SpaceXが世界中にインターネットを届けるStarlink(スターリンク)とは!? 通信速度や市場規模まで徹底解説
SpaceXが展開するStarlinkについて、その詳細をまとめました。
民間企業によるロケット開発で宇宙産業を牽引しているイーロンマスク率いるSpaceX。ロケット以外のビジネスで注目を集めているのが、Starlink(スターリンク)プロジェクトです。Starlinkは1万を超える人工衛星を打ち上げ、それらを連携させることで世界中の人々にインターネット接続を提供します。
実は、世界中の約半数の人々は、未だインターネットに恒常的に接続することができない状況で、その数は30億人を超えます。そこで、未開拓で大規模なインターネットユーザーを確保しようと、世界中の会社が衛星ブロードバンド事業に投資し、注目を集めています。
その中でも最も大規模かつスピーディーに衛星コンステレーションを構築し、既にサービス提供を開始しているのがSpaceXのStarlinkです。本記事ではプロジェクトの全容から通信速度、今後の株式公開の動きについてまで徹底解説します。
(1)最大42,000機の人工衛星を宇宙へ!? SpaceXが手がけるStarlinkとは
Starlinkは、大量の人工衛星を用いて宇宙から衛星インターネット接続のサービスを提供するSpaceXのプロジェクトです。複数の人工衛星を組み合わせることで、地球全体への通信サービスの提供が可能になります。
組み合わせる人工衛星の数はなんと12,000機! これらを高度340kmから1,325kmの複数の軌道に配置し、地上との通信を行います。このように、複数の人工衛星を組み合わせて1つのミッションを遂行する方法を「衛星コンステレーション」と言います。コンステレーションは「星座」や「集合体」という意味があり、複数の人工衛星の連携を、星々が作り出す美しい星座に見立てたネーミングです。
一つひとつの人工衛星は、通信を行う衛星本体が3×3×0.2 メートルと、そこに7×3×0.05 メートルの電力を供給する太陽電池パドルがくっついている仕様となっています(参考)。
(2)Starlinkが狙う衛星ブロードバンド業界の市場規模は2040年に10兆円になる予測
Starlinkは世界中にインターネット接続を提供することを目標としています。人工衛星を用いて、インターネット接続を提供する衛星ブロードバンド事業の市場規模はどれほどになるのでしょうか。
まず、宇宙ビジネス全体の市場規模は、モルガンスタンレーの発表によると、2016年には3300億ドル(36兆円)程度から2040年に1.1兆ドル(およそ120兆円)まで拡大していくと予測されています。この市場規模の拡大は年平均成長率(CAGR)5.3%で見積もられています。
その中でも、インターネット接続事業をメインとするコンシューマーサービス(consumer Broadband)は、2040年には945億ドル(約10兆円)にまで成長する市場になると推測されています。
これまでの通信業界の常識としては、各国の主要通信プロバイダーが、地上ケーブルや海底ケーブルを敷設し、通信基地局を整備してサービス提供をしていました。また、ケーブルが引けない地域では静止衛星を介した通信回線が提供されていました。しかし、これでは人口の少ない地域等では、プロバイダー側も基地局整備のコストと通信料金で採算が取れなかったり、提供できる地域が限定的になってしまう点が課題として残っていました。
その結果、IT化が世界中で進む中で、未だインターネット接続が自由にできない人数が世界人口の40%以上、30億人ほどいるという現状です。2020年にようやくインターネット普及が50%を超えたことがニュースになったほど、決して一般化されている状況とは言えません。
つまり、これまでどのプロバイダーも確保できていなかったユーザーを確保できるという点で、単なる通信環境を提供することによる市場規模以上の収益性が見込める点も、通信衛星コンステレーション事業に注目が集まる要因です。さらには、ここから得られるビッグデータによって、他事業への展開まで幅広い応用が見込まれています。
これらの背景から、多くの企業が衛星ブロードバンドの構築を目指す会社への投資を行なっているのです。
【参考資料】
長期的な宇宙ビジネス市場規模の試算(株式会社NTTデータ経営研究所):https://www.soumu.go.jp/main_content/000603731.pdf
モルガンスタンレーの調査データ:https://www.morganstanley.com/ideas/investing-in-space
(3)インターネットの速度は5Gより速い? 想定速度は10 Gbps
世界中にインターネット接続を提供することを目標としているStarlinkですが、気になるのはインターネット接続をどの程度のクオリティーで提供できるかでしょう。
まず、Starlinkの通信に関して、Starlinkの現状と将来目標の2つに分けて話を進めます。Starlinkでは、すでに1,000機以上の人工衛星が打ち上げられ、アメリカ、カナダ、イギリスではベータ版(お試し版)のサービス提供がスタートしています。あくまでベータ版ですが、現状どれだけの通信ができているかが分かります。
まずは通信スピードからです。Starlinkが目指している通信速度目標は下りで10 Gbpsです(G=ギガは0が9つという意味)。bpsはビット毎秒と読み、ビットはデータの大きさを示すので、1秒間にどれだけのデータをやり取りできるかの目安となります。この数字が大きければ大きいほど、大容量通信が可能です。
では、10 Gbpsというのは、どの程度の数値なのでしょうか。現在モバイル通信の主流となっている4G通信の場合、700Mbps(M=メガは0が6つという意味)程度であると言われています。つまり、その倍程度の通信スピードを目指していることになります。ちなみに、今話題の5G通信の場合、最速で20Gbps程度と、Starlinkが達成しようとしている速度は5G回線と同等の通信速度を実現させようとしているようです。
現在提供されているベータ版の通信速度は下りで70Mbpsから130Mbps程度。4G通信の700Mbpsに比べてもまだ1割程度の速度ということになります。
もう一つ、通信の「遅延」は非常に重要な要素になります。
レイテンシー と呼ばれるこの数値は、命令を送って反応が返ってくるまでの時間のことです。これによってユーザーの満足度は大きく変わると言われており、低遅延の通信に慣れている現代人はわずかな差にも敏感になっています。
衛星を介した通信は、一般に地上・海底ケーブルよりも物理的な距離が大きいので遅延が大きいと言われています。Starlinkは静止衛星がある軌道3万6千kmよりも低い軌道を周回しているため、その分遅延を抑えることができています。
現在のベータ版では、その速さは31ミリ秒です。
一般的なインターネット接続では50ミリ秒以下であれば快適に操作ができると言われているため、この数字は悪くない数字でしょう。一方でオンラインゲームなどのデータの遅延が許されないようなものでは、30ミリ秒以下でないといけないと言われています。
Starlinkは最終的にオンラインゲームでも利用が可能な通信にするとされているので、今後遅延速度についても改善されるでしょう。
現在はあくまでβ版であり、今後通信速度と通信遅延、加えて世界中の通信のカバー範囲は大幅に改善される見込みです。今後10倍以上の衛星が軌道に投入されることにより、各衛星がカバーする領域がより限定的になることで通信速度が向上されることが期待されます。また、より低軌道に衛星が配備されることで、通信遅延も改善される見込みです。そこに、追加された人工衛星の管理のための基地局の増設、通信処理のソフトウェアの改善も加わることになります。 実際にイーロンマスク氏は自身のTwitterで、2021年以内に通信速度を300Mbpsに、通信遅延を20ミリ秒にすると宣言しています。
しかし、注意しておきたい点が一つ。Starlinkではフラットパネルアンテナを利用して通信を行う必要があり、スマホなどで直接通信を行うようなものではありません。モバイル通信とは異なるものの、飛行機や船、トラックなどにアンテナを装備することで、これまで通信が難しかった地域でのインターネットアクセスが可能になるという大きなメリットもあり、実用の幅の広さに期待が集まっています。
参考資料
https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20180323-OYT8T50015/
https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/2020_113_3/113-3_183.pdf
バックホール回線としての利用
宇宙からインターネットを届ける衛星インターネット通信は、直接ユーザーにインターネットを届ける以外にも活用事例が出てきました。
代表的な例は、KDDIとSpaceXの提携です。日本国内に衛星インターネット通信が入ってきたことで話題に上がりましたが、ここでは既存の回線の「バックホール回線」としての利用が目的とされています。
ざっくり言うと、バックホール回線とは「スマホ/PC① -> 基地局 -> 交換曲 -> 基地局 -> スマホ/PC②」という一般的な通信経路でにおいて基地局と交換局の通信を行う回線のことです。回線を地上で引くのが難しい山間部や、通信が途絶えるような災害の時に、衛星回線を使って、通信を可能にすることが、KDDIとstarlinkの提携です。
このような衛星ブロードバンドの参入方法が今後増えてくるであろう背景には、既にインターネット通信が可能な地域にとってインターネット通信を人工衛星に切り替える必要性がない、というところだと考えられます。
特にSpaceXは世界中をカバーするネットワークを構築することを目標としており、そのメインの消費者は「インターネット接続から隔離されている人々」です。既にインターネットのインフラが整っている地域、特に日
本全体では新たに衛星ブロードバンドに移行する必要性が高くありません。このような背景があるため、衛星ブロードバンドは既存の通信インフラのバックアップや強化といった立ち位置になることが今後予想されます。
(4)SpaceXが通信衛星事業に参入する強み
SpaceXが他社の通信衛星コンステレーション事業と比較した際の強みはなんといっても自社でロケットを製造し、打ち上げられること。
SpaceXは2021年3月14日までに21回の打ち上げを行なっており、すでに1,200機程度、計画全体の10分の1の人工衛星の打ち上げが完了しています。
SpaceXは2021年3月17日時点で8日に一度という驚異的なペースでロケットを打ち上げています。このようなスピード感で打ち上げを進めていることることができているのは他社の通信衛星事業を狙う企業との大きな差となり、プロジェクト全体のスピード感を早めています。もちろん、自社でロケットを持っているということはコストダウンの観点でも大きな強みとなっています。
ロケット打ち上げのペースは今後もさらに上がる見込みで、2021年中にはStarlink12,000機の衛星コンステレーション完成を目指しています。
さらにSpaceXは、人工衛星の軌道投入の許可を行う米連邦通信委員会(FCC)に対して、追加で30,000機のStarlink衛星の打ち上げ申請をしており、もしこの審査が通れば、Starlink衛星は将来的に42,000機になる可能性も。今後はStarlinkのサービスエリアの拡大に加えて、打ち上げ機数にも注目です。
(5)SpaceXのstarlink衛星は肉眼で見える?
Starlinkの人工衛星は最も低い軌道で340kmと、国際宇宙ステーションの約400kmに比べて近い特徴があります。加えて、「SpaceXの人工衛星が天体観測の邪魔をしている!」なんて意見を耳にするからなのか、「Starlink衛星は肉眼でも見えるのか?」と疑問に思われる方も多いようです。そこで今回は、Starlink衛星が夜空でどのぐらいの明るさで見えているかについて解説していきます。
地球の周りを回る人工衛星は、夜空を見上げると時たまその姿を確認することができます。よく話題に上がるのは、宇宙飛行士の方々が滞在する国際宇宙ステーションです。高度約400kmを周回する国際宇宙ステーションが日本の上空に見える時は、JAXAや国立天文台などからそのスケジュールや漫画などが公開され、多くの人が夜空を見上げています。国際宇宙ステーションの明るさは-2等級以上に明るくなる時もあり、簡単に見つけられます。
宙畑メモ 等級
星の明るさを示す物差しで、夜空で最も明るい星は、冬の大三角形の一つ「シリウス」で、その等級は-1.46等級。数字が大きくなるにつれて暗い天体を示します。国際宇宙ステーションの-2等級がどれだけ明るいかは一目瞭然ですね。
それでは、Starlink衛星はどの程度の明るさなのでしょうか。アンソニーマラマ氏によると、Starlink衛星の明るさは5-6等級程度。人間の目で見える星の明るさの限界が6等級と言われているので、ぎりぎり見える明るさです。
しかし、ものすごく澄んだ暗い星空での話なので、少しでも明るい地域ではもっと悪くなります(東京だと3等級くらいだとか)。そうなると、Starlink衛星を肉眼で確認することは難しいかもしれません。
また、望遠鏡で星空を見たり、星空の写真を撮影するる場合には、6等級は決して暗くはありません。そのため、天文学者やアマチュア天文家たちの天体観測に、Starlinkのようなコンステレーション衛星が悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。
Starlinkの人工衛星群は地球を覆うような形で配置されるため、上記の写真のようにしばしば天体観測の画像の中に映り込んでしまいます。
このような状況を鑑みて、SpaceXは衛星自体が反射する太陽光を減らし、悪影響を減らす工夫を凝らした「バイザーサット」と呼ばれる人工衛星を打ち上げ始めています。この新機能の搭載によって、人工衛星の明るさは6等級以下まで抑えられるようになりました。
また、SpaceXは天文学者らに人工衛星の軌道情報であるTLE(2行軌道要素形式)を共有し、天体観測へ影響が出ない時間帯を知らせるなども積極的に行なっているようです。今後の宇宙開発は、このように他業界との共存が大きなテーマになるかもしれません。
このように、自分たちの利益のためだけでなく、宇宙空間を利用する様々な業界への配慮がされているようです。バイザーサットの登場によって、Starlink衛星の明るさは6等級以下になったことからも、肉眼での観測はより難しくなることが予想されます。
参考資料
Anthony Mallamaの文献
https://arxiv.org/pdf/2101.00374.pdf
(6)利用料金は世界共通! 月額99ドル+スターターキット購入料
現在、アメリカ、カナダの一部地域、イギリスなどでβ版がリリースされていますが、利用方法はとてもシンプル。価格は世界共通で月額99ドルとなっており、スターターキットを購入するだけ。宇宙空間を利用することで、国境や地域差をなくすことが可能になっていると思うと、宇宙ビジネスの壮大さが感じられます。
スターターキットには、Starlink衛星と通信をするための電波を受信するディッシュというフラットパネルアンテナ、ルーターや接続コードが含まれています。
そのフラットパネルアンテナで、Starlink衛星からの電波を受信し、室内にその通信を広げるためのルーターなどの各種が含まれているイメージです。これらスターターキットの値段は499ドル。通常の通信プロバイダーとの契約に比べたら少し高い印象です。
では、実際にサービスを始めるための手続きを見てみます。まずはStarlinkのホームページに行きます。すると地域を入力するエリアがあるので、そこで自分の地域が対応範囲化を確認します。
日本はまだ提供範囲外なので、筆者がNASAで研究していた頃に住んでいたワシントンD.C.を例に見積もりを出してみます。
このように、サービス料99ドル、ハードウェアが499ドル、そこに諸々の送料などが含まれているような状況。これであとは必要事項を入力すれば配送されるようです。すごく簡単です。
スターターキットと月額の契約が完了したら、ホームページからiOS、Androidのアプリを取得し、あとはアプリの指示通りに進めば利用可能になるようです。詳しくはStarlinkのホームページにあるので、興味がある方はのぞいてみてはいかがでしょうか。
starlink HP : https://www.starlink.com/
(7)SpaceXが?starlinkだけ?IPOの可能性について
宇宙”ビジネス”というぐらいですから、会社としての方向性も気になるところ。そこでSpaceXやStarlink単体でのIPO(新規株式公開)の可能性についても紹介します。
Starlinkを運用しているのは、イーロンマスク氏がCEOを務めるSpaceXです。現在SpaceXは株式公開がされていません。そこでSpaceXがまずIPOするのかというお話からですが、イーロンマスク氏は、SpaceXが火星に定期的にロケットを打ち上げられるようになるまでSpaceXを上場はさせないと語っています。
しかしながら、SpaceXの社長兼最高執行責任者(COO)のグウェン・ショットウィル氏は、StarlinkをSpaceXから分社化し、IPOさせることができうる事業であると、昨年発言しています。
宇宙ビジネスは安定的な収益を生み出すために、長い期間を要することが多い中で、今回紹介したStarlinkはすでに一般向けのサービス提供がスタートしています。現在のサービスはβ版ではありますが、2021年内に世界中にサービス提供範囲を拡大できる見込み。世界中の40%以上の人は未だインターネット接続ができない状況にある中で、499ドルのスターターキットと99ドルの月額を支払いさえすれば、誰でもインターネットに接続できる時代がやってきます。収益化が安定すれば、SpaceXにとって収益の大きな柱となるでしょう。
安定的な収益を上げる可能性を持つ事業であるStarlink。分社化の具体的なスケジュールは公開されていないことから、実際にIPOされるのはまだ先であると予想されますが、他の宇宙ビジネスが次々とIPOされていく中で、宇宙開発に更なる注目が集まることは間違いないでしょう。
(8)まとめ
イーロンマスク氏率いるSpaceXの衛星インターネット接続サービス「Starlink」について紹介しました。どのようなプロジェクトなのか、という部分から実際に動いているサービスの一部とその性能についてを紹介したことで、今後大きな発展が確実視されている宇宙ビジネスを具体的にイメージして頂けたのではないでしょうか。
宇宙ビジネスといえば、SpaceXを代表としたアメリカの会社のニュースが多いです。世界の宇宙ビジネスを牽引している会社の具体的にな業務内容をしっかりと理解しておくことが、宇宙ビジネス全体を理解する上では重要ではないでしょうか。そして、海外だけでなく、日本国内でも宇宙ベンチャーが増加してきています。国内外の会社がどのような宇宙利用を目指しているのかまで知れると、今後の宇宙ビジネスの発展をより楽しめるのではないでしょうか。