。
穴原 琢摩(あなはら たくま)様 宇宙事業部門新領域事業本部スペースインテリジェンス事業部第2チーム 主任研究員
2014年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入社し、地球観測研究センター(EORC)にて衛星SARを用いたデータ解析とアルゴリズムの研究開発に従事。非専門家向けの衛星SARによるインフラ変位監視ツール(ANATIS)を制作。2019年にスカパーJSATに入社後、SARを中心とした解析技術の研究開発に携わり、自動解析の自前開発からプロダクト検討まで幅広く担っている。
(1)インフラメンテナンス&災害把握を3社協同でサービス提供
平時はインフラモニタリング、災害発生時にも対応「衛星防災情報サービス」
宙畑:まずは昨年10月に発表された「衛星防災情報サービス」についてお伺い出来ればと思います。
加藤:昨年10月に建設コンサルタントの最大手である日本工営株式会社(以下、日本工営)と地図事業の最大手である株式会社ゼンリン(以下、ゼンリン)の3社で衛星データを活用した防災ソリューションサービス「衛星防災情報サービス」を開発しましょうということでリリースをさせていただきました。
宙畑:サービスを開発されようとした背景には何があるのでしょうか。
加藤:日本には膨大なインフラ施設がありますが、その多くが高度経済成長期に建設されていて老朽化が進んでいます。これまでは人が点検していたのですが、これからは労働者の高齢化により、インフラ点検技術者の減少が進むと言われており、重大な事故リスクの顕在化や維持管理コストの急激な高まりが社会課題となってきているため、まさにインフラ施設管理の効率化を図るDX(デジタルトランスフォーメーション)が求められているんです。
解決策として、ドローンや IoTなどもありますが、衛星データが最も広域性に優れ、山間部から都市域まで、一度に纏めて観測できるということが強みになります。
また、衛星に搭載されるセンサの一つである合成開口レーダ(SAR)の観測技術を使えば 非常に精緻な値で対象物の変状が分かるため、インフラ設備の異常を発見するためのスクリーニングをコスト的にも非常に優れた形でできるのではないかと考えています。
本サービスのもう一つの背景として、昨今、異常気象を発端とする国内の大規模災害による被災状況(浸水、土砂崩れ等)の早期把握にも衛星データを有効的に使えるのではないかということでサービスを組み立てております。
課題発見のきっかけと3社の役割
宙畑:本サービスのニーズはそもそもどのように発見されたのでしょうか。
加藤:SARデータ利用のポテンシャルは当社も感じ検討を進めておりましたが、当社でSAR解析の研究開発を行っている穴原は、もともとJAXAで、SARを用いたインフラ変位監視の実証研究や、非専門家でも扱える解析ツール(ANATISⒸJAXA)のアルゴリズム開発を一から進めていたことが大きなきっかけです。
穴原が入社してから、当社でもSARデータ利用のポテンシャルについて、さらに色々な検討を行う中で、同じくSARに着目してJAXA時代の穴原と実証研究を共同で進めていた日本工営とインフラモニタリング技術の実用化及び事業化に向けて連携してサービス構築を行っていくことで合意し、2019年11月頃に業務提携することになりました。
日本工営が長年培ってきた防災、インフラ維持管理手法ノウハウは、当社にとってSARの技術をどのように適用していけば良いか考えていくにあたり非常に参考になっており、今も毎週打合せを重ねながら開発を進めていっております。また、その後昨年10月に、詳細な地図情報基盤を保有するゼンリンとも連携していくこととなり、今の事業化に至ったという経緯です。
宙畑:3社の役割分担はどのようになっているのでしょうか。
加藤:スカパーJSATは、主に衛星画像の取得および解析とその研究開発を担当しています。
衛星画像や解析データだけでは、エンドユーザーのアクションに結びつきづらいこともあるため、そこを埋めてくれるのが日本工営の役割となります。日本工営が持つ防災、インフラ維持管理ノウハウ等により、衛星で検出した変状から、インフラとしてはどういうリスクがあって、どのようなアクションにつなげていったらいいのかというところの技術やコンテンツの開発を担当しています。
さらに、ゼンリンが保有している詳細な地図情報データが重なると、エンドユーザーが自分たちの敷地内で何が起きているのかを精緻に知ることができるという形になっています 。
※ANATIS: 非専門家向けにJAXAが開発した衛星SARでインフラの変位をモニタリングできるツール。国土交通省の新技術情報提供システム(NETIS)登録技術。
(2)リモセン事業に参入! スカパーJSATの事業構築の考え方
宙畑:そもそも御社の中で、リモートセンシング(以下、リモセン)の事業をやって行こうとなった背景にはどんなことがあるのでしょうか。
加藤:当社として、5年以上前から米国を中心とした小型衛星コンステレーションによるデータビジネスの盛り上がりに着目し、事業検討を行っておりました。
しかし、当時はまだ市場創成期だったこともあり、当社として小型衛星を保有する判断は投資金額の規模からしても難しかったため、まずはエンドユーザーに近い下流側のソリューション領域から踏み込んでいくことで、マーケットやユーザーニーズを理解するところから進めていきました。
その後、地上局を保有したり、JAXAから小型衛星を譲り受けるなどして、徐々に上流側のインフラ領域にも手を伸ばし、当社独自の強みの確立を図っています。
今は、このマーケットの成長可能性や手応えを強く感じており、ユーザーニーズをもとに更にインフラを強化していくなど、次のフェーズでの成長戦略を検討しています。
宙畑:前回の記事でもお伺いしましたが、もともと衛星通信をメインのビジネスを生業としていた御社にとって、リモセンというのは全く新しい領域だったのではないでしょうか。
加藤:衛星通信とリモセンというのは、元々分野は違うんですが、インフラ(人工衛星やその周辺設備)を保有して、かつ、そこから得たデータあるいは情報をもとにサービスを行うところに関しては衛星通信もリモセンも共通化できるところがあると考えています。
したがって、そういったノウハウに関しては活かしつつ、新しい分野なのでいろんな知見を溜め込む、具体的にはOrbital InsightやPlanetなど世界でも有数のパートナーに出資をしたり、提携をしたりしながら、事業構築をしてきたというのがこれまでの姿になります。
(3)衛星データがインフラになるまでに必要な解消すべき利活用の課題
宙畑:事業開発を進められていく中で見えてきた技術的な課題はありますか。
加藤:全体として、衛星データは新しいビッグデータとして様々な場面で有効に使えそうだねというのが総論ですが、2点ほど課題があって、その課題をどう解決していくかが今後のブレークスルーにつながっていくと考えています。
1点目は「時間分解能」です。
多くのユーザーの要求水準からすると、まだ衛星インフラは圧倒的に足りていないと言えると思います。例えば、大規模災害が起きた時に、政府機関等が災害対策本部を立てる数時間までの間に、衛星データで全容を捉えることが期待されており、これが出来れば唯一無二の情報把握手段としてものすごく有用になるものの、現状は発災後数時間以内に衛星データを取得して、解析して、情報を提供するというのはなかなか難しいです。
もう一つ、同じ時間分解能で言うと、平常時の監視についても、海外の衛星データでも1~2週間に1度などの頻度でしか取得できてないので、もっと頻度高く観測していきたいという要求があります。
上記課題については、徐々にではありますが、今後、小型衛星コンステレーションが揃ってくることで改善されてくるとは思っておりますが、時間はかかると思うので、当社としては解析技術の方でもこの課題を解決できないかということで、色々な衛星のデータを混ぜ合わせながら時間分解能をあげるアプローチについて開発を進めています。
2点目は「データの信頼性」になります。
一般的に、特にSARの解析は非常に複雑であるため、専門的な知識や判読技術が必要となります。現状は、様々な状況や対象物に応じて人の手で条件を変えながら、解析している状態です。
我々はその点についても、状況や対象物に関わらず、動的に自動で条件を変更して、かつ精度を高く解析する高度な技術を開発しています。
「時間分解能」や「データの信頼性」といった課題が解決してくると、衛星でしかできない利活用事例が増えて来ると思うので、まさにここがブレークスルーですね。
(4)時間分解能を上げる方法
宙畑:では、そのブレークスルーとなりうるポイントの一つ目「時間分解能」についてお伺いしていきます。具体的な事例で説明いただけますか。
穴原:一つ目は、SARの時系列解析です。
地盤沈下などを知るための干渉SAR解析(参考:干渉SAR(InSAR)とは-分かること、事例、仕組み、読み解き方-)という手法があります。この解析を行うためには、同じ撮影条件で撮影した同じ衛星の画像が2枚必要になります。
この場合、精度がセンチメートル程度になるのですが、これをミリメートル単位まで上げようとすると、必要な衛星画像が先ほどの2枚から10~20枚まで増えます。この解析のことを「時系列干渉SAR解析」と言います。
同じ衛星で同じ条件で撮るとなると、2週間に1回といった頻度となり、画像を10~20枚揃えようとすると、とても時間がかかります。例えば、JAXAが運用しているALOS-2衛星では3~4年分の衛星画像が必要ということになります。
これを解決するアプローチの1つとして、複数の衛星画像を混ぜて「同じ衛星・同じ条件」と見なして干渉解析を行うということを開発しています。これによって、1種類の衛星では足りないような期間の時系列解析やより高頻度な観測値を出すことができるようになります。
宙畑:干渉SARというのはそもそも同じ撮影条件で撮影した同じ衛星の画像でないと、観測した電波が干渉しないということだったと思いますが、なぜ異なる衛星での解析が可能になるのでしょうか。
穴原:通常の時系列解析の場合、10~20枚ある画像を時系列に並べて、1枚目の画像と2枚目の画像の差分を出し、今度は2枚目の画像と3枚目の画像の差分を出し、、、という形で差分を並べて、それらを統計解析することによって、ミリメートルの精度を出しています。
それに対して、我々のアプローチでは、1枚目と2枚目の画像はAという衛星の画像で差分をだして、3枚目と4枚目の画像はBという衛星の画像で差分を出して、、、という形で並べて、お互いの衛星データを補いながら変化を求めているイメージになります。実際はこれをPSInSAR(時系列干渉SAR解析として広く使われている手法)のようなアルゴリズムの内部の、複数変数のモデル推定上で行うことになりますが、雰囲気としてはそのような形です。
宙畑:異なる衛星間で干渉解析をしているのではなく、同じ衛星間で処理した干渉解析結果を、複数の衛星で算出して補完し合い、精度を高めているということですね。
穴原:もう少し簡単な例でいくと、単純なSAR画像の時系列の前後比較を、異なる衛星間でやるという事例もあります。
例えば災害時に詳細な浸水域を調べる際、発災後の画像だけでなく、発災前の画像も必要になります。しかし、発災前の画像が何年も前のものだったりすると、災害による変化なのか、それ以外の差分なのかが分からなくなってしまいます。
そこで、この例では発災直前に撮影したALOS-2のLバンド衛星と、発災直後のPazのXバンド衛星が撮った画像の差分を、機械学習を使って抽出しようというものです。周波数がXバンドとLバンドでは画像の写り方は異なりますが、統計的な違いを吸い取って反映するところを機械学習が行うので可能になります。
(5)データの信頼性を上げる方法
宙畑:続いて、もう一つのブレイクスルーポイント「データの信頼性をあげる」という点もお伺いしていきたいと思います。こちらはどういうアプローチなのでしょうか。
穴原:これまでの解析では変動量が抽出しづらい対象、つまり干渉性が非常に低い対象、例えば土や砂などに対しても変動量が見えるようなアルゴリズムを開発しています。
穴原:土や砂の変動量が細かに見えるようになると、図の赤枠のような狭い範囲でも、河川堤防の増設による圧密沈下※などが綺麗に見えるようになってきます。
※圧密沈下:重みで圧縮され全体が沈下する現象
宙畑:こちらは技術的にはどういった工夫があるのでしょうか。
穴原:ズバッとこれという工夫があるというより、様々な改良をして試行錯誤を繰り返している感じですね。業界的にはこうあるべきみたいな固定観念を一つずつ掘り返して、変えてみてということをやって、精度が上がるものを採用しています。
SARの理屈からは、一見すると突飛に見える手法を各所に入れていますが、劇的に効果が上がるものは結構あります。JAXA在籍時に、いろんな分野の研究者と議論する中で、理屈ではうまくいかないと思っていた手法が思いのほか上手くいった、ということも多々あり、そういった経験が活きているような気がします。
あとは、SARを使った災害時の浸水域の解析についても、昔から良くやられている利用分野ではあるのですが、水だと判定する閾値を画像毎に動的に判定するなどといったことにも実施しています。
宙畑:具体的にはどのような点が新しいのでしょうか。
穴原:撮影条件によって、同じ水面を撮影していても値が異なるので、この値を下回ったら水と判定するしきい値を固定にしてしまうと、上手く抽出することが出来ません。そこで、画像毎にしきい値を調整するアルゴリズムを導入しています。
一例をあげると、地図データから湖や川などあらかじめ水だと分かっている場所をサンプルとして用意しておくのですが、その中でも風が当たりにくい、水面にさざ波が少ない箇所をサンプルとして使ってしきい値を設定するようなことを行っています。さざ波抜きの値はかなり正確な値となるので、人の目視判読で時間が掛かるような機微な違い(元から水の張った水田なのか、浸水した水田なのかなど)を自動で判定することができます。
(6)今後の展望と注目するポイント
宙畑:ここまで御社の中の取り組みについてお伺いしてきましたが、一方で、衛星データの供給側への期待というところもお伺いしたいと思います。
特に穴原さんは、古巣ということになるかと思いますが、JAXAのSAR衛星について期待するところはありますか。
穴原:衛星そのもので言うと軌道制御は、干渉SARの精度に関わってくる部分で、宇宙ベンチャーの小型SAR衛星ではまだ到達できないような、非常に高い精度でJAXAは実現しているので、データの精度の高い衛星インフラとして期待していますし、信頼しています。
また、観測頻度でいうと、現在JAXAが運用しているSAR衛星「ALOS-2」から、2022年度に打上げを予定している次世代機ALOS-4になると、2週間に1回という高頻度で広範囲を撮影(定常観測)することができるようになるので、これは画期的だなと思っています。
加藤:これまで研究機関であるJAXAがALOS衛星で取り組んできた成果が結実し、今後は民間事業者によって社会実装されていくフェーズに移ってきているとも感じています。
衛星データが社会の役に立ち続けるためにも、今生まれてきている小型衛星コンステレーションが生き残れるようなサステナブル(持続可能)な市場をいかに作り出していくかについても重要であると考えており、他の民間事業者や関係機関とも力を合わせて、衛星データ利用の普及と市場拡大を進めていきたいと考えています(参考:「衛星データサービス企画株式会社」設立のお知らせ)。
(7) まとめ
衛星通信をメインの事業とするスカパーJSAT株式会社。新たな事業領域として、衛星データ活用領域に焦点を合わせ、事業開発を進めています。
注目したいのは、自社内での技術的コアの育成です。
元々、同社は衛星データ活用領域での技術的な強みを有していなかったにも関わらず、技術的にキーとなるメンバーを採用し、企画側との議論を積み重ねることで、事業化におけるブレイクスルーポイントを明確にし、着実に改良を進めています。
古くから宇宙ビジネス市場で事業を行っている同社が、技術的な知見を獲得しつつ、制度面でも関係機関に働きかけていくことで、衛星データ利用の防災・減災ビジネスが現実味を帯びてくるかもしれません。
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これ全部、衛星画像に写った地球のどこかの実際の海の色なんです。
写真をご覧いただくと分かる通り、青色だけではなく「本当にそんな色があるの?」というような色まで、幅広く12本そろっています。これらの色をすべて衛星データから抽出したと考えると、実際にどこの海から抽出されたのかと、衛星データを見てみたくなりますね。
現在、海のクレヨンはクラウドファンディングを実施中で、すでに目標金額を大幅に超えた支援を集めています。
※クラウドファンディングの募集期間は2021年11月30日まで
「海のクレヨン」がプロジェクト企画第1弾ということは、第2弾、第3弾もあるということなのでしょうか。今後の“Satellite Crayon Project”にも注目です。