宙畑 Sorabatake

衛星データ

観測幅200kmはこうして生まれた! 社会のためにアップデートを続ける「だいち」シリーズの裏側【だいち4号プロジェクトマネージャー有川さんインタビュー】

「だいち4号」の開発仕様が決まり、開発、そして、ロケットで打ち上がってから初画像を取得するまで、どのようなドラマがあったのでしょうか。「だいち4号」のプロジェクトマネージャーを務めるJAXAの有川善久さんにお話をうかがいました。

2024年7月31日、先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)の初めての観測画像が公開されました。

出典:JAXA

「だいち4号」の特徴はなんといっても観測幅200kmという一度に撮影ができる観測幅の広さ。同じく「だいち」シリーズ衛星の「だいち2号」は観測幅が50kmであり、「だいち4号」はその4倍です。

では、「だいち4号」で観測幅を4倍にするという開発仕様が決まるまで、また、実際に初画像を取得するまでにどのようなドラマがあったのでしょうか。「だいち4号」のプロジェクトマネージャーを務めるJAXAの有川善久さんにお話をうかがいました。

有川善久さん
JAXA 第一宇宙技術部門 先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)プロジェクトチーム プロジェクトマネージャー

(1)「社会の役に立つ衛星を作りたい」有川さんが就職先にJAXAを選んだワケ

宙畑:まずは有川さんのこれまでのご経歴について教えてください。JAXA新卒採用サイトのインタビューで「社会に役に立つ衛星を開発したい、自分が日本の宇宙開発を変えていきたい」と答えられているものを拝見しました。そのような思いが生まれるまでにはどのような背景があったのでしょうか?

有川:私が大学生になったばかりの頃に「おりひめ・ひこぼし」という世界で初めて宇宙空間でランデブードッキングする衛星のニュースを見て衝撃を受けました。将来宇宙を目指したいとかそういった思いが湧いたとかではなく、とにかくすごいと。その後、最先端の技術に携わりたいと思っていざ大学の研究室に入って「おりひめ・ひこぼし」の話をしたところ「すごいんだけど、次何に活かされるんだっけ?その次の戦略が明確じゃないよね」と教授に言われました。

宙畑:大学の研究というといかに世界初を生み出すのかが重要と思っていましたが教授からそのような言葉があったのですね。

有川:その後、その言葉をいただいた教授と何度も議論を重ねるなかで、私はALOSシリーズのように、世界初を開発して終わりではなく、だんだんアップグレードしていって、最終的には社会に実装される衛星開発、ひいては宇宙開発利用全般をやりたいと思うに至りました。

宙畑:そのような思いからJAXAに就職されたんですね。

有川:そうですね。就職活動を始めた頃に自分を見つめなおした際に、衛星開発にエンジニアとして携わること自体はとても楽しいことだったのですが、「モノ」を作りたいのではなく、社会に定着するような、次に繋がる「コト」を作りたいと思いました。だからこそ、国内の衛星メーカーへの就職ももちろん考えたのですが、JAXAの就職を第一希望にしました。

(2)だいちを観測する「だいち4号」のここがすごい! 観測幅200kmはなぜ仕様に組み込まれた?

宙畑:そのような思いを持ってJAXAに入構されて今は実際に社会の役に立つことが期待されている「だいち4号」のプロジェクトマネージャーになられているというのは本当に素晴らしいですね。あらためて「だいち4号」のここがすごいというところを教えていただけますか?

有川:「だいち4号」の観測幅が「だいち2号」の50kmの4倍である200kmになったことがとても大きな進化です。このすごさを説明するうえで、より広い観測幅が必要であると考えるに至った背景からお話させてください。

宙畑:ぜひお伺いしたいです。

有川:2017年1月に「だいち4号」のプロジェクトチームが正式に発足したのですが、それ以前から検討自体は進んでいました。検討が進んでいた時期に何があったかというと、2016年4月に発生した熊本地震です。

当時は「だいち2号」によって地殻変動が起きている、地割れが起きているという箇所を50kmの観測幅で観測し、様々な情報を得ることができました。

ただし、熊本地震が被害を及ぼした範囲はとても広く、西を撮ってくれ、東を撮ってくれと、要求がなかなか一つにはまとまりませんでした。

宙畑:撮影ができたエリアは支援が必要な場所が分かるけれど、撮影ができなかったエリアは支援が必要なエリアが分かるのは次の撮影タイミングになってしまうということですね。

有川:その通りです。観測幅50kmでは要求がコンフリクトしてしまいました。つまり、「だいち2号」も熊本地震ではとても活躍してくれた一方で、もっと広い観測が必要であるという結論に議論が収束しました。

ALOS-2画像とALOS-4シミュレーション画像の観測幅の比較 Credit : JAXA

宙畑:観測幅200kmにしようと考えた当時、すでに観測幅200kmを実現した技術(デジタルビームフォーミング)のあてはついていたのでしょうか?

有川:そうですね。国内でも研究が進められていたり、JAXAとドイツの宇宙機関DLRとの間でも共同検討を行ったりと、各国が将来的にどのように作れるかとちょうど議論を進めていたところでした。ちなみに、デジタルビームフォーミングはALOS-4に続いてアメリカとインドが開発を進めるNISAR、ESAが新たに開発するSAR衛星(Sentinel-1 Next Generation、ROSE-L)にも採用されており、今後打ち上がる予定です。

宙畑:世界に先駆けてデジタルビームフォーミングを採用した人工衛星を打ち上げ、初めての画像を取得できたということは素晴らしい成果ですね。

有川:そうですね。もうひとつ強調したいのは観測幅が200kmになったことで、日本全域の観測を年間20回程度できるようになりました。「だいち2号」では年間4回で3か月に1回の頻度だったのでその5倍の頻度です。

年間20回の地上観測によって、mm単位の地殻変動を広域に把握できるようになりました。それによって地盤沈下や地滑り、火山の山体膨張の把握……など、これまで分からなかったことが分かるようになる、それによって何か世界が変わるかもしれないと、そのような期待を持っています。

(3)「だいち」はシリーズ衛星にならない世界線もあった⁉︎ 有川さんが内閣府出向時代に感じたJAXAへの期待と厳しい意見

宙畑:「だいち」がシリーズ衛星としてしっかりと実績を積み重ねてきたからこそ、徐々にアップデートされていき、利用者の声も取り入れながら進化して今があるのだとお話を伺って実感しました。

有川:ありがとうございます。実は、「だいち」はシリーズ衛星として続かないプロジェクトの衛星になる運命だった可能性もあったんです。

宙畑:そうなんですか!?

有川:私がJAXAに入構して7年目の時、内閣府総合科学技術会議事務局(当時)に出向していたのですが、ちょうどその時に政府側で行われていた議論のテーマが「だいち2号」の立ち上げについてでした。実は、「だいち2号」は最初「だいち」という名前はついておらず、災害に特化した衛星にしようっていうことで議論が進んでいました。

ただ、そこで内閣府の立場からは「災害ももちろん大事だけれど、せっかく『だいち』初号機で森林監視や地殻変動などの監視にも利用されたという実績があるのであれば、継続的に繋げるべきだ」といったことを主張し、話し合いがなされました。

宙畑:JAXA新卒採用のサイトでも内閣府の経験で「JAXAは世間から厳しく批判されることもあるが、それは高い期待値の現れであると痛切に感じた。」と記載がありましたね。

有川:そうですね。当時は「だいち」初号機でいろんなことを試そうとして「こんな成果が出ました。こんな絵が撮れました」という成果を報告するのですが、関係省庁や利用機関の皆様からすると「チャンピオンデータ(目的に対して成果が良かったデータ)を持ってきてるだけじゃないか」「いつも定常的にこの絵が撮れるのか」「海外を見ればSentinelやLandsatなど、途切れずに地球観測を行っている衛星があり、世界一ばかりを目指すのではなく継続性を重視してほしい」といった厳しい意見や要望がありました。

宙畑:たしかにそれは厳しいご意見ですね。

有川:ただ、定常的に撮ってほしいという言葉を裏返せば「定常的に撮れば使える」「災害以外にも役立つ」ということです。つまり、衛星の運用のほとんどを占める平常時のニーズにも対応した多様な分野における利用拡大を図る衛星であるべきという議論を踏まえ、「だいち」っていう名前を捨てるのではないということにつながって「だいち2号」に名前が変わったと理解しています。

(4)クリティカルフェーズを終えて振り返るプロジェクトマネジメントの仕事とは

宙畑:内閣府で「だいち2号」がシリーズ衛星になる瞬間を当事者としてその目で見て今は「だいち4号」のプロジェクトマネージャーになられているのは運命的なご経歴ですね。

今に至るまで、「だいち2号」の開発者としても衛星システム担当としても有川さんは携わられており、2019年に「だいち4号」のサブマネージャー、そして2022年からプロジェクトマネージャーとなられています。これらの肩書にはどのような違いがあるのでしょうか?

有川:まず、衛星システム担当というのはSARのアンテナを除いた部分、つまり、ミッション部以外をすべて担当すると考えていただいて良いです。サブマネージャーというのは、ミッション部を含めた衛星開発すべてに責任を持つ担当になります。

宙畑:すでにかなり大きな管掌範囲ですね。

有川:ちなみに、「だいち2号」でSARのアンテナを担当していたメンバーは「だいち4号」のサブマネージャーです。そのうえで、じゃあプロジェクトマネージャーは何をするのかというと、ここに見えないものも含めて全部です。

有川:見えないものの一例としては地上システムがあります。人工衛星に対して指令コマンドを送ることや「だいち4号」の観測計画を立案して、どのタイミングでどのエリアを撮るか、また、撮られたSARの画像をどこの地上局で効率的にダウンリンクするか、そしてそれをどうやって画像化や解析処理するのか……こういった地上システムの検討も重要なプロジェクトマネージャーの役割です。

また、同じように大事だなと思っているのはデータ配布と私たちが呼んでいる役割です。「だいち4号」のデータをどのように有効的かつ効果的に使ってもらい、どのように一般の方たちにお届けするのか。そういったサービス提供の仕組みを考えることもプロジェクトマネージャーの責任範囲になります。

宙畑:プロジェクトマネージャーの仕事はかなり幅広く大変ですね。想像するだけでも大変そうではあるのですが、プロジェクトマネージャーとなってよかったなと思うことがあれば教えてください。

有川:最初はもちろん私に務まるのかという不安もありましたが、今では楽しい仕事だと思っています。例えば、プロジェクトマネージャーの裁量範囲が意外と大きいのだなと思いました。

細かい話だと消耗品を買う1万円ぐらいの決裁も私が行いますし、数千万といった契約の決裁権も当然私です。そのうえでデータ配布の方針をもっとこうしようよとか、ミッションパートナーである国土地理院さんや、データを利用いただける方々との連携の中で、今は何を重点的な議論にするべきかといったことを決めるのもプロジェクトマネージャーです。全体の方向性を示すという観点でもとてもやりがいのある仕事だと考えています。

(5)「SAR衛星の開発設計は電波との闘い」だいち4号の開発でぶつかった難題

宙畑:「だいち4号」の開発でこれは大変だったなということはありますか?

有川:技術的な観点と人材育成という観点の2つ、難しかったなということをお話しできればと思います。

まずは技術的な話からになりますが、SARのアンテナは観測幅200kmを実現するとなると強烈な電波を発します。その後、地上から跳ね返る微弱な電波を受けるということで、電波干渉の管理がものすごく大変です。ある瞬間バッと電波を出して、次の瞬間に微弱な電波を受けるということを成立させること、また、「だいち4号」にはAISという船舶からの信号を受けるアンテナもついており、この同時観測を成立させる必要もあります。

おまけにGPSアンテナもあって、SARの観測に使用する電波と同じLバンドを使っています。ここの設計がものすごく大変で「だいち2号」の開発の時もものすごく苦労したので、その反省を活かしてSAR のアンテナからGPSアンテナの距離を離すなど工夫しています。

宙畑:SARの原理という記事を宙畑で先日公開した際に、本当に多くの方にご協力いただいてなんとか記事を公開できるまでには理解できたのですが、あらためてSAR衛星はとんでもない技術の結晶だなと感じました。1秒間に数千回の電波を発していると知って、そんなことできるんだ!と驚いたことを今でも覚えています。

宙畑:人材育成の観点ではどのような課題があったのでしょうか?

有川:ひとつは衛星開発に初めて携わるというメンバーも多く、衛星開発に必要な技術力の獲得に加え、衛星開発を行う上で必要な意識づけやモチベーションの維持が大変でした。また、「だいち4号」の場合はH3ロケットの開発が計画よりも遅れたこともあってメンバー全体のモチベーションやその意識を維持することもまた大変でしたね。

打ち上げの目標が、1年後、2年後と明確に決まっていたらその期日に向けて頑張れますが、ロケット開発の進捗が分からないというイレギュラーな状態でした。

宙畑:そのような難題に対してどのようにメンバーのモチベーションを維持されたのでしょうか?

有川:ロケットの打ち上げが延期になると決定した際に、衛星の信頼性を高める試験や地上との組み合わせ試験などを追加で行いました。試験を行うことによってバグ出しをして様々なトラブルを解消する過程を経験することで特に衛星開発に慣れていないメンバーにとってはようやくその動きや設計の中身が分かるようになります。

また、将来衛星の検討にもメンバーにどんどん参加してもらいました。開発に携わるメンバーにとって「だいち4号」はすでに仕様が決まった状態での開発になり、開発中に変えることができないものも多くあります。

開発を行う中で、もしもこれがあったら、もっとこうだったら利便性が上がったし使い勝手が良かったという反省点を誰もが持っているので、次はこういうものを作りたいという議論をしながらモチベーションの維持と技術力の向上を同時に行うことを意識してプロジェクトを前に進めていました。

(6)「だいち4号」に寄せられる国内外からの期待と利用促進のための取り組み

宙畑:最後に「だいち4号」のデータ利用についてお話を伺いたいと思います。実際に「だいち4号」のデータ利用を期待されているユーザーの方からの期待の声はどのようなものが届いていますか?

有川:国内ではミッションパートナーとして国土地理院さんに協力頂いており、国内の定常的な観測データは、すべてお渡しして、干渉SARの解析結果や日本国内の地殻変動の様子を定期的に国土地理院さんから配信してもらいますが、国土地理院さんに限らず、「だいち2号」のデータをいつも使っていただいている方がすでにいらっしゃって「「だいち4号」に本当に期待しているよ」という声が様々なところから届いています。

宙畑:まさに社会に役に立つ衛星としてだんだんアップグレードされている理想の衛星に「だいち」シリーズ衛星がなっているということですね。

海外からの期待の声は何か寄せられているものがありますか?

有川:センチネルアジアや国際災害チャーターという世界における災害対応の枠組みの中で、観測幅200kmの「だいち4号」が期待されているということはあると思います。

また、NASAやESAからも関心を寄せられているのは強く感じますね。今後、NASAやESAもLバンドのSAR衛星を打上げようとしている中でJAXAとも一緒になって協力したいという議論が実際にあります。

宙畑:LバンドのSAR衛星が世界的に盛り上がっている背景にはどういった期待があるのでしょうか?

有川:日本にとっては国土の3分の2が森林であることからその監視の観点でLバンドでの観測が始まりました。なぜ世界的に注目されたのかについては推測になりますが、実は、「だいち」初号機の前からLバンドSARでの地球観測を行い始めて約30年の研究成果が蓄積され、地殻変動の監視等、XやCバンドでは撮れないものがLバンドSARにはあるとだんだん認知されているのかもしれません。

宙畑:ありがとうございます。「だいち4号」のデータがより利用されるように、社会の役に立つように取り組まれていることがあれば教えてください。

有川:「だいち2号」で2022年から2024年度にTELLUSも活用して行っている、年に1回テーマを決めて様々な方にデータを継続的に利用してもらうための事業化実証を「だいち4号」でも実施予定です。

また、今後衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)の取り組みとして行おうと考えているのが防災ドリルです。「今、こういう災害が起こったらどのように対応できるか」ということを机上演習だけではなく実際の衛星データを使ってシミュレーションするという実践訓練です。しかも、JAXAだけではなく民間さんとも連携して行うことで日本の衛星地球観測における総合力を高めていきたいと考えています。防災ドリルの結果、必要な時間に必要な情報を今のままでは届けられないと分かるかもしれませんし、当初予定していたこと以上の利用の可能性が生まれるかもしれません。

宙畑:それはとても素晴らしい取り組みですね。宙畑としても、より「だいち4号」の有用性やデータをもとに生まれた事例があれば積極的に紹介しながら、利用の可能性もメディアとして探っていきたいと思います。有川さん、本日はありがとうございました!

(7)編集後記:アップデートされて社会のインフラとして機能する衛星シリーズへ

「だんだんアップグレードしていって、最終的には社会に実装される衛星開発、ひいては宇宙開発利用全般をやりたい」という思いを持ってJAXAに新卒採用で入構された有川さん。「だいち4号」のプロジェクトマネージャーとして活躍されていることは、偶然ではなく必然だったのではと思うほど素晴らしいお話を伺うことができました。

最後に、宙畑編集部としての思いをもって、本記事を終えたいと思います。現在、日本において自然災害の激甚化は喫緊の課題となっています。例えば、ゲリラ豪雨が最近増えたなと感じられている方も多いでしょう。以前NHKの天気予報コーナーで気象キャスターとしても活躍し、防災士、一級危機管理士である斉田季実治さんにお話を伺ったときも「日降水量300mm以上の大雨は、1980年頃と比較して、おおむね2倍程度に頻度が増加していること」など、それは感覚ではなく事実であると教えていただきました。

また、2024年1月1日には能登半島地震があり、直近では8月8日に2024年日向灘地震が起きたことで南海トラフ地震の発生に恐れを抱いた方も少なくないでしょう。
約100年前に発生した関東大震災では死者・行方不明者は推定で10万5,000人とも言われていますが、現代を生きる私たちは科学技術の進展によって被害を抑える選択肢(そこにお金を投じるか否かはまた別であるため選択肢としています)を持っています。

地震リスクが上がったという気象庁の発表があったように科学技術が進展し、そのリスクに備えることができます。また、実際に震災が起きた後、どこに支援を優先的に行うべきかを「だいち4号」によって判断がしやすくなります。

今後も地球温暖化の進行といったいくつかの要因によって日本の自然災害は激甚化することが予測される今、「だいち」シリーズ衛星が今後も日本にとって必要不可欠な衛星シリーズとして日本のインフラにしっかりと根付くことを願っています。

(写真:貴田 茂和)