バナナ、パーム油農園の病害による被害額は数千億円!? 当たり前の食卓を守るポーラスタースペース社のデータ活用最前線
バナナに限らずパーム油農園のような大規模農園を持つ農家にとって病害は大きな悩みの種。病害検知の最前線を走るポーらスタースペース社に話を聞きました。
日本人の果物消費量ランキングはバナナが堂々の1位で、輸入量の約80%はフィリピン産。今、フィリピンに限らず世界各国のバナナが「新パナマ病」という病気に悩まされていることをご存知ですか? その被害額は数百億円規模にもなるのだとか。
そして、農作物の病気による被害を早期発見する最先端の技術は、バナナに限らずパーム油農園のような大規模農園を持つ農家にとっては、喉から手が出るほど欲しい解決策です。
宙畑では、大規模農園の病害を手遅れになる前に発見する技術を持ち、来年度にはサービスイン予定であり、経済産業省のスタートアップ支援プログラム「J-Startup」の選定企業でもあるポーラスタースペースの代表取締役 中村隆洋さんに話を伺いました。
株式会社 ポーラスター・スペース
東京都中央区に2017年9月に設立された北海道大学発ベンチャー。
超小型衛星・ドローン・地上計測機器等から取得したデータを分析し、シームレスな観測データソリューション事業に取り組んでいます。
http://polarstarspace.com/
代表取締役 中村 隆洋さん
栃木県出身。防衛大学校航空宇宙工学科卒業後、青山学院大学理工学研究科にて博士前期課程を修了。三菱電機エンジニアリングに入社し、人工衛星開発に携わる。宇宙領域で人々の生活に便利なサービスを届けたいとの思いから、2017年にポーラスター・スペースを設立し、代表取締役に就任。
(1)バナナは数百億円、パームオイルは数千億円の被害額に!?
-バナナとオイルパームの病害について教えてください
太陽の光が降り注ぐ温暖な気候で、木に実る果物として知られているバナナは、広いところで数万ヘクタールと大規模な農園で栽培が行われています。東京ディズニーランドの面積が約51ヘクタールと聞けば、その圧倒的な広さをお分かりいただけるでしょうか。
果物や植物を育てるうえで病気はつきものですが、バナナの立ち枯れ(倒れずに立ったまま枯れてしまうこと)を起こす「新パナマ病」はなかなかに厄介です。
バナナの場合は農薬がなく、一度新パナマ病にかかってしまうと、焼くか、切って埋めるしか対処法がないのが現状です。また、菌(カビ)の一種であり、3年間は土壌が汚染されてしまい使えなくなってしまいます。
その上、足に菌がついたまま、人が歩くだけでも病害が広がってしまうため、雨が降った後のぬかるんだ地面だと特に病害が広がりやすいという厄介な病気です。
そのため、いかに早く病気を発見し、対処するかが重要になってきます。1年間の被害額はフィリピン全体で数百億円ともいわれ、バナナ農家にとっても、私たち消費者にとっても食卓を脅かす死活問題となっています。
また、マレーシアやインドネシアのオイルパーム農園もバナナ同様に病害に悩まされています。オイルパームとは「アブラヤシ」という植物から採れる植物油のことで、食品以外にも化粧品や洗剤の材料や、火力発電所の燃料まで幅広い用途に使われています。日本人である私たちに身近な例を上げれば、カップラーメンのかやくを揚げる際に使われています。
マレーシアのオイルパーム農園では、一番広いところで約100万ヘクタールと、東京都の約5倍、新潟県と同程度の面積に及ぶ非常に大規模な栽培が行なわれています。
病気の被害額は1年間で約4,000~5,000億円にものぼると言われており、農園経営の深刻な課題となっています。収量を増やすために農園を広げようとしても、既に見渡す限り広がっていて、開拓できる土地が限られていること、また熱帯雨林の開拓は環境破壊に直結することから新たに農園を増やすことは難しい現状にあります。
※オイルパーム農園の一例です。ぜひその広さと、いかに病害を検知することが難しそうであるかを確認してみてください
そのため、病害を減らし、今ある農園の生産量をいかに効率よく上げるかが重要になります。
(2)40万ヘクタールの農園を100人で見回りしている現状
-現在、バナナ農園とオイルパーム農園ではどのように病害を検知しようとしているのでしょうか?
現在、40万ヘクタールのオイルパーム農園に勤務している人数は数千名、そのうち病害検知のために見回りをしている人数は約100人。非常に少ない人数で、樹木を1本ずつ見回り、病気になっていないか確認をしています。
面積があまりに広すぎるので、管理している農家さんもすべての病気をなくすことは半ば諦めてしまっているのが実情のようです。単純に計算すると、1年間で一人4000ヘクタールの農園の病害検知を行っていることになります。4000ヘクタールというと、東京ディズニーランドの約80倍の面積、365日毎日見回りすると考えても、東京ドーム3個程度の樹木をつぶさに見て回る必要があるということになります。
どのエリアから病気になるかも全く分からない状態で見回るということは、昨日見た場所が翌日には病気にかかるかもしれない可能性もあるというのは言うまでもなく、当然見落としもあり、一人でそれだけの面積の病害検知を行うのは非常に困難です。
さらに、足に菌がついたまま、人が歩くだけでも病害が広がってしまうため、むやみに歩くことで病害を広めてしまう危険性もあります。
(3)人が行かずとも病害検知ができるリモートセンシングと病害検知ができるワケ
-ポーラスタースペース社ではどのように病害検知をしていますか?
ポーラスタースペース社では北海道大学や滋賀医科大学とともに、液晶波長可変(LCTF)フィルターカメラを搭載したドローンの実証実験を行いました。そこで用いたハイパースペクトルカメラで、物体ごとの特徴を細かく把握することができます。
宙畑メモ 波長
物体にはそれぞれ、固有の波長特性をもっており、それぞれに吸収/反射する光の波長が異なります。(波長の組み合わせとその組み合わせで見えるモノの詳細については、課題に応じて変幻自在? 衛星データをブレンドして見えるモノ・コト #マンガでわかる衛星データをご参照ください。)
ハイパースペクトルセンサでは、通常の光学センサより細かく波長を観測し、物体やその状態固有の波長を識別することが可能となります。
ポーラスタースペース社の強みは、スマートフォンやドローン、人工衛星のハイパースペクトルセンサを搭載したカメラによって取得した画像の分析力にあります。
現在、人間の目で見ても病気になっていないと思うような病気の初期症状も、ハイパースペクトルセンサの観測結果を分析可能です。
つまり、特定の波長を用いることで、離れたところから病気の初期症状なのかを見分けられるところまで実証が進み、人が見回りに行かなくても、病害が広がる前の状態を知ることができます。
事前にドローンで病気の可能性のある箇所にあたりをつけ、その場所のみ人が目視で確認することで効率化につなげることができます。
現在は人工衛星のデータを用いていませんが、今後衛星画像も利用できるようになれば、さらに広範囲の状態を一度に、定期的に確認できるようになります。
(4)うまくいけば被害額を半減できる!? サービス提供料金の参考になる数字は
-病気の早期検知ができるとどの程度の病害改善につながるのでしょうか?
通常、人の目で新パナマ病にかかってしまったバナナの木が見つかると、既に周りの10本も病気になってしまっていると言われています。
しかし、ハイパースペクトルセンサで病気を早期検知し、被害範囲を5本だけに抑えることができれば、4本分の被害を削減、つまり、約40%の被害額の改善が見込めることになります。数百億円の40%ですので、大きい金額になることがお分かりいただけるかと思います。
また、オイルパーム農園の場合も、病気による被害額が4000~5000億円ということを考えると、40%の病害改善ができた場合は、1600~2000億円の効果があるということが試算できます。
-通常、人工衛星は50cmサイズの超小型衛星でも打ち上げに約5億円、さらに、約3,000万円/年の運用費がかかりますが、今回教えていただいた規模の被害額改善ができるのであれば、専用の人工衛星開発も検討の余地がある事例ですね。
(5)まとめ
以上、東南アジアの広大な農園に広がる病害を、リモートセンシング技術により解決しているポーラスタースペース社の取り組みでした。
今回お話をお伺いし、ハイパースペクトルセンサの活用事例はもちろんのこと、特定のハードに依存せず、ドローンや人工衛星などを組み合わせ、ハイブリッドで地球規模の課題解決を行う点が特に印象的でした。また、バナナやオイルパーム以外に他の農作物でも病害に悩まれている農家さんは多く、たくさんの問い合わせがあるそうです。
今後は農園だけではなく、災害や海、林業などの課題にもゆくゆくは広げていき、将来的には「天気予報のように身近で便利なサービス」を作りたいと話す中村さん。
ハイパースペクトルカメラを用いた新しい事例、今後も注目していきたいところです。