「こんなことできたらいいな」に取り組んでいる人がいた! 神戸市が取り組む農地管理の最先端
農地管理への衛星データ活用に取り組むサグリ株式会社と、サグリ社と二人三脚で実証に取り組む神戸市に、耕作放棄地ってそもそも何が問題なの?というところから、衛星データ活用の有用性を聞きました。
近年、様々な業界で、衛星データを実際の業務に活用していく流れが加速しています。
特に2021年に入り、アーリーアダプターとして衛星データを活用している方々が、「衛星データを活用することでこう変わりました」と知見を公開していく流れも加速しています。
今回は、衛星データを農業課題の解決に活かしているサグリ株式会社代表取締役CEOの坪井俊輔様、実際に衛星データを業務の中で活用している神戸市の農業委員会の古川様にお話をうかがいました。
宙畑メモ サグリ株式会社
兵庫県丹波市にある2018年に創業したベンチャー企業。「SATELITE」「AI」「GRID」という3つの技術を掛け合わせて「Sagri」というふうに命名し、人工衛星のデータを、教師データなどを活用して機械学習させ最適化させていく事業に取り組んでいます。
今回お話を伺った方
耕作放棄地が増えると何が起きる?
宙畑:まず、「耕作放棄地が増えると問題だ」とはよく聞きますが、耕作放棄地が増えることの何が問題なのでしょうか。
古川:そもそも農地が何のためにあるかというと、食糧を生産するというのが大きな目的です。しかし現状では日本の自給率は諸外国と比較すると低く他国に頼っています。
少し大きな話になってしまいますが、国内自給率を高くしていくために農地を守っていかなければならないのです。
宙畑:つまり、耕作放棄地をそのままにし続けるとどんどん食料自給率が下がり、生きるうえで必要な食料をどんどん海外に依存してしまうというわけですね。
古川:また、それだけではありません。耕作放棄地をそのままにしておくと、野生動物の行動圏が広がってしまったり、その土地で雑草や害虫が発生して、農作物を育てることができなくなったりと様々な問題が発生します。
宙畑:そこで、定期的な農地管理が重要になるというわけですね。
古川:その通りです。私自身は神戸市の農業委員会は、今年で6年目です。農業委員会というのは、農地の権利関係、農地の売買、農地に自宅を建てる際の許可など、農地法に基づいて行う仕事が主な業務になります。
また、最近になって今話題になっている遊休農地の調査や、遊休農地を農地として活用していくための施策を検討し実行する業務が新たに加わってきています。
そもそも”耕作放棄地”とは
宙畑:耕作放棄地、遊休農地といった言葉の定義について、あらためて教えていただけますか?
古川:まず、よく言われるものとして、“遊休農地”・“耕作放棄地”・“荒廃農地”という3つの言葉が存在しますが、実はこの定義を説明するのは難しいです。
市町村に置かれる農業委員会が、一年に一回法律に基づいて調査した結果が、遊休農地です。一方、5年に一回実施される農業センサスで、調査対象の農家さんが「私はこの農地を耕作する意思が無いです。」と自己申告した農地が、耕作放棄地です。実数としては、耕作放棄地の方が多く、遊休農地と耕作放棄地が重なっている場合があります。
このように、遊休農地と耕作放棄地の定義の違いが区別を困難にしている一因です。また、荒廃農地とは、農地が荒れてしまい、普通の農作業では農地に戻らないだろうというされている農地です。荒廃農地と遊休農地も重なっている部分があります。
宙畑:重なっている部分もあるのですね。
古川:統一された方が分かりやすいと思いますが、成り立ちが違うので異なる用語になっています。ただ、結果として農地として使っていないことは間違いないです。
宙畑:耕作放棄地は、日本全国でどのくらいあるのでしょうか?
坪井:高齢化が進む日本の農家の中で、日本全国で500万ほどの農地が耕作されていない農地です。この数値は全国の農家の約10%にのぼります。耕作放棄地の数が多い長崎県、山梨県、広島県などは、4枚に1枚が耕作放棄地とも言われています。
全国で1,700市町村があるので、単純計算で1市町村で約2万件、多くて10万件近くの農地が存在します。これらの規模の農地を数十人の農業委員会の方が目視で調査するため、全く調査が追いついていません。このように、耕作放棄地の把握は本当に全国で大きな課題となっていることから、弊社で取り組むことを決めました。
耕作放棄地の把握や管理における現状
宙畑:現在、耕作放棄地の管理はどのように行っているのでしょうか。
古川:神戸市のケースでは、50人ほどの地元の農業委員会、農地利用最適化推進委員会と1事務局職員で班編成を組んで耕作放棄地の把握や見回りを行っています。スケジュールでは、毎年10月くらいから始まり翌年の1月頃まで見回り調査を行います。
神戸市は5000haの農地があり必ずしも平地ばかりではありません。50人と事務局の状況では、全ての農地を網羅しているとは言い難く、ある程度優先順位を付けて「守っていかなければいけない農地」を見回っています。
宙畑:50人ですべての農地管理はたしかに途方もなく思えますね。
衛星データ活用による耕作放棄地の発見手法
宙畑:この課題に衛星データを活用して解決しようとしているのがサグリさんというわけですね。簡単に、衛星データを使って、どのように耕作放棄地を発見することができるのか教えていただけますか?
坪井:我々は、アメリカの宇宙ベンチャー企業のPlanetの小型衛星Doveと、ESA(欧州宇宙機関)のSentinel-2といった地球観測衛星のデータを活用しています。
そもそも、耕作放棄地にも荒れているレベルに差があり、かなり荒れている農地もあれば、少し手を加えたら戻せそうな農地もあります。私たちはこの「耕作放棄地」という概念を、沢山機械学習させてきたんです。耕作放棄地を検出できるように、「耕作放棄地ってこのような特徴を持っているよ」と沢山学習させることで、波長を用いて耕作放棄地かどうかの判断精度を向上させていきます。
これらの機械学習の際、お手本となる教師データの存在が重要です。この教師データに、各自治体が目視確認した結果をまとめている台帳を活用しています。これにより、農地の区画ごとに、耕作されている割合を衛星データを解析することで可視化できます。台帳は過去のデータも記録されており、衛星データも過去にさかのぼれるので学習を重ねることで精度は高くなります。
「こんなことができるといいな」を実際にやっているのがサグリだった
宙畑:それでは、サグリさんと神戸市さんがどのように出会われたのか、経緯について改めてお伺いしてもいいですか?
古川:2020年の11月に、神戸市の別の部署の方から紹介を受けたのがきっかけです。衛星を使った耕作放棄地・遊休農地の検出サービスを開発しているベンチャー企業があるとサグリさんを紹介頂き、農業委員会としても私個人としても是非お話をお伺いしたいですとお返事して、今に至っています。
宙畑:最初にサグリさんとお会いした時、印象に残っていることはありますか?
古川:私は実は気象予報士なんです。だから衛星データを見るのがもともと好きなのです。それもあり、私自身の単純な発想で、耕作放棄地って上空から観測など出来ないかなと考えたことはあり、過去に実際に調べたこともあるんです。ただ、衛星データって非常に価格が高く、一自治体が使用するレベルじゃないと感じ、私の個人的な考えで止まっていました。
だから、坪井さんとお会いして「こんなことやっている人いるんだな」と本当に驚きました。坪井さんからお話を色々お伺いし、衛星にもいろいろな解像度があり、価格も様々であることを理解しました。サグリさんのような衛星データ解析を専門にやられている企業にお任せし、経費が安く効果が絶大であれば完璧だなと思い、ここまでご一緒している形です。
宙畑:なるほど。聞いていてわくわくする出会いですね。
一回目の神戸市との見回りの結果に神戸市は手ごたえあり
宙畑:サグリさんと神戸市さんが出会った後、まずはどのような業務を進めていったのでしょうか。
坪井:最初に、Urban Innovation Kobe(UIK)に耕作放棄地の把握を一つの課題として取り上げて頂き、弊社を含めて数社が応募をしました。その後選考を経て2021年の1月頭にはサグリに決まって、神戸市さんと弊社による実証実験が開始となりました。
まずは、台帳と地番図という、図郭データと台帳データを神戸市さんにご提供いただいて、既存のACTABAのモデルで回しました。ただ、もともと他の市町村さんで作っていたモデルをそのまま使ったためか、今年の1~2月の時期に農地パトロールをしたところ、精度はあまり良くありませんでした。そのような背景もあり、モデルをブラッシュアップさせて再度夏に農地パトロールしましょうとなり、今に至っています。
宙畑:精度が良くなかったとの言葉がありましたが、一回目の農地見回りの時の結果は実際どのような精度だったのでしょうか。
古川:サグリさんはかなり厳しめに見ているのですが、私自身は耕作放棄地を「作物を作っていない」という基準で捉えるなら全部当たっていたなと思っています。パトロールした農地の全て、野菜が植わっている農地は1つもなかったのです。
ただ、「この農地は、あと1回草刈したら通常の農地になるな」という程度の農地も非常に厳しめに解析頂いています。今年の冬の際の農地パトロールでは、この部分は今後検討しましょうということで持ち帰りました。また、神戸市では、ビニールハウスの中で野菜を作る施設園芸が一定数あり、ビニールハウスの中が実は耕作放棄地ということがあります。これは衛星からは観測出来ないので難しいですよね。
それからもう一点、実は意図的に一回目の農地パトロールの時に牧草地を入れていました。牧草地は牛が食べるための草が長期間生えていますが立派な農地です。
ただ、牧草地を耕作放棄地と認識している例がありました。今後、牧草地は農地と判定するために、牧草地に種を蒔きなおす時期の衛星画像を使用する必要があると考えています。サグリさんの新しいモデルでは、解析する衛星画像の撮影時期を調整することも出来ていると伺っているので楽しみです。
ACTABAのアップデート、二回目の見回りで更に検証する観点とは
最初から100点を目指さなくていい
宙畑:二回目の農地パトロールにおいて、新たにACTABAに加えた機能などがあれば教えてください。
坪井:今回、前回はなかったタブレットのパトロール機能が付いて、農業委員さんや推進委員さんがタブレットを持つ際に事務局さんが指定した農地に誘導してくれます。アプリ上では、目視確認した農地はタッチして写真を紐づけることができたり、A判定やB判定という耕作放棄地のレベルを入力できる機能も実装しています。
さらに、衛星データのモデルを神戸市さんのモデルに合うようにチューニングしてきているので、精度がどの程度合うかが楽しみだなと思っています。
宙畑:今後も徐々にアップデートが進むというのは楽しみですね。
古川:そうですね。私達は最初から100点、完璧なものは別に求めていません。徐々に精度を上げていったらいいと思います。個人的には耕作放棄地の把握を全自動化するのは困難だと思っているので、人間が行う作業が楽にしていきたいと考えています。
衛星データのモデルをチューニングさせていく
宙畑:先ほど、神戸市さんと他の地域でのデータのアルゴリズムが違ったというお話がありましたが、今回、神戸市に特化したモデルを作る上で、どのような部分をチューニングしたのでしょうか。
坪井:まず、神戸市さんに、過去のデータも含めた台帳を提供頂いたので、教師データは一新させて追加で学習させました。
ただ、完全に原因究明できているわけではありませんが、精度が地域性に依存する部分は少なからずあると思っています。例えば、茨城県のモデルを埼玉県で使用したら90%程度というまずまず精度だったのです。
宙畑:その地域性は、育てている作物の違いが影響しているのでしょうか。
古川:例えば、稲を育てた後にキャベツなどを育てると、緑色の部分が影響して耕作放棄地になりそうですね。少し複雑ですが、稲刈りが終わってキャベツを植える間の画像をちゃんと捉えるようにしたら精度もあがるでしょうね。
坪井:茨城のほうは穀物系が多かった印象はあります。あとは、台帳の調査の精度も影響すると思います。よって、衛星単体で100%を目指すのは不可能で、地域性に合わせて判定精度を良くしていくのが重要だと感じています。
宙畑:チューニングの話から派生して、衛星画像自体の性能の話もお伺いしていきたいと思います。PlanetのDoveやESAのSentinelを使用しているとのことでしたが、可能ならもっと解像度の良い衛星にしたいといったこともありますか?
坪井:2つ方向性があります。まず、Sentinelのモデルを今回利用した背景は、無償衛星を活用できないかと思っているからです。しかし。分解能が粗い点と頻度が少ないことから、まだまだ改善の余地はあります。
一方で、解像度が30cmや50cmといった高解像度の衛星画像を利用する際に、目視で見るベースの地図として活用は出来るかなと思っています。今のDoveだと、目視で分からない衛星画像となります。やはり、衛星データは波長データを活用していると認識してもらうまでに時間が掛かるため、ベースとなる高解像度の画像があると職員さんは使用しやすいかもしれません。ちなみに、Dove衛星は、農地の面積が少ない部分でもダウンロードが可能で、過去に撮像したアーカイブも残っていることから、現時点では非常に使いやすい衛星です。
耕作放棄地の有効活用の未来
耕作放棄地の有効活用の可能性
宙畑:ここまで、サグリさんと神戸市さんで挑んでいる耕作放棄地の把握について色々お伺いしてきましたが、耕作放棄地の把握だけでなく農地に戻すことが大事だと思います。耕作放棄地の有効活用などはどの程度議論されているのでしょうか。
古川:荒廃農地で復元が不可能なものは、山に戻してくださいという話になります。耕作放棄地の中で復元可能な農地に関しては、当然復元の作業を進めます。しかしそれだけでは足りません。
そもそも、耕作放棄地になった理由というのは、農作業を行う人がいないことが多いです。従って、農地を復元することと、復元後の農地を任せる人を探すことはセットで進める必要があります。農業委員会として、新たな農業従事者を育てることや農地の管理という業務に時間を使っていきたいと考えています。
宙畑:今までは耕作放棄地を回ることで忙しかったところが、サグリのアプリによって、本当にやりたいことに向かえる時間ができたということですね。
坪井:あとは、ドローンを飛ばす道として耕作放棄地を活用できないかという話も出ています。今、内閣府においてスーパーシティの構想が進んでいますが、ドローンを自由に沢山飛ばせる環境の構築はまだまだほど遠いです。その際、殆ど人が通らない耕作放棄地を繋げて道にしたらドローンを自由に飛ばせるのではないかという話もあります。
古川:航空法などがしっかりクリアできれば、そのような活用法は可能だと思いますね。また、荒廃農地の使い方については、おそらく今後課題になると思います。荒廃農地をそのまま放置すれば、5年~10年程度で本当に山になってしまいます。
今後の展開
宙畑:最後に、今後サグリさんと神戸市さんで耕作放棄地の把握に挑戦する中で目指している世界について教えて下さい。
坪井:一番は、「現場でちゃんと使える」という確信を神戸市の職員様、古川様に持っていただけるのを目指しています。もう一つは、既存で地図作成や農地パトロール調査に掛かっている費用やデータ入力に掛かっている費用を、ACTABAを導入することで抑え、費用対効果を感じていただければと思っています。
前者を達成するために、精度の向上を目指し、後者を達成するためには経済的な分析を進めていきたいと思っています。
古川:ACTABAを導入して今後一番期待している点は、現段階で普通に手作業でやっている部分が軽減される点です。例えば写真1枚にしても、職員が写真を撮影してきてパソコンにデータを入れた後、そこから印刷となります。
しかし問題なのが、農地の場所と写真の紐づけに誤りが出ることがよくあります。その点ACTABAだと直接タブレットに写真が撮れるので作業もある程度軽減できることが期待できます。地図についても、現状は手作業で色塗りで「ここが遊休農地ですよ」と管理をしています。このような作業について軽減ができたらと考えています。そして削減できた時間を、耕作放棄地の解消や有効活用に使いたいです。今は耕作放棄地を見つけるのが精いっぱいですので、そこをサグリさんのACTABAを使うことで耕作放棄地の解消に取り組んでいきたいと思っています。
宙畑:今回はお忙しい中ありがとうございました!次回は是非、農地見回りにも同行させてください!