JAXAの衛星観測のプロに聞く! 宇宙から軽石と雲を見分ける解析テクニック
2021年秋頃に、ニュースでも大きな話題になった軽石問題。人工衛星を使って、軽石の動きを追跡したJAXAのチームの試行錯誤をお伺いしました!
軽石問題がニュースで騒がれ始めてから間もなく、JAXAにて「軽石観測情報」のサイトが立ち上がり、日々更新されています。
一方で、実際の衛星データを見ても「これは本当に軽石なのか?雲ではないのか?」という判別は人の目だけではなかなか難しいということが分かります。
では、どうやってJAXAは軽石を判別しているのでしょうか?
実は、衛星データが取得する様々な波長のデータを駆使して、判別しているのだとか。JAXAで軽石判別を行う衛星データ解析のプロフェッショナルのお三方に話を伺いました。
お話を伺った方
第一宇宙技術部門GCOMプロジェクトチーム プロジェクトマネージャ 田中 一広さん
JAXA第一宇宙技術部門 GCOM-C(しきさい)プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ。観測したセンサの概念設計から、運用・データ処理まで、10年以上しきさいプロジェクトに携わる。
JAXA 第一宇宙技術部門衛星利用運用センター 主任研究開発員 中右 浩二さん
火山や火災など熱関連災害の監視に関する研究開発に携わる。離島火山の監視のための衛星画像表示Webサイトを
「火山活動速報システム」を公開中。
衛星から軽石が見える!?気づいたきっかけ
宙畑:まずは、衛星データで軽石が見えると気づいたきっかけを教えていただけますか。
JAXA田中様(以下、田中):元々、海上保安庁や火山の専門家の方からニーズがあるということで、2,3年前から、噴火によって生じる変色した海水「変色水」を衛星から観測して、データをお渡しするということをしていました。
今回の福徳岡ノ場の件でも同じように、衛星画像を使って毎日火山周辺の変色水を見ていたんですけど、2021年8月17日の画像の中に変色水ではない、茶色い物体があるという話が出ました。
JAXA中右様(以下、中右):衛星で撮影した赤外線画像を使って、この茶色い物体の温度を確かめると、昼間のデータで周囲の海水よりも明らかに数度高いことが確認できました。
太陽光で暖められた海よりも強く暖められる物体ということは、陸地と同じような石かもしれないと思いました。また、物体の内部は熱が伝わりにくい方が暖まりやすいので、中がスカスカな軽石なのかもしれないなとも想像していました。
田中:我々はあくまで衛星画像の専門家であり、これが何なのか判断ができず、専門家の方に聞いたら、軽石だということが分かったんです。
田中:軽石の広がりは、山手線の面積と同じぐらいで、これは大変だなという話だったんですが、ここまで日本に影響があるとは想定しておらず、その後しばらくは我々もあんまり気にしてなかったんです。
田中:それが10月ぐらいになって、我々のスタッフが衛星画像を見ていて、「何かが写っている、これは軽石じゃないか?」という話になりました。
最初は私もそんなことはないだろうと思っていたのですが、実際に画像を見てみると、かなり広域に広がっていて、これは大変だということで、海上保安庁さんなど関係機関に連絡をしたり、サイトを開設して情報公開を開始しました。
軽石の判別の試行錯誤①水と区別する
宙畑:公開されている画像をみると、一般的な赤青緑で構成される可視画像だけでなく、「しきさい」衛星の特徴を活かした様々な波長で解析をされているなと思ったのですが、どのように軽石の判別を進められていったのでしょうか。
田中:試行錯誤と専門家に意見をもらうことの繰り返しでした。とにかく衛星画像をたくさん見て軽石の判別をしていく人と、それに対して技術的サポートする人と両方が必要でした。
田中:最初に問題になったのは、海との区別がつきにくいということでした。当初は赤青緑の一般的な可視画像で見ていたのですが、それだと海の色が暗いので、なかなか軽石と識別がつきません。
そこで、JAXAで「しきさい」の波長を使ったアルゴリズムの研究をしている方に相談してみたところ、「短波長赤外線(1.6μm)の波長を使った方がいい」とアドバイスをもらいました。短波長赤外線は水でよく吸収するので、海水と軽石の区別がつきやすくなるはずだ、ということでした。
実際に短波長赤外線の画像を組み合わせて使ってみると、画像としてとても綺麗に軽石が見えることが分かりました。それが、こちらの画像ですね。
軽石の判別の試行錯誤②雲と区別する
田中:その次に出てきたのが、雲との区別です。
田中:雲も軽石も、先ほどの短波長赤外の領域で強く光を吸収するため、今度は雲との区別が難しいという問題が発生しました。
再度、技術の担当者に聞いたところ、「高層の氷雲が線状になるから、それと識別すればいいんだよ、それが見える波長は1.38μmだよ」という話だったので「じゃあ、やってみよう」となりました。
こういう議論を実際に画像を見ながら「これかな?」と悩みつつ、専門家と議論して、その知識を使って判別するっていう調整をずっと繰り返しながら進めていきました。
軽石の判別の試行錯誤③波と区別する
中右:その後も、より細かい軽石を見つけようとしたときに、潮目のあたりに立つ白波との誤判読を避けるために、熱赤外線で海面温度を見るということもやりました。
温度の違う海流がぶつかる境界線である潮目は、海面温度を見ることでその位置を確認することができます。潮目の位置と衛星画像の中でうっすら見えている筋の比較を行って、潮目の位置にあるものは白波として軽石判定しない、という整理をしていました。
また、伊豆の浮島のあたりは海底地形の影響なのか、常に白波が立っている場所もあります。そういったところを排除するなど、衛星画像以外の情報も合わせながら、判読を実際にやっている方とも議論をしつつ、誤判読を避ける改善はずっと続けていました。
この作業は、もぐら叩きのように、1個叩いては、また別のものが出てくるんで、どんどん叩くという感じでした笑。
大事なことは各所の知見を集約すること
宙畑:ここまで軽石の判読についての試行錯誤について、色々とお伺いしてきました。実際判断が難しいケースが発生したときには、他の機関とも協力して現地を確認されたりしているのでしょうか。
中右:軽石については、現地の情報が本当に必要なんですよね、それがないと研究はできない。
これまでも海上保安庁さんとはやりとりがあったので、海上保安庁さんに「現地観測をしたときに、もし差し支えがなかったら、緯度・経度の情報もプレスに載せてもらえると助かる」みたいなリクエストをさせていただき、色々と対応もいただきました。
ただ、海上保安庁さんの飛行機が飛ぶスケジュールと衛星が観測するスケジュールがぴったり合うことはなかなかなくて、どうしても数時間ずれてしまうんですよね。
そうすると、数時間で軽石は数キロメートルくらいは、海流で流れてしまうので、海上保安庁が観測した軽石は、衛星画像のこの軽石だという特定ができないという苦しみが多々ありました。
宙畑:JAMSTECさんでも、JAXAが提供したデータをもとに、軽石の今の現在位置から予測をできるようになるし、その軽石予測をしたものもあるからこそ、それをもとにJAXAさんもまたそれが本当に軽石がどこにあるかっていうところを確認できるだったりとか、うまく良い関係性が築けているっていうところですよね。
田中:海上保安庁さんなどの火山の専門家の意見を聞くこととか、JAMSTECの海流の専門家の意見とかデータをもらうというのが、今回すごく効いているんです。やっぱりJAXAだけではできないということだったと思います。すごく大きいと思います。
中右:衛星開発者以外の衛星データの利用者をもっと広げて、いろんな人から意見を集めながら計画作っていく、あるいは何が使えそうかというのをあらかじめコミュニケーションをよくとっておくというのがすごく大事だなと思っています。
JAMSTECの軽石予報に使われるなんて、私は想像もしていなかったので、外部との繋がりをもっと作っていって、今まで以上に衛星データを使ってもらえるようになったらいいなと思っています。
軽石判別から見えてきたしきさい衛星の強みは精度と広い観測幅
宙畑:今回の軽石の話を踏まえて、今度の衛星開発に活かせること、必要とされるスペックなどはありますか。
田中:まずは精度ですね。
「しきさい」の場合には、元々、軽石は対象にしていなくて、海の色を見ることをミッションに開発されていました。
海はとても暗いんです。その中で植物プランクトンがいると少し海の色が少し変わる、といったわずかな変化を正確に把握するために、「しきさい」に搭載されているセンサはとても精度が高くできているんです。
ノイズがすごく少ないので、結果として対象にしていなかった軽石も見ることができたという側面がありますね。
もう一つ非常に重要なのは、広い観測幅(走査幅)です。「しきさい」は1,150kmという非常に広い幅で観測を行っています。
例えばアメリカの衛星であるLandsat-8や欧州の政府衛星Sentinel-2の観測幅は185kmや290kmなど、「しきさい」と比べて、観測できる範囲が1/4程度狭いので、今回のように広い範囲に広がる軽石の状況を見るには、ポイント、ポイントで非常に限られた状況しか分からないということになります。
「しきさい」衛星は、非常に広い観測幅で、かつノイズが小さいセンサを搭載していたからこそ、今回のような観測ができたと思っています。
ただ、見えるんだったらもっと細かく見たいという要求もあります。
もちろん、広い範囲を一度に観測できて、高い解像度とノイズが低い精度の高いセンサが作れれば良いのですが、そこに物理的な限界があるので、何を追及すべきか、正直言って、悩んでるところですね。