神話からテクノロジーまで!五輪とアポロ計画の5つの接点
アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第9回目では、2020年の東京五輪開催に先駆け、平和の祭典とも言われる五輪とアポロ計画の接点を探ってみましょう。
アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第9回目では、2020年の東京五輪開催に先駆け、平和の祭典とも言われる五輪とアポロ計画の接点を探ってみましょう。国境や国籍を超えて、多くの人の心を一つにし、感動を呼ぶという魅力をもった巨大プロジェクトが交錯して織りなす物語をご紹介します。
接点その1:古代五輪のアポロンとアルテミス
紀元前776年から始まった古代五輪は、ギリシア神話の神々の父ゼウス・オリュンピオスに捧げる宗教的祭典の意味合いが強く、体育や音楽の競技祭がギリシア各地で開催されていました。「四大競技祭」と言って、最高神ゼウスを祭るオリンピア祭とネメア祭、音楽や医学の神アポロンに捧げるピュティア祭、海の神ポセイドンに捧げるイストミア祭が存在しました。(*1)四大競技祭で優勝者に贈られたのは、オリーブ、月桂樹、松、セロリなどの枝で作られた冠(ガーラント)でした。オリーブは、ゼウス神殿の背後に自生する神木から、両親存命の少年が黄金の鎌を使って刈り取ったものでした。(*2)当時から競技祭は4年に1度の頻度で開催され、その伝統は約1200年にわたって続きました。競技の開催回数は連続293回にも及びました。
古代五輪が始まるきっかけは、戦争をやめさせることだったと言われています。昔、オリンピア周辺は、群雄割拠するポリス(都市国家)間の争いが絶えませんでした。ある地方の指導者は、昔行われていたと伝えられる神々に捧げる競技祭を復活させて、「殺し合い」に使われているエネルギーを「競技祭」に向けるアイデアを思いつきます。そして、政策を左右したと言われる「デルフォイの神託所」で「競技会を復活せよ。そして、その間はあらゆる争いをやめよ」と、巫女が神の言葉を告げるように計らいました。(*3)デルフォイの神託所で告げられるとされていたのが、アポロン神の言葉でした。アポロン神はゼウスからデルフォイの地で神託(神のお告げ)を行うように命じられ、音楽や医学の他にも、予言の神様としても知られています。(*4)
ギリシア神話はローマ神話へと変化した歴史があるため、同一の神様を指していても名前が変わることがあります。アポロン神はのちにギリシア神話の太陽神ヘリオスと同一視され、ローマ神話では「アポロ」という名前で呼ばれました。そう、古代五輪が復活するきっかけとなった神様とアポロ計画の名前の由来になった神様は同じなのです。
2019年5月、アポロ計画に続く有人月探査計画は「アルテミス計画」と発表されました。アポロンとアルテミスは双子の兄弟です。そして、二人はオリーブの木の下で生まれました。(*5)
古代五輪の開催地は、特別に土地が肥沃だったことが記録されています。肥沃であることは、古代ギリシアでは神々の賜物を象徴しました。そのため、その土地では狩猟・貞潔の女神であるアルテミス、愛・美・豊穣の女神アプロディーテ、穀物・大地の生産物の女神デーメーテール、大地の女神ガイアといった女神も祭られていました。(*1)
接点その2:宇宙船に持ち込まれた五輪の旗
近代五輪は、スポーツの教育的な価値を信じたフランス人、ピエール・ド・クーベルタン男爵の理想から始まりました。20歳の時、のちにラグビー・フットボール球技の発祥の地としての逸話も誕生する英国のパブリックスクール(伝統的な私立中等教育校)のラグビー校で体育を通じた青少年の育成に触れ、スポーツが創造する明るい未来を確信します。五輪のマークをデザインしたのもクーベルタンです。5つの輪は世界の5大陸(アジア、アフリカ、オセアニア、南北アメリカ、ヨーロッパ)を表し、世界の人々が手をつなぐことが大切だという意味が込められるようになりました。西暦393年に途絶えた古代五輪から1500年の時を経て、近代五輪は1896年、ギリシアのアテネ大会で復活しました。(*6)
1972年4月、西ドイツで開催される第20回ミュンヘン夏季五輪を記念して、アポロ16号の司令船には1.2×1.8メートル、月着陸船には1.2×1.8センチメートルの五輪の旗が積まれました。(*7)また、アポロ16号では月面滞在残り数分で、「月面五輪」と称して、チャールズ・デューク宇宙飛行士とジョン・ヤング宇宙飛行士が地球の6分の1の重力環境下で高く連続ジャンプを試みました。(*8)なんと、デューク宇宙飛行士はバランスを崩して倒れてしまいます。もし酸素を供給する生命維持装置(PLSS)または宇宙服が破損していたら、真空の宇宙では命を失っていたかもしれません。ヒヤッとする瞬間を捉えた貴重な映像を見てみましょう。
接点その3:アポロ計画50周年式典や五輪で大活躍したプロジェクションマッピング
2019年7月16日-20日、アメリカ首都ワシントンDCの国立公園ナショナル・モールではアポロ計画50周年式典が開催されました。総勢約50万人が参加。ワシントン記念塔にアポロ計画50周年を記念したプロジェクションマッピング映像作品「APOLLO 50 – GO FOR THE MOON」が投影されました。演出は、情報提供したスミソニアン国立航空宇宙博物館、プロジェクションマッピングを手掛けた59 Productions社、海外ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の楽曲で知られる作曲家ジェフ・ビール氏によって行われました。技術面では、アポロ計画でも大活躍したレセオン社とボーイング社が協力してます。実は59 Productions社は、2012年のロンドン五輪開会式でも演出を担当しています。アポロ計画50周年式典の17分にわたる感動的な動画をぜひ見てみてくださいね。
接点その4:「宇宙の五輪」と呼ばれたアポロ・ソユーズテスト計画
第二次世界大戦後の1952年、第15回ヘルシンキ夏季大会でソ連が五輪に初参加しました。しかし、当時、米ソの確執は大変激しいものでした。1975年7月17日、宇宙で初めて二国間の宇宙船をドッキングする「アポロ・ソユーズテスト計画」が実施されます。このミッションは「宇宙の五輪」とも呼ばれていました。(*9)ドッキング後、平和を象徴するため、1×1.5メートルの国連の旗などが交換されたことが有名です。(*10)ロシアで開催された第22回ソチ冬季五輪では、当時協働作業したアメリカのトーマス・スタッフォード宇宙飛行士と1965年に世界で初めて宇宙遊泳を行ったソ連(現ロシア)のアレクセイ・レオーノフ宇宙飛行士が旧交を温め、隣に座って競技を観戦したことが報道されました。(*11)
44年間続いた米ソの冷戦は、1989年のマルタ会談でようやく終結します。冷戦の終結は、五輪を平和主義の追求へと奔走させました。1993年には、国際オリンピック委員会(IOC)の働きかけで国連総会において「オリンピック停戦の順守に関する決議」が採択され、以来、国連総会では毎回の夏季・冬季五輪開催の前年にこの決議を行っています。(*12)
接点その5:平和を象徴するオリーブの葉という共通項
オリーブは地中海東岸原産の農作物で、「永続性や不死」、「知恵」、「平和」などを象徴します。その由来をそれぞれご紹介します。
(1)「永続性や不死」
オリーブは水がほとんどない土地でも育ち、古代ギリシアではオリーブの木はギリシア神話の英雄ヘラクレスが常春の地から持ち帰った神聖なものと信じられていることが由来です。
(2)「知恵」
オリーブは知恵の女神アテナの木として知られています。アテナが海の神ポセイドンと土地の支配権を争ったとき、ゼウスはその土地の人間の役に立ったものを創り出した者にその土地を与えると約束しました。アテナはオリーブの木を、ポセイドンは馬を生み出しました。主に戦いで活躍する馬より、食料や医薬品にもなるオリーブに住民は軍配をあげました。現在、「アテネ」で知られる地名は「アテナ」が語源です。(*13)
(3)「平和」
旧約聖書のノアの箱舟の物語が原点です。昔、悪しきことを行う人間の堕落に怒った神様は大洪水を起こしました。水が陸地から引いたことをノアに知らせたのがオリーブの枝をくわえた白い鳩(ハト)で、オリーブは神様と人間の「和解」を象徴しました。
「平和」を象徴するオリーブは、あらゆるところに登場します。多くの方にとって、国連の旗にオリーブの葉がデザインされていることはお馴染みですね。また、古代五輪では現代のように行われる「聖火リレー」はありませんでしたが、競技祭が開催される前に3人の使者がオリンピアから出発して、ギリシアのすべてのポリス(都市国家)を巡りました。その3人の使者は、オリーブの冠をかぶっていました。彼らはギリシア語で「停戦を運ぶ人」を意味する「スポンドフォロイ(spondophoroi)」と呼ばれていました。(*3)そして、アポロ11号による人類初の月面着陸では、世界の平和を願って、ニール・アームストロング船長が黄金のオリーブを月面に置いています。アポロ11号のミッションパッチも見てみましょう。鷲(ワシ)がオリーブの枝を足で掴んでいるのが確認できますね。
五輪もアポロ計画もレガシー(もたらされる遺産)が語り継がれます。遺産には、競技スタジアムや宇宙船などの「形のあるもの」、多くの人の想いといった「形のないもの」があります。五輪もアポロ計画も、平和を希求する人類の願いが託されているのではないかと感じずにはいられません。さぁ、いよいよ2020年東京五輪開幕です!
(参考)
(1)スポーツの文化史 古代オリンピックから21世紀まで、ヴォルフガング・ベーリンガー著、高木葉子訳、法政大学出版局、p.26、2019年
(2)学問としてのオリンピック、橋場弦・村田奈々子、山川出版社、p.2, 11、2016年
(3)ミニ授業書 オリンピックと平和 -文化と政治と宗教-、吉田秀樹、株式会社仮設社、p. 40, 57、2012年
(4)歴史の中の植物 花と樹木のヨーロッパ史、遠山茂樹、八坂書房、p.26-32, 35-38、 2019年
(5)食の図書館 オリーブの歴史、ファブリーツィア・ランツァ、伊藤綺訳、株式会社原書房、2016年
(6)オリンピック大辞典、和田浩一監修、株式会社 金の星社、p. 13, 23、2017年
(7)The Apollo Spacecraft: Ertel, I. D. and Newkirk, R. W. with Brooks, C. G. January 21, 1966-July 13, 1974
(8)Astronaut Charles Duke Who Brought the Oympic Spririt to the Moon Honored by the IOC, IOC, December 12, 2018
(9)Army, Col. Edwin G. Pipp, Association of the United States Army, Volume 25, 1975
(10)Flags in Space: NASA Symbols and Flags in the U.S. Manned Space Program, The Flag Bulletin: the International Journal of Vexillology, XLVI(5-6), Platoff, Anne M., 2014-01-28
(11)Historical Perspectives Remembering The Watches And Legacy Of Cosmonaut Alexey Leonov
And a special friendship formed during the Cold War, Cole Pennington, October 15, 2019
(12)オリンピック・パラリンピックを哲学する オリンピアン育成かの実際から社会的課題まで、石釜尋徳編著、晃洋書房、p.20、2019年
(13)そだててあそぼう[79] オリーブの絵本、高木眞人、やまもとちかひと、社団法人農山漁村文化協会、2008年